学士会アーカイブス (今月)
インフラストラクチャの事故を防ぐために 藤野 陽三 No.901(平成25年7月)
インフラストラクチャの事故を防ぐために
藤野 陽三
(東京大学名誉教授、特任教授)
No.901(平成25年7月)号
昨年一二月に中央自動車道の笹子トンネルでは天井板が一三〇mにわたって落下し、九名もの命を奪う事故が起きてしまった。吊下げられたコンクリートの板がトンネルの頭上にあるとは社会基盤構造学が専門の私でも知らなかった。
トンネル本体ならば永久構造物的な考えで設計施工される。しかし、本体のあとに設置されたこの換気ダクトは付属物であり、明確なルールのない中で、いずれ交換するであろうという考えのもとで、厳しい工期もあって、簡便な対応で済む構造になったものと思われる。二〇一一年三月一一日の東日本大震災でも建物や体育館の吊天井の落下で死傷者が出る被害が数多くあったが、あれも吊天井も付属物である。残念なことに、付属物では十分な注意が行き届かない場合が出てしまう。
笹子トンネルの場合、どこか一ヶ所で不具合があったとき、隣が支え、大きな損傷になる前に兆候を示すような構造になっていればよかったのであるが、思いもせず、ドミノ倒しのように連鎖的に壊れたことが事故の規模を大きくしてしまった。ヨーロッパのトンネルでも同様な構造があり、事故の後、調査が入ったと聞いている。笹子トンネルでは完成してから三五年間にわたって大きな問題も発生せず、目視や打音による点検でもほとんど異常が無かったと言われている。見た目に何も異常が無ければ費用もかかり通行者にも迷惑をかける改良工事を行うのには抵抗が大きい。このことが今回のような大事故に?がってしまった。インフラを保守することの難しさを象徴しているとも言える。
インフラ
我が国の高度成長期、すなわち一九六〇年代、七〇年代には道路、上下水道、港湾などのインフラが大量に建設され、現在、供用してから四〇年、五〇年が経過したものが急増している。
かつては工期に迫られた突貫工事がごく普通であった。急げば「質」の面でも問題を残すものが出てくる。また、当時の技術水準は今のに比べ低く、現在では許されない、使われない構造も多い。一九九五年の阪神淡路大震災以降、耐震補強はある程度実施されているが、それ以外となると手がついていないケースが多い。インフラの保全の重要性は頭の中では理解されているが、補修したところでその効果が目で見てわかるわけではなく、ついつい新設インフラにお金が回るのが現実である。
昨年は首都高速道路が口火を切る形で、今後五〇年、一〇〇年にわたり日本の高速道路を健全な状態に保つために必要な更新、大規模修繕を訴える動きが始まった。そのための費用を算定しているところに、笹子トンネルの事故が起きたのは極めて皮肉なことである。
欧米の教訓
インフラ建設という意味で先を行くアメリカでは一九六〇年代後半から、橋の事故が続発した。最初の事故がシルバー橋で、建設後四〇年経過した一九六七年に、腐食のために鋼材が切れ、橋全体が河に落ち四六名もの犠牲者が出た。その後も事故が続き、「荒廃するアメリカ」と呼ばれる時代が続くことになる。このような状況を踏まえ、七〇年代はじめに、連邦政府は全ての道路橋に二年に一度の点検を義務化し、点検体制を整えた。大変な決定であったと思うのだが、アメリカはこういうことを果敢に決めるところが凄い。現在は、毎年約三〇万の橋の点検のために一〇〇〇億円を超えるお金を連邦政府は支出している。
アメリカでは、点検で蓄積されていくデータから、傷みの進行が激しい部位の同定、損傷した部位の余寿命などを明らかにし、それを使ったインフラの維持管理マネジメントを確立した。しかし、全てがうまくいったわけではない。それは点検と言っても、近くに行って目で視る近接目視であり、判定には個人差が出る。見えないところは手の打ちようがなく、見落としも出てくるからである。非破壊検査やセンサーを使って、もう少し客観的なインフラの状態監視ができないかということで国のプロジェクトが始まった矢先に起きたのが、まだ記憶に新しい二〇〇七年八月のミネソタでの橋の崩壊事故である。
このトラス橋の鋼材には前々から疲労クラックが発生し、以前から問題の多い橋であった。二〇〇〇年以降、二度にわたって大規模な調査も行われた。調査では致命的に悪いところは見つからず、点検の間隔を一年程度に短くするということで落ち着き、観察状態にあった。ただ、補修すべきところが多々あり、二〇〇七年夏、補修工事が始まり、橋の上に重い補修資材が置かれ、その下にある鋼部材をつなぐ板がその重みのために切れ、橋全体が崩壊したのである。よく調べてみるとその板があるべき厚さの半分しかなく、資材の重みに耐えられず、切れたのであった。
この橋はシルバー橋が落ちた一九六七年に完成し、四〇年間は無事であったが、懸念されていた疲労クラックとは全く関係ない、当初の設計ミスが原因で、補修資材の重みがトリガーとなって崩壊するという皮肉な結果になってしまった。「想定外」とは正しくこのことであろう。
ヨーロッパも過去に橋梁の大規模な崩壊事故をいくつか経験している。一九六〇年、七〇年代に作られたのは質が悪く、今その対応に苦慮していると聞く。点検や検査を専門とする友人のエンジニアによると、それは価格競争のせいだと言う。ミネソタの崩壊した橋梁もアメリカが徹底的な競争入札を行っていた時代の産物であった。
材料を少なくするためにぎりぎりの設計を行い、入札で安く受ければ、赤字を出さないために、どうしても品質が劣る、余裕の無いものを作ることになる。同一のものが大量に出回る電化製品や自動車などでは、その善し悪しは数年で判明するが、インフラの場合は一つ一つが異なる単品生産であるため、二〇年、三〇年使わないと品質がなかなか分からない。品質が劣るのは、後々での維持管理の負荷が著しく大きくなる。橋を作り変えるとなると、その間の交通への対処もあるので、新規に作る費用の三倍以上がかかる。
競争は大事である。しかし、価格主体の競争となると概して品質に影響し、後の世代にツケを残すことになる。少しぐらい高くとも、質のよい橋を作るのがインフラ建設の原則と私は思っている。経営という面からは、このことがなかなか理解されないのは残念なことである。
インフラの寿命
ニューヨーク運輸局のヤネフさんはコロンビア大学で博士号をとった方である。彼はつなぎを着て、市内の八〇〇余りの橋を自ら見て回り(写真1)、悪いところを見つけ、補修の優先順位を決め、費用を議会に認めてもらい、補修したあとはその効果を明らかにする。そういうことを三〇年やってきた。橋が傷んでいると、橋の泣き声がそばを通ると聞こえてくると彼は言う。ニューヨーク市の橋守と呼ばれている。

ヤネフさんは、データの上から橋は何も手を入れないと、危険域に達するには平均が六〇年で、劣化の速いのは三〇年。ただし適切な補修を施せば、物理的な寿命は八〇年を越す、という結果を明らかにしている。ニューヨークに行くと、損傷事故により死者を出したため四〇年で取り壊された高架橋がある一方で、維持管理、補修補強ができていると七〇年経過しても全く問題がなく、これから三〇年も四〇年も使えそうな橋がある。寿命は維持管理によって大きく変わってくる。
我が国の橋梁などのインフラで心配なのは地方自治体の管理しているものである。市や町ではどれだけのインフラをもっているかさえ把握していないところがある。点検はもとより維持管理が全くされていないものも多い。危険域に入っている橋があり、今後多数出てくると理解すべきである。
インフラの事故をなくし、長持ちさせるために
高齢化、老朽化しているのは橋やトンネルだけではない。地面の下にあるので目立たないが下水道などはすでに深刻な状態になりつつあると言われている。劣化に起因した事故のリスクも高まる。これは国家的な問題と言える。
最近、予防保全という考えが浸透しつつある。事が起きてから事後的に対応するのではなく、致命的に悪くなる前に、処置をするという考えである。また、事故防止に向けたフェイルセーフの考え方も知られている。これらを実行すると当然、付加的な費用が発生してくる。この費用を無駄なことではなく、余裕のため、安全のためのものと見る文化が、絶対的に必要であることを指摘しておきたい。
多種多様なものがあるインフラのメインテナンスでは様々なことが発生する。劣化の速度も一般には緩やかであり、その中で重要な変状を初期の段階で見つけ、対応することが必要となる。「最先端のセンサー技術を使って」というのはよく出る話である。私もその方面の研究をしており、期待も大きいが、損傷は概して局所的であり、厖大なインフラにセンサーを付け始めたらきりがなく、事はそんな簡単ではない。このような状況の中では、インフラを保全する組織にはニューヨークのヤネフさんのような目利きが絶対に必要である。しかし、二、三年で担当が変わる今の日本の組織ではそのような人材は育ちようがない。数年間から一〇年にわたって、インフラの面倒を責任をもって継続して見るプロの人を育てる必要がある。
もう一つはビジネスとして成立する仕組みを作ることである。メインテナンス、補修補強は工事規模としては小さい。鉄やコンクリートなどのモノには払うが、ノウハウとか技術へ投資する風土が乏しいのが我が国である。メインテナンスに絡む仕事は調査、検討項目も多く、高度な判断を要するので技術料をしっかり見積る仕組みにならないと、魅力あるビジネスにはならず、有能な人は来ない。
インフラのメインテナンスというのは新設のインフラとは対照的に新しい富を生むわけではない。しかし、ミネソタの橋の崩落事故では、直接損失の何十倍もの間接損失を生んだと言われており、一つの事故が大きな経済的損失をもたらす。インフラを安全な状態に保持することは、厖大な損失可能性を減らしているわけで、見方を変えれば、経済効果が大きい。このような地味で大事な、そして頭脳、技術を使う仕事をビジネスとして成立させ、有能な人がこの世界に入って来るようにすることが、インフラの安全につながると私は思うのである。
(東京大学名誉教授、特任教授・東大・工修・工・昭47)