理事長挨拶
- 理事長 樺山紘一
この度、佐々木毅前理事長の後を受け、学士会理事長に就任いたしました。佐々木前理事長は、平成二十八年より六年間の長きにわたり職を務められ、卓越したリーダーシップを発揮してこられました。この間に学士会が直面した多くの課題について、思慮に溢れた対応により、適切な解決法を提起されました。私は一人の理事として、その洞察力や指導力を目撃し、ひたすらその手腕に感銘を受けておりました。今般、図らずもその職務の後継を承ることになったわけですが、才腕と知力ははるかにそれに及ばず、ひたすらこの重責を前に身も縮む思いであります。かくなる上は、会員諸賢や理事・代議員等の皆様の力強い御助力を賜るほかありません。どうか、宜しくお導きいただきますようお願い申しあげます。
現代日本の多くの組織とおなじく、学士会は巨大な社会変動の波に揺られております。経営状況の流動化、あるいは会員の世代間の行動・発想にかかわる多様化など、一般社団法人としての学士会も、その荒波から免れてはおりません。長らくの懸案である会員数の確保や、施設の更新、そして切迫する主題としての立地再開発など、皆様のお知恵を拝借すべき事案は山積しています。私どもは、適切な情報公開と着実な合意形成を積み重ねながら、これらの課題の解決に当たって行きたいと念願しています。
ところで、私は職業上の専門にあっては、一介の歴史家です。そのためにか、学士会の設立の際における歴史的情景に、強い感動を受けています。それは、今から遡ること百三十六年、学士会が創設される経緯にかかわっています。一八八六(明治十九)年、実質的な初代の東京大学総長(綜理)を務めた啓蒙主義哲学者・加藤弘之が退任し、これを送る会合が開催されたおり、記念のための集合写真が撮影されました。写真史の初期を飾る有名な一点となりました。この作品は、現在でも学士会のホームページで閲覧することができます。小石川植物園に集った百二十人をこえる卒業生など大学関係者が、加藤弘之先生を中心に整列します。ほとんど信じ難いほどに、全員が等しくカメラに向かいます。ちなみに、この集団のすべての氏名が特定されていますが、その多くは、明治人としてのちに盛名をなした方々です。そしてじつは、この集いの席上で、「学士会」の結成が提唱されて、同年夏の創立にむかったとのことです。
それから百三十六年が経過した今、この写真に見入ると、当時の学士様たちの毅然とした緊張感とともに、互いを支えあう暖かな連帯感とが漲っていることに気づかされます。その心意気は学士会にとって、初発の共有財産となったようにみえます。一世紀あまり後の私達ですが、この初心への共感を鏡に、令和の時代の学士会としてあらたなメッセージを後世にむけて送ることができるでしょうか。
一枚の歴史的写真を種に、気儘な感想を語った失礼をお許しください。
(東京大学名誉教授・東大・文修・文・昭40)
※『學士會会報』956号(令和4年9月発行)「理事長就任のご挨拶」を掲載しています