学士会アーカイブス (今月)
~随想~ 昔話の現在 小澤 俊夫 No.955(令和4年7月)
~随想~ 昔話の現在
小澤 俊夫
(筑波大学名誉教授)
No.955(令和4年7月)号
昔話について、民俗学では「囲炉裏端伝承」という言葉がある。だが、農村では、今や囲炉裏そのものがなくなりつつあるし、子どもはいろいろ便利な方法で話が聴けるので、老人が家庭で昔話を語ることはほとんどなくなってきた。だがそれに反比例して、昔話を本から覚えて語る人が全国で増えてきている。お母さん、保育士、幼稚園の先生、図書館員などである。
本に書かれた昔話をそらんじて語るのだから、大変な努力が必要なのだが、一度語る経験をした人は、子どもがひきつけられるように聴いてくれることを体験して、昔話を語ることの喜びと大切さを実感する。
ところが、そこにひとつ、問題がある。本に書かれた昔話の文体をよく見ると、それは、ほとんどの場合、語られる文体ではなく、読まれるにふさわしい文体になっていることが多いという問題である。
なぜそうなるかと考えてみるに、昔話を再話して本にする人は、児童文学関係の人が多いだろう。その人たちは、普段、文学作品を本で読んだり、自ら本に書いているだろう。つまり、読まれるにふさわしい文章といつも付き合っているのである。
ところが、昔話は読まれてはこなかった。明治期以降では読まれることが多くなってきたが、昔話の伝承の歴史のなかでは、常に語られてきたのである。
私は四十年ほど前までは、農村で実地調査をしてきたのだが、主として年寄りが子どもたちに昔話を語り聴かせていた。子どもは、家庭でも、どこかに集まった場合でも、話に引き込まれて、集中して聴いていた。子どもたちは、耳で聴きながら、その場面を見ていたことだろう。
昔話は状況描写をしないで、出来事を単純明快に語っていく。だから聴き手は、聴きながらその場面を見ることができるのである。状況描写は、目で読むときには楽しめるが、耳で聴くときには、かえってわかりにくいのである。
耳で聴かせて楽しませる昔話は、出来事を写実的には語らない。そして、同じ場面が来たら、同じ言葉で語ることを好む。それが、聴き手にわかりやすいからである。音楽で、同じメロディーを繰り返すのと同じ作り方である。
音楽も耳で聴かれるものだから、音楽と昔話は、極めて近い性質をもっている。一例を挙げれば、音楽に、バーフォームと呼ばれるメロディーの作り方がある。二小節、二小節、四小節というメロディーである(例えばシューベルトの子守歌)。そして昔話にもこれと同じ語り方の話がある(例えば、グリム童話として知られている昔話「白雪姫」)。
耳で聴く昔話と音楽との共通性については、別のところで詳説したのでここでは省略する(『昔話の語法』小澤著、福音館書店)。
昔話には文法がある。それを明らかにしたのは、スイスの文芸学者マックス・リュテイである。その著、『ヨーロッパの昔話 その形と本質』はすでに翻訳されているので、興味のある方はご一読いただきたい(『ヨーロッパの昔話 その形と本質』小澤訳、岩波文庫)。
私の見るところでは、昔話を本にするときには、もっぱら読まれるべき文章として再話されている。それゆえ、それを覚えて語ろうという人にとっては、覚えにくいし、それを聴こうという人にとっては、わかりにくいことになる。私は、それは残念なことだと思う。昔話は、口で語られ、耳で聴かれてはじめて、その面白さが実感できるものだからである。
私は、筑波大学を定年退職してから、一般の人に昔話のことを勉強してもらおうと、「昔ばなし大学」なるものを北海道から沖縄まで、全国で開講してきた。それは、まず、基礎的カリキュラムによる「基礎コース」から始まる。そして、「再話コース」を経て、「再話研究会」に至る。
昔話を語るには、語れる文章の昔話を選ばなくてはならない。ところが、上述のごとく、読む文章になった昔話本が圧倒的に多いので、自分で手を入れて、語れる文章にしなくてはならない。語れる文章に再話しなおすには、それを強く意識した勉強が必要なのである。従って、昔ばなし大学は、基礎コース(また入門コース)と再話コース、その上の再話研究会とで成り立っている。
再話するということは、そのまま自分の日本語を磨くことにつながるので、受講者はだんだん面白くなって、勉強を長く続ける。そして、語る話のレパートリーが広がっていく。そのことはつまり、昔話の継承に具体的につながっていくのである。
再話コースと再話研究会の再話作品は、語りやすい文章なので、なるべく広く使ってもらおうと、私の昔ばなし研究所から出版したり、いろいろな出版社から出版されたりしている。
私は大学院生のころ、成城の民俗学研究所で、柳田国男先生にグリム童話について論文を書いていることを話した時、「君、グリム童話をやるならば、日本の昔話もやってくれたまえ」と言われたことがある。このことは自慢話になるから絶対に口外すまいと思ってきたのだが、年寄りになって気がついた。この言葉は、私一人に言った言葉ではなく、若い人達に向けて、「昔話を守ってくれよ」と言われたのだ、ということに。そうだとすれば、私のところで堰き止めてはいけないのだと思い、こうして公言することにしている。柳田先生は、昔話の将来について本当に心配しておられたのだと思う。私は、今やっている昔ばなし大学と受講者たちの勉強のことを、柳田国男先生に報告したい気持ちである。
(筑波大学名誉教授、東北大・文修・文・昭28)