学士会アーカイブス (今月)
~随想~ 「アフリカの落語」のことなど─『人類学者の落語論』をめぐって─ 川田 順造 No.944(令和2年9月)
~随想~ 「アフリカの落語」のことなど─『人類学者の落語論』をめぐって─
川田 順造
(東京外国語大学名誉教授)
No.944(令和2年9月)
敗戦の年、昭和二十年秋小学五年生のとき、落語研究者の今村信雄おじにつれられて、当時の東宝名人会にサツマイモ入り弁当を持って通い、なまの落語に耳を開かれ、長じて西アフリカ・サバンナのモシ王国で、何百とアフリカ落語を堪能した、おそらく他に類のない、そして今後の世界では二度とありえない「落語人生」を経験した著者の、拾遺の一つが今度の本だ。
欲深い主人を召使いが騙して沼へ放り込む、「俵薬師」という表題で知られた日本の昔話とそっくりの話を、私は西アフリカ内陸の村で採録して、どうしてもこの本を書きたくなった。
本書の前半では、不世出の天才噺家三遊亭圓朝をめぐって、明治維新の生き方、噺と文字などについて考え、後半では、「アフリカ落語」の傑作の数々を紹介した。
私が聴いたアフリカ落語の、「あれを返してもらえなかった蛙」や「目を返してもらえなかったキンキルガ」のように、ホモ・サピエンス(知恵のあるヒト)の名に恥じるべき人間のずるさが、リアルかつ明快に描かれている、私見では「世界的名作」と呼ぶに値するお話も、今度の本に収録した。
サバンナのお話の名コンビ、知恵のある、すばしこいウサギと、その真似をして失敗する、欲張りでドジなハイエナ(モシ語でハイエナはkatre「カットレ」と呼ぶ。歩き方の擬態語に由来する名だ)のお話も、著者とサバンナ体験を共にした小川待子の挿絵付きで、たっぷり入っている。
この本に収録されているお話や歌の大部分は、カセット・ブック『サバンナの音の世界』(白水社)で直接聴くことができる。これらの語り手たちの興味深い系譜関係は、本書第二部七に図示した。
アフリカで採録したお話を、日本の落語も視野に入れて論じた文章は、これまでも日本口承文芸学会の学会誌や、私も同人だった『社会史研究』などに発表し、それを集成した『口頭伝承論』(河出書房新社、一九九二)は、第四十六回毎日出版文化賞を受け、のちに平凡社の「平凡社ライブラリー」にも再録された。
今度の青土社版は、それを一般読書人が、楽しんで気楽に読める本にしたものだ。学士会館談話室で展示しているので直接手にとって読むことも可能だ。
(東京外国語大学名誉教授、パリ第5大・民族博・東大・学術修・教養・昭33)