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最近の経済関係事犯について 河上 和雄 No.860(平成18年9月)

     
最近の経済関係事犯について
河上 和雄
(駿河台大学法科大学院教授・元最高検察庁検事・公判部長)
No.860(平成18年9月)号

 実は理事長の團藤先生は私の思師でございます。刑法と刑事訴訟法を教わりました。また検察の大先輩もいらっしゃいますので、非常に話しにくいのですが、経済関係事犯について申し上げたいと思います。経済関係事犯というのは法律用語ではありませんし、何を意味するのか、必ずしも明確ではありません。法務省で出しております『犯罪白書』では、経済犯罪を「財政経済犯罪」と呼んでおります。その中には法人税法、所得税法、相続税法といった税法違反事件、出資法違反事件、貸金業違反事件のような、金融犯罪も入れております。競売を逃れるために不正をしたといったような倒産関係の犯罪まで、全部ひっくるめて財政経済犯罪の範疇でございます。必ずしも明解な概念があるとは言いかねますが、ただなんとはなしに、経済関連事犯と言いますと、最近起こりました、ライブドア事件のようなものを、おそらく想定されるのではないかと思います。こういった経済関係事犯というのは、政治家あるいは官僚の汚職といった政治犯罪と結びついておりますので、その辺のところを中心にして、検察庁の取り扱う財政経済犯罪、瀆職事犯、汚職事犯についてお話ししたいと思います。

検察の陣容
 私は検事をやっておりましたので、皆様に法務省のバックアップをしていただきたいという気持ちで申し上げます。法務省全体で十八年度予算は七千九百七十七億円と、非常に少ないです。かつては一般会計の二〇パーセントくらいあった時期がありましたが、いまは一パーセントにも満たない。検察予算は千四十億と、これもきわめて少ないです。しかもその九割以上が人件費です。法務省の中の、検察が占める定員は一万一千五百三十三人、検事定員が千五百九十一人と、これも少ないですね。この一億二千万余りの人間が住んでいる列島の中で起きるいろいろな犯罪―約二十五万人の警察が捜査し検挙した事件、検察庁が独自で検挙した事件を、千六百人足らずの検事が扱っているという状況です。検察事務官は九千四十二名です。

東京地検特捜部
 よくマスコミから、「史上最強の捜査機関」と持ち上げられる東京地方検察庁の特別捜査部にしても、検事の定員は三十三人です。そのうち、特捜部長が一人、副部長が二人、この三人は書類に印鑑を押したり相談に乗るだけで、実際に捜査に当たるのは後の三十人です。このほかに検察事務官が約七十人。こういうわずかな人数で、いろいろなことを扱っております。特別捜査部は大阪と名古屋にもありますが、大阪は十人くらい、名古屋も七~八人と、小規模な捜査機関です。

 経済関係事犯は、政治と密接に絡むものがございます。東京地検特捜部が扱った経済関係事犯について申し上げますと、十八年前にはリクルート事件がございました。あるいは証券不祥事、金融不祥事等いろいろございました。証券不祥事では、自民党の新井将敬代議士が自殺するといった事件もございました。

 最近では、西武鉄道の株主構成について誤った報告をしていたという、西武グループの証券取引業法違反、防衛施設庁の橋梁談合―大手ゼネコンを駆使した、防衛施設庁のナンバー2以下の人たちによる官製談合がつい最近起訴されました。警視庁の方では、全国小売酒販組合中央会の背任あるいは業務上横領。そして、今回、いまだに話題になっておりますライブドア事件が起こったわけです。

 こういった経済関係の事犯は、純粋に経済関係で終わるものもありますが、政治を巻き込んでいる場合が多いように思います。つい先日も武部幹事長宛てに、ホリエモンこと堀江貴文被告から三千万円を送ったという、偽メール事件がございました。あのニュースが流れた時には、世間の人は、「ああ、さもありなん」と、ありうる話だとお思いになったと思います。民主党は当初、絶対本当のことだと思っていたようで、前原代表は真偽が怪しくなってきても、まだその関係を追及したいと盛んに言っておりました。

戦後の検察と政界・財界
 政治と経済というのは、切っても切れない縁がございます。ここで、戦後の昭和二十年から現在までの、検察と政治ないし経済界とのかかわりを振り返ってみたいと思います。私はこの時期を、四つの期間に分けて考えております。

第一期〈昭和二十年~昭和二十九年〉
 戦後当初は、隠退蔵物資その他、補助金をたくさんもらうといったようなことに絡んで、経済界が政界に働きかける事件がございました。典型的な例が昭和電工事件です。

 その頃の第一線の検事で、中心になっているのは、戦前の任官で兵隊から帰られた方たちです。一言で言いますと、非常に生きのいい、兵隊帰りの検事たちが、昭和電工事件や、田中角栄元総理が一審で有罪、二審で無罪になった、炭管事件等々、「こいつは悪い奴や」、「かまわないから捕まえてしまえ」と、元気よく、政治家や元総理を捕まえております。

 ところがよく調べてみると、昭和電工事件では、贈賄側の中心である昭和電工の日野原節三元社長も、最高裁で罰金で終わっているくらいで、無罪になるケースがかなり多いんですね。その当時大蔵省主計局長だった福田赳夫元総理も、十万円収賄という嫌疑をかけられて逮捕されていますが、結局事件としては、無罪になるケースが多く、検挙はしてもなかなか有罪には至らなかった。そういう時代であります。

 非常に世の中が乱れていた時代でしたから、捜査権を持っている検察庁は非常に力があったし、捜査機関として力を振るうことができたわけですが、捜査自体は極めて荒っぽかったんじゃないか。この検察庁に勢いがあった時期は、昭和二十九年の造船疑獄の際の、犬養健法務大臣の指揮権発動によって終わりを告げたのではないかと、私は思っています。

 法律の上では、法務大臣が検事総長に対して指揮命令をする権限があるということが、検察庁法に書かれています。政治のほうが検察より優位であるということが、そこで如実に示されたわけです。しかも検察の捜査がかなり乱暴で、必ずしも事件がきれいに立っていなかったということもございまして、二十九年を期に、第一期は終わったと考えます。

第二期〈昭和三十年~昭和五十一年〉
 昭和三十年に自由党と民主党が合併して、自由民主党というきわめて強い政党ができました。この保守合同によって、政治の力は、検察に対して徐々に枠を加えてくると言いますか、捜査機関に対して政治の力の強さというのが、少しずつ出てきたように思います。ただ、第一期の頃の一線の検事たちが、そろそろその頃、部長とか副部長といった立場について、決済官になる時期でしたから、昭和三十年頃から始まった第二期においても、まだまだ検察はいくらか元気がございました。

 昭和三十六年の武州鉄道汚職事件は、早川さんという方がおやりになっていました。私もその頃、末端の検事として多少この事件にかかわり、運輸大臣を地検が起訴したというようなこともありました。昭和四十一年の共和精糖事件、四十三年の日通事件といった事件も、東京地検特捜部が中心になってやりました。

 まだまだ検察も元気がございまして、間違いなく有罪にできると思われるような証拠のある事件については、政治家を逮捕し、勾留し、起訴しておりました。その頃の捜査は、第一期の頃と違って、被疑者、あるいは参考人の供述にたいして、上から見ても下から見ても、斜め上から見ても斜め下から見ても、横から見ても、絶対に間違いのないような、がんじがらめの供述調書をとって、公判廷で有罪に持ち込んでいくといった仕組みができておりました。経済界の経済関係事犯、政治家の汚職に対して、本当にけしからぬことは摘発するという検察の力は、まだまだ発揮されていたように思います。

 この二期の最後に当たるのが、昭和五十一年二月に発覚しましたロッキード事件ではないかと思います。皆様よくご存じだと思いますが、米国上院の外交委員会でロッキード社の贈賄工作が明らかにされ、旅客機トライスターを全日空に買わせるように、ロッキード社代理店の丸紅幹部から当時の田中角栄前総理に対して、約五億円のお金を贈賄したと。受託収賄罪で運輸政務次官、元運輸大臣といった人たちも逮捕されました。これは第二期の末期ですから、やはり供述調書にせよ、証拠にせよ、有罪間違いないという確実な捜査が行われて、その結果は、いずれも有罪という形で決着しております。

第三期〈昭和五十二年以降平成四年〉
 田中元総理は起訴された五十二年以降、八十人くらいだった田中派をさらに増大させて、百四十人の大派閥に育てあげて、田中派の力が大変強くなりました。それは、例えば田中派の中から直接法務大臣を任命するということではなくて、隠れ田中派とされる方たちが、法務大臣に就任する。そして、陰に陽に、田中派の意向を出していく。陰にというのは、予算の面でなかなか法務省、あるいは検察の予算が増えないとか、法務大臣が正規の発言ではなくて日常的な発言の中で、田中さんは無罪であると言うような、そういう時期がありました。

 ロッキード事件では、昭和五十二年の夏に田中元総理を起訴いたしましたが、その頃から、検察は政治家の汚職事件、あるいは財界の違法事件について、大変慎重になり、野党は別として、与党の政治家を逮捕することは、ほとんどなくなってしまいます。

 当時の検察内部で明解に言われていたわけではありませんが、万一政治家を逮捕し、起訴して、無罪になった場合に、必ずや田中さんの公判に悪影響を与えるだろう。検察のやり方は荒っぽい、人権を無視している、捏造とまでは言わないまでも、都合のいい証拠だけ集めてきているのではないか、といった批判を受けたくなかった。別の事件が無罪になった場合に、田中公判のほうにすぐ影響するんじゃないかという危惧があったのではないかと思います。

 昭和五十八年、五十九年頃、私は特捜部長をやっておりました。この間に政治家の事件がなかったわけではないのですが、間違いなく有罪を立証できるような事件というのは、なかなかそう簡単にあるわけではありません。結局、小さな経済事犯を追及するくらいしかできませんでした。つまり第三期というのは、検察が政治に対して遠慮があったと言いますか、防衛線を強く引いて、できる限り政治との間で摩擦を起こさないようにしようとしていた時期だったように思います。

 もちろん事件はたくさんございました。平成になってから本格的に動き出したリクルート事件では、政治家は逮捕しておりません。受託収賄罪の藤波孝生元官房長官や公明党の池田克也代議士についても、在宅起訴はしておりますが、逮捕はしておりません。逮捕すれば簡単なんです。政治家はなかなかしゃべりませんが、背広を着てネクタイを締めている方は、一晩拘置所に入りますと大体しゃべります。在宅起訴をするために、どうしても時間がかかるわけですが、そういった捜査をせざるを得なかったのです。

検察の伝統的考え方
 おそらくご記憶にあると思いますが、平成四年に東京佐川急便事件がございました。自民党元副総裁金丸信さんが、東京佐川急便の渡辺広康元社長から五億円をもらっていた、という政治資金規正法違反です。

 現在は懲役刑がついていますが、当時の政治資金規正法は、罰金が二十万円以下という、大変軽い刑でした。罰金ですから略式命令による書類だけの裁判でいい。これは正規の裁判によらないで、書類だけの裁判でいいですよという同意書を、被疑者である金丸さんから取らなくてはならないのですが、金丸さんを呼び出しても出てこない。金丸さんは自宅に引っ込んで、仲のいいマスコミの連中とマージャンをしている。周りにはマスコミがわんさとカメラを担いで待っているわけですね。そんな状況では、「俺は出て行けない」の一点張りです。

 出て来い、出て行けない、で綱引きをしたあと、結局検察側がいわば屈服をしました。当時もまだ第三期の末期ですから、やはり政治の力というのは強かったと言っていいと思います。元検事の金丸さんの代理人が間に入り、略式命令で終わることに異議はありませんという金丸さんのサインをもらってきて、被疑者である金丸さんの取調べは、一回もすることなく、罰金二十万円の起訴をし、略式命令が出るという結果になりました。

 この時に、マスコミももちろん騒ぎ立てましたが、国民全体の検察に対する不信感が増大し、東京地検の表札というか看板に赤ペンキを投げつけられたり、生卵を投げつけられたりいたしました。地方の検察庁では、石を投げつけられて、玄関のドアが破られるといったような事態もありました。

 私はその頃もう退官しておりましたが、かつての部下などから話を聞く限り、検察内部でも現場の連中は情けないという意見があったようです。

第四期〈平成四年以降〉
 金丸さんは病弱だったこともあって、社会的責任を取るということで自民党副総裁を辞任。さらに世論の反発が強かったために平成三年十月には衆議院議員も辞めています。その後、脱税が発覚し、平成四年三月六日、東京地検は任意による聴取を行い、脱税容疑で金丸さんを逮捕し、起訴いたしました。

 第三期の政治優位の状況は、ここで変わったのではないかと思います。その頃、もう多党化が始まっておりました。自民党は日本新党その他に分裂し、野党第一党の社会党もあやしくなる。少数政党が乱立して、いわば政界が混乱した形になっておりました。こうなると、第一期の頃と同じように、捜査機関は逆に強くなるわけで、政治の力が弱まったために、検察の力は復活することが可能になり、金丸さんの逮捕に至った。

 共和汚職事件では、阿部文男元北海道開発庁長官が受託収賄容疑で逮捕されました。彼は病院に逃げ込んでいたのですが、それをあえて逮捕するといったような形で、事件が活発に動くようになります。

 その後の状況を見ましても、秘書給与詐欺事件で、中島洋次郎元自民党議員、山本譲司民主党議員を逮捕しております。中島元議員は結局自殺されました。また、坂井隆憲元議員を政治資金規正法違反で捕まえるというように、いろいろ活発に事件が捜査されるようになりましたし、第三期の頃と違って、第四期に入ってからは、間違いのない事件に関して言えば、現職の政治家であっても逮捕するということが行われるようになりました。中村喜四郎元建設大臣、山口敏夫元衆議院議員、KSD事件では村上正邦参議院議員、その秘書だった小山孝雄議員といった人たちを受託収賄罪で逮捕し、起訴しております。つまり、第二期の状況に戻り、検察が少し元気づいた時期と言っていいかもしれません。

 ただご承知の通りに、平成十七年の衆議院選挙で、自民党が圧勝しましたので、政治の力は、また非常に強くなってきております。しかし、政治に対してはマスコミ、あるいは国民の監視が非常に強いので、かつてのように直ちに検察、あるいは捜査機関に介入するということは、とうていできない状況だと思います。現在はまだ第四期が続いているとは思いますが、検察と政治経済とのバランスが崩れる時期が、いずれくる可能性もあるのではないかと思っております。

 政治の力というものが、どれだけ強いものか。これは実際に捜査をしていて、干渉とは言いませんけれども、陰に陽に、いろいろ感ずる場合は、確かにありうるのではないかと思います。

捜査の端緒
 さて、今まさに第四期から第五期に移りつつあるような時期に、ライブドアの事件が起こりました。事件自体は、今までのところは純然たる経済事犯です。マスコミが持ってきた資料を見ますと、昨年の春頃から、ライブドアの堀江氏らに疎外されたような人たち、何らかの恨みを持つような人物や、かつて堀江氏に近かったような人たちが、ライブドアの内部事情に関しての告発ないし、いろいろな違法行為、不正、不当な行為に関して、投書をするようになりました。私の聞いた話では、東京地検ばかりではなくて、大阪地検の特捜部にもそういった投書があったそうです。昨年春頃から、かなり具体的な内容を書き込んだ告発文書が、マスコミ等へ広くばら撒かれるようになりました。

 私が部長をしている頃にも、記名か無記名かは別として、その種の内部告発のようなものが、東京地検特捜部に年間千五百から二千件くらいございました。現在でも大体似たようなものだと思います。本来は名前も書かれていないような、いい加減な情報は、ガセネタじゃないかということで、あまり相手にしないのですが、ライブドアに関しては、非常に具体的な事実関係が書かれている。内情を知悉している人間が、検察庁に出頭して述べることをも躊躇しないという状況があったようでして、昨年の秋くらいから、そういった人たちの協力を端緒として、捜査が始まったようです。

 ライブドアを調べていくと、一株を一気に百分割するとか、十株に分割するとか、そういった形自体は法律に違反するわけではないんですが、法律の隙間をかいくぐって、わずか十年前には、資本金六百万くらいの会社が、あっという間にあれだけ大きくなってきている。その間に何らかの問題があるんじゃないか。その不正行為を知っているという人たちから、細かな具体的事情を聞いてくると、これはやはり、事件になるということで、今年の二月に、とりあえず物に対する強制捜査、つまり捜索差し押さえをして証拠品を抑えてこようということになったようです。

 あの時の状況を、皆さん覚えていらっしゃると思いますが、NHKがいきなり「ただいま、ライブドアの本社に東京地検の係官が入って、捜索差し押さえを開始しました」と、現場からのレポートを放送いたしました。実はまだその時点では何も動いていなかった。日本テレビのホリエモン番として、広島から立候補した時から、ずっと彼にくっついて、日夜行動をともにしてきた記者が、堀江氏にすぐ電話したところ、「いや、全然そんなものは入っていないよ」と言う。東京地検を調べても、強制捜査は入っていない。これは明らかにNHKの誤報だったわけです。

 ところが、その日の夕方になって、東京地検の特捜部が、捜索差し押さえを東京都内十数か所に実施いたしました。十数か所も捜索差し押さえをする場合には、十数班の班体制を作り、それぞれにキャップを置いて、ベテランの捜査官、検察官数人ないし数十人を配して、一斉に捜索差し押さえに行くわけです。何も打ち合わせなしに行かせるわけにはいきませんから、あの時は次の日にやる予定だったと思います。捜索差し押さえ令状もまだもらっていなかったようです。次の日にやる予定で、一箇所に集めて細かな指示を与えている。そういう状況ですと、しょっちゅう検察庁に出入りしている記者はわかるんですね。部長室の前の特捜の事務室では、検察事務官が常時十人前後、デスクワークをしていますが、毎日のように来ている記者ですと、おや、今日は少ないな、なんとなしにおかしいぞと、すぐぴんとくるわけですね。

 東京地検の場合は、マスコミ対応は副部長以上で、ヒラの検事や事務官はマスコミに接触してはいけないということになっています。しかし実際には、マスコミのほうも地縁、血縁、学校縁、あらゆるものを使いまして、いろいろ接触してくるわけです。何らかの形で洩れることもあるのでしょう。NHKは明日やるというのを、今日やると勘違いしたのかどうか、前日に放送してしまったわけです。

 これは、直接聞いたわけではなくて、記者を通じて聞いたのですが、検察では、誤報を流したNHKはけしからん、NHKの大誤報にしてやろうじゃないか、という議論もあったようです。もともと予定はなかったので、もちろんその日は捜索差し押さえもしないし、あえて次の日もしない、という選択もあったのですが、一度そういうニュースが流れてしまいますと、当然ライブドアの関係者は証拠隠滅に走るでしょう。メールによって社内の連絡をしている場合は、メール自体を消去する、書類で残っているなら、書類を処分するということは、いくらでもありうるわけです。

 そこで結局、誤報にせよ、報道されてしまった以上は、やらざるを得ないということで、急遽、夜間執行となったようです。捜索差し押さえ令状というのは、夜間に執行する場合には、あらかじめ裁判官の、夜間執行を許可するという許可が必要ですが、許可をもらって、急遽夕方から捜索に入り、翌日の朝までかかって、大体のものを押さえてきたという状況だったと思います。

 ところがご承知の通り、捜索差し押さえが入ったあとでの、東京市場での株の大波乱、大暴落。東京ばかりではなくて、国際的にも、特にIT関連企業の株式が暴落いたしました。東京地検でもある程度は予想していたと思いますが、あれほどのものとは考えていなかったと思います。その辺がまた、その後の捜査に微妙に影響してきたように思います。

 捜索差し押さえをして、いろいろな品物を持ち出します。私がまだ第一線でいる頃は、大体は書類でした。紙に書かれたものを持ってきて読むわけですが、最近の経営の実態はペーパーレス化しています。全部サーバーを通じて、ペーパー化されないままに、電子的な符号だけで記録が残っているような状況ですから、ある意味では消すことも簡単にできる。

 捜索差し押さえをして、相当押さえてきていますし、新宿の歌舞伎町に置いてあったライブドアのサーバーも押さえました。専門家なら消されたものを復活することは、ある程度可能だそうです。しかし、フロッピーディスクだけでも、膨大な量です。あれだけの膨大なメールその他を見るとしても、通常はやはり一ヶ月くらいかかってしまう。いちいち見ていく時間があるはずはない。しかし、一ヶ月も二ヶ月も調べてから、改めて逮捕するということになると、また市場が敏感に反応して、株価の暴落が起こることが当然考えられます。捜索差し押さえの影響がまだ残っている時期に逮捕すれば、市場もそれほど過敏な反応はしないだろうと、捜索差し押さえ物、証拠物を十分に吟味する暇もないままに、一週間後に四人を逮捕します。この辺が昔の捜査とは違ってきているところだと思います。

最近の捜査の実態
 堀江氏以外は、大体素直に容疑を認めました。最初の逮捕事実は、捜索差し押さえ令状の事実と同じで、ライブドアマーケティングという子会社がさらに別の書店系統会社を買収する時に、いろいろ虚偽の方法を使って買収しているという容疑でした。その後の捜査で、さらにライブドア本体が、実質三億円の赤字だったのに、子会社、あるいは買収する会社からの資金を移動させて、五十億円のプラスに見せかけるような形をとったということで、再逮捕し、さらに再起訴しているというのが、現在までの状況です。

 そういう状況のなか、堀江氏は、細かなことは、宮内亮治被告をはじめ、部下に一切任せてあったので、自分はそういったことについてはほとんど知らないと、否定をしているようです。会社の代表者が、実際にそんな状況でできるのかどうか、その辺はこれから公判で、おおいに問題になるところではないかと思います。

 昔の捜査は、先ほど申し上げたように、まず資料を押さえてくればよかったわけです。ロッキード事件の時でも、ペーパーになって残っているものを押さえることが可能でした。

 ダンボール何十箱も運び出して、よくあんなものをすぐ短期間に見ることができるねと、私はよく聞かれます。疑問に思われる方も多いようですが、実はこれは、二つ目的がございます。一つはそういった証拠物を持ってきて、その中に書かれているものを、有罪の立証に使いたいという、それはもちろんあります。それからもう一つは、証拠物を変造したり、新しい証拠物を作ってしまうようなことをさせないために、洗いざらいみんな持ってきてしまう。こういう目的もあるわけです。

 ところが、ライブドアのようなIT産業の場合は、ペーパーはほとんどない。やはりこの事件で核となったのは、新宿歌舞伎町にあるサーバーを押さえたことが大きかったと思います。問題はフロッピーディスクのようなものです。これはこの十年来くらい、捜索の際の一つの大問題になりました。捜査に行った現場で、フロッピーディスクをいちいちコンピュータにかけて、中身を見る。コンピュータによっていろいろ違いますから、検察庁の技術屋が行ってやろうとしても、なかなか簡単にできないとなると、その捜索差し押さえを受ける方の人間にやってもらう。これでは簡単に証拠を消すことも可能だし、そこでいろんな操作をやられてしまう可能性があるわけです。そういう懸念もあって、結局ディスクに入っているものがどんなものか、全然わからないままに、あるいはサーバーにどんなものが入っているか、わけがわからないままに、なんらかの犯罪の証拠はその中に入っていることは間違いないという、きわめて大まかな考え方で、全部持ってきてしまうんですね。

 持っていかれるほうからすれば、関係もないものまで持っていかれたということであれば、準抗告と言いますが、違法な差し押さえをしたという不服申し立てをすることによって、捜索差し押さえの違法性を争うことはできます。フロッピーディスクやサーバーを返せという争い方はできるわけです。ただ、最高裁は少なくともその現場において、時間が足りず、あるいは証拠隠滅の可能性があるような場合には、やむを得ずみんな持ってきても仕方がないんだといった、一種のお墨付きを与えております。捜査の仕方は、二十年前、三十年前とずいぶん変わりましたが、捜査上の便議から言えば、そういうものを全部持ってくることは可能になって、捜査機関にとっては、決してマイナスではない状況が出てきているわけです。

 今回の事件は、やはり新宿のサーバーを押さえたのが、いちばんのキーだったと思います。日本テレビの、ホリエモンにずっと密着していた記者は、NHKの報道を聞いて、すぐホリエモンと携帯電話で連絡をとって、今お宅のほうに、地検の捜索が入っていると言っているけれども、どうですか、と言ったのに対して、「いや、おかしいな。今、うちには全然そんなものは入ってきていない。じゃあひょっとすると新宿に入ったのかな」と、堀江氏は言ったそうです。ひょっとすると新宿というのが、まさにサーバーを置いている場所でした。そこには当然、夜間執行の許可を受けたその日に入り、サーバーを持ってきたわけです。

 これで、ライブドア内部のいろいろな情報のやり取りを全部復活することは可能になりましたし、実際に堀江氏が、どこまで経営面に関与しているかといったようなことも、ある程度できてきたんじゃないのかと思います。もちろん、公判はこれから始まるわけですから、実際問題として、果たして堀江氏が有罪になるのか、無罪になるのか、これは今の段階では何とも言いようはありません。

 マスコミはともかく一度捕まえてしまえば、もう犯人扱いですが、今の日本の刑事裁判というのは、学士会評議委員の松尾浩也先生が精密司法とご命名になったように、精密機械のように、大変微に入り細を穿って有罪かどうかを判断するというのが、裁判の実態です。共犯者がみんな自白しているなかでこれから先の公判がどういう動き方をするか、注目をしたいと思っております。

まとめ
 こういう経済関係事犯に限らず、政治家の汚職の場合もそうですが、水に落ちた犬というのは、非常に打たれやすい。堀江氏は経団連にも入ったわけですし、勢い盛んな時には、彼に対する評価は、政界でも財界でも、若い者だからあのくらいの元気があってもいいとか、無礼なところはあるし、背広も着ないような男だけれども、それはそれで若くていいんじゃないかというように、大変評価は高かったように思いますが、一度水に落ちてしまうと、彼に対する評価は、ガラッと変わっているのはご承知の通りです。経済事犯を犯す、違法行為を犯すというのは、やはりそれなりの危険を伴った行為であるということを、堀江氏が今実感しているかどうか、そこのところはよくわかりませんが、東京拘置所の中の三畳ほどの単独房に入っていれば、やはりそういったことを考えるのではないかと思います。

 先ほど申し上げましたように、背広を着て、ネクタイをしている人は、逮捕状を示して、地検の取調室の中で、着ている背広からいろんな品物を全部取り出させて、ネクタイをはずさせ、バンドをはずさせといった形で逮捕し、東京地検の場合は、主任となる検事と、その検事の立会いをしている検察事務官の二人で、被疑者を間に挟んで、官用車で東京拘置所まで連れて行きます。東京拘置所では、普通の手続きに従って、身体捜検をして、独房に入れるという形です。

 これは週刊誌などでも紹介されていますように、自殺予防、あるいは覚せい剤その他の麻薬を持ち込まないように、お尻の穴まで見るというような、大変屈辱的な検査を経て、単独房に放り込まれます。拘置所の手続きが終わりますと、主任検事が調べ始めます。その時は背広を着ている人もまだまだ大体元気で、容疑に対しては否定します。中には、「俺は法務大臣と友達だ。お前みたいなやつはすぐくびにしてやる」と言う人もいます。

 それで、悶々とした一夜を送って、次の日に呼び出される。独居房は、多少暖房めいたものは入っていますが、冬は寒いです。夏はまた暑いです。取調室は暖房も冷房も入っていますから、取調室にいる間は、しゃべる気さえなければ、結構楽です。一晩悶々として、来し方行く末を考えて、呼び出しを受けて、話をしろと言われると、大体落ちます。まだその時点で、完全にしゃべる人は少ないように思いますが、その時点では何も証拠をつきつけるようなことはせずに、ともかくストーリーを黙って言わせておく。そして、何日も何日も調べている間に、だんだん固まってくるという形になるんだろうと思います。

 今回のライブドア事件を見ていると、これは弁護人の勧めがあったのかどうか、あるいは堀江氏自身の性格によるものかわかりませんが、彼は頑強に、勾留尋問の時の署名さえ、拒否しているようです。勾留尋問というのは、刑事訴訟法によると、検察庁が逮捕してから四十八時間以内に、裁判官に対して、十日間ほど勾留してくれと、勾留請求をします。裁判官のほうは、逮捕された本人に対して、こういう事情で勾留する。それについて何か弁解することはあるかと聞きますが、そういう時には、「私はやっていません」という場合が多いわけです。裁判官の勾留尋問の前に、検事のほうは、逮捕したあとに、逮捕状に書いてある事実を読んで、弁解することがあるかどうか、弁解録取書というのを取ります。ホリエモンは、事実無根だといって、その通りに書いてあっても、署名さえ拒否しています。その後も、これは報道でしか私は知りませんが、取調べに対して、ずっと署名を拒否している。もちろん刑事訴訟法の上では、署名を拒否することは可能なわけですから、それはそれで仕方がない、といった状況で現在に至っています。

 ただ、一ヶ月も二ヶ月も、毎日のように調べていますと、やはりお互いに情が沸いてくるようなところがありまして、事件にかかわらないような話については、結構仲良く雑談をすることもあるようです。被疑者のほうから教わるようなこともあると思います。

 しかしやはり経済関係事犯の場合は、通常の市民生活をしていた人が、そういう形で司直の手に落ちて、身柄を拘束されるわけですから、これは大変なことです。調べるほうの検事も、ある程度そういった状況を自覚していないと、ついついやり過ぎる。その被疑者が年長者であった場合には、人生の先輩に対して非常に無礼な行動をとったというような批判が出てくる可能性があるわけです。私が部長だった時には、相手はそれなりの背景や立場がある人たちであるから、事件の違法行為を追及する余りに、相手を人格的に侮辱するようなことはしないほうがいいだろうと言っていたのですが、なかなかうまくいかない場合がありまして、ついつい相手に対してきついことを言ってしまうようなこともありました。

 ひとつの班を編成して事件に当たるのですが、利口な者ばかりを集めて班を編成しますと、大体出てきている証拠から、ああ、この事件はこの程度だろうと判断して、非常にきれいな形で事件をまとめてしまう傾向があるようです。ところが、多少愚直なくらいの者を入れておくと、ともかくやれといわれるところはどこまでも調べるということで、徹底的に調べる。そうすると、頭のいい連中が誰も思いもしなかったような、実は大きな山が後ろに隠されていて、事件が思わぬ方向に展開するということがあるわけです。やはり捜査というのはなかなか面白いものでございます。

 ちょうど時間でございます。ご清聴ありがとうございました。

(駿河台大学法科大学院教授・元最高検察庁検事・公判部長・東大・法修・法・昭31)

※本稿は平成18年3月20日午餐会における講演の要旨であります。