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夕食会・午餐会感想レポート

平成26年11月午餐会「私の出会った勘三郎と團十郎」

夕食会・午餐会感想レポート

11月20日午餐会

母が十一代目團十郎丈の熱烈なファンで、私も子供時代は夏雄さん(十二代目)と文通していましたので、家にはお二人の手紙があります。また母の話では、「伯母さんは、十七代目勘三郎さんのお母さんと学友だったので子供時代の十七代目をよく行水させ、『千束町の小母ちゃん』と呼ばれていた」ということでしたので「これは落とせない」と聴講しました。
お話のマエフリはアナウンサー時代のもので、野球解説の例など、大変面白く、久し振りに頬の筋肉が緩みっ放しでした。次第に勘三郎丈との馴れ初めに入られ、学生時代の芝居好きが高じた結果を知り、仰天しました。元々中村屋も中村座の座元が歌舞伎に凝った余り、役者になってしまったので、要するに中村屋さんと山川先生とは『同病相憐れむ』ような面があったのではないかと 疑ってしまいました。
團十郎丈に関するお話に移り、初めて聞く話が多く、成田屋贔屓としては大変ありがたかったです。口跡についてお話がありましたが、私としては、「一枚目として男らしさを訴求する演目が多いので、少しドスの利いたような口跡の方が良いのではないか」と思っていましたので、全く気になりませんでした。助六は別の美男俳優が演じる時があります(外題が異なる)が、時々線の細い発声を聴き、十二代目さんと比較して「どうかな~」と思う時がありました。私は現在、海老蔵さんを応援していますが、本当に『百年に一人の逸材』と思っています。

(東大・教養、勝亦 眞人)


今回の講演会は、山川静夫さんによる「私の出会った勘三郎と團十郎」でした。静岡県の神社のご出身で、高校時代、祝詞の稽古を2週間、富士山頂で行い、中村勘三郎や歌右衛門の声色を真似たというお話や、NHKアナウンサー時代の野球解説での苦闘、高橋圭三さんや宮田輝さんの政治家への転身、脳梗塞の病気などお話しされました。
披露された歌舞伎の物真似で、学生時代に大会で優勝、入賞したことから、勘三郎さん始め、俳優方との交流が広がったそうです。新橋演舞場では、怪談「宵宮雨」で勘三郎さんが一人二役演じる所、お化粧が巧くいかず、却って笑いを誘った為、その後、山川さんと入れ替り、観客を怖がらせるのに成功した逸話は聞き所でした。谷崎の「盲目物語」でも、一人二役を助け、勘三郎さんは無類、市川團十郎さんは無骨とのことです。若くして父を亡くした12代目團十郎氏とも交流され、歌舞伎界との深い関わりに驚きました。
最近の歌舞伎では、弁慶の飛び六方について、手拍子は一定のリズムで西洋的であり、”常間”ではない飛び六方に合わないそうです。
昔の家族は、お爺さん、お婆さんが一緒に暮らし、歌舞伎の楽しさが自然に孫に伝わっていたが、現在は核家族化している事、歌舞伎で大事なのは、感覚で見る事で、楽しくなければ駄目、知によりて識によらずと、時に冗談も交え、伝統継承の今後を考えさせられるも、楽しく貴重な講演を拝聴いたしました。

(京大・経済、関 登鯉子)