夕食会・午餐会感想レポート
2021年11月夕食会「衆院選総括と政局展望」
夕食会・午餐会感想レポート
11月10日夕食会
日経の芹川洋一氏が「2018年日本政治の展望~どうなる安倍政権~」の演題で講演されてから既に4年、今回の講演は大上段に構えた堅苦しさがなく、先般の衆院選につき現場記者の視線のようなくだけた調子の論評であり、興味深く感じた。
選挙運動は女性に生き甲斐を与える場との指摘は、女性議員の少なさと共に、女性の活躍の場がかなり限られている日本社会の現状を反映している。実際、顔見知りの高齢女性が某党の選挙事務所に嬉々として赴く様子を見たことがあった。
中村喜四郎氏の事務所に中間管理職がおらず、末端の世話人しかいないという話は効率性を高めるための苦肉の策であろうが奏功するとは限らず、選挙を近くで見てはいけないという教えも常に正しいか判らないのが政治の難しさである。
講師自身はネットで「自民15減、維新15増」を予測していたとはいうものの、殆どのメディアが予測を外したのがつかみどころのない政治の実状であり、視聴率ほしさの過剰な盛り上げも冷静に考えれば、悪気のない演出に過ぎないと思う。
2012年の自民党総裁選の各候補の推薦人に誰がなっていたかについての紹介があり、9年後の今思えば意外に感ずるが、離合集散が常の政界内のことであれば驚くには当たらない。景気対策一段落の後は党内闘争や改憲の動きに注目したい。
4年前の芹川洋一氏の講演では新聞・雑誌・テレビ・ネットの「4層化&多様化するメディア」という分析があった。小生の場合、いまだに新聞・雑誌により高い信頼性をおいており、特に第1層の新聞(全国紙・地方紙)には引続き期待している。
(東大・法 古川 宏)
1、今回の大石 格氏の「衆院選総括と政局展望」の講演につきましては、今回の衆院選の期間中における各政党の選挙運動期間中の動き、獲得議席数、さらにはマスコミの獲得議席予想が若干、狂った点などの分析から来年の参院選の予想など、かなり広範囲に分析し、長年の日経新聞での政治関係のご取材で得られた幅広いご見識に裏打ちされた興味深い、ご見解を多くご指摘いただきました。
2、特に今回、マスコミの事前の政党別獲得議席数予想が相当見込みと異なったことの背景を、いわゆる電話等での世論調査の手法の相違や、期日前投票の出口調査のフォローが十分でなかったことなどによると教えていただき、このことが今後の世論動向を読み解く難しさを理解させていただくことにつながりました。
3、大石氏が、マスコミの方であるにもかかわらず、マスコミ全体の予想の流れにとらわれず、選挙演説を深く観察し、有権者の関心等を十分に追いかけてこられた結果、かなり上手に選挙の流れを把握されていたことに感心させられました。選挙演説の現場を良く観察することの重要性を学びました。
4、また選挙権が「18歳以上」に引き下げられたことが、若い人たちの間で、自民党の支持率が高いことにつながっていることについても今回の講演から理解させていただきました。
5、今回のご講演は直近の選挙に関し、非常に興味深いトピックスが多かったので、講演の時間が大変短く感じられ、また質疑応答の時間が、少なかったのが少し残念でした。来年の参院選の直後においても、何らかの形で大石氏の講演の機会を作っていただければ、幸いです。
(東大・法 小暮圭一)
講師は冒頭、「私は余談が多い。しかし余談の中には真実が潜んでいる場合がある」と言う風な発言をされて、案の定余談が多かった。日本経済新聞社の編集委員と言う肩書と演題から硬い話を覚悟していたが、楽しく講演を聴くことが出来た。
今回の選挙ではいろいろな人がいろいろな分析をしているが、政治などと言うものは案外「顔つきが良い」等と「好き嫌い」で決まるのではないか、と発言。このことと関係があるのかどうか分からないが、昭和62年10月の自由民主党の次期総裁決定の際の当時首相だった中曽根康弘の「中曽根裁定」のことが紹介された。当時の総裁は3選が禁止されていたことから、いわゆる「ポスト中曽根」として次期総裁に誰が就くかが政界の焦点となっていた。当初は福田派のプリンスとして名を鳴らし、昭和61年には派閥領袖(清和会会長)となっていた安倍晋太郎が、ポスト中曽根選びにおいて、竹下登より有利とされていた。時事通信が「安倍総理誕生」と誤報を打ったが、結局安倍晋太郎ではなく竹下登が指名された。時事通信の五十嵐文彦がこの責任を取って退社したが、その後国会議員となり、何が幸いか分からない。
小沢一郎や山口敏夫を全国最年少当選させた選挙参謀の鈴木精七氏(著書『選挙参謀、手の内のすべて』を著わしている)が「選挙に勝つにはおばちゃんが大事」と言ったそうだ。確かにそうかもしれない。おばちゃんの行動力と影響力は大きい。中村喜四郎氏の選挙組織には中間管理職はいないで、全部自分で仕切っている。中間管理職がいると、「俺が俺が」と権力争いが起きるからだとか。
平成10年の名古屋市長選の時、選挙の神様から、「選挙は近くで見ていてはいけない。遠くから見なくてはいけない」と言われたとのこと。選挙演説の時に集まった人の多さに惑わされてはいけない。動員で大勢の人がかりだされているかもしれない。「出席した」と言う責任を果たして途中で帰る人はいないか。動員されたと思われる人が最後まで残っているか。後の方で通りすがりの人が足を止めて輪に入って来て、輪がどんどん広がっていないかどうか。聴衆の熱意を見ることが大事。こういうことは前の方にいては分からない。
漸く、最後の方になって本論に入って来た。若い年齢層で自民党支持者が多いとか、選挙での出口調査の話とか、多くの評論家が言っていることと重複している所があった。やはり余談の話が面白かった。余談が長かったせいか、質問時間を過ぎても話が続き、主催者が途中で閉会を告げるほど熱のこもった講演だった。
(東大・工 加藤忠郎)
1、 東京では、筆者の居住する小選挙区及びこれに連接するいくつかの選挙区の情勢について、投票前の新聞報道によると野党側が優勢という予想であったので、全国的にみても、与党第一党の過半数割れがあり得るのではないかと愚考していました。選挙戦において、野党よりも与党の方が批判されるのはいつものことであるし、加えて、不祥事と言われるようなこともあったので与党のオウンゴールにより野党に勝機が転がり込むだろうし、また、今回のように野党がまとまった場合は、当然のことながら与党が不利になるだろうし、さらに、ある程度の票が第三の党(三つ巴の一角)に流れることで割を食うのは与党第一党であると考えられることから、その得票数が減り、比例代表も含めて議席数が減るのではないかと勝手に思い込んでいました。
2、 結果はご承知のとおりであったので、その理由を知りたいと思い、講師のお話を伺うこととした次第です。サブタイトルである「無風の選挙で見えた自民の地力」が講師の分析結果を端的に表しています。講師は、「今回の選挙では、首相の人気は皆無」だったが、得票数の推移のグラフを示されて「自民の地力は回復」と説明されました。投票率が低い中、得票数(得票率も)を増やしてきたのだから確かに「回復」に向かっているのでしょう。他方、講師は、野党の共闘について、「それなりの効果はあった」と仰いました。東京では、本稿の冒頭で紹介した小選挙区(25のうち8)で議席を得たのだから、この解釈には同意できます。特定のまとまった地域では「風が吹いた」のですが、全国的にみれば、「無風」だったわけです。なお、「1プラス1が2ではなく、1.8にとどまり、議席が得られなくても効果はあった」とも発言されていますが、この「効果」は何を意味しているのでしょうか。
3、 来年は参議院議員の選挙が行われるので、講師もこれに触れ、かつてあった衆議院との「ねじれ」を取り上げて、そのことによる国会同意人事の空白(日銀総裁の空位)に言及されました。選挙は民意を問うもので、民意自体が「ねじれ」ているわけではないのでしょうが、国政レベルの選挙(衆議院議員の総選挙、参議院議員の半数毎の改選。それぞれに比例代表があり、複雑)が毎年のように次々と行われると、その時点での民意が以前のものと変化して、立法府自体が国民の「何」を代表しているのか訳が分からなくなります。これが「ねじれ」の正体と言えるのではないかと思います。
なお、選挙の結果は、投票した人々の選択を示すのみで、投票しなかった人々の意向は、当然のことながら反映されていません。低投票率となったことの分析はされているようですが、戦後三番目に低い投票率の下での民意をどうみるべきか、ひいては、立法府の正当性をどこに求めるべきかという根本的な問題が残されているのではないかと思料しております。
(東大・工 小髙 章)