今帰仁方言について
仲宗根政善
(琉球大学名誉教授)
No.766(昭和60年1月)号
琉球方言には、沖縄本島と宮古本島の間に、もっともはっきりした境界があり、これを境に、その北の方を北琉球方言として、南を南琉球方言として、二つに大きく区分することが出来る。
北琉球方言は、さらに奄美群島方言と沖縄本島及びその属島の方言に二区分して、南琉球方言は、宮古本島及びその属島、八重山石垣島及びその属島、与那国の三区に分けられる。
沖縄方言は、北部方言区と中南部方言区に分けられる。北部方言区は、国頭郡区で、中南部方言区は、中頭郡・島尻郡区で、首里を中心としている。
五百年前、中山・南山・北山の三山の王統が鼎立して争い、中山王統は首里に、南山王統は島尻郡大里に、北山王統は今帰仁に居城を構えていた。
今帰仁村字与那嶺は、北山城跡の近くにある人口四〇〇人足らずの純農村である。
筆者は、明治四十年にこの集落に生れた。内省を主にして、この度、『沖縄今帰仁方言辞典』を編修した。
普通の語彙ばかりでなく、集落で一般に用いられる地名・屋号・童名から擬態語・擬音語・熟語・連語・慣用語等を出来るだけ網羅して、見出し項目約一五、三〇〇を集めた。用例を多く出して、すべての語・文例にアクセントをつけた。動詞にはすべて活用分類を施した。
ここでは、この方言の音韻の特徴と、動詞の活用の概略について述べることにする。
(一)音韻
註①(A) この方言では、母音に、喉頭破裂音のともなうのと、喉頭摩擦音のともなうのがあって対立する。前者は平仮名、後者は片仮名を当てて表記する。[ ]は音声表記。/ /は音韻表記。
(B) 次の子音にも、喉頭破裂音がともなう。喉頭破裂音をともなう音を平仮名、ともなわない音を片仮名を当てて表記する。
(C) 閉鎖音と破擦音には、喉頭破裂音をともなう無気音と喉頭破裂音をともなわない有気音が対立する。無気音を平仮名、有気音を片仮名を当てて表記する。平仮名と片仮名で、あまり区別がつきにくい無気音へ(平仮名)を「ぺ※」としておく。
以上の語例を煩雑をさけて、母音aについた例のみをあげる。
(D) この方言には、上代のp音が語頭に残っている。
パー《葉》 パー《歯》 バナー《鼻》 バナー《花》 ぴー《日》 ぴー《火》 ぴー《屁》 プニ《船》 プニ《骨》
(E) 母音oがuに変化したために、ko→k‘u《有気音》に、ku→k’u《無気音》に変化して、語頭では、区別を保っている。ただし、母音が無声化する場合は、すべて有気音化する。
(二)動詞の活用
この方言の動詞の活用は、極めて複雑である。それは、本来の動詞活用形のほかに、連用形に「wumu」《居る》が融合して、新しい活用形が生じたことと、音韻変化による。なおこの方言に特有の、偶数音節目の母音が長音化する傾向があり、それが語尾を変化させて、活用形を一層複雑にしている。
もともとの活用形を基本形として、新たに連用形に「wumu」が融合して出来た活用形を融合形としておく。
活用は、基本語幹・連用語幹・音便語幹に語尾がついて変化する。
この方言の活用形を分類すると、次の5種類に分けられて、さらに細分類すると四十一種類に分けられる。
註②(1) 規則変化1(十二種類)ハちュン《書く》等。規則変化2(七種類)ヌン《煮る》等。規則変化3(六種類)トゥン《取る》等。規則変化4(五種類)ユビン《呼ぶ》等。規則変化5(五種類)マちガールン・マち(ー)ガン・マち(ー)ゲールン・マち(ー)ゲン《間違う》等。
(2) 準規則変化(三種類)あレン《洗う》等。
(3) 不規則変化(一種類)スン《来る》
(4) 不完全変化(一種類)めンセン《いらっしゃる》
(5) 特殊変化(一種類)ネーヌ《無い》
[I] 基本形
いわゆる「国語」の活用とほぼ対応する。「国語」とほぼ同じように、志向形・未然形・連体形1・已然形1・已然形2・命令形1・命令形2を立てることが出来る。以上の語幹を基本語幹とする。
連用形は、語尾ki→ci gi→zi ri→’iに変化して、さらに②[wumu]《居り》が融合して融合形をつくるので、基本形とは別に扱う。その語幹を連用語幹とする。なお連用形に助詞「て」がついて、音便現象を起しているが、その語幹を音便語幹とする。
以下hacuN《書く》を例に、「国語」と対照しながら、各活用形の大要を述べる。
(1)志向形 hakaa《書か》 志向やさそいかけを表わす。終助詞ヤー・イー・ドーなどがつく。
なー ワヌーヤ ハかー《もう私は書こう》
ディー たイヤ ハく ハかー《さあ二人は早く書こう》
(2)未然形 haku(a)《書か》
バをつけて、未定条件を表わす。
リン《受身・可能・自然》 スン《使役》 シミルン《使役》 ンマシ《まし。願望。すればよかったの意》 ンナ《な。願望》などがつく。
(3) 連体形1 haku(u)《書く》融合形の連体形の出来ない前の連体形で、形式名詞について一般の体言にはつかない。
(a)形式名詞みョードゥイ《間》 ハーヂー《数。する度ごとの意》 カヂリー《限り。すると必ずの意》 カかイ《掛かり。するぐらいならの意》 か《限度を表わす語》などがつく。
ワーガ ハく みヨードゥイ マツちュレー《わたしが書く間待っておれ》
(b)副助詞マディー(ガディー・ヤきー)《まで》ビけー《ばかり》がつく。
ワーガ ハくマディー マツちュレー《わたしが書くまで待っておれ》
(c)副詞ヂョイ《とても》 ヌーガ《何か。どうして》の結びに用いられる。
あり(ー)ガンデー ヂョイ ハくー《彼などがとても書くものか》
(d)禁止の助詞ナがつく。
フマネー ヂーヤ ハくーナ《ここに字は書くな。》
タ行四段系動詞の連体形1の語尾は「ーとゥ」である。タとゥ(ー)ナ《「立とな」立つな》マとゥ(ー)ナ《「待とな」待つな》
(4) 已然形1 haki(i)ba《書けば》「バ」をつけて、確定条件を表わす。
ニン いッち ハき(ー)バ スラーセン《念を入れて書くときれい》
(5) 已然形2 hakee《書けや》
ハく ハけー スームン《早く書けばよいのに》
スームン《すればよいのに》だけがつく。
(6) 命令形1 haki(i)ba,haki《書けば、書け》已然形が命令の意味を持つようになったと推定される。
ハく ハきーバ(ハき)《早く書け》
(7) 命令形2 hakee《書けや》命令形1よりややぞんざいな言い方。いやしめの終助詞ヒヤー《しやがれの「やがれ」の意》がつく。
ハく ハけーヒヤー《早く書きやがれ》
[Ⅱ] 連用形
連用形の用法
(1) 連用形にwumu《居る》が結合して、融合形ができる。
(2) 他の用言と接続する。
(3) うースン《おおす。出来る意。可能》 ブセン《ほし。たいの意。願望》ギセン《げし。らしい意。推量》等の助動詞がつく。
(4) 係助詞ガ・ヤ・ル・ルン・ちュン・セーか・クセーがついて、補助動詞スンがつぎにつく。
ハち(ー)ヤ サーヌ《書きはしない》
(5) 「ガ」をつけて、目的を表わす。
(6) 「ネー」をつけて、条件を表わす。
(7) カラ(ちャラ・ラ)をつけて動作の基点を表わす。
[Ⅲ] 融合形
註③奄美諸島に「居ル」「有ル」に近い意味を表わす形式として、wuri ari系統のものとwum am[wung, ang]系統のものとの両方を有する方言があることを服部四郎氏が明らかにされた。与那嶺方言ではwumの前の形「wumu」が連用形と結合したと推定される。奄美沖永良部方言に、現在も「wumu」がある。
融合形は連用形に「wumu」が結合して、この方言では、「wumu」の已然形を除くすべての基本形の活用形が融合して用いられている。基本形連体形1と形の全般的な類似から、融合形の連体形の語尾ruを省略して、尾略形が新たに出来ている。さらに尾略形に付属辞siがついて新しい活用形をつくっている。
融合形を成立過程も示しながら表示すると前頁下段の通りである。理解をたすけるために、かりに活用形の名称を付しておく。
以下文例を出して、説明を加える。
(1) hacuen《終止形》は、連用形haciに想定される[wumu]が融合してhacuen→hacu’Nと変化したのであろう。基本形には終止形を全く欠いて、融合形の終止形のみが用いられる。
(2) hacu(u)mi(尋問形)hacu(u)mu《想定される終止形》に’i《尋問の助詞》がついて出来た形。客観的に肯定否定を問うのでなく、相手の意志を尋ね、碓認する。
やーガ ハちュ(ー)ミ ワーガ ハちューミ《おまえが書くか、わたしが書くか》
(3) hacuraa(継続志向形)《書き居ら。書きつついよう》 動作の継続志向を表わす。
ワヌーヤ ハく いヂー ハちュラー《わたしは早く行って書きつついよう》
(4) hacu(u)raba(a)(継続未然形)《書き居らば》未然形にbaがついて条件を表わす。基本形の未然形とちがい、ただbaをつけて条件を表わすだけ。確定未確定の区別はない。他に、助動詞はつかない。
ハちュ(ー)ラバ ハく ハけー《書くなら早く書け》
(5) hacu(u)ra《「か」の結び》《書き居ら》もともとハちュール《融合連体形》だったのが、係助詞ga《か》の母音同化によって、ハちューラと変化したと考えられる。
(6) hacu(u)ra(推量)《書き居ら》パヂー《筈について推量の意を表わす》融合形連体形ハちュ(ー)ルが、パヂーに母音同化されて、ハちューラに変化したのであろう。
あリン ヂー ハちュ(ー)ラ パヂー《彼も字を書くだろう》
(7) hacu(u)ru(「ぞ」の結び)「ル」《「ぞ」の意》の結びとして用いられる。基本形には「か」「ぞ」の結びはない。
ヂール ハちュ(ー)ル《字ぞ書く》
(8) hacu(u)nu(連体形)《書き居る》体言を修飾する。他の用法はない。ハちュ(ー)ル→ハちューヌと、終止形(ハちューム)ハちュンの影響でr→’Nと変化したであろう。
(9) hacu’i
あリーヤ ヂン ハちュイ イン ハちュン《彼は字も書くし絵も描く》
(10) hacu(u)ri
ハく いヂューてィ ヂー ハちューリ《早く行っていて字を書きつついよ》
(11) hacur
ハく いヂューてィ ヂー ハちュレー《早く行っていて字を書きつついよ》
(10)と(11)は基本形(6)(7)にあるような区別はない。
(12) hacu(u)-
基本形連体形1の形と意味の関連から新に生じたのであろう。
(イ)あリン ハちュームン やン ハけー《彼も書くのだからおまえも書け》
(ロ)ワーガ ハちューとゥ メー《わたしが書くから見よ》
(ハ)ワーガ ハちューシガ あリーヤ ミヤーヌ《わたしが書くが、彼は見ない》
(13) hacu(u)si
やーガ ハちュ(ー)シヤ ヌー ドゥーヌ ヂーガ《おまえの書くのは何という字か》
[Ⅵ] 接続形 haoci
この方言では、ラ行変格・上一二段系活用動詞は、ラ行四段系動詞の活用に同化されている。
ハ行四段系動詞は、トゥールン《問う》等のようにラ行四段化(六種類)とそれ以外の活用(六種類)に分れている。
註④この方言では、2音節目・4音節目・6音節目の母音が長音化する傾向がある。a母音がもっともはっきりして、u母音がそれにつぎ、i母音は長くても短かくても許容される。その音節だけにアクセントの山があるときは、必ず長音化する。2音節目がよりはっきりして、4音節目がそれにつぎ、6音節目はあまりはっきりしない。
四段活用的活用動詞は、偶数音節・奇数音節との間に連用形融合形の活用語尾に相違がある。奇数音節動詞は連用形語尾はriで融合形の語尾にruを保っている。偶数音節動詞は連用形語尾’iで終止形にはruを全く失い、その他の融合形ではru→’ju→’iと変化している。
左に「国語」の2音節動詞・3音節動詞・4音節動詞・5音節動詞の終止形を示す。
(1)2音節動詞
あン《有り》 ナン《成る》 タン《垂る》 くン《繰る》
トゥン《取る》 ウン《折る》 キン《蹴る》 ちン《切る》
ナン《鳴る》 ワン《割る》 ウン《居る》 いン《入る》
(2)3音節動詞
サガールン《下る》 ワハールン《分かる》 タグ(ー)ルン《手繰る》 スブ(ー)ルン《絞る》 サギ(ー)ルン《下げる》 フき(ー)ルン《起きる》 あガールン《上る》 マガールン《曲がる》 ナブールン《登る》 フくールン《送る》 あギールン《上げる》 マギールン《曲げる》
(3)4音節動詞
あヤーマン《誤る》 サダーマン《定まる》 クとゥーワン《断る》 タシ(ー)かン《助かる》 タシ(ー)きン《助ける》 あヂ(ー)きン《預ける》
(4)5音節動詞
あラーたマールン《あらたまる》 あラーたミールン《あらためる》 ヤぱーラき(ー)ルン《やわらげる》 ヌくーたマールン《あたたまる》 ヌくーたミ(ー)ルン《あたためる》 タルーガき(ー)ルン《依頼してたよる》
以上、与那嶺方言の音韻の特徴と動詞の活用の大要について述べた。
この方言が、一面において、「国語」の古い相をおびながら、他面いちじるしく独自の変化をとげている。とくに動詞の活用などは、連用形に「wumu」が結合して、融合形が生じたために、その活用がいちじるしく複雑になっている。
琉球方言における方言の地域による変化がいかにいちじるしいかを、うかがい知ることが出来よう。
註①『沖縄今帰仁方言辞典』六二九頁~六三四頁 音韻。
註②同上六六三頁~六九五頁動詞活用表。註③服部四郎著『言語学の方法』四〇一頁 奄美大島諸鈍方言の動詞・形容詞終止形の意義素
註④『今帰仁村史』一五〇頁語法。
(琉球大学名誉教授・東大・文・昭7)