文字サイズ
背景色変更

学士会アーカイブス

~随想~ 全体の奉仕者と政権 石原 信雄 No.929(平成30年3月)

~随想~ 全体の奉仕者と政権
石原 信雄
(一般財団法人地方自治研究機構会長・元内閣官房副長官)

No.929(平成30年3月)号

昨年秋の総選挙において、政権与党の自民党と公明党は議席の三分の二を超える安定多数を獲得し、選挙後の特別国会において安倍晋三自民党総裁が再度内閣総理大臣に指名され、第九十八代内閣総理大臣として国政を担うこととなった。

安倍内閣は、発足以来今日まで、国会において安定多数を擁する与党に支えられて内政外交を着実に進めている。

また、政権を支える官僚組織との信頼関係も一見極めて良好である。

しかし、わが国の将来を展望するとき、楽観を許されない課題が少なくない。

その一つは人口減少社会の到来である。

わが国の人口は既に減少に転じており、これから人口減が加速するにつれて経済が縮小し、これまで享受してきた豊かな生活水準が維持できなくなる惧れがある。

次が地球環境問題である。

温室効果ガスの削減等人類の生存を維持しつつ、経済の発展を継続していくため解決しなければならない課題が少なくない。

また、外交安全保障の面でも課題は山積している。その最たるものが国際社会の反対に逆らって核ミサイルの開発を続ける北朝鮮と今後急速に強大化する中国との関係である。

そして、最も心配なことは財政の悪化である。

平成二十九年度末の国債・地方債の発行残高は千九十三兆円に達し、この額は平成二十九年度のGDPの二倍近くで、先進国の中で最悪の状態となっているのである。

以上例示したような課題に対処するためには、政・官・民三者の連繫が不可欠であるが、特に政府の役割が重要となる。

政府が、山積する内外の課題に対処する場合、政策の決定は政治の責任で行われるべきであるが、行政のプロ集団である官僚組織は課題解決のための具体策について積極的に提起すべきである。しかし、最近は政策形成における官僚の役割が著しく後退しているように思われる。

その原因と考えられるのが平成二十六年五月三十日施行された国家公務員法等の一部を改正する法律によって、各省庁の幹部職への任用方法が変更されたことである。

政府は、各省庁の幹部職員の任用について、政治主導を強化する狙いで、従来各省庁の任命権者(大臣)の権限で行っていた方式を改め、内閣官房長官が適格性審査を行った上で作成する幹部候補者名簿に記載されている者の中から、任命権者が内閣総理大臣及び内閣官房長官との協議に基づいて行うこととした。

この改正は、内閣の重要政策に対応した戦略的人材配置を実現するために行われたものであって、各省庁の幹部職員がそれぞれの所管行政に関し、内閣の方針に反しない範囲で積極的に提言を行うことを妨げるものではない。

国家公務員法第九十六条において、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」と規定しており、また、官吏服務紀律第二条において、「官吏ハ其職務ニ付本属長官ノ命令ヲ遵守スヘシ但其命令ニ対シ意見ヲ述ルコトヲ得」と規定している。

政権及び与党の幹部に望みたいことは、各省庁の職員特に幹部職員に対し、所管行政に関し今後必要となる政策の研究を促し、その意見を求めて欲しいということである。そして、当面与党としては採用し難いものであっても、発案した職員を差別しない雅量を持って欲しい。

特に、国民の間や政党によって意見が異なる分野について、その必要性が高いと思う。

例えば社会保障費における給付と負担のあり方が問題となる。

人口構成の高齢化に伴って、年金、医療、介護のどの分野においても、現行制度を維持しようとすると財政負担が累増し、そのままではわが国の財政が破綻する惧れがある。

財政破綻を免れるためには給付水準を引き下げるか国民負担を引き上げるかの選択を迫られる。

税制についても、人により、立場によって大きく意見が分かれる。

しかし、わが国の租税負担率がヨーロッパの主要国と比べて著しく低いことは事実であり、例えば消費税の税率はヨーロッパの主要国ではいずれも二〇%を上回っている。

個人の所得に課税される所得税、住民税の負担水準も先進各国は概してわが国よりもかなり高くなっている。

外交・安全保障の分野は、政党間の意見の対立が激しいが、この問題についても、外交や防衛をライフワークとしている官僚諸君は、その経験を通じて相応の見識を持っているので、政権として彼等プロ集団の意見を大いに活用して欲しい。

(一般財団法人地方自治研究機構会長・元内閣官房副長官・東大・法・昭27)