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青色発光素子の開発を諦めずに挑み続けられたのは何故か 赤﨑 勇 No.888(平成23年5月)

     
青色発光素子の開発を諦めずに挑み続けられたのは何故か
赤﨑 勇 No.888(平成23年5月)号

はじめに
 筆者が高性能青色発光素子(発光ダイオード(LED)、レーザーダイオード(LD))の実現を目指して、窒化ガリウム(GaN)の研究を始めたのは、一九七三年である。

 当時、赤色や黄緑色のLEDや赤外のLDは開発されていたが、三原色のうち、波長が最も短い(エネルギーが最も大きい)青色の発光素子の実用化の見通しは全く立たない状況であった。

 青色発光素子を実現するには、[A]エネルギーギャップ(Eg)が2・6eV電子ボルト以上の半導体の使用が必須である。このように大きいEgをもつ半導体はワイドギャップ半導体と呼ばれている(因みに、広く使われているシリコン(ケイ素(Si))半導体のEgは1.1eVである)。

 高効率発光を得るには、[B]半導体内の伝導帯電子と価電子帯にある正孔の再結合確率が極めて高い〝直接遷移型半導体〟を用いるのが断然有利である。

 さらに、〝高性能〟発光素子の実現には、[A]、[B]を満たす半導体の、①高品質単結晶の作製と、②そのpn接合の実現が不可欠である。ここで、〝高性能〟とは、高効率発光であることはもとより、低電圧、低電流で安定動作することなど、電気的特性においても優れた素子を意味する。

 高品質単結晶は、高効率発光を得るために、また、電気伝導を制御してpn接合を実現するためにも必須である。

 しかし、一九六〇年代から青色発光素子用材料の有力候補と目されていた、セレン化亜鉛(ZnSe)やGaNは、いずれも結晶作製が困難であり、さらに、当時ワイドギャップ半導体では〝自己補償効果〟のため、p型(伝導の)結晶(従って、pn接合)の実現は極めて困難または不可能とされ、これらのことが、長年〝高性能青色発光素子〟の実現を阻んできた。

 高品質半導体単結晶膜の作製には、同一半導体結晶を基板とする〝エピタキシャル成長法〟が広く用いられている。しかし、基板結晶が得られないとき、格子定数ができるだけ近い異種結晶基板上への〝ヘテロエピタキシャル成長〟に依らざるを得ない。

 ZnSeは、格子定数が極めて近い良質のヒ化ガリウム(GaAs)単結晶を基板とするヘテロエピタキシャル成長が可能であり、また、加工しやすいことなどから、一九九〇年代前半まで、高性能青色発光素子の実現を目指す研究者の多くは、ZnSeに取り組んできた。

 GaNは、融点および窒素蒸気圧が極めて高い上、基板となる格子定数の近い結晶が存在しない。一九六九年H.P.MaruskaとJ.J.Tietjenが、ハイドライド気相成長(HVPE)法によりサファイアを基板として単結晶を作製し、一九七一年J.I.Pankoveらがそれを用いた金属‐絶縁体‐半導体(MIS)型GaN青色LEDを報告した。それらに触発されてGaN青色LEDの研究・開発は一時急速に立ち上がった。しかし、世界中の研究者の様々な努力にも拘わらず、結晶品質は一向に改善されず、またp型結晶が全く実現出来ないため、七〇年代後半には多くの研究者がGaN研究から撤退し、あるいはZnSeの研究に転向して行った。

GaNの可能性を確信
 筆者は、「かつて、GaAsの残留ドナー密度は1017cm-3以下にはできないとされていたが、一九六七年、気相エピタキシャル法で、残留ドナーを1014cm-3以下に低減させ、2.5×105cm2 V-1s-1(60K)という当時世界最高の電子移動度を達成、また負性抵抗など新しい現象を見出した」経験から、「ワイドギャップ半導体であるGaNは、残留ドナー密度が1019~1020cm-3もある。まず結晶を徹底的に締麗(ドナー密度が1015-1016cm-3以下の高品質結晶)にして、最適のアクセプター不純物を1018cm-3程度ドープすれば、p型結晶もできない筈はない」と考えた。

 そして、「GaN(Eg:3.4eV)はZnSe(2.7eV)に比べてEgがさらに大きく、p型結晶の実現はより困難と予想されるが、結晶が物理的にも化学的にも遥かに安定しており、熱伝導率もZnSeに比べて大きいことなどから、高品質単結晶の作製に成功した暁には、極めて安定した、青色および紫外発光素子を実現できる。」――と〝GaN系pn接合による高性能青色発光素子〟の実現を決意した。

 一九七四年、分子線エピタキシャル成長(MBE)を初めてGaNに適用し、不均質ながらGaN単結晶成長に成功、一九七五年から〝GaN系青色発光素子の開発〟に対して通商産業省(現・経済産業省)補助金を得て、HVPE法にも取り組み、一九七八年、従来に比べて格段に明るいMIS型青色LEDを開発した。これは、GaNに初めて選択成長を適用し、n型陰電極を結晶成長プロセス中に作り込んだフリップ・チップ型で、素子化が従来より遥かに容易であり、後に米国展示でも注目されたが、一九八一年化合物半導体国際会議で発表したときは、全く反響はなかった。既に世界中の多くの研究者がGaNから撤退し、関心をもつ人がいなかったのだと思う。筆者は、「我一人荒野を行く」心境であったが、たとえ一人になっても、GaN研究を止めようとは思わなかった。

 その頃、少年時代に鉱石の晶癖を観たり、六〇年代、ゲルマニウム(Ge)のエピタキシャル成長面の観察を楽しんだように、HVPE法によるGaN結晶の蛍光顕微鏡観察が日課であった。ある日、クラックやピットの多いウェハー(写真1(a)参照)の中に、綺麗な極微小結晶を見つけ、一瞬瞳を凝らし、青色発光素子用材料としてのGaNの大きな可能性を再認識した。

 そして、「なんとかして、ウェハー全体を、その綺麗な微小結晶と同等の品質に作れば(その時、表面は鏡面になるだろうと想像した)、伝導性制御も実現できる――鍵は〝結晶成長〟だ。」と確信した。

 こうして、一九七八年、もう一度、本研究の原点である〝結晶成長〟に立ち返ることにした。これは、筆者のGaN研究だけでなく、閉塞状態にあった世界中のGaN研究・開発にとっても、大きな岐路であったと思っている。

MOVPE法に賭ける
 結晶の品質は、成長法と成長条件に大きく依存する。GaNの成長法としては、MBE法、HVPE法のほか、有機金属化合物気相成長(MOVPE,OMVPEまたはMOCVD)法がある。

 筆者は、それまでの経験から、「MBE法は高真空中の成長であり、窒素蒸気圧が極めて高いGaNには窒素空格子点が発生しやすい。HVPE法は、ナノメートル(nm)オーダーの成長を制御するには成長速度が速すぎ、また逆方向反応を無視できないため、高品質化には不適」と――考えた。一方、MOVPE法は、H.M.Manasevitらにより一九七一年GaN成長に初めて試みられたが、良い結果が得られず、その後GaN成長には全く用いられていなかった。しかし、筆者は、「本法は単一温度領域での不可逆熱分解反応で、逆方向反応はない。また、不純物ドーピングや窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)など混晶の組成制御が容易で、成長速度もGaN成長には最適」と判断した。

 この選択(一九七九年)が、正しかったことは、今日、GaN系の結晶や素子が殆んど、MOVPE法で作製されていることからも裏付けられた。

 基板の選択に当たっては、結晶の対称性、物理的性質の類似性と同時に、MOVPE法の成長環境条件(約1000℃、アンモニア雰囲気中)に対する耐性などを総合的に検討しなければならない。Si,GaAs’サファイアなどで実験した結果、やはり当面は(将来、より優れた基板結晶の使用が可能になるまで)、それまでも使用していたサファイアを用いることにした。

低温堆積バッファー層技術の開発
 一九八一年からMOVPE法に取り組んだが、本法でも高品質のGaN結晶はなかなか得られなかった。相変わらず、表面にはピットやクラック(マクロな欠陥)が残り、また、電気的性質や光学特性は、不純物や格子欠陥が多いことを示していた。

 これは主に、GaNとサファイアの間の16%という大きな格子定数差に起因する、両者間の大きな界面エネルギーによる――と考えられる。実際、半導体結晶のエピタキシャル成長では、GaAs基板上のGaAs成長のような〝格子整合〟を金科玉条としており、ヘテロエピタキシャル成長の場合、不整合が1%程度でも良質結晶の成長は困難である。

 この問題を解決するため、一九八五年〝低温堆積バッファー層技術〟を開発した。具体的には、「GaN単結晶層の成長直前に、低い温度(例えば、500℃)で、GaNや基板材料と物理的性質の良く似た材料をバッファー層として、薄く(基板の結晶学的情報の、エピタキシャル成長層への伝播を妨げない程度の厚さ:30-40nm)堆積し、つづいて、GaNの〝エピタキシー温度〟(単結晶成長温度:約1000℃)に昇温してGaN単結晶を成長させる」手法である。

 これは、エピタキシャル層と基板の間に、〝低温で堆積させた非晶質の薄層をバッファーとして挿入する〟ことにより、両者間の大きな界面エネルギーを低減し、可能な限り〝ホモエピタキシー〟(同一結晶基板上のエピタキシーで、原理的には、界面エネルギーは存在しない)の条件に近づける――という筆者の着想に基づいている。

 バッファー層材料としては、一九六七年から結晶作製や光学特性の測定で馴染みのある窒化アルミニウム(AIN)を用いた。

 本バッファー層技術を用いて作製した結晶は、無色透明・鏡面であり、結晶学的、電気的および光学的特性などすべての重要な特性が、同時に、従来に比べて飛躍的に向上した(写真1(b)参照)。

写真1

 筆者が、一九七三年以来、その実現を夢見た、素晴らしい外観・内容を伴ったGaN単結晶を見た時の感動は忘れることができない。

p型伝導結晶の実現
 直ちに、p型伝導の実現に向けて、バッファー層技術を用いて作製した(残留ドナー密度が1015cm-3以下の)高品質結晶への亜鉛(Zn)ドーピングの実験を繰り返したが、高抵抗化するだけで、一向にp型結晶は得られなかった。

 一方、このZnドープ高品質結晶のZnの関与する青色発光が、低速の電子線照射(LEEBI)によって、スペクトルは不変のまま、強度が著しく増大する現象(LEEBI効果と名付けた)を、院生の天野浩が見つけた。

 筆者は、「これは試料のフェルミ準位が変化したためであり、p型に変換している可能性がある」……と直感したが、試料はp型伝導を示さなかった。

 一九八八年、「マグネシウム(Mg)と(置換される)Gaの電気陰性度の差が、Znのそれより小さいことから、MgはZnより活性化しやすい(可能性がある)」ことに気付き、Mg不純物源として、ビス(シクロペンタジエニル)マグネシウム(CP2Mg)を輸入し、一九八九年、これを用いてバッファー層技術による高品質のGaNへのMgドーピングを行った。その試料をLEEBI処理し、Mgの関与する青色発光強度の著しい増大(LEEBI効果)とともに、試料が低抵抗のp型伝導に変換していることを発見(ホール効果で確認)した。

 バッファー層技術による無色透明・鏡面の結晶を見た時と同様、大変興奮したのは言うまでもない。

 直ちに、故意に不純物をドープしていないn型結晶上にMgドープp型層を成長させてpn接合LEDを手作りし、従来のMIS型LEDに比べて遥かに優れた(pn接合理論どおりの)電流―電圧(I-V)特性を得た(写真2)。

写真2

 そして、世界初のGa Npn接合型青色/紫外LEDからの眼に沁みるような青色発光を見て、感動を新たにした。

 なお、現在、安定したp型伝導のGaNやAlGaNなど窒化物混晶を得るには、低温バッファー層技術による高品質結晶にMgをドープし、LEEBI処理または水素のない雰囲気中の熱処理などによりMgを活性化する方法以外に見出されていない。熱処理によってMgを活性化する手法は、一九九二年中村修二らによって開発された。

n型結晶の伝導度制御
 一方、n型結晶の電気伝導度について、新たな問題に気づいた。低温バッファー層の導入により、残留ドナー密度が著しく減少(結晶が高品質化)し、伝導度が著しく低下したことである。実際の素子作製では、広い範囲に亙って伝導度を制御する必要がある。一九八九年、バッファー層技術により結晶を高品質に保ちながら、シラン(SiH4)ガスの流量制御により、ドープするSi濃度を変えて、n型結晶の伝導度を広範囲に亙って制御することに成功した。

 このn型結晶の伝導度制御においても、p型結晶の実現と同様、バッファー層技術による高品質結晶の使用が必須である。

 こうして、一九八九年までに、GaN系pn接合型発光素子および電子素子の実現に必須の基礎技術を達成した。

 一九九〇年頃から、世界中でGaN系結晶・素子の研究・開発が急速に進み、関連論文数が指数関数的に急増するとともに、高輝度青色LEDの商品化をはじめ、GaN系各種素子が次々に開発されてきた。

さらなる高品質化に向けて
 一九九〇年、バッファー層技術による高品質結晶を用いて、レーザー発振に必須のGaNからの誘導放出を、室温では初めて、しかも従来より一桁以上少ない光入力で達成するとともに、同結晶の品質が格段に向上していることを裏付けた。

 さらに、低温バッファー層技術に加えて、〝低温中間層技術〟、〝高温MOVPE技術〟などの開発によりGaN系混晶や同量子構造のさらなる高品質化を実現するとともに、同材料系の量子効果を検証し、一九九五年には、高品質ナノ量子井戸構造によるGaN系レーザーダイオード(LD)を実現した。

おわりに
 筆者が、未到とされたGaN系pn接合による高性能青色発光素子の実現〟に挑戦し続けられたのは、〝青色発光に魅せられ〟〝GaNの可能性を確信〟していたからである。本研究に協力された共同研究者、学生諸君の多大な貢献に深く謝意を表する。

(名城大学大学院理工学研究科教授・名古屋大学名誉教授、特別教授・
名大・エ博・京大・理・昭27)