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日本経済の底力 唐津 一 No.822(平成11年1月)

     
日本経済の底力
唐津一
(東海大学教授)
No.822(平成11年1月)号

 いま、日本経済はかつてない苦境に立たされています。しかし、私の結論を先に言いますと、この不況はだいたい二年で確実に回復します。その理由を述べましょう。

 こういう大不況に陥ると、民間企業ではコストダウンや合理化に努め、新製品の開発を促進させて打開策を講じます。その効果が出るには早くて一年、通常二年は要する。いま、日本中の会社が必死で取り組んでいる効果が二年先には表れて、景気は確実に回復する。これは長年民間企業に籍をおいた私の経験から断言できることです。

 今朝の新聞に、広島のマツダがこの不況の真っ最中に九月中間決算で五十五億円の利益を上げたという記事が出ています。理由は簡単で、売れる車をつくったからです。日本国内の車の需要が約七百万台、その一割でもシェアに収めれば七十万台です。不況とは需要がゼロになることではなく、ちょっと減るだけなのです。一割も減れば大不況ですが、その中で自社のシェアを如何に上げるかが経営というものです。

 いま、日本の経済構造はすさまじい勢いで変化しつつあります。ところが、金融不祥事とか、東アジアの経済の落ち込み、国内では消費の冷え込みによる大不況、とマスコミが取り上げることばかりに気を取られていて、日本がどの方向に変わるのかを説いた専門家の論文を見たことがありません。そこで、私は責任官庁から発表されている裏付けデータを示しながら、日本ではじまった経済構造の激変をお話してみたいと思います。

データが実証する日本経済の実力
 まず第一に、日本経済の規模は、一九九七年のGDPが五百六兆円、世界の一六パーセントを占める大変な経済です。この間、クリントン大統領が北京に赴き、「これからは中国だ」と社交辞令を発していましたが、中国の経済規模はおよそ日本の五分の一、百兆円にも達していない。アジア経済全体の中の日本のシェアは六〇パーセント、日本人の貯蓄額は世界一で、これだけの巨大な経済力を持つ日本であるからこそアメリカも注目せざるを得ないのです。

 その日本経済がなぜガタガタしているのか。これも理由は簡単で、金融・証券業界の不祥事が原因であって、他に不景気の理由など何一つない。現にこの二年間、新聞の一面記事は殆どが金融・証券でした。ところが不思議なことに、今年の五月に金融不祥事が大蔵省と日銀に飛び火するや、以後ピタッと記事が止まった。二年間も新聞の一面でこれでもかこれでもかと報道されれば、日本全体がおかしくもなる。これが日本の不況の最大の原因だと私はみています。

 図1は、日本経済がどう変わってきたかを示したものです。GDP成長率は九六年が三・六で、工業先進国のなかではいちばん大きく絶好調だったのに、新聞はそのことを書きませんでした。不幸にして金融・証券不祥事が起きたからです。それが昨年は〇・九まで急落して、今年はおそらくマイナス成長でしょう。しかし、再来年は必ず上向きとなります。

 九一年の三・八から九三年に〇・三まで落ちたのは円高不況ですが、そこでみんながしゃかりきに頑張って、九六年の三・六まで盛り返したのに、金融・証券業界の不祥事があって九七年は一気に落ち込んだ。こういうことを繰り返してきたのが、戦後の日本経済の歴史です。特にバブル期の世の中は、全てが狂ってしまった。工場では十銭、二十銭のコストダウンに血眼になって取り組んでいる一方で、電話一本で巨額の儲けを得る企業があった。そんなバカな話はない、そんなことが続いてたまるかと思っていたら、とうとうバブルは潰れました。

 やはり、経済はモノをつくることが基本です。特に日本の鉄鋼業は、技術的に世界のトップレベルです。たとえば一トン二千円で輸入される鉄鉱石で鉄板をつくると、だいたい一トン当たり五万円。これで自動車をつくると一トン当たり百万円。もちろん鉄板をつくるには、鉄鉱石の他にもコークスとかいろいろなエネルギーも要りますが、要するにモノをつくることから出る付加価値が日本経済の根幹を成しているのです。

 図2は、日本の各産業がどれだけ稼いでいるかというデータで、世間にはいかにいい加減な話が多いかが分かります。つまり、「重厚長大産業は過去のもの。時代は軽薄短小」というのは大嘘です。重厚長大の基礎素材型産業、たとえば化学工業、石油製品、窯業・土石、鉄鋼業等の出荷額、付加価値額はトータルで百兆円、付加価値が四十兆円で約四〇パーセントを占めている。加工組立型製造業は出荷額百三十五兆円、付加価値額四十六兆円と、たいしたことはない。基礎素材の窯業・土石製品はセメントとかセラミックで、だいたい半分が付加価値ですから、これは儲かります。ところが、データを重視しない評論家は、これを時代後れの重厚長大産業と決めつけています。

モノづくりの構造は変わっていく
 日本の経済をつくったのは技術です。モノをつくるには技術がないとできない。ところが、技術は変わります。図3は、その技術がどのぐらいのスピードで変わったかを示したものです。

 戦後まず、日本の家電メーカーはラジオをつくり、白黒テレビ、カラーテレビをつくった。続いてオーディオ、ビデオ、ビデオカメラ、と主力商品はだいたい十年で入れ替わっています。最近カラーテレビの生産は、海外にシフトして日本の産業が空洞化したと言われていますが、日本でなくてもつくれるものは海外でつくればいいわけで、何の問題もありません。

 製造業では、同じものをつくっていたのでは会社は潰れますから、日本の会社は死にものぐるいになって研究開発を手掛けます。製造業は一九六五年以降、三十年間で売上げが約三倍。一方、研究開発費はちょうど十倍増え、経常利益は横バイで大して増えていない。これがアメリカの経営と全然違うところで、アメリカは経常利益を出さなければ社長の首が飛びます。日本の経営の基本は、利益ではなく企業の永続性ですから、これが日本の経済を支えているのです。

 先日、オリンパスの会長から、胃カメラのような医療用カメラにも四ミリの超極小カメラが開発されたと聞きました。かつて『ミクロの決死圏』という映画がありましたが、いまや血管の中に入れるカメラで、あれの現実化です。研究費に去年は売上げの一五パーセントを投入しているとのことで、経常利益より研究開発費を問題にするのが日本の会社の経営方針です。

 昨年、アメリカで成立したパテントのトップ一〇社中、アメリカの会社はIBM、モトローラ、コダックの三社だけで、あとは全て日本の会社です。よく日本人の創造性が云々されますが、創造性がなければ特許は生み出せません。しかもパテントが成立して金になるには、五年から十年を要します。いまのような調子で日本がどんどんパテントを出し続けていると、アメリカはいつか日本のパテントでがんじがらめになるという報告書がはっきり出ています。

 図4は、技術貿易額の推移を示しています。日本はモノをつくって売るのが得意でも、技術は外国から買っているという説が専らでしたが、いま技術輸出は輸入の一・四倍で、四年前から様相が変わりました。先日、NHKのBS放送で企業のトップの人たちとの座談会に出席しました。その折、司会者から、日本は技術を買っている、と認識不足な発言があったので、私は、四年前から技術は黒字であって、技術の世界では五年も経てばすっかり変わってしまう、とたしなめましたが、技術の推移をみていない。

 昨年、私がワシントンでもらってきた資料に「二十一世紀に対応するため、アメリカの科学技術をどうしたらいいか」というぶ厚い報告書があります。これはインターネットで読める資料なのに、日本のマスコミはどこもこれを取り上げなかった。たまたま記者クラブで話すにあたって、私はこの報告書を持っていき、ワシントン特派員は一体何をやっているのか、クリントンのスキャンダルよりももっと大事なのは、こちらの方ではないのか、と言ってやりました。

 この報告書は、「一九八〇年代は日本の時代だった。九〇年に入ってアメリカは元気を取り戻した。そこで二十一世紀に対応してアメリカは何をなすべきか」ではじまり、その中で、せっかく日米科学技術協定があるのに、研究開発については一方通行だ。その原因は、日本が出し渋っているわけではなく、日本の技術者が英語を理解しているのにアメリカの技術者は日本語が分からないからだ。アメリカの大学で日本語の教育をやるべきであると提言している。つまり、アメリカは、日本と組まなくてはどうにもならないということを知っているのです。

 私は国防省に呼ばれて十一月にワシントンへ行きますが、アメリカの兵器は日本の部品がないとできない。たとえば湾岸戦争で飛んだミサイルに積まれていた部品のメッキは大田区でつくられたというように、技術の相互依存関係がいま非常に密接に繋がっています。

 図5は、日本の輸出を示しています。一九八五年当時の輸出の大部分が家電、自動車などの耐久消費財であったのが、どんどん減り、これに対して伸びたのが資本財――モノをつくるのに使う部品とか材料、キャピタルグッズで、輸出の七割を占めています。

 日本の貿易黒字の原因はいまや資本財であって、絶対に自動車ではありません。自動車の輸出は、日本の輸出の一七パーセントです。これは大事なことで、資本財の輸出と消費財の輸出とでは、意味が違うのです。消費財、たとえば自動車の場合は黒字が多いからと輸出を止めても、向こうはあまり困りません。ところが資本財の輸出を止めると、相手国は工場が稼働しなくなり、非常に困る。資本財の輸入を止めるわけにはいかないのですから、日本の貿易黒字は絶対減りません。

 いま日本では、世界中に対して独占的に供給している部品や材料が非常に増えています。従来アメリカが非常に強かった部門ですが、少しでも儲からなくなると社長の首が飛ぶお国柄ですから、みんな撤退してしまった。たとえば、半導体をつくるのに必要なシリコンウエファーという板をつくっている会社は、アメリカにはひとつもありません。最後に残っていたナイアガラの滝のそばのユニオンカーバイドも、水力発電で安い電気を使っていたのに、儲からないというので、コマツが買い取りました。日本が資本財の輸出を止めると、世界中の工場が止まるという事実をよく覚えていて欲しいものです。

 現に、一九九五年の阪神淡路大震災のときには、世界中の自動車工場が大慌てでした。世界の自動車エンジンのバルブ用スプリングの八〇パーセントが神戸製鋼でつくられていたからです。それがストップすればエンジンができない。そういう事態が生じると日本の底力は凄いと分かるんですが、普段はなかなか表面に出ません。

 日本の供給している部品が世界中から求められるのは、日本の製品が世界の一級品だからです。一級品ができ上がるということは、使っている部品も材料も生産設備も全部一級品だということです。ほかの部品は一級品ばかりでも、一つだけ二級品を混ぜるとできたものは必ず二級品になる。そのことを世界の技術者が知っているから買いにくる。いま世界の工作機械のほとんど半分は日本がつくっていて、日本でなければできない工作機械が増えています。

 例を挙げれば、燃料タンクをリチウムアルミに代えたところ、スペースシャトルの目方が二トン半軽くなったそうですが、このリチウムアルミを削るには、福井にある松浦機械製作所の機械でなければ削れないのです。他にもそういう例はたくさんありますが、日本はいまや世界の工業先進国が根幹とする部品とか生産設備を供給する国になっているのです。日本でしかできないモノをつくっている会社は不況知らずで、忙しくてしょうがない。山梨県大月市の山の中に、従業員百六十人のオイルレスメタルをつくる工場があります。従来なら滑るところには油を差さないと焼きつきますが、これは油を差さなくても動く材料ですから、世界中の自動車工場が買いにくる。こういう会社は不景気とは無縁な存在です。

 図6は、各国の貿易依存率を示しています。数字は九五年でちょっと古いのですが、日本は輸出で八・六、アメリカが八・一。最近では日本が八・七ぐらい、アメリカが八・三程度で、それ以外の国は二〇から三〇パーセントに達しています。日本は輸出で稼いでいるといまだに言う人がありますが、輸出が八・六ということは、内需が九〇パーセント以上ということで、日本の経済は内需が支えているのです。私は技術屋ですから、勘ではものを言いません。データに語らせているのです。

 最近、日本の会社が海外生産を増やしました。円高がはじまるや一斉に海外へ手を広げ、いまは輸出の四十兆円を上回る四十七兆円に達しています。これは韓国のGDPよりはるかに大きく、日本の会社が海外で雇用している人員も全世界で三百万人を超え、アメリカの六十三万人を遥かに上回っています。さらに、アメリカの商務省が発表した数字によれば、アメリカの輸出の九・七パーセントは日本の会社が占めている。つまり、アメリカの貿易赤字を一所懸命減らしているのは、日本の会社なのです。九六年のアメリカの自動車輸出のトップはホンダで、トヨタが二番、三番がGMです。かつてアメリカのカンター長官が「日本の対米黒字の六割は自動車だ」と発言した。日本からの輸出とアメリカからの輸入の差額が黒字とすれば、確かに自動車は六割。ところが、アメリカの歳出全支出で割ると二割もなかった。これはアメリカは因縁をつけるのが実にうまい、と言うしかありません。データを見れば簡単に分かることです。

 アジア経済が狂い出した原因はなにか。タイ、シンガポール、韓国、中国といった国の輸出は対前年比で一〇パーセント、二〇パーセントと伸びていたのが、日本の円が下がった途端に何処もガタガタになった。円安で日本のモノが三割安く買えるとなると、日本製品を買う国が増える。そこへソロスのへッジ・ファンドが介入してきて、通貨や株が暴落しはじめたわけです。

ズボラ産業繁栄論
 先ほど私は、この二年間の朝刊の一面は、金融・証券の話ばかりだったと言いました。国民も朝から晩までこれらに絡む不祥事ばかりを見せられ、マスコミが挙って不景気だと煽れば心理的不況感に陥ってしまい、誰しもモノを買わなくなるのは当然です。とは言っても、日本の個人消費は三百兆円にも上っており、日本経済の六割は個人です。元来、日本は貯蓄に熱心な国民性もあって、個人はお金を持っています。それを表すには、貯蓄の場合は平均値ではなく、金持ちから貧乏人まで順番に並べて、真ん中の人がどれくらい持っているかという中位数・メディアンを使います。それによれば、日本の勤労者所帯の貯蓄はだいたい七百四十四万円という額になる。要するに、これが出回らなくなったことが不況の原因というわけです。

 いま日本の景気は西高東低です。悪いのは東で九州は景気が上向き、マツダが好調な広島もいい。これは日銀のデータとして発表されているのに新聞は書かない。「不景気だ」と書き立てなければ読者は読まないとでも思っているかのようです。

 われわれが生きていくうえで、食料、衣類、住居、医療・保健はどうしても必要なものです。家計調査によれば、教養・娯楽・教育、理美容、交際費、使途不明金と、どうしても必要なモノ以外が、消費支出の三分の一。個人消費が三百兆円とすると、百兆円になります。これが冷えたというのが今回の不況の実態ですから、百兆円をどう引き出すかがこれからの課題です。

 図7は、総務庁統計局のデータで、日本人のモノを買ううえでの生活感覚が変わっていることを示しています。「あなたは何が欲しいですか」という調査を見ると、欲しいモノがすっかり変わっています。衣料は欲しいだけ持っている。耐久消費財も家中に氾濫している。食品に至っては下がっている。日本は食料の自給率が半分以下になり、五〇パーセント以上は輪入食材です。いまシーズンのマツタケは、日本産のものは一本一万円では買えませんが、スーパーではチャイナやコリア産が千五百円程度で買えます。

 この二十年間に日本人の支出は金額で一・四倍、十年で約一・二倍増えたと言えます。最早、日本人は着ることや食べることにも満足したので、住まいを快適にするための費用が一・四倍増、それをさらに上回ったのがレジャー・余暇・サービスで、一四、五パーセントから三五パーセントと大幅に伸びています。

 最近、自動車は売れないと言われる中で一人気を吐いているのがRVレクリエーション・ビーグル。一種の家具としてピカピカに磨いていた乗用車の感覚から脱して、ワイルドさを強調するRV車は、少々の疵や泥が付いていた方が恰好いいと歓迎されています。

 一方、海外旅行に出かける人も千七百万人に達しています。日本人は海外では買って買って買いまくることで有名で、成田から飛んだ飛行機は旅客機でも、帰る時には貨物機になっていると言われる所以です。

 五年に一度の割りで調査が行われているサービス産業基礎調査によれば、平成元年から六年の五ヵ年間の製造業の伸び率がわずか〇・五パーセントだったのに対し、サービス業は実に四六・九パーセントの伸び。中でも対個人サービス業は六四・七パーセントとなっており、サービス業に不況はなかったということです。

 図8の総務庁の労働力調査によれば、製造業就業者数は八七年ごろの不況期に落ち込み、いまはまた不況で右下がり。卸・小売・飲食はゆるやかな上昇。サービス業は右肩上がりに伸びて、八一年当時の一千万人強から、いまや製造業を抜いて千七百万人。日本は不況と言いながらも失業率が低いのは、サービス業が吸収しているわけです。

 そもそも「サービス業」のサービスとは何を意味するのか。ウェブスターの辞書には、サーバント(召使)、スレイブ(奴隷)、ミリタリー・サービス(軍隊へ入隊)、テニスのサーブ、アフター・サービスとある。つまり、「だれかのために何かをしてあげましょう」というのがサービスの主たる意味と解釈できます。確かに、懐具合が豊かになった日本人は、面倒臭いことは金を払って人に依頼するようになった。引っ越しや掃除といった面倒なこと、難儀なことはすべて業者が一括引き受けてくれる時代なのです。

 コンビニやスーパーで出来合いの料理が何でも手に入るので包丁が不要、さらに台所がなくても食事ができる。みんながズボラになったことがサービス産業の成長につながり、その金を出すゆとりができた。だから私は、いまの成長産業であるサービス産業とは「ズボラ産業」と呼びたい。上品に言うなら「ゆとり産業」と言い換えてもいいですが……。

 サービス業の成長率をみると、減っているのはゴルフ会員販売業。携帯電話は特別として、伸びているのは人材派遣、在宅介護、人材紹介、興行場、テレマーケティング、保育サービスと、これはみんなズボラ産業です。大学の新卒採用人数の発表をみても、普通の会社はせいぜい五、六百人という中で一つだけ千人採用という会社があった。これが名古屋にある人材派遣業のメイテックで、ズボラ産業の典型的な会社です。

 かつて、コンピュータを入れたり、知的集約化のことをサービス化と言っていました。いま、日本で伸びているサービス業は、労働集約的産業で、就業人口の最も多いのがホテル旅館業、ビルの管理業です。

 これは製造業が没落してサービス業が伸びたということではなく、製造業が極めて高収益を上げた結果、給料が多くなり、その金がサービス業に回ったということです。ですから、製造業が潰れてサービス業に取って代わったということでは決してありません。製造業がしっかりしていなければ、サービス業は潰れてしまいます。

良いモノは売れる――新技術の進展
 そこで、これからどうすればいいのか。第一は、個人消費の活性化を促すことが必要です。政府の政策は、いま個人消費の足を引っ張ることばかりです。所得税も最高税率七〇パーセント以上というのでは手元に三割しか残らない。昔、松下幸之助さんが「日本の税制というのは、一所懸命働いた収益をそっくり国に納めて、そのなかから手数料をもらっているようなものだ」と言っていましたが、税制の再考が緊急課題です。

 それから、世界中で最も家を建てているのは日本で、九六年は千六百万戸、アメリカは千四百万戸、ヨーロッパとなると極端に少ない。日本の木造住宅は二十年経つと建て替えるからだとは言うものの、とにかく日本は住宅王国です。

 日本の産業構造をみると、建設業が日本のGDPの一〇パーセントを占めている。日本以外の国では殆どが五パーセント程度で、まさに日本は土建国家でもあるのです。だから今度の樋口委員会の答申の中にも、住宅を改善しようという案が盛り込まれています。

 これまでの話で日本の経済の全体の姿がみえてきたと思いますが、では、どの方向に目を向けるべきかを見極めるとなれば、何と言っても技術革新でしょう。

 FM東京が「見えるラジオ」を売り出しました。ラジオに画面が付いていてデジタル信号でニュースや天気予報を読めるようになっているのですが、発売当初は全然売れなかった。そこで、ある局員のアイディアでタレントのスケジュール情報を流したところ、二百万台も売れた。金は持っているわけですから、欲しいモノが出れば買うに決まっています。

 いま家電業界でどんどん売れ出したのは、DVD(デジタル・ビデオ・ディスク)といった新技術商品です。デジタル・スチル・カメラは、シャッターを押せばその場ですぐ絵が見られるので、気に入らなければ消して、また撮り直しができたり、若い女性であればプリクラに使うということで、去年は二百五十万台も売れた。デジタル・ビデオ・カメラ、テープレコーダーに代わるミニディスク(MD)は、去年、ソニーだけで二百万台も売り黒字を計上しています。

 私が強調したいのは、売れるモノをつくらないから売れないのであって、売れないモノばかりつくっていて不景気だと言っているのは、経営者の怠慢だということです。新技術に取り組んでいる経営者は、確実に儲けているのです。

 これからは、デジタルテレビ放送も本格化する。携帯電話はすでに四千万台普及し、さらにアメリカのモトローラ社が推進中のイリジウム計画―地球的規模の移動通信網サービス―もいよいよ開始。ノートサイズパソコンは、薄さ二センチぐらい、重量も二キロを割る軽量で便利この上ない。カーナビの需要も伸び始めました。これが私の言う新技術で、もうそれしか生き延びる道はないのです。

 「新交通・新運輸」もいま日本の世の中を変えつつあります。平成九年六月に青森-函館間を時速四二ノット(七〇キロ)で走る高速フェリー「ゆにこん」の運航が始まり、青森-函館が二時間。青函トンネルを走るよりも早いので、JRは慌てて運賃を下げた。長崎にこのフェリーを持ち込めば、いまや佐世保から上海へ日帰りできる。時速七〇キロの船が運航するとなれば、海に高速道路ができたのと同じで、東アジアの海辺の都市が急速に発展する。三菱重工の下関造船所でつくったあの船は、これからの新交通手段として、革命をもたらすでしょう。

 「新運輸」とは宅配便です。たとえば下関から皿の上にフグ刺がきれいに並んだ状態で届けられる。運搬中に皿の上の盛りつけが片寄ることもなく運ばれる。そういう産地直送ができるようになって、宅配便もいま、世の中に革命をもたらしつつある。いま魚河岸の扱い量が半分に減りました。時代は変わっているのです。万事このように、第三次流通革命がいまどんどん進行しつつあることをご認識頂きたいものです。

 それから国際化と無国籍化も進むでしょう。たとえば、パソコンについているマウスの裏をみると、殆どが台湾かチャイナ製です。マイクロプロセッサーはアメリカ、メモリーの半導体は日本か韓国。CD-ROMはだいたい日本製で、サウンドボードはシンガポール。でき上がったパソコンは国籍不明でしょう。製品の無国籍化がいまものすごい勢いで進んでいる。貿易統計で黒字が多いとか赤字が減ったのとか言うのはナンセンスで、まったく意味をなさなくなるでしょう。

 先ほどの「見えるラジオ」が二百万台売れたことからも、消費者は自分の心に触れるモノが売り出されればすぐに飛びつきます。肝心なことは、これが日本と他の国の不況とが全然違うところで、東アジアの国々がガタガタしているのは、モノを買おうにも金がないからです。日本の不況とはまるっきり性質が違うということを間違えないでください。

 東アジア経済がつまづいて、IMFが金を出したというのも、その七割は日本の金で、アメリカは金は出しません。出すのは口だけで、ご存知のように国連の供出金だって出さない国なのです。

 だから、私は日本の経済力は物凄い力があるのだと言いたい。それがちょっとした失敗――つまり、朝から晩までマスコミが不況を印象づけて、三百兆円もある個人消費を冷やしてしまった。しかもそのうちの百兆円は使途不明金といったいい加減な金なのです。これが市場に出てきたら、日本の経済は活性化し、景気も必ず急速に回復してきます。

 だから、私が冒頭に言ったように、この不況は二年経てば必ず元へ戻ります。私の話は全部現場をみて、データに裏づけられています。消費者が欲しがるモノをつくっていれば不況はない。売れないモノをつくって「不況」と騒ぐのはいい加減止めにして欲しいものです。

 図1をもう一度見直してください。九六年の日本経済は絶好調だったのに、どうしてこのことをもっと重視しないのか。しかも、内需が四・四、輸出はマイナス〇・九。それで現実に三・六という数字を実現しているのですから、必ずや日本の経済は九九年は上昇します。その様子が目にみえるようです。この消費の落ち込みは、新聞が陥れた不況ですから、私は「新聞不況」と命名したいくらいです。データをみても、悪くなる理由は何もない。これだけ金を持っている国が、こういう不思議な不況を起こすとは実にバカバカしいということを結びの言葉といたします。日本の底力を信じて頑張りましょう。有り難うございました。

  (東海大学教授・京大・工・昭17)
(本稿は平成10年10月21日午餐会における講演の要旨であります)