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これからのアジアと日本を考える 平岩 外四 No.807(平成7年4月)

     
これからのアジアと日本を考える  
平岩 外四(経済団体連合会名誉会長) No.807(平成7年4月)号

 
 今回の兵庫県南部地震(阪神大震災)は、予想を越える大きな災害となりました。都市型地震による惨状を目の当たりにして、地震の怖さを改めて痛感している次第です。皆様には、ご関係先の中で被災された方もおられると思いますが、このたび亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。また、今後復旧活動が速やかに進んで、市民の方々が一日も早く日常の生活に戻られ、生産活動も再開されることを願っております。
  私は、10年ほど前にも、この午餐会で「日本の国際化を考える」と題して、「日本が国際的な問題を自分のものとして受け止めることによって、積極的に世界の発展に寄与していかなければならない。それには、多様な価値観や文化を認めることのできる、日本的な良さも追求してく必要がある」という主旨のお話を申し上げたように記憶しております。
  世界はこの10年間に、当時は予想もできなかったほど変わりました。日本の現状を観るにつけ、あの時の想いは今でも変わっておりません。ただ、当時の状況に比べて、わが国を巡る情勢は一段と厳しくなっているという感じを抱いております。
  実は、昨日村山総理の方から新しい経済計画を作成するという、大変大きな宿題を頂いてしまいました。本日は、それを拠り所に、最近注目されているアジア地域の発展と、これにわが国がどう対処していったらよいのかという点について、私が日頃考えておりますことを申し上げたいと思います。

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経済計画の流れ
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 今朝の新聞にも報じられていますので、既にご存知のことと思いますが、昨日、村山総理の名において総理官邸で経済審議会が開催され、そこで新しい経済計画の作成が諮問されました。戦後、昭和30年にわが国で初めて経済計画が作成されるようになってから、現在まで12の経済計画が作られておりますので、今回新たに計画が作られると13番目ということになります。
  私は経済審議会の会長として、今までに2つの計画に携わって参りました。1つは「世界とともに生きる日本」、もう1つは現在の「生活大国五か年計画」です。前者は竹下内閣、後者は宮沢内閣の時代に作られたものです。
  わが国の経済計画は、経済政策の長期的な方向付けを行うなど、企業活動や国民生活の指針となるものですが、数多く作成されているので、計画の名前を申し上げても、なかなか馴染みが薄いのかも知れません。今までの計画の中で比較的有名なのは、昭和30年代の池田内閣の「国民所得倍増計画」ではないかと思います。その名前の通り、国民の所得を増やすというのが一番大きな狙いでした。また、昭和40年代の第一次石油危機にかけては、佐藤内閣時代の「経済社会発展計画」とか、田中内閣時代の「経済社会基本計画」が出されました。この時代には、経済に加えて「社会」という言葉が新しく登場してきました。

 これは、その時代に既に問題となっていた環境の改善とか福祉の充実が、国民的課題として計画の中に大きく取り上げられた結果に他なりません。
  その後様々な名前の計画が作られ、現在の経済計画には「生活大国」というタイトルが付いています。これは「経済大国」という表現から採られているものの、果たして「生活大国」という名称が適当かどうかということで、当時いろいろ議論がありました。そのことはともかく、「生活」という言葉を全面に出すことによって、国民生活のあり方を第一に考えた計画を目指しています。
  ここでいう国民の生活とは、生活者を重視する社会へ変えるということです。例えば住宅の水準を高めるとか、労働時間を短縮する、あるいは個人の多様な価値観や簡素なライフスタイルを目指すといった、従来の計画とは違った、経済社会の中での本当の豊かさを追求していこうというものです。そういう意味からすれば、現在の計画は最近の時代の特徴を大きくとらえているということが言えると思います。

 現在の経済計画は、時代の特徴を良く表しているにしても、検討された時期が何分にもバブル経済の真っ直中の時期であったということもあって、経済成長率をはじめ、マクロの数字が全く合わなくなってしまいました。例えば経済成長率について申しますと、今の経済計画では平成4年から平成8年までの5年間を、平均3・5%の成長とみているわけです。ところが実績はご承知の通りゼロから1、2%の間を低迷している状況です。しかしこれはバブルが萎んだ影響でもあり、一時的な要因も含まれているにせよ、マクロの目標値が実績とこれだけ離れてしまうのは、経済計画としてはやはり都合の悪いことには違いありません。
  そして、何よりもこの数年間で異なってきたのが、わが国を取り巻く国際情勢の変化です。こうした情勢変化にわが国は対応できるのか、果たして活力ある社会を今後構築できるのかという、将来に対する懸念や課題がいろいろ出てきました。そこで経済審議会が、計画のフォローアップ作業をずっと続けてきた結果、問題点として指摘したのは、計画が3年前に策定されたときから現在までの状況をどう観るかということでした。
  そこでの結論を申し上げますと、計画作成後の情勢変化として挙げなければならないのは、何と申しても景気低迷の長期化による影響が大きいということです。その原因は、バブル期の大幅な設備投資の反動や、製造業を巡る国際環境の変化、あるいは消費の低迷、という認識です。このことによって、後に申し上げるような産業を巡る閉塞感が広がっているということ、また、雇用の過剰感が高まって、年功序列制などの日本的雇用慣行の見直しにも繋がっていく可能性がある、という面も指摘しております。

 一方、この経済計画が目指している生活の豊かさの実感が達成されたのかどうかという点については、着実に進んでいる分野もあり、そうでない分野もあります。進んでいる分野としては、景気低迷の影響もありますが、年間労働時間1,800時間へ向けて総労働時間を短縮していくとか、年収の5倍程度で住宅が取得できるといった点は、やや目標に近づいてきたという感じがいたします。
  しかしその反面、活力ある経済社会の構築という面では達成されていない分野も非常に多く、また経常収支の黒字を減らしていくという、計画のもう1つの目標達成もまだできておりません。総合してみれば、今後とも「生活者重視」という基本理念を引き続き採りながら、活力ある社会を構築することが重要だ、という課題の多い結論です。

 こうした結論が出てきたのは、昨年の9月以来、経済審議会の下に4つの委員会を設けて、今後のわが国の経済改革のあり方について審議してきたことによるものです。
  4つの委員会とは、「経済活性化委員会」、「住宅・社会基盤委員会」、「少子・高齢社会委員会」、「世界経済委員会」で、いずれも重要な問題ばかりです。ここには各界から、若手のメンバーに集まって頂いて、集中的に議論を交わして頂きました。最近、その報告書が纒まったので、それぞれの結論の要点をご紹介したいと思います。これらはいずれも、現在の経済計画作成の時にはあまり考慮されていなかった、わが国の今後の重要な課題です。
  1つは、最近のアジア諸国の急速な工業化に加えて、円高の進行によって、わが国の産業の空洞化が懸念されており、これには経済を活性化するための対応策が必要である。
  2つ目は、わが国の新たな経済発展の基盤を早急に整備する必要があり、それにはコンピュータネットワークなどの知的資本や、国際化のための人的資本の整備を含めた、総合的な社会基盤の整備が必要である。
  3つ目は、わが国が既に少子・高齢社会に突入しているという認識の下に、あらゆる世代の者が能力や希望に応じて自己実現ができる社会を作っていく必要がある。
  4つ目は、ウルグアイ・ラウンドの後を受けて世界貿易機関(WTO)が創設され、またアジア太平洋経済協力会議(APEC)が新たな局面を迎えるなかで、わが国としては対外経済政策の基本的あり方を改めて提示する必要がある、という4つの課題です。
  このように4つの委員会の報告書が指摘しているのは、最近、アジア諸国の経済成長が非常に目覚しいなかで、日本経済が当面する様々な課題が、バブルの崩壊を契機に一挙に表面化してきたという点です。言い換えれば、これからの日本経済には戦後の発展パターンが当てはまらなくなって、大きな転換期にきている、ということではないかと思います。

 振り返ってみますと、わが国は戦後、欧米諸国の水準に追い付き、追い越せを目標に、民間の活力を基にしながら、官民が協力することによって発展してきました。これまでの高い経済成長も、もとはといえば民間企業の旺盛な設備投資意欲があったからです。最近になって懸念されている空洞化の問題は、日本経済が曲がり角にきたことに対する危機感の現れであると思います。
  現在、空洞化が懸念されているのは、産業の空洞化、金融の空洞化、さらには情報とか人の空洞化で、ヒト、モノ、カネの総ての分野に亙っております。空洞化の実態については、各方面で既にいろいろ述べられていますので、ここでは詳しく申し上げませんが、これが問題になる理由は、日本経済が世界の大きな流れに適応できなくなるという心配が強まったためだと思います。

 とくに産業の海外シフトについては、経済発展の必然の結果であり、国際分業の観点から言えば避けて通れないという面と、一方日本の資本が海外に出ていくことによって、アジアがわが国にとって脅威的な存在になるという懸念の両面があります。こうした観点から、いま大きな問題の1つとなっているのが、日本とアジアとの関係でありますので、この点に少し触れてみたいと思います。
  アジアの発展がこのところ非常に急速であり、活気に満ちているのに対して、わが国の方はバブル崩壊の後遺症もあって、少しばかり元気がないという感じを抱くのは私だけではないと思います。アジアがこのように活気に満ちているのは、それぞれの国が政治的にもかなり開放されてきて、ヒト、モノ、カネの移動が以前より自由になった結果であることは間違いないと思います。

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アジアを観る世界の目
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 私は昨年の11月上旬から中旬にかけて、2週間ほど中国を訪問し、改革・開放の現状をいろいろ見る機会がありました。今回は、毎年訪問している北京に加えて、内陸地方の雲南省や四川省、さらには沿岸地方の浙江省などを訪れ、また久し振りに、今注目されている上海地区の浦東地区などを視察してきました。
  北京へは、ここ10数年毎年訪問し、その度に街のたたずまいの変化に驚かされます。今回も、北京飯店のすぐ横の、王府井(ワンフウチン)というにぎやかな町の中心街が取り壊され、新しい街に生まれ変わろうとしているのを目の当たりにして、都市の改造とはこんなに早いものなのかという思いを新たにしました。北京の中心地では、昔あちこちで見かけた古い密集した家屋は今ではすっかりなくなり、巨大な近代的ホテルと集合住宅に変わってしまいました。
  雲南省や四川省でも、内陸部の発展は予想以上で、昆明や成都といったそれぞれの省の都会でもビルの建設が盛んに行われており、また車のラッシュが極めて激しいという状況でした。場所によっては、スモッグもひどくなるなど、環境問題の方が心配な状態にさえ陥っています。奥地も経済発展に程度の差はあるものの、活気があるという意味では沿岸部と変わらないという印象を受けました。とくに雲南省は、日本から見ると大変離れた、周辺の奥地のように思われ勝ちですが、実は国境を接したミャンマー、ラオス、ベトナム、タイといった国々との経済圏がすでにできているということで、昆明からそれぞれの国へは、いずれも飛行機で1時間以内で行けると聞かされ、頷かざるを得ませんでした。
  今回の訪問で一番驚いたのが、何と申しましても上海の発展ぶりです。地下鉄の建設も急ピッチで進むなど、市街の改造のテンポは北京以上で、街の発展を象徴する東洋一といわれるテレビ塔がちょうどでき上がったばかりでした。
  ここには、浦東地区という国家プロジェクトの開発地区がありまして、今、建設真最中です。広さ350平方キロメートルということですから、東京23区の広さの3分の2に匹敵する広大な地域です。この地域に全く新しく、加工業、商業、金融業、住宅地など、都市機能の総てを入れ、また新しい国際空港の建設などを含めて、西暦2020年の完成を目指して都市の開発が進められております。したがって完成の暁には、アジア地域の一大拠点として大きく浮かび上がってくることは間違いないと思います。私のわずかな期間の中国見聞からも、今アジアは、経済の面で自由度が高まり、大きく変わろうとしていることが読みとれました。中国はもとより、韓国や台湾、香港などの東北アジアから、ASEAN諸国に亙る地域の発展は、歴史的観点からも特筆すべき出来事であろうと思います。

 今やアジアを観る目は、かつての「停滞のアジア」から「発展のアジア」へとすっかり変わってしまいました。こうした状況を見て、欧米の各国が積極的に投資を行っているのは、ご承知の通りで、その意味では、今まで日本に関心を持っていた欧米諸国も、日本を通り越して、頭越しにアジアに目を移していると言ってもよいと思います。もちろん、アジアの各国がこのまま順調に発展していくかどうかは、これはこれで難しい問題ではあるにしても、少なくとも、この地域の経済市場が拡大することによって、世界の市場が大きく膨らんでいるのは紛れもない事実です。
  こうしたアジアの発展や世界の流れに直面して、わが国として今後どう対処すべきか。それには、我々の意識や社会の制度、慣行をここで大きく変えていかなければならない、ということになります。最近、何ごとにおいても、とかく内向き、自己完結型になり勝ちな日本人の発想自体を、まず、世界全体、アジア全体の視点で考えていくという方向に切り換えていく必要があります。その上で、わが国が重点を置くべきところは何かをしっかり見据えていくことが必要だと思います。
  例えば、いま話題となっている国際空港の整備の問題も、国内の地方空港の整備だけに重点を置いたのでは、アジアの各国でいま建設中の国際空港に遅れをとってしまいます。あるいはご承知のことと思いますが、いま韓国で建設中のソウル新国際空港は、成田や関西新空港の10倍の広さはありますし、上海の空港も、香港の空港も、国際的なハブ空港を目指しています。
  また、例えば首都圏への一極集中を是正する問題も、東京の過密化を解消し、地方を発展させるという点からは大切であると言え、それによって東京自体が国際金融都市としての機能を低下させたり、あるいは人や情報が集まらなくなってしまっては、わが国の国際的な地位は揺らいでしまうと思います。戦前の国際金融都市は、ロンドン、上海、ニューヨークといわれていましたが、近い将来に上海が再び浮かび上がってくるということも、十分予想できるような気がいたします。

 従来、日本は自国中心のやり方で経済発展を遂げてきました。しかし、今や世界は、世界全体の資金や人材を使って発展していくという方向に変わり始めております。わが国もアジアとの関係をこうした相互依存の関係でとらえていく必要があります。その点では、産業の空洞化につながると懸念される問題も、これを1つのチャンスとしてとらえ、戦略的な発想で取り組んでいかなければならないと思っております。
  こうしたことと合わせて、先頃の中国訪問の時にも、またその少し前にモンゴルを訪問した折にもそうでしたが、アジアと接する度に私自身強く感じることは、アジアの国や人々がわが国に抱いている期待の大きさです。このような期待にどう応えていくかが、今一番大事なことで、この点で欧米の諸国は、政府と企業が一体となってアジアへの投資活動を行うなど、本当に積極的で、また実に上手くやっているように思います。
  アメリカのブッシュ大統領も、ドイツのコール首相、あるいはイギリスのメージャー首相にしても、政府要人が企業のトップと一緒に出掛けて行くということに、非常に象徴的に現れております。今、日本がアジア諸国の期待に応えなければ、早晩アジアは日本を軽視し、無視することになる、ということが私の一番恐れているところです。

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新経済計画の目指すもの
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 さて、最後に昨日総理から諮問を受けました新しい経済計画のあり方について触れ、本日の私のお話を終えたいと思います。経済審議会が検討する新経済計画は、「21世紀に向け、地球社会の発展に寄与しつつ、自由で活力があり、国民が安心して暮らせるとともに、国内外に開かれた経済社会を創造するための長期経済計画いかん」という、大変長い諮問に応えるものです。
  私としては、是非新たな視点をいれ、日本が生きる道は何か、そのためには何をすべきかという視点から、計画を纒めていきたいと思っております。ただ、そうは申しましても、経済計画を立てることによって経済や社会をどれだけ変えられるかという問題もあって、極論ではありますが、民間の自由な活動に任せておけばよい、という見方があるのも事実です。しかしながら、わが国にとって重要なのは、ここで政府が具体的な政策の重点を示し、ビジョンを描いていくことであろうかと思います。そしてまた、国民や企業が自由に活動できる仕組みを作っていくことだと考えています。
  そうした点で、私が強調したいのは、産業の空洞化や、金融の空洞化、あるいは人や情報の空洞化にしても、日本の将来にとって看過できない問題ですので、それぞれにしっかりした対策を立てていくべきだということです。そして特に、人が育つようにすること、情報が集まるようにすることが、わが国を活力ある社会に持っていく核心の部分であると思います。したがって、各方面で強調されている教育問題も、技術開発もそれぞれ極めて重要であると言えます。

 私は、「経済活動において個人の発意や企業の活動を優先させる」ということは大原則だと考えます。こうした原則を貫くためにも、政府として今実行すべき課題は多く、現在、重要課題となっている規制緩和や行財政改革についても、この点に重点を置いて、行政のあり方や仕組みを変えていく必要があるのではないでしょうか。
  これから暫くは、わが国にとって非常に難しい時期でありますので、一人ひとりが意識の転換を図れるような、そしてまた将来を展望できるような計画を作ることは大変大切なことだと思います。それとともに、国民の間でこうした問題を広く議論することのできる場と、雰囲気作りも必要だと思います。
  本日は、経済計画についてお話を申し上げたので、経済問題が中心となり、またとくにアジアとの経済的な関係に焦点が移りましたが、アジアに関しては政治の話も残っており、文化の話も大変大切です。また、このところの世論はアジアへの志向を強めておりますが、アジアだけでなく、欧米も、またアジア以外の太平洋地域も重要であることは、ここで改めて申し上げるまでもありません。どちらが重要かは比較の問題ではなく、いずれも大事であって、アジアとの本当の対話と交流が今こそ必要であり、アジアから信頼されることが大切であることを最後に付け加えまして、私のお話を終らせて頂きたいと思います。
  ご清聴ありがとうございました。

(経済団体連合会名誉会長・経済審議会会長・東京電力相談役・東大・法・昭14)
 
※本稿は平成7年1月20日午餐会における講演の要旨であります。