文字サイズ
背景色変更

学士会アーカイブス

景気問題を中心として 下村 治 No.715(昭和47年4月)

     
景気問題を中心として
下村 治 (日本開発銀行設備投資研究所長) No.715号(昭和47年2月号)

○円切り上げと不況の克服

 日本の経済は今不況でありますが、同時に国際収支は大変な黒字になって、 為替レートが360円から308円に切り上げられ、しかもそれでも落着かないで、 もう一度円切上げになるかどうかが課題となるような形になっております。

 最近は防衛問題、物価問題、人手不足、農業、中小企業、或いは海外援助な どいろんな問題が錯綜して、混迷状態になっており、その中で政府当局にもジ ャーナリズムにも、どういう道があるかなかなかつかみにくい状態があらわれ ているように見えます。これはそうなっても仕方がないような歴史的背景があ るのではないかと思います。日本の経済はこれまでの一つの時代をなし終えて、 新しい時代の入口にたって、歴史的な大きな変化が起ろうとしているのが、昭 和45、46、47年度あたりの日本の経済の位置ではないかと思います。そして国 民全体がこの歴史的変化の意味なり方向なりをつかみ兼ね、納得し兼ね、思い きった適応が出来ないで暗中模索をしているのが今の日本経済の姿であり、日 本の国全体の姿ではなかろうかと思います。

 日本の国民総生産は昭和45年度に2000億ドルに到達をして、自由世界で二番 目の経済になったとよくいわれます。そういうような経済に到達をしたので経 済大国といってみたり、経済大国にはなったが国民は貧しいのではないかと、 批判めいたこともいわれるようになったのです。しかしそういうことをあれこ れ論じてみても本当の意味がつかめないのではないかと思います。

 過去20年間、我々がいかに貧しい状態におかれておったか、その貧しい状態 からやっといま、ヨーロッパ水準に到達したのだといったようなことを振り返 り、このような足取りで進んでゆくとこれから五年、10年後にはどういう経済 になるか、という展望を描いて現在の位置を評価し、歴史的時間の中での位置 を考える必要もありますし、国際的な空間の中での位置づけも考えてみる必要 があるのではないかと思います。

 20年前の国民総生産は110億ドル、それから10年たった昭和35年頃に約4倍の 450億ドル、それが更に10年たって4倍半になって2000億ドルになったわけです。 20年前の約18倍となります。この成長の速度は一本調子、やや加速気味といっ ていいわけです。 

 20年前の110億ドルの経済はほんとにとるにたりない小さなもので、一人当 り百三十ドルくらいにしかなりません。その貧弱な経済から必死になって抜け 出すための努力の歩みが、この20年間18倍という経済成長の姿だと思います。 明治維新以来100年間、我々は失業のなかで苦しみ、貧しさ、みじめさ、弱さ からなんとか抜け出そうと努力し、100年近くやってみても成功しなかったも のが、やっと戦後のこの時期になってはじめて抜け出すことに成功したという のが今日の日本の経済の姿でしょう。このことはまず正当に評価しておく必要 があると思うのです。

 2000億ドル、一人当り1950~60ドルといいましても、規模では西ドイツより も少し大きい経済で、水準ではやっとヨーロッパ水準になったというだけでそ う豊かな経済ではないかもしれない。しかしちがった角度から考えますとそう 弱い経済でも、それ程小さな経済でもないと考えることが出来る。といいます のは、アメリカが2000億ドルの経済になったのは戦争中で、その経済力で第二 次大戦を戦ってきた。そして一人当り2000ドルになったのがようやく戦後の昭 和26年頃です。アメリカはこの水準の経済を背景にして、戦後の世界の復興、 或いは安定の条件を強化するために独力で国際的な建設的な事業を推進してお ったわけですから、一人当り2000ドルの経済というのは相当の力をもった経済 であるといえるのではないかと思います。

 ですが我々は今日になってもそれ程力のある経済が出来たという自信はもっ ておりません。これは我々が100年の間何をするにも力のないみじめな状態を 長く持ちすぎたからかも知れません。明治維新から100年かかって昭和41年度 にやっと1000億ドルになった経済が、そのあと4年間で更に1000億ドルふえて、 突然に我々は昭和45年度に2000億ドルの経済を作りあげたわけです。ですから この経済力の大きさの意味がつかめないのも不思議はなく、したがってまたこ の力を十分に発揮するすべを知らない。国民全体の生活水準や生活環境条件の 整備、その他いろんな問題がありますが、この力を能力限度ぎりぎりまで生か すとしたらどれ程のことが出来るのかが十分に自覚されないのです。そのためにどうなったかといいますと、生産過剰、需要不足というような不況状態にな ってしまったのです。そのために輸出ばかりふえて輸入をしない大変な輸出超 過経済になっています。内では不況で外では輸出超過、そのために国民も困り 世界の経済も困っております。このようなことがなぜおこったか。われわれ自 身が、日本の産業界が作り上げた実力を実力相当の形で生かす努力を十分にし なかった、そのために混迷状態におちいったのだと考えるほかないと思います。 我々が今持っております経済力を十分生かす努力をすれば不況もなくなること は明らかで、国際収支の黒字ももっと小さくなり、少なくとも今日論じられて おりますような円レート再切り上げというような論議は、解消されることだけ は間違いないと思います。それでは経済力を生かす努力で何がかけていたかと いいますと、我々がもっと生活水準なり福祉の水準を上げ、生活環境条件を整 備し、公害防除の投資を進め、或いは空気や水のよごれを清浄化するとか、も っと国土建設のための努力と投資を積極的に思いきって大胆に進めていたなら ば、経済全体がもっと大きな規模で活動したに違いないと思うのです。昭和46 年度が80兆円のGNPでしたが、現在の日本の経済力からいいますと、恐らく 85兆円から90兆円くらいの力がある。にもかかわらず80兆円でとどまったこと が今日の不況の原因です。そして経済が85兆円とか90兆円になるには、今申し ましたようなことが積極的に実現されなければならないということになります。 そうすることによって、今日の不況の状態から抜け出すことが出来るのです。 そして、それによって、日本の国民生活なり経済活動の条件なりが高度化する ことになります。このような思い切った活動をすることによって、おのずから 我々の経済状態、福祉の状態、生活環境の条件は高度化し、充実され、またそ の中で不況が克服され解決されるのです。同時に国際収支面では輸出圧力が弱 くなり、輸入がふえますから国際収支の問題はもっと緩和されるはずです。

○世界経済の中の日本経済

 過去25年間の日本経済を振り返ってみますと、大規模な財政活動を行うこと など及びもつかない弱体な状態で、もしやろうとすれば単にインフレをおこす だけであるといったような危険を何時でももっており、したがって金融も財政 も出来るだけ抑制的でなければならなかったわけですが、今日の経済はそこを 抜けだして、これからの国際収支はますます黒字にならざるを得ないような強 さを持ったのです。そこで我々はそういうような強さをもった経済をどのよう に運営し、どのように使うべきか、という問題を根本的に考えなければならな いということになるわけです。

 今までの弱い経済の時には我々は輸入制限とか関税を高くするとかする以外 に人口過剰、失業の問題を緩和する道はなかったことは確かです。しかし、輸 出超過になった今では、それはむしろ日本の経済にとっての手かせ足かせにな らざるを得ないわけです。

 人手不足の問題でも、ただ外国から労働者をいれたらどうかということでは 答えになりません。いま一億の人口の中で5000万人の就業者がいるわけですが、 われわれの課題は、この5000万人の能力をいかに最大限に発揮できるような経 済を築き上げるか、そういう選択をする以外にないと思うのです。

 そのためには、生産性の低いところにはりつけてある労働者を出来るだけそ こから引離して、生産性の高いところに移し替える以外に解決の方法がないわ けです。輸入制限をしておりますと、それだけ国内で能率の悪いところに技術 や労働力や資本がはりつけになり、したがって5000万人の能力を最高度に発揮 させる条件をそれだけ阻害されるわけです。輸入関税の障壁も同じようなこと であります。

 10年前所得倍増計画が出されました時に、大抵の人がこの計画は大変危険で あるといって反対しました。その反対の論拠のなかで最有力であったのは、経 済が急速に成長すれば国際収支は赤字になってとんでもないことになる、とい うことではなかったかと思うのです。ところが実際にはGNPは名目で10年間 に4・5倍になる中で国際収支は赤字から大巾黒字に変わったのです。その一 つの条件として輸入制限や関税障壁が有効に働いたことは否定できません。し かし、今日のような黒字になってしまいますと、このような輸入制限や関税障 壁は存在の理由がないはずです。しかもこれを撤廃してもなおかつ日本の経済 は成長とともに輸出がのび、輸入はそれ程のびないという形の構造が出来上っ ておりますので、輸入の自由化、関税の引き下げをしても黒字の増え方が緩和 されるというだけではないかと思うのです。

 国際収支の赤字段階では、いかに急速にその赤字を減らしても、これは世界 経済には迷惑を及ぼしません。がしかし国際収支の黒字が増え始めますと、こ れは世界中に迷惑を及ぼすことになります。日本が黒字になり始めましたのは 昭和40年から43年度頃ですが、その段階で日本がいち早く輸入の自由化、関税 の引き下げを進めて、輸入の促進政策に基本的な方向を変えるべきであったと いわなければなりません。ですが不幸にして政府は赤字恐怖症にとりつかれて いて、輸入制限を続けたわけで、そしてそのことが今日のような過大な黒字の 原因になったといえると思います。がそれはそれといたしまして、日本の経済 がこれから世界経済とともに繁栄するためには、出来るだけ早く適度な大きさ の輸出超過にとどまるように日本の経済を適応させなければならない。そのた めに輸入の自由化、関税の引きさげがまず第一に必要なことであります。つま りそれは外圧の問題ではなくて、日本の経済が世界の中で生きるための不可欠 の条件だといわなければないません。そのようにして適度な国際収支の黒字状 態にとどまりながら日本の経済が成長発展するためにはどうしたらいいか、と いうのが、今日我々がもっております非常に大きな歴史的課題の一つといって も宜しいのじゃないかと思います。

 さて日本の経済が輸入の自由化関税の引き下げをしましても、それだけで国 際収支の黒字が減るわけではありません。国内で需要がなければ輸入は出て参 りません。今のように国内が不況ですと、輸入を自由化してもそう大きくはふ えない。したがって国際収支問題からいいますと、経常勘定の適度な黒字を維 持するにふさわしい積極的な経済の拡大がなければならないということになり ます。思いきって経済を拡大する余地があるというのが今日の日本の輸出超過 が示すところであります。

 輸出超過が年に80億ドルも出ようとしている原因の一部にはアメリカやヨー ロッパのインフレ問題があります。しかし一番根本的な理由は日本の不況と、 その背後にある国際競争力の強さだと思うのです。国内で十分なマーケットが あれば輸出圧力はむやみと強くなりません。輸入もそれにともなって大きくな りますからしたがって国際収支黒字問題はおのずから適当なところで調整され るはずです。

 そういうわけで国内マーケットを思いきって大きくする。それには先程も申 しました我々の生活水準の向上なり、生活環境条件の整備なりを思い切って進 める必要があるわけです。

○これからの日本経済

 そこでそういうような条件を実現したときに、これからの日本の経済の展望 についてどういうようなことが予想されるか、ということを申し上げたいと思 います。

 過去10年間に国民総生産が四倍半になったということを申しましたが、私は これからの10年間にこれが3倍半位にはなるだろうというようにみております。 10年間に3倍半といいますと、過去10年間の4倍半とくらべまして若干の減速に なります。そういうわけで私は、日本の経済は減速過程に入ったというように 考えております。

 10年間に3倍半と申しましたが、5年ごとに区切って申しますと、はじめの5 年間は恐らく2倍位、次の5年間に1・7倍くらい、その次の5年間には1・3倍と いうような減速がはじまると思います。

 3倍半の経済といいますと7000億ドルになります。7000億ドルの経済といい ますと、今の西ヨーロッパ全部を一括したよりもむしろ大きい位の経済という ことになります。でその10年後の世界の状態を想定してみますと、アメリカは 日本の二倍くらい、イギリスは日本の3・5分の1か4分の1くらいにとどまるの ではなかろうかと思います。昭和45年度の2000億ドルの日本経済はアメリカの 5分の1で、西ドイツとほぼ同じ位、そしてイギリスの2倍です。

 そうしますと7000億ドルの日本の経済は、その時の世界においてアメリカと 並んで世界を支える巨大な二本の柱の一つになります。一人当りのGNPで 6000ドルを越え、恐らくその時のアメリカとほぼ同じくらいといっても宜しい。 今のアメリカにくらべ2割から2割5分くらい高い経済で、今の世界でどの国 も実現していないような高さということになります。

 今私が申しました数字がそのまま現実化するかどうかは保障の限りではあり ませんし、また別にそのことが重要な問題ではありません。ここではっきりい えますことは、これからの10年間に日本の経済は大変巨大な大変高度な経済に なることは間違いないことです。ですから今迄のような貧しい時代から抜け出す課程とは違った成長の姿があらわれるのは自然なことではないかと思います。

 ではなぜそう考えざるを得ないか。私は、これまでは、日本の経済が先進工 業国より非常に遅れたところから出発して、先進工業国が何年もかかって開拓 したものを一挙に導入することが出来たために、それらの国の2倍も3倍もの速 さで経済の成長が出来たのだと思います。したがってこのような成長の条件は、 日本の経済がそれらの国よりもおくれている段階だけにあらわれるべき条件で ありまして、我々が追いついてしまった時にはなくなるはずだということにな ります。今はまだアメリカとの間に非常な開きがあり、したがって導入技術に よる成長の余地がまだ沢山あります。しかし十年後はそういう条件が全くなく なり、新らしい技術開発によってのみゆっくりと成長する時代にならざるを得 ない。そうなることはもう歴史的にきまっているといっても宜しいのではない かと思うのです。そうしますと現在から十年後の状態を展望してみますと、現 在の速い成長から非常にゆるやかな成長状態にむかって減速してゆく以外にな いというように考えなければならないと思います。

 そういうわけで、将来いつかは成長しているかいないかわからないような定 常状態に入ってしまうかもしれません。それが15年目になるか20年目になるか は今から予断することは出来ません。いずれにしましても、今の日本のめざま しい成長の状態とはちがった状態に変わらざるを得ない段階に入りつつあると いうことだけは間違いのないことだと思います。

○民間主導型から政府主導型へ

 そういたしますとこのような条件を反映しまして、成長の推進力として働い ております民間設備投資に、非常に大きな変化がおこらざるを得ないというこ とになります。

 生産性の向上で経済が成長しますが、それは設備投資を通して生かされるわけです。今申しましたように先進工業国の技術を一挙に導入することから、これまでの20年間に設備投資は37倍になっております。

 ですがこれからの10年はどうなるかといいますと、恐らく2倍にもならない1・ 7倍ぐらいじゃないか。その次の5年、10年を延長して考えますと、設備投資は 殆ど横ばいになってしまうと思います。経済全体がそういう条件をいだきなが ら減速軌道に入るということが景気問題、あるいは財政金融政策を考えます時 に非常に重要な意味をもっております。

 これまでの経済は民間主導型の形で拡大しております。設備投資が激増し、 事業活動を急激に増やし、それで購買力を増やしてその流れが国民経済全体に 及んで消費が増える。やがて財政支出も増えるという循環を通って20年間18倍 という経済が実現されたわけです。しかしこれからは設備投資はあまり増えま せんから、したがって購買力の流れは民間産業活動から出て参りません。もっ ぱら個人消費の増加と財政支出の増加がなければ経済は順調に拡大できない。 ところが消費の増加なり財政支出の増加は自然に生まれるものではなくて、政 府がそれに必要な条件を作らなければならないということになります。

 個人消費の増加に関連して一番重要なことは減税で、その次に金融緩和、金 利低下ということも必要でしょう。しかし、何よりも政府の積極的な減税が必 要だと思います。また財政支出を増やすため、思いきった拡大政策が必要であ ることは申し上げるまでもないわけです。政府が減税をして財政支出を増やす としますと、当然大幅に国債を発行しなければなりません。このような積極的 な財政政策がこれからの経済成長の不可欠な条件ではないかと思います。これ からの経済はそういう政府主導型ではじめて順調に成長することができる。そ ういう時代に変わったということだと思います。

 46年度予算は、国債を増発しないという制約のもとに組まれたものですから、 小さすぎました。歳出の規模で2兆円くらいは小さすぎたと思います。減税も 思いきってやるべきであった。そういう適切でない財政政策がとられたために 46年度の日本経済は不況におとしいれられてしまったのだと思います。ニクソ ンショックとかドルショックとかいわれ、あたかもニクソンのドル防衛措置に よって日本が不況になったようにいわれておりますが、これは全くの間違いで、 日本の経済がもっと早く、もっとひどい不況になるべかりしものが、このニク ソンの措置によって、たまたま表面化したというだけのことと思います。

 47年度予算案もそういう観点からみますと、非常に不十分です。46年度には 5兆円から10兆円位の大きさでGNPギャップが出ています。その分をうずめ て、そして47年度に追加的なGNPギャップが出ないようにする政策が必要で あったわけですが、そういう形に組まれておりません。したがって47年度も非 常に不十分な予算になっていると思いますし、したがって景気について私は大 変な弱気論であります。世間では今年の下期には景気がよくなるという強気な 楽観論もあるようです。その人達の論拠の大きな特徴は、日本の今の経済が依 然として民間主導型の経済であるから、今のように金融が緩和し財政が積極化 すれば、民間産業界は思い切って事業拡張にふみきるにちがいない、というよ うな考えが潜んでいることだと思います。しかし、これは、今日の日本経済の 歴史的変化を見落とした考えだと思います。

 いずれにしましても日本経済がこれから順調に成長するためには、思いきっ て大胆な積極的な財政措置がとられなければならない。思いきった減税と歳出 増加が必要であり、したがって思いきった国債発行が必要になります。これは 不況対策としてではなしに、これから5年10年間の正常な経済成長の条件とし て必要なことです。47年度の状況に即していいますと、その上に、46年度の間 違いを是正するためのもっと大幅な追加的措置が必要であったということにな ると思います。

○社会福祉と国土の建設に思いきった投資を

 さてそういうような形で順調な成長軌道、(先程申しました減速軌道ですが) にもどるとしますと、それでも10年後には3倍半という経済が実現されるわけ です。ですがその過程でいろいろな問題が出てくるのは当然なわけです。とく に一番大きな歴史的課題を申し上げますと、公害と過密のない国土を建設しな ければならないということです。1億の人間がこの3700万ヘクタールの国土の 上で生きていこうとしているわけですが、2000億ドルの経済ですでに今日のよ うな公害や過密の状態になっています。これが10年もたてば7000億ドルを越え るのですから、大変な超過密になることは必至です。しかしわれわれはそうい うような経済を建設する以外に生きられないという運命にあることも否定でき ないと思うのです。もしもそのような状況の中で、公害や過密の問題に対処で きないとしたら、我々の将来は暗澹たる状態であるといわなければならない。 しかし幸いにして我々はそういうような暗澹たる状態を予想する必要はないと 思います。経済成長の中で公害や過密の問題に対処するために必死の努力をす れば、それを打開するための十分な力が生れると考えてよろしいと思うのです。 今迄はそのような努力をしていなかったわけですが、これからは公害、過密の 防除、あるいは総合的な国土建設に対して思いきった投資をすればいいのだと 思います。

 それには大変な金がかかることはたしかですが、それだけの力はこれからの経済の中に十分に生れてくるということについて我々は十分に確信をもって宜しいと思うのです。

 10年たって経済が3倍半になるという前提で考えてみますと、個人消費の割 合は恐らく現在の50パーセントから54パーセント程度には増えます。民間設備 投資の増加速度は先程申しましたように減衰して参りますから、政府支出がお もいきって増加しなければなりません。現在政府消費はGNPの8・2%ですが、 これが12、3%にふえる。政府投資がやはりGNPの8・2%から14%に増える。 こういうことになります。

 GNPの14%の大きさというのがどういう大きさかといいますと、昭和46年 度から昭和60年度までのGNPの累計をかりに出してみますと、3000兆円をち ょっと越えると思います。でこの3000兆円の14%という割合をとりますと420 兆円という大きさになります。420兆円もの政府投資がこれからの経済成長の 中で、個人消費をのびのびと延ばしながら、同時に実現出来るような経済が生 れるということになるわけです。

 420兆円で何が出来るか。全国の新幹線網計画に必要な金額が10兆円前後と いわれています。全国の高速道路網計画に必要な金額が10兆円前後といわれて います。全国の高速道路網が用地費をふくんで6兆円とか7兆円、瀬戸内海に三 本の橋を全部かけても1兆円にはならないということです。公害防除問題に重 要な関連があります下水、これは全国に下水を完備する以外にないと思うので す。そこで、かりに一億の人口につき一人当り20万円平均で整備しますと20兆 円になるわけです。これだけ下水につぎこめば日本中の下水は整備され、水質 汚濁問題の根元が抑えられる。技術的な問題はいろいろありましょうが一応そ ういうことになります。

 420兆円を頭においてその中で20兆円を下水に、10兆円を新幹線に、6兆円を 高速道路に、1兆円を瀬戸内海の三本の橋にというようにしましてもまだまだ 投資能力は余裕綽々です。つまりこの投資によって我々日本の国土全体を、破 壊することなしに徹底的に、有機的に建設することが可能なはずです。建設を しながら自然を維持し、或いはとり戻すための思いきった投資をするだけの余 力が経済の中に生まれてくるはずです。これがこれからの経済の成長の成果で す。今まででも政府投資は5年ごとに2倍という大変な増加をしておりますが、 経済そのものが貧しかったために、十分な規模の政府投資にはならなかったわ けです。しかしこれからの経済からは公害や過密の問題を解決するに足るだけ の力がはじめて生まれてくることになります。そういう時代に入ろうとしてい る。この豊かさを国民全体のものにするかしないかは我々の選択の問題であり ます。これを思いきって公害防除や福祉の向上その他に使えばいいことです。 国債を発行したらインフレになるとか心配する人もありますが、そういう心配 は少しもありません。しかしいずれにしましても、それは我々の決意と選択の 問題です。技術的な問題や社会的障害がありますので、あえてそれを乗りこえ て解決するだけの決意と努力は必要でしょう。ですがそれを支えるだけの経済 力は実は経済の成長の中に生れてくるのです。のびのびと生活を向上しながら 出来ることです。

○世界平和の中に生きる日本の繁栄

 もう一つ大きな問題を申しますとこれは平和の問題です。日本の経済は平和 の中でしか生きられないということです。国防の問題、或いは外交問題、国際 経済の問題を考えます時、根本において、我々は平和の中でしか生きられない んだということを肝に命じておく必要があるのではないでしょうか。かっての 日本と、今の日本との根本的な違いは、今の日本は世界の中で生きる以外にな いということではないかと思います。それを決定しております根本的な条件は、 日本の経済が生きるためには膨大な海上物資の輸送が必要であるということに あります。昭和45年度の2000億ドルの経済を支えるのに2億トンの油の輸入が 必要になっております。昭和55度に7000億ドルの経済を支えるの2億トンの油 の輸入が必要になっております。昭和55年度に7000億ドルの経済になるといた しますと、それを支えるのに8億トンの原油が必要になります。日本帝国時代 の最盛期に輸入されましたピークの原油量が400万トン足らずであります。400 万トンの油といいますと20万トンタンカー2隻で輸送できる量です。そういう 僅かの油の輸入の上になりたった日本帝国時代と、現在すでに2億トン、それ がやがて8億トンになる。そのような油を前提にしなければ維持できない日本 の経済というものとの間には、決定的な違いがあるのは当然と思うのです。 8億トンの油を輸送するには20万トンタンカーが400隻必要になり、そのタンカ ーが日本とペルシャ湾との間に2列に並ぶことになりますと、一時間間隔で出 航し、往復する船は30分ごとにすれ違うという形になります。それ程の輸送体 系が常時維持されていることが日本の経済の存立の条件です。昭和55年の状態 ではさらにあと10億トンぐらいの原料その他の輸送が必要になります。これが、 世界中から七つの海をこえて日本に常時円滑に輸送されなければならない。こ れではどう考えても平和以外に我々が生きる道がないということになります。 そうだとすれば、我々は能力の限りを尽くして世界の平和条件を定着させるた めの努力をするほかありません。

 関税の引き下げ、輸入の自由化をすれば国内産業は困るといいますが、あえ てそれをやらなければなりません。日本のマーケットを世界に開放することが 我々が生きるための死活的な条件につながっていると考える必要があると思う のです。

 資本の輸出や経済援助をするだけの余力があるならば国内で使ったらどうだ、 ともいいますが、日本は今申したように政府投資だけでGNPの14%もする力 が出てきますし、個人消費はGNPの50%から54%に増えるに違いない。そう いう中で、GNPの1パーセントか2パーセントが資本輸出や経済援助になるの ですから、それをもったいないなどという必要は全くない。これを少しばかり けずったからといって、国民の生活や福祉の内容にどれほどの変化を生ずると いうほどのものでもありません。

 むしろ我々が行う活動が世界平和なり世界経済の繁栄なりにとって有効な効 果をもつものならば、思い切ってそれをやるべきだというべきです。無論資本 の輸出や経済援助にいたしましても、相手国のいやがることをやってはいけな いのは当然です。相手が希望する限り、相手の希望する条件に近いところで、 思いきって積極的な援助を行なう。このことがこれから日本が存立するための 死活的な条件であると考えるべきだと思います。そういうようないろんな問題 を頭において47年度予算案を考えてみますと、日本の経済を今日の不況の状態 から引き上げるための必要な覚悟が十分でない。5000億円くらいの減税をする ことが望ましかったと思いますが、実際に組まれた予算案では料金の引き上げ などを考えますと実質的な増税です。こういうような予算をなぜ組む必要があ ったのか。経済協力費は僅か100億円しか増えておりませんから900億円です。 アメリカのような国際収支が赤字でドルがふらふらしているといったような国 で、予算教書の経済協力費が25億ドル。日本のように外貨が200億ドルになろ うとし、円レートの再切り上げをいわれるような経済で僅か3億ドル。何が考 えられているか非常にはっきりしない状態だと思います。そういう点で日本の 経済は今何をすべきか、どういう位置にあるか、我々はこれからどういう道を 選択し、どういう道を切り開くべきかというようなことをもっとしっかりと考 える必要があるようです。その上で、正しい選択が出来るならば、これからの 10年間の日本の経済は、今までの日本経済の歴史になかったような、それこそ 偉大な時代を開こうとしていると思います。我々の能力を背景として意欲的に 正しい選択をすれば、国内的に、いかに、公害も過密もない国土を建設するこ とができるか、また国際的にも、いかに、偉大な平和と繁栄の建設が出来るか ということに、むしろ確信と自信と希望とを持って、この歴史的課題に立ち向 かうことができるのではなかろうか、と思う次第です。

 (日本開発銀行設備投資研究所長・東大・経博・昭8)