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夕食会・午餐会感想レポート

平成28年10月午餐会「没後百年に読みなおす夏目漱石」

夕食会・午餐会感想レポート

10月20日午餐会

小森先生の講演は誠に時宜を得たもので興味深く拝聴した。漱石は大学教授を辞めて朝日新聞に入社したが新聞社は漱石にとって打ってつけの職場ではなかったかとご講演を聴いて改めて思った。作品には新聞記事がたびたび出て来るし、読者が新聞を読んでいることを前提にいろいろ思い起こさせるような書き方をしているところが数多く見られる。また時事問題や時局の問題に詳しく非常にジャーナリスティックなセンスに富んでいることが分かる。新聞社に入ったからそうなったのか元々そういう素質があったのかは分からないが結果として漱石に大変相応しい環境だったということが言えるのではないか。漱石の作品を読んでいると新聞を読んでいればもっとよく分かるような部分が少なくなく、漱石の作品自体の人気も然ることながら新聞を読みたいと思わせる点でも朝日新聞の拡販に大いに貢献(?)したのではないかとさえ思う。

当時の時事問題も詳しく疑獄とか金銭についても即座に為替換算が出来るという能力があったこともよく分かった。また当時の先端をゆく「意識の流れ」にも取り組んでいるのは凄いと思う。漱石の作品には汽車のことがたびたび出て来るが汽車は当時の最新鋭の乗り物で実は漱石は今で言う「鉄ちゃん」ではないかと思われる節がある。鉄道趣味人の端くれとして大変うれしいことで巧みに鉄道を通して世相とか国有化政策とかが分かるというのも講演で教えられた。また「こころ」の先生の奥さんと乃木大将の夫人が静子という同じ名前であることなど言われるまで気がつかなかった。漱石は深く読めば読むほど味わい深いことを教えて頂いた。

講演でも引用されたが漱石は強制徴兵制度を大変気にしていて本質的に平和主義に立脚していると思う。小森先生も「天皇の玉音放送」などの著作や日常の活動から平和主義者と拝察するが先生が漱石に引かれて研究されるのもこの共通点があったからではないかと私は密かに思う。

最後に一つ質問をさせて頂いた。月刊誌「世界」の4月号と5月号に掲載された慶応大学の赤木昭夫教授の「漱石の政治的遺言 『坊っちゃん』の風刺」という論考で『坊っちゃん』は青春痛快小説ではなく政治風刺小説として読まれるべきで「狸」は山縣有朋、「赤シャツ」は西園寺公望、「野太鼓」は桂太郎に擬せられると書いているが小森先生の見解を伺ったところそういう読み方も可能であるが赤シャツについては自分のことであると学習院での講演で言っているという答えを頂いた。漱石は「坊っちゃん」で検閲逃れの予防線を巧みに張っているのでこれもその一つかもしれない。

漱石研究の第一人者の碩学の講演を堪能できて誠に有意義なひとときであった。

(東大・理 京極 浩史)