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夕食会・午餐会感想レポート

平成25年9月午餐会「『無言館』-戦没画学生が伝えるもの」

夕食会・午餐会感想レポート

9月20日午餐会

感想は、「もっと話を聞きたかった」の一言だ。
昨年9月、私は「無言館」を訪れて感動した。その私の感動を理解いただける方々こそ学士会会員だと確信して、事務局へ「無言館」館主の窪島氏の講演会開催をお願いした。それが実現したのが、この講演会だった。テレビ等でお姿、お声は知っていたが、初めてじっくりとお話を聞いて冒頭の感想である。
時間の関係か、意識的かは知らないが、著名な作家「水上勉」の実子である事は語られなかった。ただ養父母への思いのみを熱く語っておられたのに心が打たれた。
「無言館」は、「きけわだつみのこえ」の様に、一つの組織体が産み出したのではなく、日本洋画壇の重鎮、野見山暁治の指導の下、窪島氏が一人で創りあげた美術館である。
「無言館」は絵画の「きけわだつみのこえ」だと思う。
所在地は長野県の上田と、有名な別所温泉の中間にあり、決して便の良い所とはいえないが、長野新幹線を利用して、温泉に一泊する予定で訪れられると良いと思う。ただ小さな美術館なので、多人数での訪問はお勧めしない。
展示されている絵画・彫刻などを通して、20才代で散筆された戦没画学生の方々の「声」を是非、お聞きいただければと希望し、窪島氏の熱い語りに付言させていただいた次第である。

(東大・法、山田 博政)


私は平成21年7月、大学時代の寮生たちと軽井沢へ一泊旅行をした際、帰りに独り上田から別所線に乗って無人駅に降り立ち「信濃デッサン館」と「無言館」を訪ねたことがある。絵が好きだし、俳句もしているので(俳誌「万象」同人)、一度は行って見たかった所である。その時の地方の豊かな田園風景とそこに溶け込んでいる二つの個性的な美術館が大変印象的であった。
そんな経験もあり、今回の午餐会の窪島館長の講演を楽しみにしていた。予想通りというべきか予想以上というべきか、窪島氏の話は実に感動的で深い感銘を受けた。彼自身の数奇な半生、夭折画家村山槐多の絵との出合いと信濃デッサン館の開設、そして画家野見山暁治氏との運命的な出合いと彼との共同作業による全国を巡っての戦没画学生たちの遺作・遺品収集と「無言館」開館の話などが熱っぽく語られた。窪島氏の飾らない語り口が聴衆の心にじかに飛び込んでくるようであった。中でも、「無言館」に展示されている画学生の内の3名(種子島の日高さん、浜松の中村さん、小倉の佐久間さん)の遺作に関する実話と鳥栖市立小学校のドイツ製ピアノに纏わるエピソードには皆感銘を受けたようだ。
窪島氏の講演を聞いて二つの美術館を再訪し、特に「無言館」では一人一人の画学生の遺作とじっくり対面したいと思った次第である。

(東北大・経、柳澤 宗正)


「感動的」という陳腐な形容詞でこの講演を語りたくありませんが、他にぴったりの言葉も見つかりません。終了後の長く続いた大きな拍手が聴き手の思いを一番伝えていたのではないでしょうか。何年も前に無言館を訪ね、忘れられぬひとときを過ごし、いずれ再訪しようと願いつつ今日まできてしまった私ですが、この講演の知らせを知り、すぐ申し込みました。でも正直申して、このような中身の濃い話を聴けるとは予想していませんでした。
窪島誠一郎さんというと、つい水上勉とむすびつけて考えてしまうような、まさにミーハーの私でしたが、水上のミも口にされなかった窪島さんの姿勢に、こちらまで背筋をしゃんとさせられました。
村山槐多との出会い、野見山暁治との関わり、そして痛恨の思いとともにある養父母のこと・・・のほほんと今日まできた私でも、想像力だけは本を読んだお陰で無くもないと自惚れていますので、窪島さんの講演をちゃんと受けとめられたのではないか、と「もしかしたら錯覚」しています。
会員になって何十年になりますが、学士会の午餐会の講演を聴きたいと思ったのは、今年の森まゆみさんが初めてでした。これまでは会員の立派な学者さんが話される機会としか認識していなかったのです。森まゆみさんに続いて窪島誠一郎さん、・・・学士会の企画のルネッサンス?ではないでしょうか。これからも新しい聴き手を開拓し惹きつけるような企画を期待しています。

(東大・文修、野崎 睦美)