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夕食会・午餐会感想レポート

平成30年9月夕食会「iPS細胞を用いたパーキンソン病治療」

夕食会・午餐会感想レポート

9月10日夕食会

京大iPS細胞研究所髙橋淳教授の夕食会講演(2018/9/10)「iPS細胞を用いたパーキンソン病治療」を拝聴した。冒頭に教授が「今日は医学関係者以外も居られると伺ったので…」と言われた時に私の周囲には微笑が広がった。周辺は偶々法学士と工学士ばかりだったからだ。講演の後半で、移植の科学的・倫理的な手順の進行過程を説明された辺りは多少医学的だったし、質疑応答で質問された方の過半は医学関係者らしい質問をしておられたが、私を含む素人にも学ぶことが多かった講演だった。

講演は細胞の初期化の話から始まった。トカゲの尻尾切りに見られる再生機能を、人は進化の過程で喪失して来たが、全ての細胞核には依然、皮膚、神経、筋肉、骨、髪など何にでもなれる遺伝子が内蔵されているとのこと。皮膚細胞では皮膚以外になる機能が施錠されたように不活性化されている。それを初期の細胞分裂時の胚細胞に戻し(初期化)、環境次第で体のどの部位にでもなるようにした(分化多様性)のがiPS細胞だと。京大山中伸弥教授がマウスでの実験を経て、大人の皮膚細胞に4種類の遺伝子を導入することで、分化多様性を持つiPS細胞を作ったと2007年に発表され、2012年のノ-ベル賞に至った経緯が説明された。

一方パーキンソン病は、中脳黒質のドパミン神経細胞が次々に変性・脱落してドパミンを作らなくなり、神経細胞同士の情報伝達に必要なドパミンの不足が起こる疾患だと説明された。投薬、電気刺激、遺伝子治療などの従来からの治療法に加えて、細胞移植による治療を教授らは今研究しておられるとのこと。即ち、患者自身の細胞を初期化したiPS細胞からドパミン神経細胞を作り、それを脳内に注入するという。ドパミン神経細胞には光る分子を付加し、光る細胞だけを機械的に選び出して濃度を高める方策に2014年に成功されたという。パーキンソン病のカニクイザル3例に移植し、移植細胞が定着・着床することを確認したと。また物憂げで不活発なサルが活発に活動するようになった病状改善のビデオが紹介された。

今の計画では、中程度のパーキンソン病患者7例を選定し、各5百万個の細胞を注入して24ヶ月間の経過観察をして成否判断をするという。多分治療法の早期進展を待ち望む患者を抱えるらしい方の質疑に答えて、うまく行けば2023-24年には治癒に活用できるようになるだろうと言われた。
文科省・厚労省・経産省が協力して2015年に組織した「日本医療研究開発機構」が上記プロジェクトを支援しているとのこと。パーキンソン病に悩む方々のためにも、この研究開発の進展を強く願った。

(東大・工 松下重悳)


筆者の親族の一人が長年パーキンソン病で苦しんでいるが、数年前、髙橋教授が標記の治験を検討していることを発表された折、メールで、治験受験の可能性についてお伺いしたところ、早速返信を戴き、親戚家族一同感激した。今回の聴講は、そのお礼を申し上げることを目的の一つと考えていた。

パーキンソン病は、脳内のドーパミン神経の減少により、神経伝達物質であるドーパミンが不足し、表面的な身体の動きの支障(手足の震え、体のバランスがとれない、歩幅が狭くなる、筋固縮等)に加え、抑うつ、幻覚等の神経障害が見られる場合がある病気であり、日本人で10数万人の患者がいると言われる。

「プラナリアの再生メカニズム」から始まる先生の人柄を偲ばせる論理的で整然とした講演だった。パーキンソン病の基礎と再生医療への適用を考えさせる導入的講義と言える。注目される話題だったことから、会場は超満員だった。基本的にはプラナリアの再生と同様、高等生物にも自己修復の可能性があり、再生医療に道を拓いたことが山中教授の[iPS細胞]の発見だった。

再生機能について説明が難しいES細胞との違いについて、前者はヒトの受精卵から取り出した細胞であり、拒絶反応を引き起こす可能性が高いこと及び生命倫理上問題が発生する可能性があるとの説明があった。それに対してiPS細胞は成り立ちが原理的に異なり、比較的容易に人工的に作り出すことが出来るものだった。

多くの人が心配している移植細胞のがん化について、既にかなり深く研究されており、その可能性が極小であることが理解されつつあるものだった。

奥の深い研究を限られた時間で説明することは至難の業だったと思われるが、再生医療自体はパーキンソン病の症状の除去であり、それ自体は現在病気をもっておられる方にとって画期的なことである。ただし、その発生防止(根絶)のためには、根本原因も含めて、更に深い対応が必要であることは間違いない。

「STAP細胞事件」で他界された理研の笹井先生に言及されたのは、笹井先生に対する弔意と敬意だったと思われる。

(東大・工 上林 匡)


パーキンソン病の根本原因はドパミン神経細胞の減少なので、ドパミンを補うことが治療の基本とされている。薬物療法としては、ドパミン自体を飲んでも脳へは移行しないため、ドパミン前駆物質のL-dopaを服用する。L-dopaは腸から吸収され、脳内に移行しドパミン神経細胞に取り込まれてドパミンとなる。薬物療法以外に手術療法もある。これは脳内に電極を入れて視床下核を刺激する方法である。

髙橋先生の研究は、従来の方法とは違って、細胞を新たに補うという治療法である。治癒とは自己修復であるという考えに基づいている。基礎研究と実用化の間には死の谷があり、これを超えるにはあくまで科学的根拠に基づいた治療法の開発が必要となる。ヒトiPS細胞からドパミン神経細胞のみを選別してラット脳に移植するというような研究を重ね、霊長類モデルで機能するかを試すためにカニクイザルを使って実験する。iPS細胞を分化誘導してドパミン神経前駆細胞を作り純化し、品質評価して、患者に定位的脳手術により約500万個の細胞移植を行い安全性と有効性の評価を行う。私の雑駁な理解力で把握した内容が少しでも先生のお話に沿ってるか祈るばかりである。この様にして国内外の多くの科学者たちの積みあげてきた研究の成果が、臨床試験で試され、うまくいけば2023年から治療に使用できるとのことで、この病気でご苦労されている方々にとっては大きな朗報となろう。また我が国にとっては最先端技術による産業育成、世界の中で我が国の医療経営振興という大きな使命も帯びている。

ただ心配するのは、実際に使用されるようになった時の治療費はどの位になるのか、健康保険は適用されるのか、適用されたら医療費の増大につながり健康保険料が一段と上がり国民皆保険の崩壊につながらないかというような懸念である。経済的格差が増大する中で、医療の中にも格差が幅を利かせてこないかも心配になる。また人間の寿命はどこまで伸びるのか?それは人間にとって幸せなことなのか?科学者の方々の血のにじむような研究に尊敬の念を抱くことはあっても否定するようなことは決してない。また過去から科学・医学の進歩は、死に至る病を次々と克服してきた歴史でもある。

反面科学の研究は多くの有害物質や核兵器を産み、状況によっては制御できなくなる可能性のある原子力発電所をつくった。限りない好奇心と創造性があるのが人間と言ってしまえばそうだが、地球環境を破壊することによって自然災害の規模は益々大きくなり、我々の命・健康が大きく脅かされているのもまた事実である。この現実にどう折り合いをつけることができるのか、それが人類に突き付けられた大きな課題であると思う。

(北大・教育 牛島康明)