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夕食会・午餐会感想レポート

2021年7月夕食会「地域における芸術文化活動と大学の役割」

夕食会・午餐会感想レポート

7月9日夕食会

コロナ禍であっても県境を越えてこの講演会に出向いたのは、演者が著名な平田オリザ氏であっただけでなく、兵庫県豊岡市に今春開学したという、公立の芸術文化観光専門職大学の初代学長としての話が聞けるとの案内があったからである。というのも、昨早春に伊根の舟屋を見に行った折に通った豊岡市で、田んぼの脇に立つ電信柱のてっぺんに一羽ずつ留まる、驚くほど大きなコウノトリの姿や、宿泊して朝風呂で一番札を貰えて無邪気に喜んだ城崎温泉の姿が記憶に新しかったこと、そして水面下で当然形になっていたであろうこの大学のことを、全く知らなかったことを恥じた故である。その話は正にオリザ・マジックとでも呼びたくなるような内容であった。

氏の提唱される、20歳迄に、美的感覚・感性・味覚、センス、マナー、コミュニケーション能力などの身体的文化資本を身につけるという考え方は、正に私自身が子育てで実践してきたことである。というのも、自分が社会人になってみたら、受験勉強では軽視されてきた芸術が、疲れた心を癒し、人を生き生きとさせる源泉であると気付かされたからである。地方でワンオペ育児で三人の子を育てながら、通信教育で学芸員資格を取り、美術館でボランティア活動をし、子ども達に本物に触れさせ、地方公共団体の文化振興や子育て関係の審議会や懇談会の公募委員で施策に結び付けてきたこれまでの全てが、間違っていなかったと肯定されたようでとても嬉しかった。今、社会人になった子ども達は、それぞれの道で、センスを持って生きている。

大学入試改革が、中学入試などにいかに影響を与えるか、求められる人材の具体的な姿、アメリカ等との比較などは、統計資料を駆使した説得力のあるものであった。

又、氏の言う、地方に大学を作ることが地方創生の切り札になるとの話は、秋田県の国際教養大学を思い起こさせた。東京ではなくて地方にあるからこそ良いのである。

そして、氏の凄いところは、城崎の老舗旅館に若い世代に跡を継ぎたいと思わせられるような魅力的な旅館になるべく自助努力を求めるところであろう。新潟の豪雪地帯妻有地区で開かれている、現代美術のアートトリエンナーレ「大地の芸術祭」だって、行政の補助金が打ち切られた後も自前でしっかりと頑張っている。人材が地域で育っているのである。

心地良い知的興奮に身を委ねた聴衆である私たちは、何をするべきであろうか。ノブレス・オブリージュであり、少なくとも税金で勉強させてもらった私たちは、日本の将来のためにそれぞれの持ち場でやるべきことを探し、一歩一歩歩む責任があると思う。こんな素敵な大学を作るために沢山の人が協力してくださったのは、単に氏の顔の広さゆえではなく、日本の将来を憂うその無私の精神によるものだと思われた。いつの日にか、是非とも豊岡の演劇祭と共に、かの地を再訪してみたいと思わせられた。ご多忙の中有難うございました。

(東大・経 小山 涼子)