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夕食会・午餐会感想レポート

2019年6月午餐会「ブラックホール撮影成功~謎はどこまで解明されるか」

夕食会・午餐会感想レポート

6月21日午餐会

マスコミ発表以上の情報まで

Black Hole=BHを撮影した国際プロジェクトの日本代表である本間希樹教授のご講演とあっては、受講しない選択は無かった。4月10日に学会発表され、翌日以降のマスコミを賑わしたBHの画像は衝撃的だった。55百万光年先の銀河M87の中心にある、質量が太陽の65億倍もある巨大BHだが、視力検査1.0のCの字を300万分の1に縮小したものを見る視力で、月面のテニスボールを見たことに相当するという。南北米大陸とハワイ・スペインの、原子時計を配備した電波望遠鏡で、波長1.3mmのミリ波を同時観測したデータをスパコンで解析し、地球規模の巨大パラボラをシミュレーションしたという。世界13機関200名の研究者が協力した中で、日本からは国内外で22名が参加し、奥州市水沢のスパコン「アテルイⅡ」によるデータの画像化を中心に大きく貢献したという。

マスコミ発表と学会発表では読み取り切れなかった次の2点を、ご講演で提示して頂けたと思った。

①BHに引き込まれる物質は円盤状のプラズマとなって、BHの周囲を光速に近い速度で回転しつつ内側から引き込まれていくが、地球から見ると、その円盤を垂直からやや傾いた角度で観測できたという。だからドーナツに見えたのかと思ったがそれだけではなく、回転プラズマが四方八方に発する電磁波=光子の流れが光子球という球をBHの周りに作り、光子がBH周辺で急カーブして地球方向に流れて来たうちのミリ波を観測したのがドーナツの主成分だという。ドーナツよりも大きいはずの円盤は希薄で、今回の画像では顕在化させていないそうだ。しかしやや傾いた角度で見ているため、画像の半分ではプラズマが我々に近付く成分があり、より光速に近付いて明るく写るのだとのこと。

②画像化の本質についてもご教示頂いた。画像の各点をベクトルVで表すと、これは観測データのベクトルIを係数行列に乗算したものに等しい。係数行列をどう定めるかによってどんな画像でもできてしまうが、この点はゼロ=黒のはずだとか、様々な制約条件を加え、スパコン上で5万通りの試行の結果、ベストの画像を提示したという。同様に米国からも他国からも画像の提示があり、幸い同様な画像であったため、国際平和のために平均値を発表画像としたそうだ。科学も政治的で面白い。

銀河の中心にBHがあることが視角的に確認できたことは大きい。我が天の川銀河の中心のBHの画像も解析中で、近く発表されるという。

(東大・工 松下重悳)


アインシュタインによって相対性理論が提唱されて、彼以外にその理論を本当に理解している物理学者が皆無に近い状態での予言から正に百年を経て、ブラックホールが“目で見える形で”提供されたことに、年月の重みを感じています。若し、彼の生存中にこれが実現できていたら、彼は例の得意なポーズと共に何と言うだろうかと想像するだけでも興味津々です。我々一般人は多くの場合“見えない物”は、その存在に関して懐疑的であり、間接的に存在が確認されても、何となく納得したというレベルに留まります。そういう感覚でも、今回の撮影は大きな意義があります。今回は“巨大ブラックホール”を対象にしたものであり、“可視化の第一歩”であると理解されます。小規模のブラックホールの可視化は観測技術的にかなり困難であるとのことですが、ブラックホールの生成機構、宇宙の成り立ちを解明する上では、複数サイズのブラックホールの観測はきっと重要であり、その方面での技術的・理論的発展を期待しています。

一昔前は、天文学の研究者は俗世間での煩わしさを避けて、宇宙の醸し出すロマンに魅せられた環境に浸り研究に専念しているように評されていたと記憶しています。しかし、宇宙観測の手段が高度になり、観測自体も世界的規模での協力が必須となると、そういった状況は許されなくなり、国際間での様々な調整や交渉が避けられなくなっているようです。しかし、得られた結果は“調整することなく”並置して、“事実はありのままに事実として語らせる”という透明な選択肢が採用されるように、当事者でない気楽な立場から望んでいます。

研究者が理論的な考察を進めた中から “新規な知見・発見”を完全な形として確信した時“研究者魂”は完璧に充溢し、幸福な思いで満たされます。次に、“未知を事実として”分かり易く他者に開示・発信する時には、知見の重要性以上に研究者自身の価値観、或いは情熱が問われます。そういった研究者の価値観、熱き思いの発信は、次の世代の研究者を育てるきっかけともなります。残念ながら、日本の研究者は欧米と比べてそういった発信に長けていません。最近、日本の科学技術レベルが世界的なレベルと比べて憂慮すべき段階に到っているとのことですので、ぜひ、多くの研究者からそういった意味での発信がなされることを期待しています。

最後に、日本の一般教育に関して。科学技術が極めて高度に発達している現在、中高での一般教育の内容・レベルは、余りにも時代遅れではないでしょうか。例えば、自然科学・数学分野では19世紀までに完成された体系レベルに留まっているように感じています。勿論、量子力学や相対性理論、または数学の数理的な厳密さを伴うのは無理にしても、21世紀での物質の微視的・巨視的な見方を理解できる素地を頭の柔らかい早い段階から涵養しておく必要があるように思っています。

(京大・工修・工 井上 實)


ブラックホールといえば必ず出る名前がドイツの天文学者シュバルトシルトである。今回の本間先生の講演の冒頭でもシュバルトシルト半径 rs=2MG/c2 がでてきた。2年ほど前にシュバルトシルトの短い論文に接したときに,難しいと感じたのはドイツ語よりも数学だった。アインシュタインですら10年の歳月をかけて導いた重力方程式が厳密に解けるとは期待していなかったのだから,工学部で数学を学んで50年以上錆びつかせた力では困難なことは当然である。

しばらくして京都大学名誉教授・小林啓祐先生からご著書『特殊および一般相対理論の物理的意味』の贈呈を受けておどろいた。時空の曲がり方を決定するシュバルトシルト解が簡単な論理で導かれていることだった。それを契機として惑星軌道や光の飛跡の方程式をEXCELで計算しようと試みたところ簡単なコーディングができた。惑星の近日点移動や,重力レンズ,ブラックホールに物体や光が落ち込む軌道・飛跡などの計算である。

このたびの本間教授の講演で興味深く聴いたことは様々あるのだが,5500万光年の遠方にあるM87銀河の中心にある巨大ブラックホールの撮影画像作成のために各国のスーパーコンピュータが連携して2年を要したことである。小生のようなマニアのEXCEL計算と比べるとプロの研究者のコンピュータ力の比率はまさに天文学的数値ではないか!

「平成最後の画期的なこの快挙は新しい時代をつくるであろう。」 これが本間教授のメッセージであると受けとめた。人類の宇宙観は歴史とともに変化してきたし政治にも計り知れない影響を与えた。世界的な観測計算技術の連携よって大宇宙の始まりから終焉までのドラマがさらに見えてくるであろう。きっと,大きな視野でまず地球と太陽系のマネージメントを考える人材が育成されるに違いない。

(東北大・工 見城尚志)