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夕食会・午餐会感想レポート

平成29年6月夕食会「EUはどこに向かうのか」

夕食会・午餐会感想レポート

6月9日夕食会

今回の講演は、英国の総選挙でメイ首相の総選挙での敗北が確定した日の夕方という絶妙のタイミングに、EU研究の第一人者である遠藤乾先生からその意味するところを直々にお伺いでき、まことに有意義であった。

マスコミの論調は総じて、与党・保守党の過半数割れという予想外の結果をメイ首相の失策として冷ややかに批判しているだけである。

これに対し、遠藤先生は「英国民は国民投票でEU離脱を選択したものの、48%は離脱反対のEU残留派」である。今回の選挙結果は、この48%の意向を無視して強引にハード・ブレクジットの交渉を進めようとしたメイ路線に「ノー」を突き付けた若年層の反発と見ておられる。投票率が68.7%と20年ぶりの高さに達したのはその証左である。

これは、700年にわたり議会制民主主義で二大政党制を確立してきた英国民の叡智の反映と解される。ハード・ブレクジットを回避して、EUとの妥協路線をとりつつ離脱するのは、英国民全体にとっては望ましい結果であったとの先生の見方に賛同したい。

一方、開放経済と移民包摂に積極的でEU統合の重要性を正面から説く仏マクロン大統領の出現はEUにとっても世界にとっても歓迎すべき朗報であった。さはさりながら、既存政党の党首が二人とも脱落して中道のマクロンと極右のルペンとの決戦投票となったのは、英国に比べて民主主義が未成熟であるとの遠藤先生の見方にはなるほどと納得した。フランスでは、将来格差が拡大して、下手をすると極右のポピュリストが政権をとる危険性が全くないと言い切れないのは大きなリスクである。決戦投票ではわざわざ投票所に出向きながら、白票を投じた人が8.5%もいたという事実も驚きである。

EUは1999年に起きたギリシャ危機以降、ユーロ問題、ウクライナ問題、難民やテロ頻発など幾多の複合危機を乗り越え、もともと異質であった英国の離脱を経て、統合を一段と深化させる段階に入ったものと確信している。遠藤先生の見方は「欧州複合危機」といったおどろおどろしいご著書のタイトルから、EUは崩壊の淵に立たされているといった危機的なお話かと勝手読みしていたところ、当面EU崩壊リスクは皆無に近いとのご見解であった。わが意を得たりと称賛したい。

(京大・法 岡部 陽二)


本日、遠藤 乾様のご講話「EUはどこに向かうのか」を拝聴しました。周到に準備された資料にもとづいて懇切に「欧州の複合危機」の現状をご説明いただき、大いに啓発されました。丁度、英国の総選挙の結果が判明した時で、絶好のタイミングで与党が過半数割れした後の、Brexitの今後の行方についても見通しをうかがうことが出来ました。

欧州のポピュリズムの動向についても言及され、フランスの大統領選が異例のものであったとされました。既存の2大政党が第1回投票で消え、右派の候補が決選投票に残ったこと、白票や無効票が4分の一以上を占めたこともフランス国民の欧州の経済社会情勢に対する意識の混迷さを表しているように思えます。

リーマンショック後の世界経済の混乱は依然として収束には程遠い状況にあります。ドイツを除き、欧州主要国の若者の失業率は異常に高いまま推移しており、看過できない由々しい事態となってきております。講話の中の資料にもありましたが、グローバリズムは途上国の国民の所得を増加させて世界経済を活性化する反面、一部の富裕層に富を集中させ、先進国の中間層に壊滅的な打撃を与えております。昨年の英国の国民投票の結果やフランス大統領選における白票などの多さは、グローバリズムに対する英国民やフランス国民の苦悶を表しているように思われます。

講話の最後に「世界への含意」として「グローバル化―国家主権―民主主義のトリレンマ」(D.ロドリック)について触れられました。マーケットの力は大きく、経済のグローバル化は自然の勢いかもしれません。しかしグローバルなマーケットメカニズムを完遂するには、強制力をもった実効的な支えが必要であり、一国の強制力を独占している国家主権とは両立しえない側面があります。その意味でグローバリズムと国家主権とはジレンマの関係にあるといってよいでしょう。他方、民主制を前提とした国家の場合、建前上、民意を離れた国家主権の行使はありえないわけで、3者の関係がトリレンマになるとまでは言えないように思えます。経済のグローバル化の進展が、社会の安定的基盤を形成していた中間層を壊滅させつつあることは誠に憂慮すべき問題だと思います。政治的なエリートを生み出し、支えていくべきこの中間層が大きな打撃を受けています。欧米など世界の主要国の政治的リーダーが劣化し、社会が不安定になってきているのも、このような情勢を背景にしているのかもしれません。日本は欧州を手本にしてこれまで発展してきました。欧州の政治経済的な混迷は、対岸の火事ではなく、現在の我が国も直面する課題として受け止めていかねばならないと思います。

(東大・法、諏訪 茂)


とめどのないグローバリズムの激流と、そこから生まれる貧富の格差の極大化、そして抑圧され取り残された人達によるテロリズムの激化。こういう現実の中で、人々はこの激流から身をかわし、もう少し静かな生活は送れないものかと思う。いわば穏やかな鎖国政策は採れないものか、そして半自給自足の生活に憧れたりする時もある。しかしながら毎年7千万人増加し、70億人を突破した世界の人口増による水と食料の不足、温暖化による気候激変、石油などの天然資源の枯渇危機などの現実を認識すると、そして我が国においては、カロリーベースで40%に満たない食料自給率や、近隣諸国との安全保障上の軋轢、急速に進む労働力人口減少などどれをとってももはや一国だけでは解決できない、正に国際連携、協調が必要とされている厳しい姿を認めざるを得ない。

今回の遠藤乾氏の講演は、難民の大量流入で混乱の続くEUの明日を探るものであった。先月のG7後、独のメルケル氏は「英国と米国はもはやパートナーとしてあてにならない」と発言し、仏国との協力関係の重要性を訴えた。欧州統合の深化にブレーキ役を果たしてきた英国は、今後の離脱交渉の困難さ、相次ぐテロ発生、選挙による保守政権の弱体化と混迷度が強まっている。長い歴史の中で英国といわば愛憎関係にあった仏国には、欧州統合推進に情熱的信念を抱く若いマクロン氏が大統領に選出され、その後の議会選挙でも大多数の支持を獲得する見通しである。各国の政治的指導者は自国民の利益を優先するが故に、その実現には如何に他国と良好な関係を築くか、そして隣国の不利益は自国の利益ということを目論んでいるか、それが国際政治というものらしい。一人当たりGDPの成長では、抜きんでている米国においては、グローバリズムの中で取り残された「ラストベルト」の人々の期待を利用してトランプ氏が勝者になった。一方仏国「ラストベルト」の支持を得たルペン氏は敗者となった。これは仏国民の通貨ユーロに対する執着が勝敗を分けたとも言われている。すなわちEU離脱後に独自通貨に転換すると国民保有財産の実質価値が大幅に減少するからとのことで、まさに人は理想のみに生きづである。

日々の暮らしと安全をいかに守っていくかこれが多くの庶民の願いである。

これは欧州や米国民に限らずイスラムの人々も同じであろう。それを政治がいかに実現していくか。それを実現してくれそうな指導者を、民主国家では国民は選挙で選ぶ。このように国民の安全が色々な形で脅かされている時代には、国家の様々な統制強化が必要なときも出てくる。しかしながらそれを、個人や党派の利益のみに利用しようとする勢力が出てこないように国民の慧眼とマスコミの本来の働きが問われている。

(北大・教育、牛島 康明)