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夕食会・午餐会感想レポート

平成25年3月午餐会「千駄木の漱石」

夕食会・午餐会感想レポート

3月21日午餐会

森まゆみ講師の「千駄木の漱石」を興味深く聴かせていただいた。千駄木、根津、谷中近辺の土地柄が明治の文豪である漱石や鷗外を生み、一葉にも繋がる壮大なる歴史物語は、その土地が醸し出す雰囲気と作家の感性が刺激し合いそれぞれの希有な人生を形成していくことを教えている。また、漱石と鷗外を比較した論考は非常に面白く、特に漱石が鷗外に比べ出世が遅れ、『道草』を喰ったくだりは漱石のその後の人生や小説の深みを増す契機になったのだと思う。「人生とはかたずか無いもの」と言った漱石の吐露は人生の深淵を見た者だけが言える言葉ではないだろうか。
さらに、『我が輩は猫である』を生み出した千駄木林は漱石の精神的「鬱」を増長させ、悪妻の誉れ高い鏡子夫人は漱石とは真逆との精神構造を持ち、バランスが取れていたのであろう。
最後に、漱石が交流した多様な人物の中に物理学者の寺田寅彦がいる。現代の日本に特に重要な文理融合の思考は漱石の時代には常識であったことを思うと羨望さえ感じさせる。話の中で垣間見せる女性作家ならではの視線は、近代日本の基礎を築いた明治という時代の豊穣な精神の息吹を活写していることは間違いない。刮目すべき講演であった。

(東大・工、武田 英次)