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夕食会・午餐会感想レポート

平成29年2月午餐会「中央銀行という存在」

夕食会・午餐会感想レポート

2月20日午餐会

金融政策責任者の禁欲的エートス

中央銀行の存在と政策が私たちの関心を強く引きつける時代というのは、多分あまり平穏な経済状況ではない時代なのだろう。時の金融政策の動きに一喜一憂することなく、安定的な経済活動を送れる時代こそが理想であるにちがいない。そのことを十分に納得させられた講演であったと思う。

民主主義を国家体制の基本原理としている国では、時の社会的感情に左右されない判断が必要とされる領域では運営主体の独立性の維持が不可欠だが、それは政権の政策決定に盲目的に追随しないだけではなく、政策への不用意な介入も避けなければならないことを意味する。中央銀行の生え抜きとして日銀のトップを務めた氏の言葉からは、その禁欲的な自己抑制の意思が強烈に伝わってきた。

それにしても中央銀行の本来的機能はきわめて地味なもので、しかも長期的なスパンの中で判断すべきことがよく判る。危機的状況において「準財政政策」的な手法を取ったことが、日銀のやるべきことであったかどうかという白川氏の自問には重いものがあった。長期的なスパンで結果を考える姿勢は、時に即自的な効果を求める人々の怨嗟を招くこともあるだろう。中央銀行の役割は「医者に近い存在」であるという氏の言葉は含蓄が深いが、将来の快癒を期待して今の痛みを耐える理解と忍耐が我々国民にあるかどうかが問われているのだと思う。

民主主義はかけがえのない統治理念だが、時に民意の行き先が予測不能なところに帰着することをいくつも目撃する昨今である。「永続的に学習する組織」の禁欲的エートスが時の政治的な揺らぎに左右されることなく、日本の金融政策の長期的な安定を確保してくれることを切に願う。

(東北大・法 今村 正樹)


白川前総裁の講演を大変興味深く拝聴しました。冒頭、政策については触れないと笑いを取られましたが、講演の最後に至り、本当にお話しされたいのは政策ではないかと感じました。確かに、現政権、後任者の政策について云々するのは難しいでしょうが、配布資料の最後にある「財政の持続可能性は通貨安定の基礎」と「問題提起にある3項目」は正しく日本の政治、経済が現状抱えている問題の核心であり、現政権/後任者の政策と違う主張であると感じました。講演の最後で時間も迫りあまり突っ込んだ話にならなかったのは残念でした。

小生は、特に、「デフレが日本経済の問題の根本原因か?」に続く言葉に同感しました。税収の2倍近い支出を継続する財政が持続可能性があるとは種々専門的な議論はあるとしても常識的には思えず、若者が自分たちの将来の年金を当てにしていないという状況は将来に自信を持てないことを敏感に感じ取っているのだと思います。税収の不足分を郵貯、民間銀行、投資家の買いでは不足し、日銀買取で賄っている姿は、教科書的に「禁じ手」とされていたものを、既発債と新発債の違い、欧米諸国もやっているなどの理由により正当化されているように思います。

FRBなど中央銀行は「物価」と「失業率」の2つの経済指標を政策決定の判断基準としていますが、わが国の場合失業率は最近十分低く、金融緩和を行う根拠にはなりません。デフレは物価の安定という観点からは問題かもしれませんが、ゼロを少しだけ切る水準で、しかも生鮮食品や燃料を除外しているので庶民の感覚とは違和感があります。最近、エンゲル係数が上がっているというニュースがあり、共働きの増加による中食などの食品購買構造の変化との説明もありましたが、我が家では食品、特に生鮮食品の値上がりを日々感じています。生活実感はデフレではなくインフレなのです。物から事への消費志向の変化もありますが、将来不安とインフレを感じ取れば、いくら金融緩和しても消費は伸びませんし、企業も増産のための設備投資は出来ません(金利水準が投資の抑制要因ではないのです)。

こう書くと、現政権、後任者の政策について、目的(アジェンダ)も手段も間違っているというかなり批判的な主張になってしまいますが、日頃から感じていることから、今回の講演をそういう風に理解しました。小生は経済、金融政策の専門家ではなく、絶対正しいとは言えませんが、最後の「中央銀行の直面する課題」で言われている「特定の理論に囚われない姿勢」というのは、少なくとも、このような批判的な見方や立場も無視しないで、専門的な知識やロジックできちんと整理し議論し国の将来のありうべき姿を目指して政策決定していくという姿勢が求められているところに通じているのではないでしょうか。

(東大・工 田中 久司)