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夕食会・午餐会感想レポート

平成26年2月午餐会「新しい弥生時代像の構築」

夕食会・午餐会感想レポート

2月20日午餐会

門外漢の感想です。仕事柄、海外の史跡を訪れることは多かったのですが、退職後のこの3年間は一転、食材の変化を追って、日本の遺跡を訪れました。
今日の食材の多くはコメを含め縄文時代から存在しました。そして弥生に始まる新食材は「白いナズナ・スズナ・スズシロの縄文、黄色い菜の花の弥生」と菜の花が例になるほど少なく、新食材が一挙に増えるのは、ずっと後のボルトガル・オランダの渡来以降です。
弥生とはなんだったのか? 富は富を求める(欲望は次の欲望を生む)というような欲望の増大が戦闘社会にのめり込ませたのでしょうか。心理学の弥生観を聞きたいところです。
また、突飛な話ですが、「イリアス」のような文学(創造)は遺跡(証拠)以上に人の心を動かします。例えば、新しい吉野ヶ里では「先祖の喜怒哀楽」を歌う創作コンクールを設け、続け、大叙事詩を集大成する企画は生まれないでしょうか。
かれこれ考えると、遺跡・食材・心理学・文学等々を結び合わせ、門外漢までを抱き込んだ立方体的な喧々諤々の古代史議論の場が出来れば、自ずとその立方体の中心に、これまでの史観にとらわれない、真実に近い、日本民族の実像が浮かびあがってくる。そしてそれが将来への指針ともなる。食材変化追求の難しさを実感し、かつ、いま進行中の大学改革などを鑑み、考古学も広く高く、将来へと飛翔してほしい。そう感じました。

(東大・文、相良 嘉美)