~随想~ノラクラ者の系譜
池内 紀
(ドイツ文学者・エッセイスト)

No.913(平成27年7月)号

五十代半ばで教師を廃業して文筆に転じた。さしあたりは、することがない。毎日ノラクラしていた。東京の西の郊外の住宅地であって、昼間ブラブラしていると目立つのだろう。家人が買い物に行くと、さりげなくあれこれ問いただされた。そのころ、たまたま経済紙にエッセイを連載していて、そこにノラクラ新入生の日常を書いたところ、目にとめた人が近所にいた。おかげでようやく疑惑から解放された。

ドイツ語には「神さまのノラクラ者」(Herrgotts Tagedieb)という言い方がある。若い人が、まだ自分が何をしたいのかわからず、職探しをしないでいるとき、しばらく大目に見るというときに使うようだ。神さまお目こぼしのノラクラ時代であって、親にすれば腹立たしいかぎりだが、イライラしないで当人にまかせていようというのである。ウィーンの友人の娘が大学を出てから日本にきて、三カ月ばかり滞在した。旅費は画廊ではたらいてためたという。「神さまのノラクラ者ね」と言うと、うれしそうな顔をした。ドイツの大学生は、卒業するとたいてい長期の旅行をする。シュウカツはそのあとのこと。神さま公認のノラクラ制度が健全に生きている。

私自身、大学を出て二年ばかりブラブラしていた。「所得倍増」を合言葉に日本経済が急カーブで駆け上がっていたころで、就職口は降るようにあったが、アルバイトでしのいだ。自分が何をしたいのかわからなかったせいであるが、とともに何をしたくないのかはよくわかっていた。少なくとも当座は自分の時間を自分の流儀で使いたい。多少の棒給で、それをすっかり勤めにゆずりわたすのは、しばらく先のこととする――。

夏目漱石の『それから』を読んだ人は、あっけにとられるのではなかろうか。文豪の名作といわれるが、ノラクラ男が語られているだけではないか。当時は稀少価値だった帝大を出て、洋書などもスラスラ読める。三十歳になったというのに、月に一度、親元へ生活費を受けとりにいくのが唯一の仕事で、暮らしの雑用は通いの婆さんと書生がやってくれる。

新聞に連載した小説であって、読者はイラついたのではあるまいか。ただタイトルが『それから』だから、只今はこうでも、それからきっとコトが起こり、物語が動き出すにちがいない。作者が先手を打って、読者のイラ立ちを差しとめたぐあいで、たしかに、遅ればせながら、いささかコトが発生する。かつて好ましく思っていた女性で、いまは人妻とのあいだに感情が熟してきて、主人公が暮らしの大変革にせまられる。ただ、その直前で物語は打ち切られ、以後の「それから」はさっぱりわからない。

大正から昭和初期の小説には、『それから』の仲間たちがどっさり登場する。宇野浩二の『蔵の中』、江戸川乱歩の『二銭銅貨』、石川淳の『マルスの歌』……当時の名作とされるものは、きまってノラクラ者が主人公である。昼間は寝ていて、夕方になるとフラフラ出歩く者もいる。たいていチビた下駄をはいており、見すぼらしい印象を与えるが、それは革靴社会の偏見であって、何よりも素足に下駄はここちいい。それにノラクラ者はなぜか清潔好きで、銭湯が開くと一番のりで湯につかる。一生ノラクラで過ごしたような木山捷平の小説でわかるのだが、銭湯のあとの散歩は下駄にかぎるのだ。草野球をひやかしにいくときなどお尻の敷きものになる。チビているほうが安定がいいのである。

この手の「遊民」の系譜をたぐっていくと、江戸時代の旗本・御家人に行きつくのではなかろうか。せいぜい寄合席か小普請役のお役目で、それ自体きわめつきの閑職だった。ましてや二男、三男に生まれつくと、公式にも「○○厄介」と余り者を宣告された。ノラクラを運命づけられていた。

ブラブラしていてもめだたない方法として釣りがある。魚との知恵くらべは武道と近い遊びと言えなくもなく、鍛練と称して気がねなく釣りに打ちこむこともできる。日本最古の釣りの指南書『何羨録[かせんろく]』は、そんなノラクラ暮らしから生まれた。作者は二十七歳のときに職務を辞して屋敷を返上。巷に逼塞[ひっそく]して、もっぱら趣味に励んだ。生涯の著書に「何も羨ましいことなどない」といった意味のタイトルをつけたのは、負け惜しみではなく、文字どおりの心境だったと思われる。

若いころと五十代以後と、二度にわたるノラクラ暮らしをした者の体験でいうと、ブラつくというのも結構むずかしいものである。お天気ぐあいをまちがえると、ナサケない事態に遭遇する。『何羨録』の作者は小舟で沖に出たりしたわけだから、ヘタすると生命にかかわる。そのせいか上・中・下三巻の下巻のおおかたを「天候編」にあてて、雲や月、星の動きから天候予測の指南をしている。現在の気象学からみてもきわめて的確な判断といえるらしい。今ではお天気おネエさんのアドバイスですむようなものだが、やはりしばしば雲の動きで即席の判断を迫られる。ことほどさように、ノラクラは勤勉でないとつとまらない。

(ドイツ文学者・エッセイスト・東大・文修・昭40)