次の世代のための日本経済の再生
米倉弘昌
(社団法人日本経済団体連合会会長)
No.894(平成24年5月)号

要 約
 二〇年にわたる低成長、少子高齢化、財政問題と社会保障制度の行き詰まり、震災復興。わが国が、こうした山積する課題を克服し、再び力強く持続可能な経済成長を実現し、次の世代が未来に希望を持てる「活力ある日本」となるために、我々が果たすべき責任は何か。「豊かさを追求する」「雇用と生活を守る」「世界と共に生きる」の三つの観点から論じる。

Ⅰ.わが国の現状と課題
 昨年三月に発生した東日本大震災は、東北三県を中心とする極めて広い地域に甚大な被害をもたらし、多くの貴重な命が失われました。地震と津波によってサプライチェーンが寸断され、福島第一原発事故も発生しました。被災地の企業活動は停滞し、その影響は日本国内に留まらず、広く海外にも及びました。大震災への対応を巡り、政治の混乱も続きました。

 経済の面では歴史的な円高が継続し、企業の輸出事業の収益を圧迫しました。今年に入ってもこの状況は変わらず、円高のさらなる長期化が懸念されています。EUでは加盟国の債務危機問題が勃発し、財政規律の強化に向けて懸命の努力が続きますが、収束の見通しは立っていません。このような欧州経済の混乱や米国経済の低迷によって、これまで世界経済を牽引してきた新興国の成長にも減速の兆しが出ています。

 これらの困難な状況のもと、日本が直面している課題について、まず論じたいと思います。

(1)二〇年にわたる低成長
 二〇一一年の日本の経済成長率は、震災後の内需の落ち込みと、欧州の債務危機を背景とする海外経済の減速や円高に伴う輸出の減少により、実質で〇・九%のマイナス成長となりました。

 バブル崩壊から今日までの「失われた二〇年」と言われる日本経済の停滞ぶりは、数字の上でもはっきりと表れています。二〇一〇年までの過去二〇年間の名目GDPの平均成長率を国別に比較すると、先進国では米国が四・七%、ドイツが三・四%、アジアの新興国では中国が一六・五%、インドが一三・七%、韓国が九・四%であるのに対し、日本はわずか〇・四%と際立って低い成長率です。豊かさの指標となる国民一人あたりGDPでも、日本は先進国中で最低水準です。

 日本は第二次世界大戦によって名目GDPの八六%に匹敵するストックを失いました。しかし戦後、国際社会からの支援と国民の血の滲むような努力によって立ち上がり、先進国に追いつき、経済大国へと成長しました。日本経済が「キャッチアップの時代」を過ぎ、「フロントランナーの時代」に入った七〇年代末、高度経済成長期は終わりを迎えましたが、それでも八〇年代、実質で四・四%という、他の先進国と比較してもかなり高い水準の成長率を維持しました。

 こうした力強い成長を見せてきた日本経済が、バブルの崩壊後、二〇年もの長きにわたって停滞を続けている要因として、経済のグローバル化が進む中で事業環境の自由化・国際化という世界の流れに後れをとったために、海外市場の成長を十分に取り込むことができず、バブル崩壊に伴って生じた需給ギャップをうまく埋められなかったことが大きかったと思います。

 経済成長の低迷によって世界における日本市場のプレゼンスが次第に低下し、国内外の企業による日本への本格的な新規投資が減少しました。消費も抑えられ、新しい雇用が生まれにくい状況になりました。若い世代の雇用や所得が不安定になるにつれて、結婚や出産が以前に比べて難しくなったと感じる人が増え、少子化の問題が顕在化しました。さらに近年は、生活困窮者の増加とそれに伴う社会保障支出の増大も問題となっています。

(2)急速に進行する少子高齢化
 二〇一〇年の国勢調査によると、六五歳以上の方々が日本の人口全体に占める割合は二三%と、世界で最も高い水準となりました。その一方、二〇一一年の出生数は一〇五万七千人と、戦後最少を記録しました。

 人口推計は「最も蓋然性が高い」と言われており、今年一月に発表された将来人口推計でも、「今後もこうした傾向が続き、人口減少の趨勢を今世紀中に止めることは難しい」と予測されています。その結果、問題となるのは一五歳から六四歳までの生産年齢人口の減少、いわゆる働き手の不足です。

 人口と経済成長は切っても切れない関係にあります。経済成長は、「労働投入量」「資本投入量」「技術進歩」の三つの要因で決まるといわれています。生産年齢人口の滅少は「労働投入量」の減少を意味します。世界に誇る技術力と優れた人材の力を強みとしてきた日本にとって、生産年齢人口の減少は、「日本の経済成長を引き下げる」という重大な意味を持ちます。

 保育サービスの拡充、多様な働き方に対応した柔軟な労働市場の構築など幅広い対策を通じて、国をあげて子育て世帯の仕事と育児をサポートし、早急に少子化に歯止めをかけていかなければなりません。

(3)財政問題と社会保障制度の行き詰まり
 急速に進行する少子高齢化により、一般会計における社会保障関係費は増加の一途をたどっており、今後、毎年一兆円のペースで増え続け、日本の財政を確実に圧迫していくと見られています。

 国民皆保険が達成された一九六〇年代、約一〇人の現役世代が一人の高齢者を支えるという状況でしたが、二〇〇五年には三・三人、二〇一一年にはニ・五人にまで減少し、三〇年後の二〇五〇年には一・ニ人の現役世代が一人の高齢者を支える、というところまで落ち込むと予測されています。戦後の高度成長と人口増加を前提に設計された現行の社会保障制度は明らかに限界を迎えています。さらに二〇〇九年度以降、国の借金が税収を上回る状況が続いています。

 世代間の不公平も無視できないほど広がっています。世代毎に、生涯を通じた「受益」と「負担」を計算する「世代会計」という手法があります。「受益」とは、道路・ダムといった社会資本や、治安・国防、医療・介護といった公共サービスから得られる「利益」を指し、そのサービスを供給するのに必要な税金、保険料を「負担」としてカウントします。ここで試算を一つ紹介しますと、今の六〇歳以上の世代は、差し引きで約四〇〇〇万円の受益超過です。逆に二〇歳未満の世代は約八三〇〇万円の負担超過で、その格差は実に一億二〇〇〇万円に達します。

 このような世代間の不公平に対する勤労者の不満や、社会保障制度の持続可能性への不安が、かつてなく高まっています。こうした不安が消費者マインドを冷やし、内需の回復を遅らせる一つの要因になっています。

 仮に、現役世代や企業の負担に依存する現行制度を今後も継続していくならば、企業や従業員の活力は低下し、日本の将来を背負う若者の就業意欲や勤労意欲も損なわれるでしょう。その結果、経済成長が阻害され、社会保障制度を支える力は一層弱まっていきます。こうした負のスパイラルを防ぐために、若い世代に過度の負担を強いる現在の社会保障制度は早急に改めていかなければなりません。

(4)震災復興とエネルギー政策の再構築
 現在、瓦礫の撤去をはじめとする復旧作業も次第に軌道に乗り、サプライチェーンが復旧するにつれて被災地の生産活動も着実に回復に向かっています。その一方、本格復興策を盛り込んだ第三次補正予算の成立は予想以上の時間を要し、一一月下旬にずれ込みました。司令塔となるべき「復興庁」は、震災からほぼ一年になる二月一〇日、ようやく設置されました。

 大震災によって日本は「エネルギー政策の再構築」という新たな課題を背負わされました。電力の安定供給は国民生活と企業活動を支える土台です。昨年夏、電力不足による大規模停電を回避するために「計画節電」が実施され、企業や国民は大きな負担を強いられました。このような混乱が再び生じれば、企業の生産拠点の海外移転が一段と進み、国内産業の空洞化に拍車がかかるでしょう。海外移転を「企業活動のグローバル化の動きとして当然」と捉える見方もありますが、移転が過度に進行すると国内雇用の維持が困難になり、技術力をはじめとした日本の産業競争力が失われることになりかねません。このような事態を回避するために、電力安定供給を保障するエネルギー政策を早急に再構築しなければなりません。

Ⅱ.我々が、次の世代のために果たすべき責任
 これら数多くの困難を前にして、日本の将来を悲観する声をしばしば耳にします。確かに日本は二〇年にわたる低成長の時代から今も抜け出せないでいます。しかし、戦後から今日までの日本の歩みを見直してみると、違った見通しが開けてきます。

 戦後、日本は文字通りゼロから出発しましたが、国民が一丸となって復興に取組み、やがて高度経済成長期を迎え、終戦からわずか三〇年で世界経済をリードする経済大国へと急成長を遂げました。その後、バブル経済とその崩壊を経験し、低成長の時代となった訳ですが、私が特に強調したいのは、「失われた二〇年」を経た今もなお、日本企業は技術カ・人材・チームワーク・ボトムアップによる改善・創意工夫といった面で、世界のトップレベルにあるということです。

 我々は将来を悲観するのでなく、冷静に日本の強みを評価し、再び力強い持続的な経済成長を実現しなければなりません。次の世代が未来に期待を抱くことができる、活力溢れる「新しい日本」を作らなければなりません。そのために我々にできることは何か。三つの「果たすべき責任」から考えたいと思います。

(1)「豊かさを追求する」
 私は昨年末ニューデリーを訪れ、高度成長の真っ只中にある国の熱気に触れました。強烈な経済成長を肌で実感しながら、より豊かな生活を求めて働くインドの人々の活力に圧倒され、「日本の若い人達やその次の世代も、かくあって欲しい」と願いました。

 私はかねてから「ダイナミックな経済成長のためには、経済の牽引役である企業自らが知恵を絞り、行動を起こすことが必要である」と主張してきました。民主導の経済成長を実現する上で、最も重要な推進力となるのはイノベーションです。イノベーションは日本企業の競争力の源泉であり、これまでも日本の経済発展の大きな原動力でした。

 ①未来都市モデルプロジェクト
 経団連では、会員企業と共に全国一一の都市や地域で、「未来都市モデルプロジェクト」という取組みを展開しています。企業が大学や自治体と共同で、環境・エネルギー・ICT・医療・交通・農業などの分野における最先端の技術を持ち寄り、実証実験を行い、革新的なシステムやインフラを開発し、人々が豊かに安心して暮らせる都市を作ろうというプロジェクトです。経団連では、このプロジェクトを核にしてイノベーションを加速させ、日本の産業競争力の強化を図ろうとしています。同時に、ここで得られた成果とノウハウをパッケージ化して国内外に広く展開し、日本経済の活性化に繋げていくことを目指しています。

 現在進行中のプロジェクトの事例を二つ、ご紹介します。一つ目は「豊田次世代エネルギー・モビリティ都市」です。トヨタ自動車・豊田市・名古屋大学が中心となって、低炭素型コミュニティーや交通システムを構築していこうという取組みです。エネルギーの消費を抑える「省エネ」、エネルギーを創り出す「創エネ」、エネルギーを蓄える「蓄エネ」のための最先端の機器やシステムを装備した住宅を分譲し、各技術の実際の効果を検証していきます。プラグ・イン・ハイブリッド車や電気自動車に蓄えた電気を家庭で使用できるようにするシステムの実証実験なども実施することになっています。

 二つ目は、愛媛県西条市の「西条農業革新都市プロジェクト」です。私が会長を務める住友化学が中心となって、先端技術を駆使した先進農業を推進するプロジェクトです。昨年八月、西条市の第三セクターやJA西条、民間企業の皆様と共同で「株式会社サンライズファーム西条」を設立しました。GPSを使った無人の農機やラジコン・ヘリコプターを農作業に利用し、農薬や肥料の精密散布を行うことや、IT技術を活用して農作物の生産・流通の工程管理を行うといった取組みを進めています。競争力のある日本の新しい農業のモデルを創り上げていきたいと考えています。

 ②異分野の技術の融合でイノベーションを加速する
 イノベーションによってより高いレベルの豊かさを追求し、経済成長に繋げていく。この考え方自体は非常にオーソドックスなものです。大切なのはイノベーションを加速させるためのアプローチです。新しい技術を開発するための一番の近道は、異なる分野の技術を組み合わせ、融合させることであると私は考えています。五〇年余りにわたって化学産業に身を置き、国内外の様々な分野の顧客の皆様やパートナーの皆様とビジネスをさせて項いた経験から、私なりに導き出した考えです。重点分野を見定めて自社の強みを活かした研究開発を進めることも重要ですが、既存の考え方の枠から飛び出し、違った分野の技術を掛け合わせてみることによって、より速くより革新的な技術を生み出すことができると考えています。

 「未来都市モデルプロジェクト」においても、異分野・異業種の技術や知見を組み合わせたり、繋ぎ合わせたりしています。町や地域で、技術やサービスの提供者と利用者が知恵を出し合い、一体となって課題を解決しています。こうしたアプローチで開発を進めています。日本の強みである技術カ・チームワーク・創意工夫の力を存分に発揮して、イノベーションを加速させ、経済に活力を与えていきたいと思います。

 ③被災地の新たなまちづくり・地域産業の復興
「豊かさの追求」という観点から、被災地の復興を考えてみます。我々は今回の震災によって、「安全」と「安心」なくして「豊かな国民生活」は成り立ち得ないことを改めて認識させられました。

 民間企業は、災害に強いまちづくりや、より快適な環境づくりで必要となる技術やノウハウを数多く持っています。経済界は、先ほどお話しした「未来都市モデルプロジェクト」における環境・エネルギー・ICT・医療・交通、農業といった分野での成果を、各地域のニーズに応じて被災地に展開することで、新しいまちづくりを支援していくことができると考えます。

 地域産業の復興を進めることも必要です。産業の復興についても、震災前の状況に戻すという発想ではなく、被災した地域の今後の発展に繋げていくという視点が大切です。東北地方はこれまでも電子部品・自動車部品・精密機械・医薬品等の分野において、国内の重要な生産拠点としての役割を担ってきました。具体的な復興策として、こうした東北の「ものづくり」の強みを活かしながら、国の「震災復興特区制度」を活用して、被災地に新たな工業団地を作ることや、大学、研究機関を誘致して産学連携の研究開発拠点を開くといった取組みも考えられると思います。

 震災復興は大きな挑戦であり、政治の強いリーダーシップの下で、国・自治体・企業・国民全体が痛みを分かち合い、一丸となって取り組んでいかなければなりません。被災地の再生なくして、日本の真の再生はあり得ません。経済界として、民間企業の持てる力を最大限に発揮して、引き続き被災地の復興に貢献したいと考えています。

(2)「雇用と生活を守る」
 「雇用と生活を守る」という観点から次世代のために我々が果たすべき責任を考える時、財政健全化・社会保障制度の改革・労働市場の改革が急務でしょう。

 ①現役世代の負担軽減となる社会保障制度改革を
 日本の財政は極めて厳しい状況にあります。社会保障給付の徹底的な効率化と重点化、消費税を含む税制の抜本改革は、もはや避けては通れません。対策が後手に回り、市場の信認を失うような事態になると、大規模な増税や社会保障給付の削滅といったドラスティックな歳出削減を迫られることになり、雇用や国民生活に大打撃を与えることになります。

 今年一月、政府・与党は「社会保障・税一体改革素案」をまとめ、二月一七日には「大綱」として閣議決定しました。消費税率の引き上げ時期や上げ幅などが具体的に盛り込まれ、財政健全化への重要な一歩であったと思います。経済界としては、政府・与党に対し、野党の協力を得ながら通常国会中に必要な法制上の措置を講じていくこと、社会保障給付の効率化・重点化に一層踏み込み、現役世代に過大な社会保険料の負担を求める現行制度を早急に改革していくことを強く働きかけていきたいと考えています。

 ②雇用形態の多様化を進め、若者の就労サポートを
 日本の失業率は四%半ばで推移していますが、二四歳以下の若者に限ってはその倍の八%です。若者の厳しい雇用状況が今後も続くと、社会全体の活力が低下するばかりでなく、日本の大きな強みである人材のカが失われ、日本経済がさらに失速する懸念もあります。

 また、職種や企業規模といった点でのミスマッチや、高齢者雇用のあり方、高止まりしている長期失業者の割合、働き方に対するニーズの多様化など、構造的な課題も山積しています。

 こうした状況を打開するために、世の中のニーズや企業活動の変化に対応し得る、多様で柔軟な労働市場を作っていかなければなりません。現在、高齢者雇用の義務付けの強化や労働派遣法の改正など、規制強化に向けた議論が続いていますが、過度の規制は国内の事業環境をさらに悪化させ、雇用の減少を招く恐れがあります。「非正規雇用は好ましくない労働形態であり、正規雇用こそ望ましい働き方だ」というような硬直的な考えに捉われることなく、労使双方の利益に適う形での雇用の流動化・多様化を早急に進めていくべきであると思います。

 就労サポートの具体例として、仕事を探している人が生活支援給付を受け取りながら職業訓練を受けることができる「求職者支援制度」等のセーフティネットを拡充させること、いわゆる「トランポリン型の雇用政策」の推進があります。さらに、公的な職業訓練プログラムや職業紹介機能を充実させ、エネルギー・環境・医療・介護・観光・農業など今後、労働力の需要が拡大すると期待される分野で雇用を促進していくことも必要です。本格的な少子化の進行に伴う生産年齢人口の減少に対応するためにも、こうしたミスマッチの解消に向けた対策の実施は急務です。

(3)「世界と共に生きる」
 日本は、海外から優れた技術や文化を積極的に取り入れることで成長してきた国です。その歴史は遣唐使の派遣が始まった七世紀初めにまで遡り、以来、ニ一世紀の今日まで続いています。日本の競争力の源泉である優れた技術力や開発力は、こうした長い歴史の中で培われてきました。国を開き、世界と交流し、世界と共に生きることは、資源に乏しい日本が発展を続けていくための必然的な生き方でしょう。

 ①高いレベルの経済連携を推進する
 近年、経済のグローバル化が加速する中、世界各国は国際競争力の強化に向け、FTA1)やEPA2)の締結を通じた経済連携の推進に取り組んでいます。日本もこうした潮流に後れをとることなく、主要な貿易・投資相手国との間で高いレベルの経済連携を実現し、海外市場の成長を取り込んでいかなければなりません。とりわけ、世界の「成長センター」となっているアジア太平洋地域における経済連携の推進は、日本経済の再生と持続的成長を実現するための必須条件でしょう。

 経団連ではかねてより、二〇二〇年までにFTAAP3)を構築することを目標に掲げ、その実現に向けたステップとして、①TPP4)への早期参加、②日中韓FTAの実現、③ASEAN+65)によるEPAの実現、を求めてきました。中でもTPPは、アジア太平洋地域だけでなく、グローバルな経済連携のルール作りに発展する可能性を持つ重要な枠組みであり、FTAAPの構築に繋がるEPAのうち、唯一、具体的な交渉が始まっています。その意味で昨年一一月、ホノルルで開かれたAPEC首脳会議において、野田総理がTPP交渉への参加に向けて関係国と協議を開始することを表明されたことは、日本にとって大変有意義な前進であり、総理のご決断に改めて敬意を表したく思います。その後、交渉参加に向けて各国との事前協議が順次始まり、二月初旬にはワシントンで米国との事前協議が始まりました。今後、参加国との本格的な交渉に入っていくことになります。経団連では政府に対し、引き続きTPP参加を強く働きかけていきます。

 一方、農業の競争力の強化にも同時に取り組んでいかなければなりません。規制緩和をさらに進め、民間企業など優れた経営能力を持つ多様な担い手を確保するとともに、農家の事業規模の拡大を促し、生産性と効率性を高めていく必要があります。日本の農作物の品質と農業技術は、世界で高く評価されています。

 経団連としても、農業界と連携して日本の農作物の輸出促進、民間企業の持つ経営・事業運営に関する知見の活用、加工・物流・品質管理等に関する技術の活用を進め、日本の農業の競争力強化に積極的に貢献したいと考えています。

 ②アジアの発展に貢献する
 他の国々の手助けをすることによって、国際社会の発展に貢献し、国際社会と共に成長していくという考え方も非常に大切です。特に、アジアの新興国の成長の妨げとなっている社会インフラの整備に協力することは、アジアとの連携を通じた経済成長を目指す日本にとって重要な意味を持ちます。既にASEAN各国やインドなどとの間で、インフラ整備における協力の促進に向けて様々な取組みが始まっており、高速鉄道・都市交通・環境・エネルギーといった分野で最先端の技術やノウハウを有する日本企業には、高い期待が寄せられています。経済界としても、国際協力機構や国際協力銀行、日本貿易保険等の政府機関と官民連携し、パッケージ型のインフラ輸出などを積極的に進めていきたいと考えています。

 戦後、日本は先進国から復興援助資金やインフラ整備プロジェクトヘの融資など様々な支援を受け、復興を成し遂げました。恩を受けた相手を助けるのは「恩返し」ですが、別の人を助けることで自分が受けた恩を送っていく「恩送り」という考え方があります。恩を送られた人は、さらにまた別の人を助けることでその恩を送っていく。その結果、人を助けるという行為が、世の中にどんどん広がっていくことになります。

 この「恩送り」の考え方は、英語圏では“Pay it forward”という言葉で表現されるそうです。これまでに日本が受けた様々な「恩」を、インフラ整備への協力、経済協力という形で新興国や途上国に「送って」いく。「恩送り」の実践という意味でも、アジアの発展に積極的に貢献していかなければなりません。

Ⅲ.結び
 二年前に経団連の会長に就任した際、私は経営者の皆さんに、「今こそ自信を持とう」と呼びかけました。震災から一年が経とうとしている今、経営者の皆さん、日本の社会を支えている現役世代の皆さん、これから日本を背負っていく若い世代の皆さんに、改めて「今こそ自信を持とう」と呼びかけたいと思います。

 震災後、大変な状況にあっても諦めることなく知恵を出し合い、支え合いながら目の前の困難を一つ一つ乗り越えていく被災地の方々や、自ら進んで被災地に駆けつけ、懸命に復旧作業に取り組む若い人達には、心を打たれ、大いに勇気づけられました。

 世界に冠たる技術力、不屈の精神と助け合いの気持ち、強力なチームワーク、こうした日本ならではの強みを発揮しながら自信を持って行動を起こせば、日本は必ずやこの危機を乗り越え、再び力強く発展していくことができると確信しています。

 我々経団連も、「行動する経団連」として、「未来都市モデルプロジェクト」をはじめとする取組みを加速させ、民主導の経済成長と豊かな国民生活の実現を全カで後押しし、復興・再生から新たな飛躍へと大きく踏み出していく一年にしたいと考えています。

(注)
1)FTA(Free Trade Agreement自由貿易協定)。特定の国や地域との間でかかる関税や企業の規制を撤廃し、物やサービスの流通を自由に行えるようにする条約。
2)EPA(Economic Partnership Agreement 経済連携協定)。FTAを柱として、関税撤廃など通商上の障壁の除去だけでなく、締結国間での経済取引の円滑化、経済制度の調和、および、サービス・投資・電子商取引など幅広い経済領域での連携強化と協力の推進を目指す条約。
3)FTAAP(Free Trade Area of Asia-Pacific アジア太平洋自由貿易圏)。APEC加盟国全域において、関税を撤廃した自由貿易圏を作る構想。
4)TPP(Trans-Pacific Partnership 環太平洋戦略的経済連携協定)。環太平洋地域の国々によるEPA。
5)ASEAN+6。東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国に、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた計一六ヶ国による様々な分野における協力の枠組み。

(社団法人日本経済団体連合会会長・東大・法・昭35)
(本稿は平成24年2月20日午餐会における講演の要旨であります)