電子出版と国立国会図書館
長尾 真
(国立国会図書館長・元京都大学総長)

No.886(平成23年1月)号

一、電子読書端末装置

米国で広まり始めていた電子読書端末が最近日本にも入って来ていろいろと話題になっている。アマゾンのKindleやソニーのReaderなどはいわば読書専用の端末であるが、アップルのiPadはゲームもできるし、テレビその他の映像をカラーで見ることのできる魅力ある装置である。このような動きに呼応して、こういった端末にのせる電子書籍もかなり増えて来た。米国では既に百万冊以上の書籍がディジタル形式で利用できるようになっており、日本においても幾つかの出版社で電子書籍化の努力がなされていて一〇万冊以上の書籍をこれらの端末で楽しむことができるところまで来ている。

そこで出て来たのが電子書籍の功罪に関する議論である。特に文部科学省が教科書の電子化の方向を検討しはじめたことで、この問題がより一層クローズアップされるようになった。そこでの議論は要するに従来の紙の教科書で十分であって、これを電子教科書にしても何も利点はないし、書籍というものは冊子の形で読むのが良いのだといった比較的単純な考え方に基づいているように見える。

たしかにKindleやReaderなどの電子読書端末では従来の紙の本を端末装置で見られるようにしただけといってよいかもしれないが、iPadやこれから続々と出てくるであろう新しい端末装置は紙の世界で実現できない新しい機能を持っていることに注目しなければならないだろう。

それはひと口に言ってマルチメディアが扱えるということである。従来の本では文や図、表、写真しか扱えなかったが、新しい読書端末では音や映像も扱うことができ、電子書籍の中に音や映像を入れ、文章だけでは表現できなかったことを実現できるようになる。たとえば理科の教科書で、火山の噴火がどのようなものか、溶岩の流れ方は火山の種類によってどのように違うかといったことを教科書の中の従来の写真の場所に映像を埋め込んで、そこをクリックすることによって音声の解説とともに良く見て理解することができるわけである。芭蕉の俳句を鑑賞する場合にも句の読まれた場所の映像を同時に見ることによって句の理解が一層深まることになるだろう。

これからの読書装置には読者が積極的に働きかける機能もそなえられるだろう。今でもiPadでは指でページをめくったりできるが、ペンで文章に下線を引いたり、任意の個所にコメントを書き込んだりすることができるようになる。そして適当なプログラムを電子テキストの中に埋め込んでおけば、漢字の書き順の訓練を端末上でした時に、間違っていたらそれを指摘することが可能になる。また力学の教科書や演習問題集の中でボールをいろんな角度で投げる実験をさせ、どの角度で投げた時に最も遠くにとどくかを体験させるといったことも、プログラムをテキストの中にうまく入れておくことによって可能となる。

このように電子書籍と電子読書端末の組合わせによって、紙の書籍では実現できなかったことが可能となる。すなわち従来の書籍が一次元、二次元の世界に閉じ込められていたのに対し、電子書籍、電子読書端末の組合わせによって、人間が表現したいと考えることを三次元、四次元の世界にまで表現世界を拡張したという点が革命的なのである。活字印刷の発明がグーテンベルグ革命と呼ばれているが、ひとつは活字を電子的表示に変えることによって、表示の自由度があがったという利点がある。たとえば、障害者に対して大活字本の機能や読み上げソフトを利用することによって文字文章を音声文章として聞けるようにする機能を提供したわけで、これだけでも革命的なことである。しかし上記のようにマルチメディアを扱えるようになって人間の表現の自由度の次元が拡大したという意味において、今回の革命はグーテンベルグの革命よりはるかに大きなインパクトをこれからの社会に与えるものと考えられる。

二、国立国会図書館の電子図書館

国立国会図書館は国立の唯一の図書館であり、法定納本制度によって国内で出版される全ての出版物を国立国会図書館に納入することを義務づけている。現在の収集資料は図書九一〇万点、雑誌八〇〇万冊、博士論文約五〇万冊、全国の新聞、各種の報告書、マイクロフィルムなど合計三六〇〇万点におよび、世界でも有数の図書館である。

図書・資料の電子化は二〇〇二年から少しずつ行って来ており、今日までに明治・大正期の主要な書籍一七万点と貴重書や絵巻物などをディジタル化し、インターネット上に公開している。二〇〇九年度に一二七億円の補正予算を獲得し、二〇一〇年度末までに約一〇〇万冊の資料のディジタル化をする予定で仕事を進めている。内容は一九六八年までのほぼ全ての図書、一万八〇〇〇タイトルの雑誌の創刊号から二〇〇〇年までのもの、一九九一年から二〇〇〇年までの博士論文約一四万点、古典籍五万八〇〇〇点、その他である。

これから出版される書物はたとえ紙の形で出されてもその元には電子形態のものがある。また紙の形では出さず、電子形態のみで出される、いわゆる born digitalの出版物がこれから増えてゆく。したがってこれらの電子形態の出版物を国立国会図書館に納入してもらえるようにすることが大切であり、国立国会図書館法を改正して電子納本制度を確立しようとしている。

インターネット上には種々の貴重な資料が存在しているので、これらも日本の文化財として収集する必要がある。しかしどの範囲のものを集めるのがよいか、その境界を定めることが難しい。そこでまずは最も信頼性の高いwebサイトとして、国、地方公共団体、国公立大学、独立行政法人のwebサイトの情報を権利者の許諾なく収集できるよう国立国会図書館法を改正して二〇一〇年四月から収集を始めている。

したがって今後一九六九年以降の出版物等をディジタル化する予算が得られるならば、日本のほとんどの出版物を過去から将来にわたって電子形態で蓄積し、利用に供することができるようになる。

そこで浮かび上がってくるのはこれらの電子資料をどうすれば日本中の人達に利用してもらえるかである。著作権法に違反せず、また出版社・権利者の不利にならない形でこれを実現するためには、貸出す際に権利者・出版社が納得する利用料を権利者・出版社に支払ってもらうことであろう。それは利用者にとってけっして高い値段ではないだろう。図書館を利用するためには交通費を払って行かねばならないことを考えれば、自分の自由な時間に好きな所で閲覧できるのであるから、ある程度の利用料を払うのはけっして悪い話ではない。

出版社が電子出版物を販売するためにはサーバーを持たねばならず、その管理運用はけっして楽ではないし、相当な費用がかかる。特に中小の出版社が一〇年、二〇年と電子出版物を保持して販売に備えるのは面倒であるから、国立国会図書館に納入した電子書籍を使って販売することにすれば、そのようなシステムの維持は必要なくなることになる。このようにこれからの電子出版物の流通販売のプラットフォームをどのように作りあげてゆくかが現実の問題として浮上して来ている。

いずれにしても日本の電子出版が今後健全に発展してゆくようにすること、電子出版時代の図書館はいかにあるべきか、そういった中で書店はどうなってゆくか、どう変身してゆくべきかといったことが国民全体の問題として真剣に検討されねばならない。

参考文献
長尾真『電子図書館』(新装版)、岩波書店、二〇一〇年三月

(国立国会図書館長・元京都大学総長・京大・工博・工・昭34)