女性のライフスタイルとキャリア
吉村あき子(奈良女子大学文学部助教授) 平成16年9月(848)号

 現代のような就職の厳しい時代に仕事をいただき、英語学・言語学の世界で教壇に立たせていただくようになって10年になる。大学卒業以来いくらか寄り道はしたが、大学院生及び助手時代を含む計16年間の間、大好きなことばの研究と微力ながらも学生の教育に自分なりに精一杯努力をしてきたという自負もある。1年10ヶ月前、超高齢出産だったが、長年待ち望んだ子宝に恵まれた。とたんに生活が一変し、仕事と育児の両立が大きな壁となった。耳にはしていたが、現在の日本において、仕事を持つ女性が出産し育児をすることがこんなに大変なのかということを、身をもって体験している最中である。キャリアアップは大幅にスロウダウンし、かつてのペースを考えるとストップしているも同然である。年齢のこともあるが、そうではなくても、この状態では第2子は産めないと思う。
  本稿では、女性のライフスタイルとキャリアについて書いてみたい。


 日本の女性が、自らの意思に反して結婚か仕事かの二者択一を迫られた時代は終わった。女性の一人として、それは大変喜ばしいことだと思う。男性にとって仕事というものが、人生をかけてやりたい場合があるように、女性にとっても同様の場合があるからだ。もちろん、生活の糧を得るために仕事をするのも、男女に同じである。しかし、仕事を持つ女性が増えたことは、少子化傾向に拍車をかけた。
  経済的に自立し結婚しない人生を選択する女性が増えていること。結婚しても晩婚のため、子供を持てなかったり、持っても1人である場合が増えていること。結婚年齢に関わらず、仕事を続けながら出産はできても、子供を育てることが現在の日本ではとても困難だという点もその原因として挙げられるだろう。

 今回私が焦点を当てたいのは、この「育児の困難さ」である。

 比較的時間的に融通のきく大学教員である私でさえそう思う。これは日本の社会構造及び組織構造に起因すると考えざるを得ない。もともと出産育児をする女性を想定した社会構造や組織構造ではないのである。

 具体的に自分の仕事のことについて少し話してみよう。
 現在の持ちコマは、本務校だけで、学部6コマ(含オムニバス1)、博士前期2コマ、博士後期2コマの週10コマで、委員会のメンバーになっているのは、大学院の総務委員、全学教務委員、学部教務委員、英語教務、外国語専門委員会(委員長)、学生支援委員、(旧学生委員)、アカデミックガイダンス委員の7つである。
  週10コマの授業(1コマ90分)というのは、私にとっては、月曜から金曜日の朝8時半~5時15分までの勤務時間をフルに使って、やっとこなせる仕事量である。それなのに、授業の合間に7つの委員会と教授会が入ってくる。水曜日開催の教授会は、月1回だが午後2時に始まって夜8時から9時頃までぶっ通しに続くこともある。その他の委員会は、授業があるので4時20分から始まることが多い。この時間から始まると決して勤務時間内(5時15分まで)には終わらない。娘の通っている公立保育園は最長6時半までの保育である。保育園のお迎えに間に合わない。お金を払って保育サポーターにお迎えをお願いする。いわゆる二重保育である。私の場合子供好きの大変よい方にあたって、急なお願いも引き受けてくださるのでとても助かる。1時間800円と大変良心的で半分ボランティアみたいだともいえるが、回数が重なると出費になる。
  一方、何時まで会議が続いても超過勤務手当てはつかない。そういうものなのだそうだ。平日がこんな状態なので仕事が片付かない。だから週末も子供を夫に任せて出勤する。もちろん手当てはつかない。それを申告するシステムもない。理不尽だ。

 誤解を招いてはいけないので断っておくが、私は、職場や家庭の環境には大変恵まれた方だと思う。妊娠出産育児のこれまでの過程で、職場の同僚から不快な対応を受けたことは一度もなかった。それどころか、事務の方は親身になってくださったし、先輩の女性教員の方はいろいろ心配してくださった。その上、同講座の男性スタッフは皆自ら育児の役割分担(及び家事分担)をしてきた方々ばかりで、育児がどれだけたいへんかをよくご存知だったこともあって、皆さん大変好意的だった。
  家庭では、夫は自分も育児の主体であることを自覚していた。同僚の年齢や一般的な同世代の日本の男性を考えると、極めて恵まれた環境であったといえる。それにもかかわらず、社会のシステム及び組織のシステムは、自分の体調もまだ万全でない上に、1歳になるかならぬかの赤子を抱える私には、もう容赦のないものに思えたのである。
  私のせいで遅れに遅れている出版原稿があったので、娘は、生後9ヶ月から保育園に通い出した。始めの頃は育児休業中だったので、保育園への送りもお迎えも私がやった。しかし最初の半年くらいは、いろいろ病気をもらってきて、1ヶ月のうち1週間出席できたら良い方だった。超高齢出産だったこともあって、私の体調はなかなか回復せず、親戚中の借りられる手は全て借りて助けてもらったが、結局原稿はまったく進まなかった。
  娘が満1歳になって私が仕事に復帰する頃には大分体調も良くなったが、復帰した以上1人前の仕事をしなければならない。お昼ご飯を食べるのを忘れるくらい丸1日必死に働いて、6時半に保育園にお迎えに行き、帰ってすぐ子供の夕食の準備をし、食べさせて(7時半)お風呂に入れて(8時半~9時半)洗濯機を回し(干すのは夫の役)、寝かしつける(10時)という毎日が続く。夫は仕事(マスコミ)の関係で毎日帰りが深夜になるので、1人でやるしかない。買い物にも行けない。自分のことなどする時間がない。自分の夕飯を食べ損ねて娘と一緒に寝てしまうことさえある。仕事が片付かないので睡眠時間を削ろうかとも思うが、「今それをすると倒れる」と直観する。疲れはたまる一方で、夕方から体調が悪くなり、とうとう動くことができなくなって、ソファにもたれ、膝の上に娘を抱いたまま、夫に電話して緊急に帰ってきてもらったこともあった。母親である私が倒れたら一番かわいそうなのは子供であることを理解した。

 共働き夫婦の友人は子供が3歳になるまでに2回入院していた。彼女には「まだ1度も(母親の私が)入院してないんだから優秀よ」と励まされた。しかし何とかしてもう少し時間的余裕を持たないといけない。そこで娘も1歳半を過ぎ、いろいろ分かるようになってきたこともあって、朝の保育園への送りは夫が担当することにした。それなら早朝から少なくとも2時間くらいはよけいに仕事ができる。その後倒れることは少なくなったが、それでも授業と委員会をこなすのが精一杯で、研究ができない。子供を持つ人生を自分が選択したのだから、と自分を納得させようとするが、大学の競争的環境が促進されつつある中で、ストレスはたまる一方である。これが、1歳10ヶ月の娘を持つ私の育児奮闘記である。


 日本の出生率は1.29人となり人口維持に最低必要な2人を大きく下回っている。高齢少子化には拍車がかかり、もうじき人口減少が始まる。未来の日本が繁栄するためには、少子化傾向に歯止めをかけ、働く女性も出産育児をしやすい環境を整えなければならない。
  国もやっとそのことに気がつき、現在本腰を入れて保育園待機児ゼロを目標に対策を講じている。公立の保育園は延長保育をしても朝7時半~夕方6時半までである(奈良市)が、私立の保育園(国から補助金が出ている)には、夜7時までのところも夜10時まで預かってくれるところもある。
  保育者に何か起こって育児ができなくなったような緊急の場合は、1週間丸々預かってくれるシステムもある。さらに自治体(少なくとも私の住む奈良市)は着実に保育園を新設しつつある。
  育児休業は延長・再延長の場合も含め、最長3年まで取れることになった。さらに、我々研究者が国に申請して獲得する科研費は、どんな理由にせよ本務を半年以上離れるときは返還しなければならなかったが、育児休業の場合は1年延期することができるようになった。その申請書を作成するときに、大変な労力と集中力と時間を費やすだけに、そしてそれだけ頑張って書いてももらえないことが多いだけに、半年の違いで私自身には適用されなかったが、これは本当に嬉しくて涙が出た。遅すぎる感もあるが、まわりのさまざまな環境は整いつつあるように思える。

 一昔前に比べれば、働く女性の環境は天と地ほどの隔たりがあるくらいよくなったように思われる。しかし、それでも第二子は産めないと思う。何故なのだろう。何かが足りない。本質的なところで何かが足りないのである。

 以下は、義妹(会社員)に聞いた実話である。同僚の女性が育児休暇(1年)が終って仕事に復帰した。会社員なので平日は9時から5時まで拘束される。子供は保育園に預け始めたが、最初は休む日のほうが多く、仕事をそうしょっちゅう休むわけにも行かないので、そういう時は実家のおばあさんが主に面倒をみていた。子供さんの方は、いつ頃からか精神的に不安定になって奇行が目に付くようになった。そのうちそのおばあさんが過労で倒れてしまわれた。結局その女性は休職を余儀なくされた、という。
  その方にも自分を重ねてしまう。明日はわが身だと思う。我が娘も理由なく駄々をこねててこずらせることが何度もあったが、膝の上に抱っこしておっぱいを飲ませながら普通にお話をしているうちに、娘の方も落ち着いてきていつもの「いい子」にもどった。比較的時間的融通の利く仕事であったことが幸いだったのだと思う。タイムレコーダーで出社時間と退社時間を記録する会社に勤めている場合、こんなことはできない。
  個人差はあるが、育児のある時期において、他の人ではだめで(申し訳ないが父親でもだめで)母親でなければならないことがある。育児をされた方はきっと皆ご存知のことなのだろうが、私は自分がやってみて初めてその意味を理解した。夜10時まで預かってくれる保育園があることは知っていたが、仕事の手配が可能ならばそんなに遅くまで預けたくないと思ったのはそういうことだったのである。

 キャリアアップの視点から見ると、出産育児1回につき、妊娠期間10ヶ月プラス子供が3歳になるまでの最低約4年間が空白になると覚悟するべきである。人口維持のために必要な2人の子供を産んだとしたら、合計8年という長期間の間、キャリアアップがストップすることになる。それでも定年はある年齢になると容赦なくやってくる。現役で仕事ができる期間が純粋に8年減るだけなのである。
  私達の世界で考えると、30歳で就職できたとして定年が63歳だから、現役期間は33年。そのうち8年空白になるとすると、現役で活躍できるのは25年。何と、男性の4分の3になってしまう。だから、何とか早く仕事に復帰して、マイナスを取り戻したいと焦るのだ。
  私が、(年齢のことは別にして)、第二子が産めないと思う理由はこれではないか。ここに、周りの環境が整いつつあるにもかかわらず、日本の出産率が低下しつづける原因があるのではないかと思う。


 この問題を解消するにはどうしたらいいか考えた。

 定年を延長すればいいのだ。

 例えば子供を1人出産するごとに4年定年を延長する。2人産めば8年延長で71歳が定年になる。これなら安心して子供が3歳になるまで育児休暇が取れる。女性の平均寿命は現在86歳。今の71歳は、もちろん個人差もあるが、十分元気で仕事ができる。あの緒方貞子氏が高等弁務官として世界に出たのは63歳だったではないか。健全な子供の育成という点からみても、これはとてもいいシステムだ。その間、子供が保育園に行く場合も行かない場合もあっていいと思うが、子供が必要とするときに母親が適切な対応を取る精神的余裕がもてる。これは子供の成長にとって重要な点である。
  利点は他にもある。保険料を掛ける期間が延びる(つまり保険料を掛ける人口が増える)上に、支給する年齢も上がって、この国の大問題にとってもプラスになる。時間に追われる毎日の合間に、ない頭を絞って考えた。いかかでしょうか。

 女性のライフスタイルは男性とは異なる。後悔のない人生にするためには、女性は、人生の早い時期にその真の意味に気づかなくてはならない。男性も十分な理解を持たなくてはならない。女性と男性は生物学的に異なっている。誰もが知っていることだが、その意味を改めて考えてみる必要がある。その意味を十分踏まえた上での男女共同参画社会であってほしい。
  以上、勝手なことを書かせていただいた。この場を提供してくださった編集委員会の方々に感謝いたします。
   (奈良女子大学文学部言語文化学科言語情報学専攻助教授・ 阪大・文博・文・昭58)