ニュートリノ天体物理学の誕生
小柴昌俊
(東京大学名誉教授)
No.842(平成15年3月)号

はじめに
  私は、じつは小学生を相手に話をするときに一番気を使います。
これは本当に難しいのですが、今日は学士会のメンバーが相手ですから、だいぶ気が楽になっております。
  今日は、「ニュートリノ天体物理学の誕生」という題でお話をさせてもらいます。大部分の方にとって「ニュートリノ」というのは、耳にしたことはあるかもしれないけれど、何がどうなっているのかさっぱりわからないというのが実情だと思います。もし、この話の後でもっと詳しく知りたいと思われましたら、私が英語で書いたもっとずっと詳しいレビューの論文、あるいは『ニュートリノ天体物理学入門』(講談社・ブルーバックス)を、どうぞご覧になってください。

ニュートリノ天体物理学のはじまり
  誕生の前には受胎があるわけですが、それに当たるものに、アメリカのレイモンド・ディビス(Raymond Davis Jr)の実験があります。ディビスは1960年代に、放射化学の方法によって太陽から放出されるニュートリノを検出する実験を始め、人から評価されないまま、何十年も難しい実験を続けていました。
  太陽からのニュートリノが塩素37という原子核に吸われるとアルゴン37をつくります。この反応を利用してつくられたアルゴン37は、ある寿命で崩壊しますから、その崩壊を検知してアルゴン原子が何個できたか測定するという実験でした。
  塩素37を含んだ液体を地下深いところに溜めて、一カ月に一度くらいヘリウムガスを注入してアルゴンを抽出し、一カ月で何個アルゴンアトムができたかを調べるという、本当に気の遠くなるような実験をディビスは何十年と続けて、太陽を発生源とするニュートリノは太陽理論で予測されていた価よりも少ない、理論値の三分の一ぐらいしか来ていないことがわかった。太陽理論が間違っているのか、太陽からはもっとたくさんのニュートリノが出ているのに地球上の地下のディテクター(検出器)に届くまでに、そのうちの三分の二が検出にかからないような何かほかのものに変わってしまったのか、どちらだろうかと、謎になっておりました。
  このディビスの実験結果は「カミオカンデ」という実験装置をつくって間もなく、私が本気で太陽ニュートリノをもっと違った形で捕まえてやろうと決意するに至った動機になっております。

二つの実験
  ここで、神岡宇宙素粒子研究施設がすすめてきた二つの実験から出た結果についてお話します。
  一つ目の「カミオカンデ」という実験は、英語で言うならば「イメージング・ウォーター・チェレンコフ(Imaging Water Cherenkov)、水をたくさん溜めて、その水の中で発生するチェレンコフ光という光を捕まえて、それによって粒子がどっちからどっちに動いたかというのをイメージとして捉える。そのチェレンコフ光を捕らえるために、実験装置の表面の20%を、光電子増倍管という光を検知する装置で覆っております。この実験で蓄えてある水は、全部で3千トン。かかった費用はだいたい3億円です。この実験で太陽ニュートリノを観測するのですが、先に話したR.ディビスのやり方とはぜんぜん違った方法でやる。そういうやり方が確かに可能であるということを証明する、いわばフィジビリティ・エクスぺリメントと考えていたわけです。
  二番目の実験は、カミオカンデの次の代として設立された「スーパーカミオカンデ」という同じタイプの観測装置です。水の総量が5万トンになり、さらに精度を上げるために、表面積の40%を光電子増倍管で覆っております。費用は大幅にはね上がり、約百億円かかっておりますが、大きさも精度も十分で、本格的な太陽ニュートリノの観測台としてつくったものです。
  両方とも、岐阜県の北の端、神岡町茂住にある三井金属神岡鉱業所の坑内の地下1千メートルに設置してあります。カミオカンデ(KamiokaNDE)というのは、神岡という地名の後ろに大文字のNDEをつけたもので、この実験は核子の崩壊を探索することが本来の目的であったので、核子はニュークレオンですから、核子崩壊実験「Neucleon Decay Experiment」の頭文字をとってNDEとなったわけです。核子というのは「原子核をつくっている粒子」という意味で、陽子と中性子を意味します。
  ところが、陽子の崩壊は何年たっても見つからず、ニュートリノの観測結果ばかり発表するものですから、世界の物理屋はNDEというのは(Neutrino Detection Experiment)だと思っている人が大部分です。

精度のよい実験をめざす
  この実験を計画しているときに、アメリカでも同じような方法で、数倍大きい実験を計画して進めているという話が伝わってきました。同じやり方をしていたのではとてもかなわない。陽子崩壊モードの検出にしても向こうが先にどんどん見つけて、こちらは後から
ポツンポツンと見つけるような情けないことになる。これでは投じてもらっている税金に対しても申し訳ない。何とかアメリカの実験に勝つ方法はないかと、一所懸命にない知恵を絞り、それで到達したのが、光の検出感度をケタ違いに上げて、精度のいい実験で勝負しようという結論でした。
  付ける玉の数によってケーブルやエレクトロニクスの数が決まりますが、予算を増やせないという条件のもとでは、これを増やすわけにはいかない。個々の光電管のコストをあまり上げずに、受光面積をケタ違いに大きくするしかない。私は浜松ホトニクスという会社の社長に来てもらい、「こちらから二人応援を出すから、直径50センチの光電子増倍管を開発してほしい」と口説きました。なかなかウンと言わないのを説得してようやく承知してもらい、共同で開発に当ったら、一年もたたないうちに50センチ直径の光電子増倍管が開発できました。とうてい望みがないと思っていたのに、これでアメリカと戦って勝てると、私は手ごたえを得て、嬉しくてしょうがなかった。
  本格的な太陽ニュートリノ観測台として5万トンの装置をつくろう、一国でつくるのはたいへんだから国際共同研究として一緒にやらないかと、1984年にある国際学会で提案したのですが、だれも乗ってこない。これはいつになったらできるだろうかと思っていましたら、カミオカンデを改造して太陽ニュートリノを観測するフィジビリティ・エクスペリメントを一緒にやろうという提案には、ペンシルバニア大学のマン教授がすぐ飛びついてきました。彼は翌月には日本にやって来て神岡を視察し、すぐコラボレーションが決まったという状況があります。
  最初のカミオカンデで太陽ニュートリノが観測できたばかりではなく、ボーナスとして隣の銀河の大マゼラン星雲で起きた超新星の爆発のときに飛び出したニュートリノを捕まえることができて、それが世界中の新聞種になったものですから、文部省はたいへん喜んでくれて、そのおかげもあったと思うのですが、百億円のスーパーカミオカンデをつくってくれました。前のカミオカンデよりもずっと大きくて、周りについている光電子増倍管の数も1万1千個以上と、たいへん大規模な装置になりました。素粒子を観測するにはいろいろな方法で観測しますが、スーパーカミオカンデのような装置は物理の実験屋でも見たことがない人が大部分です。

チェレンコフ光
  ここで、スーパーカミオカンデのデータを使って、検出器が素粒子の観測にどういうふうに働くのか、宇宙線で大気中につくったμ(ミュー)粒子が地下深くまで飛び込んできて、検出器を通りぬけるとどうなるか、また電子のつくるイベントとμ粒子がきれいに分けられるということをご説明します。
  μ粒子が検出器を通り抜けるときのデータを見ますと、スーパーカミオカンデの円筒形の入れ物を、ちょうど缶詰の空き缶のように、上の蓋は上に開き、下の蓋は下に開き、横は縦に一本切れ目を入れて平らに延ばして、スーパーカミオカンデの検出器の内側が全部見えるようにしますと、光電子増倍管が並んでいるのが見えます。赤い色はたくさんフォトン(光子)を捕まえたもの、黄色いのはもう少し少なく、青いのはそれよりさらに少なくという具合に色で示しています。
  時間の関数として捕まえたフォトンの総数が時間とともにどう変わったかを示すデータもあります。外側にあるアンタイカウンターは、周りの岩などから来る雑音を消去するためのものです。μ粒子が入ってくると、μ粒子のつくったチェレンコフ光によって光電子増倍管がフォトンを受ける。
  チェレンコフ光というのは、いったい何なのか。皆さんも、超音速旅客機のジェット機が空気中を飛ぶときには衝撃波が出るというのをお聞きになったことがあると思います。光にも同じようなことが起きまして、光が水の中を進む速度よりも速い速度で電気を持った粒子が水の中を走りますと、その電気を持った粒子が発生する光がその粒子の速度に追いつかないために、衝撃波が生じます。これはロシアのチェレンコフという学者が予言し、その後実際にあることが見つかったのですが、このチェレンコフ光というのは、それをつくった荷電粒子の進路を軸にして、その周りに円錐形に広がる形で伝播していきます。
  たぶん、工学部や理学部を卒業された方は、「何を言っているか。特殊相対性理論で光より速い速度で粒子が走れるはずはないじゃないか」とお思いでしょう。それはごもっともな話なのですが、そのときの光の速度というのは、「真空中での光の速度」という意味ですね。光の速度というのは媒質の中ではその媒質の屈折率分の一にスピードが落ちてしまいます。水の中では、真空中の速度の75%くらいの速度しかないわけで、荷電粒子はそれより速い速度で水中を動く場合がある。まさにその場合に当たっているわけです。
  このときから一億分の五秒たちますと、チェレンコフ光は、円錐形の形で伝播していきます。さらに一億分の五秒たちますと、チェレンコフ光の速度より速い速度で走っている粒子はもう底に届き、出口のところにたくさんのフォトンをデポジットしている様子が見えます。さらに一億分の五秒たちますと、もっと広がり、さらに一億分の五秒たちますと全体的にチェレンコフ・フォトンが広がっているのが見えます。
  荷電粒子が中を通過する過程で、どこからどっちの方向に走って、どれだけチェレンコフ光を出したか、もし必要ならばスローモーション・ピクチャーのように、後を追って見ていくことができます。同じ運動量の電子とμがつくるチェレンコフ光を比べた場合、μの方は下の方にカッチリした縁が見えますが、電子のほうは縁がぼやけて見えます。
  電子はμ粒子の二百分の一の質量しかありません。質量が軽いために、水の中を走って原子核のそばを通ると、いわゆる制動輻射というプロセスでガンマー線を出します。そのガンマー線はまた別の原子核のそばを通るときに電子・陽電子の対をつくります。できた電子・陽電子は初めの電子に比べるとずっと低いエネルギーです。これはカスケードと呼ばれ次から次へと電子・陽電子の数は増えますが、ずっと低いエネルギーの粒子です。原子核のそばを通るたびにあちこちと振り回されて方向が変わりますから、最初に出したチェレンコフ光とは違うところまでチェレンコフ光の光を出してしまうわけです。そのために、半径方向の光の分布はデレデレと広がった分布になります。この分布を定量的に解析しますと、ある事象が電子によるものか、μ粒子によるものか、99%以上の精度で見分けることが出来ます。
  これがたいへんな強みで、μニュートリノ(Vμ)と呼ばれるμ粒子をつくるニュートリノと、電子ニュートリノ(Ve)と呼ばれる、電子をつくるニュートリノの大気中での数の比が、どうもおかしいということを発見しました。そして、ニュートリノは飛んでいるうちに別の種類のニュートリノに自然に移り変わっていく、それが起こるためには両方のニュートリノの質量は違っていなければならない、もちろん両方ゼロということはあり得ないという結果が出てきました。

ニュートリノは何もしない
  カミオカンデが挙げた成果にどんなものがあるかと言いますと、一つは、太陽から来る電子ニュートリノを水の中の電子と散乱させて、太陽ニュートリノを観測したことでしょう。
  この電子ニュートリノはだいたい10MeVというエネルギーをもっています。電子の静止質量は0.5MeVですから、入ってくるニュートリノのエネルギーよりもずっと小さいので、叩かれた電子は、ほぼ前方に近いところに叩き出されます。この叩き出された電子を、先ほどの方法で、どこでつくられ、どっちの方向にどれだけのエネルギーで走ったかということを観測しますと、それから逆算して、それを叩きだしたニュートリノは、どっちの方角からいつの時点にここに来て、そのニュートリノのエネルギー分布はどうなっているか、そういうことが全部わかる形で太陽ニュートリノが観測できます。その三つの量をすべて備えた観測が、まさに「ニュートリノで天体物理学をやった」ということになるわけです。
  ただ残念なことに、ニュートリノが電子を叩くというのはきわめて稀にしかおきません。ニュートリノは地球でも太陽でもすっと通り抜けてしまうように透過力が強いので、皆さんの体にも、一秒間に一兆個くらいの太陽ニュートリノがスイスイ通り抜けている。だけど何も感じない。ニュートリノは何もしないからです。
  先日、神岡町の名誉町民にしますというので行ってきたのですが、神岡町の人が「先生、今度ニュートリノ温泉というのができました」と言いますので、私はつい、「はあ、何の病にも効かない温泉ですな」と言ってしまった。その人が悲しそうな顔をしたので、私は慌てて、「あっ、だれが入っても害にならないという温泉ですね」と言い直したのですが、私は方々で「ニュートリノというのは役に立たない」と言っている。私の後輩の理論物理学者が、「先生、もしオーケーでしたら、先生にデディケートしようと思って書きました」とニュートリノが役に立つという論文のプレプリントを持ってきましたが、私が読んだ限りでは、まだ役に立つとは言えないと思うのですね。

理論が正しいかどうかの検証
  太陽ニュートリノを観測するために検出器をきれいに整備し、カミオカンデで太陽ニュートリノのデータを取り始めたのは、1987年の1月1日です。
  太陽ニュートリノの観測データを取るのはひじょうに難しいのです。同じようなエネルギーの、雑音になるバックグラウンドがウジャウジャいる中で、一週間に三発くらいしか来ない太陽ニュートリノを選び出さなければならない。これはたいへんな観測なのですが、それに比べたら、超新星ニュートリノの観測はじつに楽でした。
  超新星ニュートリノはいろいろな種類のニュートリノや反ニュートリノのまざったものだったのですが、特に使えたのは、反電子ニュートリノです。反電子ニュートリノは水中の陽子にぶつかって、陽電子を出して陽子を中性子に変える。しかも、陽子の質量は電子の質量の2000倍もありますから、2000倍も起こりやすいわけで、その反応を利用して、超新星の重力崩壊の際に放出される反電子ニュートリノを初めて検出できました。 三番目の実験では、大気中でμニュートリノと電子ニュートリノの数の比に異常があることを発見して、ゼロでない有限の質量を持っているということで、μニュートリノがτニュートリノに移り変わったのであろうという結論を出せたわけです。
  陽子崩壊を探すという、カミオカンデの最初の目的については、いくら探しても陽子は見つからなかった。では、これは何の役にも立たなかったかというと、「見つからなかった」という結果を得たことによって、その当時、世界中で有名だった理論を潰したという成果になっています。物理では、こういうネガティブな結果でも役に立つのです。実験をしなければ理論が正しいかどうかわからないから実験が必要なのです。
  太陽というのは、陽子4個を融合してヘリウム4という原子核にし、その結合エネルギーが太陽の熱エネルギーになっています。ヘリウムは中性子2個と陽子2個の結合体ですから、最初の4個の陽子のうち2個の陽子は何らかの形で中性子と電子ニュートリノ、そして陽電子に変わってしまわなければいけない。その中間状態をどういうふうに通るかによって、低いエネルギーのもの、線スペクトラムで一定のエネルギーのもの、あるいはもっと高いところまで伸びたもの、こういういろいろなニュートリノのエネルギー分布が期待されます。カミオカンデで検出できる領域は、ディビスの実験や、ガリウムを使ったヨーロッパやロシアでの実験よりも高いエネルギー範囲です。
  カミオカンデの実験は、要するに可能性を示す実験です。エネルギー分布を、理論値を1として相対的な比を表していきますと、だいたい0.5くらいの周りに分布していて、理論の形と合っているとも言えないし、違っているとも言えない。全体的に量は半分しかないということが結論されました。

超新星爆発時の二ュートリノをキャッチ
  さて、1987年の1月1日、それまで悩まされていた水の中のラドンによるバックグラウンドをようやく押さえ込むことができて、検出器の性能も大幅に改良されたので、太陽ニュートリノの観測データを取り始めました。その後2カ月もたたないうちに、天文学の連中から「南半球の大マゼラン星雲で超新星が爆発した。そのときの爆発のニュートリノがカミオカンデのディテクターに映っていないか」という問い合わせが数件、アメリカからも来ました。
  その当時、予算があまりないので、磁気テープに一週間から十日分取りためたデータを、トラック便で東京に運んで解析していたのですが、私はすぐ神岡に電話して、「2月24日のテープを特急で大学に送れ」と指令しました。届いたのが金曜日。私は土曜日から日曜日にかけて伊豆に行く約束があったので、大学院の学生に磁気テープを渡して解析しておくようにと言って出かけたのですが、月曜日に、「先生、ありました!」とデータを持ってきた。
超新星爆発の時刻に、バックグラウンドよりずっと高いエネルギーのシグナルが約10秒間に11個検出されました。たった11個かと思われるかもしれませんが、この11個はひじょうに有効に働いてくれました。
  超新星爆発には一種と二種があって、一種はニュートリノをぜんぜん出さないのですが、二種の爆発ではニュートリノがドッと出ます。中心にできた鉄の芯―いろいろな核融合反応をやっていくうちに、鉄が芯にたまっていきます。鉄というのは、一つの核子当たりの結合エネルギーがいちばん大きい原子核で、エネルギー的には、一番安定な原子核なのです。鉄と鉄を融合させてもエネルギーは得られません。逆にエネルギーを足してやらなければ融合できないわけです。進化が進んでいくと、鉄がだんだんと芯にたまっていって、その鉄の量が太陽質量の1.3倍~1.4倍くらいになりますと、鉄の芯は自分自身の重力を支え切れなくなってつぶれます。つぶれるときに、鉄はバラバラになって、陽子は中性子になり、ニュートリノがドッと出るんです。
  原子核の密度くらいまで圧縮されると、それ以上圧縮することができないので、落ち込んできた物質は跳ね返されて、外向きの衝撃波が生まれます。この衝撃波は、光の速度の三分の一くらいの速度で星の中を外側に向かって上ってきます。星の大きさにもよりますが、カミオカンデで記録した星の場合は、だいたい三、四時間かかって表面に届き、表面の水素やヘリウムの層が急激に熱せられて、パッと大量の光を出して、天文学者が「ああ、超新星が爆発した」ということになるわけです。じつは、ニュートリノはそれよりも、三、四時間前にもう飛び散っているわけです。
  さらにその十一個のデータで、その爆発でニュートリノが持ち去った全エネルギーはどれだけかを推定しますと、理論屋が想定したものとうまく合致した、というようなこともあります。さらに大事なことは、超新星ニュートリノのシグナルは、ミリセカンド以下に集まっているのではなくて、十秒くらいの時間間隔に広がっていたという事実、これがじつは、もしそのニュートリノが放出される場所が、我々が通常知っているような物質の密度であったとすると、前々から申し上げているように、ニュートリノはスイスイ通り抜けてしまいますから、つくられたニュートリノ、つまり重力落下で鉄の固まりが値を持った、これはミリセカンドの事象です。そのときに出たニュートリノは、ミリセカンドくらいのパルスになって出てくるはずなのが十秒に広がっているというのは何を意味しているかというと、じつはそのニュートリノを放出している領域の密度が原子核に近い密度にまでなっている。そうなってくると、いくら透過力の強いニュートリノでもスイスイと通り抜けるわけにはいかなくて、数メートルごとに一回衝突する、向きを変えてまた衝突する。いわば拡散(ディフュージョン)というプロセスを経て放出されるわけです。そのためにディフュージョンタイムといって時間が延びて十秒幅になっているのです。すでに放出したものが中性子星の前駆症状に似たひじょうに密度の大きい領域であったということを示してくれたわけです。
  4百年に一度という超新星爆発によるニュートリノを捕まえることができたのは我々にとって幸運であったと思いますが、ニュートリノの発した信号をキャッチできるように準備していたかどうか、スーパーカミオカンデはここが他の研究所と違っていたわけです。

μニュートリノと電子ニュートリノの数は二対一
  宇宙線の中のエネルギーの高い陽子とかヘリウムが大気中に入ってくると、大気中の酸素や窒素の原子核と衝突して、たくさんのπ中間子やK中間子をつくります。空気の薄いところではこれらはすぐ崩壊して、μ粒子とそれの対になったμニュートリノに壊れます。それだけですと大気中でつくられるのはμニュートリノだけなのですが、このμ粒子がさらに崩壊して、電子と電子ニュートリノ、もう一つμニュートリノに壊れる。ここまで起きますと、μニュートリノの数と電子ニュートリノの数は二対一なのです。エネルギーが高いと寿命が相対論効果で延びてしまいまして、このμ粒子は崩壊せずに、先ほどの例のように地下の検出器まで通り抜ける。そういうときは、つくられたのはμニュートリノだけ。どんな場合でも、μニュートリノと電子ニュートリノの数の比は二対一か、もっと高いエネルギーになるとさらにその比は大きい価になるだろうと。面倒くさいモンテカルロ計算をやって、この予想と観測結果が違うと言っても、あまり説得力はないでしょう。何も面倒くさい計算をしなくても、皆さんにもすぐ受け入れていただける結論だと思います。
  大気中のニュートリノの数の比に異常がある。世界で最初にそれを指摘したのがカミオカンデのデータです。その後アメリカの実験でも測ってみたらそうなりました。ヨーロッパの実験結果はちょっと違うのですが、エラーバーを見ればわかるように、ずっと精度が悪い。スーパーカミオカンデでは、エラーバーの小さい精度のいい結果になりました。古いカミオカンデが、これを大気ニュートリノがほかの種類のニュートリノ、タウ・ニュートリノ(Vτ)に移り変わったために生じた現象であるとして出した結論です。

スーパーカミオカンデ
  カミオカンデで太陽ニュートリノの天体物理学的観測がやれるということを示したわけですけれども、次のスーパーカミオカンデはこの観測台としての役割を果たしました。また大気中のμニュートリノのアノーマリーを九シグマ以上の確度で確立しました。
  スーパーカミオカンデでつかまえた太陽ニュートリノの方向性は、カミオカンデに比べて、実験の精度がずっとよくなっているのですが、陽子崩壊に関しては、スーパーカミオカンデの大きいディテクターで十年近く連続観測しても、まだ陽子崩壊が見つからない。この次にどういう大統一理論を考えるべきか、厳しい制限を与えています。
  太陽の方向から来るニュートリノを捕まえることができるようになったので、人類初めての太陽ニュートリノ・グラフが撮れるようになりました。太陽のフォト・グラフではなくて、太陽をニュートリノで撮ったニュートリノ・グラフです。皆さんが転んで手足の骨を折ったら医者に行ってXレーグラフを撮ってもらって、どこの骨にヒビが入っているか診てもらうのと同じです。銀河座標で太陽はどういうふうに動いているのかというのを、ニュートリノで見た図など、ニュートリノ写真は、我々の目で見る太陽の大きさよりもずっと大きくボケてしまって、ピンホールカメラよりもっと悪い解像力です。これは、
ニュートリノが電子を叩いたときに、確実にいつも前方に出るわけではなくて、角度に振れがあるからで、また、叩き出された電子を観測するときに、その電子が「クーロンの多重散乱」といって、方向を少しずつ曲げてしまう。そういうことが重なって、だいたい二五度位の精度しかない。かなりボケてしまって情けないのですが、考えてみれば、ニュートリノ天体物理学はまだ生まれたばかりの赤ちゃんなので、もう少し勘弁してやってくださいと申し上げるより仕方ありません。

μニュートリノからτニュートリノへ
  大気中のμニュートリノと電子ニュートリノの比の話にもどりますと、つくられたμニュートリノが、観測にかからない別の種類のニュートリノ、τニュートリノに移り変わっているのではないかという解釈も成り立ちます。もしその解釈が本当ならば、ニュートリノがつくられてから我々の検出器に届くまでの飛行時間の差によって、どのくらいτニュートリノに変換されたかが違っているはずだ、それを見てやろう、ということになりました。
  地下1千メートルの観測所といっても、真上から来るニュートリノに対しては、つくられた場所から検出器までの距離はたかだか20キロメートルですが、水平から来るニュートリノは1千キロメートル走って来ているし、地面の下のほう、つまり地球の反対側から来るニュートリノは1万3千キロメートルほど飛んでくるわけです。真上から来た方向、真下から来た方向それぞれの、その飛行時間による違いを見ようということでデータを取りました。 
  電子をつくるニュートリノはどうか、これは違いがないとする期待の分布とほとんど変わりない。ところが、μ粒子になると、下から、つまりマイナス1の方向から来るものが、どれを見ても期待からずっと減っている。これはまさに、振動によるものであるということがデータで確認できました。
  太陽ニュートリノも振動しているのだという解釈が定着し、全世界の太陽ニュートリノは観測装置の結果をまとめますと、「太陽のニュートリノは振動して、電子ニュートリノがμニュートリノになる」と解釈されているのですが、μニュートリノと電子ニュートリノの質量の二乗の差は電子ボルト二乗の単位で、ひじょうに小さい価であり、さらにそれをコントロールしているミキシングアングルといわれる角度は、1というのは考え得る角度が最大の角度に近いということを意味しています。
  このように、ニュートリノはゼロ質量ではなくて、それぞれ違った質量を持っている。これはいったい何を意味しているか。現在、ひじょうに精度のいい理論として使われている「標準理論」という理論は、ニュートリノの質量をゼロと仮定してつくられたものですから、これは変更されねばならない。またSU[5]という皆さんがもてはやしていた理論は駄目ですよということです。

今後のニュートリノ展望
  最近、衛星に乗せた望遠鏡などによって「宇宙背景マイクロウェーブ」が観測されています。その観測結果は、宇宙がビッグバンという大爆発で誕生してから十万年くらいたった後の宇宙はどういうものであったかというのを、我々に教えてくれるわけです。
  それならば、ビッグバンよりずっと前に、電磁波と同じように物質から分離したニュートリノがあるはずで、それは現在、エネルギーの低いニュートリノとして宇宙に満ち満ちているはずです。この「宇宙背景ニュートリノ」と呼ばれるものをもし観測できたら、我々の宇宙が生れてから一秒後の宇宙はどうだったろうかということが、観測にかかるはずです。これは何とかして観測にかけたいと思うのですが、じつはこんな低いエネルギーのニュートリノを検出するのにはどうしたらいいのか、たいへんに難しい技術的な大問題がありまして、まだ見当がつきません。
  ただ一つ、救いになり得るのは1998年に我々がニュートリノ振動の証拠をみつけることに成功し、ニュートリノの質量はゼロではないということを証明したことによって、新しい可能性が出てきました。ゼロでない質量を持ったニュートリノは、ひじょうに低いエネルギーのところでは、超電導金属の壁に当って全反射するという事実が新たに生れたわけです。いままでニュートリノに対しては鏡やレンズは使えなかったのですが、放物面鏡をつくってうまくきちんとフォーカスするという可能性が出てきた。これはたいへんありがたいのですが、そうやって集めたひじょうに低いエネルギーのニュートリノを、さて、どうやって検出するか、これが依然として大問題です。
  神岡はいま、世界中のニュートリノ研究のメッカとも言われ、アメリカからだけでも130人以上の物理学者が神岡の実験に参加してきています。
  人間も三代目が活躍していますし、カミオカンデの跡地に建設された三代目のニュートリノ観測装置「カムランド(KamLAND)」での実験が2002年から始まっています。これは低エネルギーのニュートリノも観測できる装置で、250キロメートルほど離れた原子炉から出てくる反電子ニュートリノの振動を測定したところ、太陽からの電子ニュートリノのデータとピッタリ合った振動の様子をしているという、たいへん面白い結果が出ています。
  このほかいろいろな可能性が将来にわたって考えられておりますが、もうそろそろ時間ですから、この話はスキップすることにしまして、終わりましょう。
  ご清聴をどうもありがとうございました。
              

※本稿は平成15年3月20日午餐会における講演の要旨であります。

(東京大学名誉教授・東大・理博・理・昭26)