日本企業再生への道  
丹羽宇一郎(東京大学法学部長) No.833(平成13年10月)号

 

一、意識改革と競争原理の導入

  経済のグローバル化とデフレが進む中で、系列を超えた大手銀行統合や産業の淘汰、再編が進んでいる。しかしまだ本当の構造改革は終わっていない。
日本の企業の統合再編も、抜本的経営改革の先送りとならないよう、国際社会での競争や、ネットビジネスとの競合ということを視野に入れなければならない。
  短期間にスピーディーに経営を変革するには、経営者の意識変革が必要であり、まず過去のしがらみを断ち切り、実行に当たっては不採算事業からの撤退や不良債権処理など相当の痛みを伴うことを1~2年の短期間にやり遂げねばならない。インターネットが登場したことによって社会全体も大きく変わろうとしている。インターネットはまさに産業革命に匹敵する革命的なツールである。21世紀の企業には成長・拡大か、縮小から経営破綻に至るか、2つに1つの道しかない。即ち現状維持ということは有り得ない。総ての民間企業は例外なく自助努力によって勝ち残らなければならない時代である。思い切った構造改革をスピーディーに実行する上で、ITは非常に役に立つ強力なツールである。しかしITを活用すれば経営を変革出来るというものではない。
  まず企業全体の意識改革が必要である。経営者は、自社の組織が内包している伝統的な意思決定や業務遂行のメカニズム、プロセス、あるいはその背景にあるメンタリティーなど、いわば組織のカルチャーというものをいったん破壊し、まったく新しい組織に生まれ変わらせなければならない。つまり「創造的破壊」が必要である。その為には経営者と全社員が経営を変革しようという意識を共有しなければならない。最近、私が出来るだけ全社員と直接対話する機会を作るようにしたのも、情報の共有化も大事だけれど、全社員との意識の共有化はもっと大事だと考えたからだ。
  経営者が従業員にいくら繰り返し言っても、社内テレビや中間管理職を介した間接話法では、末端まで届かないと思ったほうが良い。聞きたくない人はいくら言っても聞かない。すぐやれと言ってもやらない。だから大事なことは直接語りかけて、経営者の気力や感情が直に伝わるようにすることである。肉声の持つ効果は大きい。改革を行うためには従業員に対する直接対話で、そして分かりやすい言葉で、経営者の気力が伝わるようにしなければ意味がない。
  また経営を抜本的に改革するには、人事制度も変えなければならない。当然これまでの終身雇用を前提とした年功序列型人事制度では、若くて素晴らしい成果を上げた人でも報われないし、何もしなくても給料が下がることもない。“皆で仲良く”では社内の緊張感も出てこないし、新しいことに挑戦する気も起こらない。そこで競争原理を導入することによって若い人たちのやる気が出るような、逆に言えばただ年齢が上だというだけでは上司ものんびりしていられないような、実力主義、“Pay for Performance”が実現されるような人事制度にしなければならない。もともと人事というものは不公平なものだ。良く評価される人は公平だと感じても、それはほんの一握りであり、たいていは評価されていない、不公平だと感じているものである。それならば人事には差をつけたほうがいいし、差をつけるなら出来るだけ定量的に測れる客観的な基準で評価すべきである。

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二、日本的コーポレート・ガバナンス

  経営を変革するためのM&A、アライアンス、アウトソーシングなど外国企業を巻き込んだネットワーク型経営と最適ビジネスポートフォリオの形成が国際競争社会で勝ち残る重要な戦略となっている。株主構成も外国人株主が増えてくるし、ますますグローバル・スタンダードに対応した経営が要求されるようになってくる。
しかし、少なくとも戦後50年以上続いた日本の経営方式を一挙に変えることによって経営が危殆に瀕する企業も少なからず出てくる危険性を伴う。
 従ってグローバル・スタンダードやアメリカン・スタンダードに盲目的に従うのではなく、それぞれの企業の経営特性に合ったものを取捨選択するということが重要である。
  国際間の企業のM&Aやアライアンスに於いて、会計基準の統一は不可欠となる。IAS(国際会計基準)の基準のうち特に影響の大きいものは時価主義と連結決算重視である。
 時価主義は日本的経営の根幹を為す「含み益経営」と「株式持ち合い」を崩壊させる。
 連結決算重視は、子会社の配当政策や人事異動における親会社中心主義を排除し、グループ経営に向かわせる。
  一方、日本企業にとっての重要課題はコーポレート・ガバナンスにおけるグローバル・スタンダードへの対応であり、アメリカ型でも、ヨーロッパ型でもない、独自の日本型コーポレート・ガバナンスの選択である。
 市場原理、Compliance(遵法)、Disclosure(情報開示)はコーポレート・ガバナンスにおけるMinimum Global Standardである。
 特に企業にとってはDisclosureが重要であり、Disclosureには広い意味と、狭い意味がある。
 狭義には経営の透明性(Transparency)の確保というStake Holder(利害関係者)に対する説明責任(Accountability)であり、広義にはマスコミ、格付け機関や、個人・法人を問わず潜在的な株主の「知る権利」に対する企業の社会的責任というStake Holder以外の第三者へのDisclosureである。
 経営者にとっては、当然Stake HolderへのAccountabilityが最優先する。しかし企業の社会的責任、Complianceの観点から、ムーディーズやS&Pのような格付け機関も含めて潜在的Stake Holderとしての第3者に対するDisclosureの重要性が増している。
 次に執行役員と社外取締役については、執行役員制度は多くの企業に導入され、一般的になってきたこともあり、商法上も認められた。また外国人株主の増加や、企業の国際的なアライアンスの増加もあって社外取締役を置くことも義務づけられるようになった。
  近年M&A、企業統合が世界規模で進み、“Going Concern”という安定配当、安定雇用を前提として存続するという企業の使命は維持出来なくなっている。
 アメリカン・スタンダードの下での企業の経営目的は、株主利益の最大化、即ち株主が株を売却する時に最大のキャピタルゲインを得られるように株価を高め、株式の時価総額を最大化することである。
 株主利益は、インカムゲインからキャピタルゲインへと変化している。しかしこれは「ベンチャー型企業に対する評価基準」であると思う。
  アメリカのITベンチャーの中にはごくわずかな期間に株式公開時の数百倍、数千倍の時価総額を実現したものもある。日本ではあまりにギャンブル的な投資は好まれないし、株価は高いにこしたことはないが、株価だけで企業を評価するということはない。
 資産内容、コア業務の収益性、長期的な成長性など総合的な基準に基づいて評価する。それが日本的な企業評価の常識(Common Sense)であり、良識(Rationality)というものであろう。
 しかし現在の商法改正の方向は、最低1名の社外取締役を置くことを義務づけ、取締役会の下に監査委員会を設けるなら監査役を廃止しても良いということである。これは取締役会の過半を株主代表の社外取締役が占めるアメリカ型とは一線を画しながらも、形式的にはアメリカ型を目指す方向にあるといえる。
  そもそも社外取締役の役割は、株主代表としてCEOを含めた経営執行部の意思決定や運営に対するチェック機能を果たすことである。従って最低1名の社外取締役を置くことを法的に義務づけた場合、社外取締役の位置づけが極めてあいまいであり、実質的に機能しうるものか疑問である。
 また日本の経営では、ほとんどの企業の場合、株主と従業員との重要性に優劣をつけるというものでもないだろう。
 近年のアメリカの機関投資家やベンチャーキャピタルの中には、あまりに短期的にキャピタルゲインを追求するために本来の株主としての役割を果たしていない場合もあるように思われる。このような株主よりもRoyaltyの高い従業員を大切にする企業のほうが間違いなく良い企業である。
 流動性の高い労働市場や、シルバー労働市場がないに等しい日本の現状では従業員不在のコーポレート・ガバナンス当面考えにくい。

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三、経営者の若返り……スキップ・ワン・ジェネレーション

 組織の陥りやすい誤りは過去の成功体験にすがることである。組織のトップが保身を考え、革新的なことをやりたがらない。以前にうまくいったからということで、同じことを繰り返そうとする。こういう組織では決して成長は見込めないし、若い人たちがやる気をなくして、組織としては急速に活気を失っていくことになる。
 現在の経営環境や技術革新は非常に変化が激しく、しかも変化が早い。つい半年前までアメリカ経済はIT革命が牽引力となってかつてないほどの長期景気拡大が続いていた。確かにNASDAQの株価がバブリーであることが指摘されていたものの、それでも企業収益や、設備投資、個人消費などの実体経済が堅調であることから、容易に景気悪化を容認することが出来なかった。しかし、アメリカ経済の悪化は確実に起こった。
  それはe-コマースやドット・コムビジネスの成長性や収益性に対する疑問が顕在化したために、バブルがはじけたようにも見える。
 経営者にとって現実を率直に受け入れることも重要である。アメリカ経済はすぐに立ち直ってくるだろうと楽観的に考え、何ら手を打たないでしばらく様子を見ていようというのが最もまずいやり方である。過去10年間の経験からいえば、アメリカ経済は何度か景気悪化の懸念は持たれながらその都度一層拡大を続けてきた。今度も過去と同じですぐに良くなるさと安易に受け身で待っているだけでアメリカ市場に対応しようとしてもうまくゆかないだろう。
  その一つの理由は、アメリカのベンチャー型経営者は非常に年齢が若く、常に新しいものを創造し、市場を変化させようという意欲にあふれていることである。
 従って、いったん景気後退を経験しても、アメリカ市場は、まったく新しいビジネスモデルや、新技術が事業化されることで新しい巨大市場が生まれてくるかもしれない。
 日本の経営者はまだ、60歳代、70歳代が主流である。この年代の経営者では30代、40代が主流のアメリカの経営者とはコミュニケーションを持つことが難しいだろう。アメリカの若い経営者が今のアメリカの市場をどう見ており、どうしようとしているのかを理解することは出来ないだろう。
  また21世紀の技術革新は、IT、ライフサイエンス、ナノテクノロジーなど、完全に従来の技術とは次元が違う。そういう意味で、21世紀は第二次産業革命の時代であると思われる。現在の日本の経営者には革命的なイノベーションについていくことは到底困難であろう。
  私が現在の経営者に向かって、“スキップ・ワン・ジェネレーション”や若返りの必要を説くのは、こういった背景による。
 一刻も早く日本の経営者の若返りをはかり、アメリカの若い経営者とのコミュニケーションを通じて、彼ら以上に時代を先取りした経営をして欲しいものである。
  ただし、その為にはある程度若いうちから社員に対してエリート意識を持たせ、将来経営者に育てるための教育をしていかなければならない。若い経営者を育てるにはやはり“ノーブレス・オーブリッジ(Noblesse oblige)”というような志の高さというものを持たせなければならない。それもまた日本企業の再生には欠かせない要素なのだと思っている。

(伊藤忠商事社長・名大・法・昭37)