大型類人猿に絶滅の危機  
西田利貞 No.830(平成13年1月)号

大型類人猿は、ヒトの最も近い親類である。アフリカにはチンパンジー、ピグミーチンパンジー(ボノボ)、ゴリラの3種が棲み、アジアにはボルネオとスマトラにオランウータンが棲む。大型類人猿は森林地帯に棲み、食べ物はおもに甘味の強い大型の果実である。
彼らは種子を噛まずに果肉とともに呑みこんでしまう。そのうえ、完熟した、つまり種子がよく成長した果実を選んで食べるので、排泄すると種子は発芽する。類人猿は長距離を移動するので、種子は遠くまで、またさまざまなタイプの植生に運ばれる。このことはその植物の分布を広げるだけでなく、人類によって破壊された植生に新たな森林の種を播くことにもなる。つまり、森林再生の立て役者としてきわめて重要な役割をもつ。
チンパンジーは、病気になると特定の植物の苦い髄を食べることがある。化学分析の結果、低濃度で細菌などを殺す能力をもつ成分を含むことがわかった。チンパンジーの薬の発見である。将来、こういったものの中から人類の薬品として開発されるものも出てくるだろう。
大型類人猿と人類は、非常に多くの共通点をもつ。現代生物学では、かれらはヒト科に分類されている。感情も怒り、恐れなど原始的な感情だけでなく、悲しみ、喜び、絶望、嫉妬、同情などの感情ももつ。鏡像を見て自己だとわかるのも、大型類人猿だけである。つまり、自己認知ができるのだ。チンパンジーの道具の使用や製作は昔からよく知られている。アフリカ各地で研究されているうちに、各地域特有の行動がたくさん見つかってきた。チンパンジーには文化もあるのだ。たとえば、同じタンガニイカ湖畔にあり、同じような昆虫相をもっているのに、ゴンベ公立公園ではサスライアリの行列に80センチほどの棒を浸して釣り上げ、マハレ山塊国立公園では樹上性のオオアリを30センチほどの細い樹皮で釣り上げる。
お返しや協力の能力をもつことも、実験や野外で示されてきた。チンパンジーでは、集団間で戦争さえすることがある。英語の文章を聞いて理解するチンパンジーがいることは、以前NHKで紹介されたのでご存じの方も多いだろう。あれは、カンジという雄のピグミーチンパンジーである。
さて、このように人類の仲間としか考えられない大型類人猿に絶滅の危機が迫っている。大型類人猿の減少は、かれらの生息地が農耕地に変えられることが最大の原国だと考えられてきたが、最近そうではないことがわかった。とくに類人猿が二種棲み、密度も高い、中央アフリカのコンゴ共和国、コンゴ民主共和国、ガボンの三国が悲惨な事態にある。これらの三国で、アフリカの大型類人猿の70%が棲んでいる。この大型類人猿の最後の砦が危ない。木材業者が奥地に入り、有用材を択伐している。この活動自体は、類人猿を絶滅させるわけではない。ところが奥地であるため、伐採に従事する労働者の食料を入手するのがむずかしい。炭水化物はもちこめても、副食が缶詰では高くつく。それで、林業経営者はハンターを招き、動物を殺させて、労働者に供給するのである。殺される動物は、大型のものはバッファロー、ボンゴなどのウシ科の有蹄類やゾウである。しかし、よく殺されるのは数の多いサル類とダイカー(小型のウシ科有蹄類)である。
さて問題は、こうして初めは林業従事者用だけに狩りをしていたハンターが、木材搬出用に切り開かれた道路を利用して「ブッシュミート」を数百キロも離れた都市や、あるいは国外に輪出し、金儲けを始めたことである。人口の少ないアフリカの奥地で住民が野生動物を狩るのはやむをえないし、それは野生動物の人口に大きな影響を与えるものではない。それゆえ、今まで絶滅せずに動物が生き残ってきたのである。それは、「サブシステンス・ハンティング」だといえよう。
しかし、奥地と都市が道路で結ばれ、都市住民が消費者となった今は、「コマーシャル・ハンティング」に姿を変えた。これは、けっして持続的な生計活動ではない。象牙海岸の首都アビジャンなどは百万の人口を抱える大都市である。そこのレストランでは、ブッシュミートの料理が田舎出身者の人気を呼んでいる。
おもにレストランに出てくる肉は、畑の近くの二次林やブッシュなどで捕らえられるヤマアラシ、オニネズミ、ケーンラットなどの齧歯類の仲間である。これらは繁殖力が高く、持続的に間引きするのは可能であろう。大型類人猿は、市場で販売されるブッシュミートのうち1%にも満たず、重要ではない。しかし、大型類人猿は繁殖率が非常に低いので、狩猟によって最大の被害を受けるのである。大型類人猿は五、六年に一度一頭の子供を産むだけであり、しかも幼児死亡率は非常に高い。
すでに、中央アフリカの多くの地方で森は残っているが動物はいない、というところが増えている。そしてまっさきに消えるのは大型類人猿なのである。アフリカ政府が人口抑制策を取り、森林を農耕地へ転換するペースをゆるめるようになるずっと前に、大型類人猿が絶滅する危険性が増大している。
大型類人猿はヒトと他の動物の連続性を確認させるものとしてかけがえのない存在である。人間中心主義の思想が、人間だけが地球資源を独占し、動植物を根絶やしにするのを許してきた。大型類人猿こそ、人間のユニークさに反旗を翻し、反省を迫る存在である。彼らがいなくなれば、人間と他の動物の断絶は限りなく拡がるだろう。人間のエゴイズムは、留まるところを知らず、それは人間自身の絶滅を招くだろう。
以上から、大型類人猿を、特別に保全の焦点にすべきだという主張がおわかりいただけたと思う。大型類人猿が生存するには広い縄張りが必要であり、かれらが存在できる保護区がたくさんできれば、ほかの多数の動植物も生存できるのである。つまり、「フラッグシップ・スピーシーズ」としても重要である。 大型類人猿の研究者は、大型類人猿に特別のステータスを与えるようユネスコに誓願しつつある。2000年5月にシカゴでおこなわれた類人猿保護の国際会議「類人猿・二一世紀への挑戦」で、私が立案した決議(付録参照)は400人の参加者全体に支持され、ユネスコの事務局長に送付された。
われわれ類人猿研究者は今、ユネスコに新たな提案をしようとしている。それはユネスコに「世界遺産種」という新たなカテゴリーを設けてほしいという誓願である。大型類人猿に特別の保全のステータスを与えてもらい、絶滅から守ろうという趣旨である。
先進国政府は、ODA(政府開発援助)を開発途上国に供与するさい、当該の開発途上国が具体的で有効な大型類人猿の保全策を実施することを条件にしてもらいたい、と私は考えている。「世界遺産種」というステータスが作られれば、この政策の実施を後押しするだろう。
私は、わが日本政府がこの問題のイニシアティブを取ってくれるよう要望したい。日本は、象牙問題や捕鯨問題などで世界の袋叩きにあっている。私は象牙を利用するのに反対だし、調査捕鯨と称して、ミンククジラはおろかマッコウクジラさえ捕ろうという企みに反対である。これらの問題はできる限り早く中止にもっていってもらいたい。
そして、名誉挽回のために、ODAと大型類人猿保全策をスワップするという政策をどこの国より早く取ってもらいたい。わが国がリーダーシップを取ることが期待される理由はたくさんある。
一つは、日本が米国とならんでアフリカ大型類人猿研究に最も熱心な国だからである。第二に、ユネスコに最大の寄金をしているのはわが国だからである。第三に、日本はアフリカの類人猿生息国に最大のODAを供与している国の一つだからである。
ユネスコの事務局長は現在松浦耕一郎氏であり、ますます日本が文化方面に世界のイニシアティブを取るチャンスである。是非とも、大型類人猿が21世紀に絶滅することのないよう日本がイニシアティブを取りたいものである。
〔付録〕
国際会議「類人猿・二一世紀への挑戦」(2000年5月13日、シカゴ)で採択された決議。
類人猿は人類と最も近縁なリビング・リンクであり、われわれとよく似た感情や行動や知性をもつ。彼らは自然の驚異の一つである。そのうえ、彼らは熱帯森林生態系の維持と更新にかけがえのない役割を果たす。
しかし、かれらの数は人間の活動のために驚くべき勢いで減りつつある。強力で効果のある保全の努力がなければ、彼らはまもなく永久に消え去るだろう。 それゆえ、類人猿が絶滅から免れるためにあらゆる可能な手段を取ることができるように、ユネスコが類人猿に特別のステータスを与えるよう要望する。われわれの子孫が、これらのユニークな人間の親類とこの惑星に同居し続けることができるように。

(京都大学大学院理学研究科教授・国際霊長類学会会長・京大・理博・理・昭38)