平家・海軍・国際派
大沼 保昭
(東京大学教授)

No.772(昭和61年6月)号

世はあげて国際化時代。新聞に「国際」の活字の踊らぬ日はなく、大学は国際の名を冠する学部学科の新設に大童で、それでも志望者の急増に追いつけないとか。国際法専攻などというと、「エッ、そんな法律あるんですか?」と真面目な顔で聞かれてくさっていた人間に、重厚な執筆陣を誇る学士会会報から原稿依頼がくるのも、すべてこれ国際化時代の賜物。国際大明神にはゆめ足を向けて眠れない。

しかし、「国際、国際」ともてはやされるわりには、当方が考えるような国際的視野に富んだ施策が現実にとられているようにも思えない。あれほど鳴り物入りで、国際化時代への本格的対応の見取り図と期待された経構研の報告にしても、ふたをあけてみれば、内需拡大、経済構造転換の理念こそ高らかに謳われているものの、具体化の方策、そのスケジュールとなると一向にはっきりしない。逆に国内利益至上主義者の抵抗の強さが文章のふしぶしに感じられる。そして、その程度の「国際派」的な報告にたいしてすら、国内の反発は根強いものがある。

そこで国際派の口からやや自嘲の響きをもってつぶやかれるのが標題の言葉。平家、海軍とも見た目にはカッコよく、洗練されていたが、結局は源氏、陸軍の力にやられてしまった。国際派も同じこと。結局は民族派には勝てません、というわけである。

もっともこの言葉は、今日ほど「国際化」が騒がれていなかった六年前にはすでにあったから、当時に比べれば国際派の嘆きも多少は和らいでいるかもしれない。上滑りなもの、ピントはずれなものもすくなくないとはいえ、八〇年代前半の日本の国際化の進展に著しいものがあったことは否定できないのだから。そうはいっても、国際大好きの首相からも国際化の主旋律を奏でるマスコミからも大いに期待されていた経構研の報告が、先に述べたような仕儀に終ったさまを見ると、「やはり平家、海軍かねえ」という嘆息は、いたく実感のこもったものになるわけである。

日本の国際化が遅々として進まないのには、さまざまな理由がある。ひとつには、日本の経済大国化があまりに急だったため、自分の行動のもつ国際的影響力の大きさを十分理解できないという無理からぬ事情がある。またひとつには、いくらGNPでは英仏西独などの約二倍、一人あたりのGNPでも米国、西欧諸国とほぼ同じと説かれたところで、住宅や公園その他の社会資本、つまりストックの点で見劣りするのはまぎれもない事実だから、経済大国の実感がないという、これまた無理からぬ事情もある。

さらに、国内産業の構造転換や流通機構の改善、認証制度の簡素化などを推し進めようとしても、現実にはそうした産業や制度で食べている人がいる。それらの措置が長期的には日本全体のためになると分ったところで、はいそれではと簡単に済むわけのものでもない。他人から見ればけしからん既得権であっても、当人にとっては聖職であり、生きがいであるかもしれないのだから。

このように、日本の国際化が遅々として進まないのには、ある程度やむをえない事情もある。しかし、どうもそれだけだろうか? 国際化の遅々たる進展には、それを嘆く国際派自身にも問題があるのではなかろうか? 人間は同じことを言われるにしても、それを言う人によって、素直に聞けることもあれば、逆に反発を感じることもある。日本の国際化の先兵たる国際派の言動には、ややこの後の方の気味がないだろうか?

三年前に東京裁判の国際シンボジウムを組織した際、私がぜひ出ていただきたいと考えていた思想家から、最初の段階で大変厳しい拒否反応を示されたことがある。日程がすでにつまっていたのが理由のひとつだったが、それだけでは「厳しい」拒否にはならない。もっと根本的な理由は、日本における「国際」シンポジウムなるものへの不信だった。どうせ英語が会議の用語で、「外人」のエライさんの御意見を拝聴し、ふだん日本人には仏頂面をしている人たちが、そうした外人にはニコニコしながら英語をペラペラとしゃべって「国際交流」をやるわけでしょう――。もちろんはっきりとは言われなかったが、その言わんとすることは、おおむね右のようなものだった。

私はこの批判が実によく分る気がした。日本で「国際」が出てくると、華やかな感じがする反面、嘘っぽさ、薄っぺらさという印象がぬぐい難いのは、私自身の実感でもあったからである。そして、右の批判は、それを言われた方がハーバード大の出身で、欧米の大学で講義ができるほどの力をもっている方だけに、迫力十分なのである。

むろん、シンポジウムなどは学者やジャーナリストなど、「虚業」に携わる連中のやるものだから右のようなていたらくになるのだ。実業、実務に携わるビジネスマンや役人は国際派といえども、そんな甘っちょろいものではないという反論はありうる。そして、学界国際派の一員として、右の反論はある程度あたっていると思う。しかし、それだけだろうか? 学界以外を見ても、国際派の嘘っぽさ、薄っぺらさという印象は、一概に誤解、偏見とは言い切れないものをもっているのではなかろうか?

問題の核心は、国際派も非国際派も共通に抱いている国際観ないし国際[]にあるように思う。たとえばインドネシアで灌漑事業に携わっている人、タイで仏教の修業をしている人を、いわゆる国際派は友軍と認めるだろうか? 非国際派にしても、右のような人たちはせいぜいのところアジア派とは呼んでも、国際派とは呼ばないのではないか。つまり、アジアは「国際」とは無関係ということだ。まして日本国内の在日韓国・朝鮮人やアイヌ民族は、私たちの国際のイメージとは縁もゆかりもない存在なのではなかろうか?

アジア・ブーム、エスニシティヘの関心などといわれながら、国際=欧米という明治以来の感覚はそう変っていない。そして、欧米が常に日本にとって到達すべき目標、憧れの対象だっただけに、国際=欧米派は鹿鳴館の時代以来、そうした日本人の憧憬を体現し、「進んだ」欧米を「遅れた」日本に紹介し、導き入れる存在だった。その際、鹿鳴館に象徴されるように、彼(女)らは、華やかではあるがけっして欧米そのもの(=本物!)にはなり切れない反面、寡黙で地道で勤勉でという日本的価値(これまた本物!)からも切れてしまった、ウサン臭い存在として終始したのである。

右のような国際派のあり方は、欧米の支配する国際社会の一員となり、ひたすら欧化路線をたどってきた日本にとって、ある程度やむをえないものだった。日本人の感覚からみると、気恥しくてとても見ていられない中曽根首相の行動様式が、欧米で――したがってその感覚が支配的な国際社会で――高く評価されているのは、まさに日本の価値観・感覚と欧米のそれのズレを端的に物語る。

しかし、それだけではないように思う。実は、日本の国際派自身の問題として、いわば欧米という虎の威を借る狐に近い姿勢をとってきたことが、そのウサン臭さ、嘘っぽさの背後にはあるのではないか。先に引いた「国際」シンポジウムにつきまとう臭み。他の日本人の前で、「外人」と英語やフランス語で軽やかに会話を楽しんでみせるときの密やかな優越感。「いやあ本場のミュージカル(演劇、オペラ、絵画、料理、ファッションとこのリストは無限に続く)はこんなものじゃないですよ」というときの何ともいえない表情。例をあげればきりがない。

私自身、私が英語を話すのと同じ位日本語が話せる外国人と日本の通りでばったり出会ったとき、つい「ハロー。ハウ・アー・ユー?」と始めてしまい、「しまった」と思って途中から日本語に切り替えるという、なんとも不様な経験をしたことが何度かある。もちろん、米国や英国でのことなら、英語で話すのは当然のことだろう。しかし、日本での出会いである以上、日本語で話すのがこれまた当然のはずだ。それなのに、つい英語で話しかけてしまうという、この無意職の、深くしみついた植民地根性。こうした一切のことが、国際派をなんとなく嘘っぽい存在にし、偽物という印象を作り出し、その主張の説得力を弱めているのである。

問題は、正統国際派たる欧米派に限られない。脱亜入欧を批判する側にだって、似たような精神構造は厳として存在する。

たとえば朝鮮の問題。この問題にかかわっている人の間には、日韓併合の歴史は、日本が百%悪玉で韓国が百%善玉という類の議論をする人がいる。しかし、内部の腐敗、硬直した儒教倫理の弊に毒されていた末期の李氏朝鮮が百%善玉などということがありうるだろうか。それに、よくよく考えてみれば、韓国に責任がまったくないということは、朝鮮民族に責任能力がなかったということではないか。本人は善意かも知れないが、実はこれほど朝鮮民族をバカにした話はないのではないか。

また、「タイ(これはインドでもインドネシアでも、およそ貧しい第三世界ならどこでもよい)の農村の子供の目は、日本の子にはとても見られないほど透んでいた」という類のことを書く人もいる。私自身、右にあげた国々をまわって、たしかにそうした想いに打たれたことが一度ならずあるから、その気持ちは分る。しかし、同時に右の国々の農村では乳児死亡率が日本の数倍から十数倍に上り、貧富の格差、教育の格差、権力の格差は日本と比較にならぬほど大きく、右の「透んだ目」の子供たちは、日本製のTVや自動車にまさに目を輝かして群がるということも書かなければ、それはあまりに一面的というものだろう。

ひたすら欧米に目を向ける正統国際派にせよ、それに反発する新版アジア主義的異端国際派にせよ、共通するのは、自分が好きになった国にひたすらのめり込み、ひいきのひき倒しという感じでこれを理想化し、「国際」をある国、ある民族文化に実体化してしまうことである。その対比上、日本のものはとにかく自虐的なまでに貶められてしまう。なにかおかしいのではないか。

人間は本来自分が一番可愛いはずで、他人の子よりはウチの子供、ヨソの会社よりは自分の会社が可愛いのが自然な姿というものだろう。それなら、自民族、自国が他民族、他国よりはひいき目で見えるのが自然のはずで、他民族、他国の方がよく見えるというのは、なにか無理があるのではないか。国際派の嘘っぽさはそこにあるのではないか。

もちろん、世の中には真実愛他的な人がいる。それは掛け値なしに尊敬できる人、その存在自体で皆が心洗われる人である。しかし、残念ながらその数は多くない。大多数の者は自分が利己的な存在だというところから出発しなければならないし、またそれは許されるはずだ。だとしたら、国際派としても、日本が好きですという地点から出発するのが自然であり、素直というものだろう。

たいせつなのはその次である。

自分が日本を好きなのだから、韓国人は韓国が好きなのは当然であり、インドネシア人はインドネシアが可愛いはずだ。日本の企業は、英語が非関税障壁などといわずに米国でへたな英語で一所懸命商売をしたのだから、米国も日本語が非関税障壁などと失礼なことはいわないでほしい。日本人が鯨を食べるのだから、韓国人や中国人が犬を食べても不思議はない。それを野蛮だとか気味が悪いという方がおかしい。もしそう言うのなら、日本人が鯨を食べるのを欧米から野蛮だと言われても仕方がない。このように、各民族の異なる文化を具体的に尊重すること。これこそ、民族間の対等なつきあい方を成立させるものであり、それが「国際inter-national」というものだろう。

伝え聞くところでは、安倍外相はある条約に署名する際に、自分は安倍晋太郎なのだから、シンタロー・アベと署名するのはおかしい、アベ・シンタローと署名すべきだと言われたらしい。大変勇気づけられる発言である。ただ、実際には、それに伴う種々の難点を考慮に入れて、従来通りシンタロー・アベと署名されたという。

従来のしきたりを変えるのには、さまざまな実務上の問題があるから、外務省が大臣の正論にもかかわらず右の改革に踏み切れなかったことは、それはそれとして理解できる。しかし、他方で外務省は韓国の全斗煥大統領をゼン・トカンでなく、チョン・ド・ファンと呼ぶようにしたというヒットを飛ばしている。もし、日本人の名前を「国際的には」ひっくり返すという鹿鳴館路線を変えていたら、右のヒットとこの上なくうまく組み合わさった大ヒットとなっていただろう。

私は韓国大統領をゼン・トカンと呼びます、しかし私は条約にはアベ・シンタローと署名しますと言ったら、それは偏狭な国粋主義というものである。しかし、私は韓国大統領をチョン・ド・ファンと呼びます、だから私が条約にアベ・シンタローと署名するのも認められるべきですと言うのは、各国の文化をその本来のかたちで尊重しましょうという、真に国際的に意義ある呼びかけである。

その結果、欧米人が、「世界には姓が最初で、名が後にくる名前の民族がいるのか」と納得することは、欧米人自身が、自分たちのやり方が世界中で通用するという思い込みから解放されることである。それは彼(女)らの国際化[・ ・ ・・・・]の一環である。こうした相互の[・・・]学習過程によってのみ、よき国際関係は可能になるのである。

「平家・海軍・国際派」とは、実に言い得て妙の表現である。この取り合わせを考えついた人のセンスに私は素直に脱帽する。ただ、私にはこの句にちょっぴり反発したい気もある。それは、右の三者に対立するものが、「源氏・陸軍・民族派」と考えられているらしいためである。

これまで書いてきたことからお分りいただけるように、実は良き民族派こそ最良の国際派なのである。そして、偏狭な国粋派から良き民族派=国際派を分かつもの、それは、自分も自分が可愛いのだから、相手も相手が一番可愛いだろうと考える想像力と共感の姿勢、そしてそれを育もうとする自覚的な営為、その一点をおいてないのである。

(東京大学教授・東大・法・昭44)