お祝い文「卒業生への言葉」
日野原重明(聖路加国際病院理事長) No.763(昭和59年4月)号

 医学部を卒業される諸君を含めて、すべての学部を卒業される諸君に申したいことは、人間の脳は、大学の教育の目指す、創造する働きを営む器官であるとともに、自己を抑制する器官であるということである。

 自己を抑制することは、社会人としての自我の形成の基本であり、またこのことが他人を配慮する習慣づくりの根底ともなるのである。

 諸君が大学を出て社会に出る時は、まだ新鮮な感性を持っているかも知れないが、それがややもすると社会生活の中で失われて行く。また、他人を配慮するよりも、自我によろいを着せるという行動型に知らず知らずになってしまうことが多い。

 医師で言えば、患者の痛みが本当に感ぜられる医師になることが良き臨床医の必須条件であるように、良き社会人は、社会の楽しみや痛みが感じられる人間でなければならない。

 このような人間形成が、大学を出てからの研究生活、家庭生活、社会生活の中でなされることが望ましい。

 ハーバード大学C・W・エリオット(1834-1926)は、総長を四十年間勤めて、いよいよその職を辞するに当って、学生一同を集めてこう言われた。

「諸君は自分のことを余り考えない人間になってほしい。他人のことがいつも考えられるような習慣を自ら養ってほしい」

 大学とは、そのような人間の基盤を作る所である。そしてこれからは、諸君がそうなりたいと希う人を社会の中に探し求めて、どうか力強く生きていってほしい。

(京大・医博・昭12)