たばこ雑感
長岡 實 (日本専売公社総裁)
No.761(昭和58年10月)号

      ―

 「たばこ」について思いつくままに触れてみたい。わが国では「煙草」や「莨」と書いてたばこと読む。英語ではtabacco 独語ではtabak 仏語ではtabac たばこは世界各地で通用する言葉といえよう。

 たばこの語源については諸説紛紛であるが、西インド諸島のインディオの喫煙具 タバコ [ 、、、 ] (シガー・ホールダー)に由来するという説が最有力のようである。栽培たばこの原産地は南米ボリビアといわれているが、野生植物として西インド諸島その他中央アメリカ一帯に古くから繁茂していた。その葉を乾燥させ、火をつけて吸っているところを、新大陸を発見したコロンブスの探険隊が一四九二年に発見した。かくして、十六世紀に入って喫煙の習慣が広く世界に波及してゆくことになる。

 たばこは酒に比べて遥かに後輩のようであるが、喫煙習慣が何世紀頃にはじまったにせよ、酒とたばこが嗜好品の双璧として人類の歴史とともに長い歩みを続けて今日に至っていることは事実である。今日に至るまでのたばこの歩みをふり返ってみると、洋の東西を問わず、奨励と迫害あるいは肯定と否定の時代を何回か繰り返しているが、最近では十数年前に米英両国に端を発した「喫煙と健康」問題が今や世界各国で大きく取り上げられている。アメリカでは、肥満型と喫煙者は社会の指導的な地位につけないとまでいわれるようになった。たばこの現代史は、ニコチンやタールの含有量の少ない軽いたばこの製造競争の時代である。

 酒とたばこは人類の二大嗜好品であるといったが、この両者はもう一つ共通の性格を持っている。酒とたばこは、ほとんどの国で特別の税制の下に財政収入を確保するという役割を担っている。われわれの吸っているたばこのうち、どの程度が税金かという点については後で触れることにしたい。

      二

 日本専売公社が実施している喫煙者率の調査によれば、わが国の喫煙者人口は昭和五十七年五月現在で約三千四百万人、成年人口の四一・八%を占めている。一九八〇年現在(昭和五十五年)のアメリカの喫煙者率が約三五%で、わが国よりも若干低い。

 そもそも喫煙の形態としてはシガー(葉巻き)やパイプ・タバコが古く、シガレット(紙巻き)の歴史はせいぜい百五十年くらいのものであるが、現在では各国共通にシガレットの占める比重が極めて大きいので、その消費量で比べてみると、わが国におけるシガレットの消費量は年間約三千百億本、アメリカの消費量は約六千億本。人口もシガレットの消費量もアメリカがわが国のほぼ二倍である。わが国の約三千百億本という消費量は自由世界第二位で、三位以下と比べて群を抜いた大市場である。

 シガレットの製造規模もアメリカが断然大きい。輸出用たばこの製造数量も極めて大きいからである。現在、たばこの輸出競争は世界中で激しく展開されており、しかも世界のたばこ市場において巨大資本による寡占化の傾向が着々と進みつつある。一九八〇年現在の世界市場における巨大たばこ企業のシェアをみると、英国資本のB・A・Tが世界一で約四千五百億本、アメリカのフィリップ・モリス約三千五百億本、同じくアメリカのR・J・レイノルズ約二千五百億本、この三社を合せたいわゆるビッグ・スリーで世界市場の半分に近いシェアを占めている。三千億本を超える日本専売公社は、フィリップ・モリスに次いで世界第三位で、レイノルズが第四位であるが、五番目のロスマンズ(イギリス)は約千百億本でぐっと小さくなる。

 ビッグ・スリーによる世界市場寡占化の傾向は今後ますます強まるものと考えてよいであろう。わが国の場合は専売制度であり、公共企業体である公社によってたばこ事業が営まれていることもあり、輸出の比重は極めて小さいが、一方海外からの輸入品のシェアも一・五%前後で、アメリカをはじめとする海外からの市場開放要請の声も最近では非常に高まっている。

      三

 わが国のたばこ事業は専売制度の下に営まれているが、世界の情勢をみると、専売制度の国はフランス、イタリア、オーストリー、スペイン等ヨーロッパ大陸に多く、アメリカやイギリス、ヨーロッパ大陸でも西ドイツは民営国である。その他の国では、共産圏や発展途上国に専売制――国営事業が多い。

 わが国においても明治のはじめは民営時代で、民営たばこ企業が数多く存在した。なかでも明治十三年に天狗たばこを売出した岩谷商会や京都の村井兄弟商会が大手であった。ちなみに、わが国で最初にシガレットが製造されたのは、明治二年に東京平河町の土田安五郎という人が作った口付きたばこである。当時はまだブランド名がない時代で、巻紙の幅から土田屋の一寸巻、八分巻などと呼ばれたようであるが、きざみたばこの全盛時代でシガレットには人気が集まらず、間もなく製造が中止された。

 明治二十九年三月、「葉たばこ専売法」が日清戦争後の財政収入増徴策の一環として制定され、三十一年一月から施行された。三十一年十一月には大蔵省の外局として専売局が誕生している。葉たばこ専売時代の益金収入も相当な金額に達し、専売制度が次のステップに移る直前の明治三十六年度には一千四百八十九万円、租税収入の八%に達している。

 明治三十七年三月、「たばこ専売法」が成立し、同年七月一日から施行されたが、これは日露戦争の戦費調達のために、葉たばこに限らずたばこの製造から販売まですべてを国の専売事業とする制度改正であった。翌年の三十八年度には益金収入約四千万円、三十九年度には約四千五百万円で、国の歳入予算総額の約一割を占めるに至っている。

 その後何回か制度の手直しはあったものの、わが国のたばこ専売事業は明治、大正、昭和の三代を通じて大蔵省専売局によって営まれてきたが、戦後、昭和二十四年に国の直営事業を改め、公共企業体である「日本専売公社」が発足して今日に至っている。

      四

 明治三十七年、わが国のたばこ事業が全面的に専売制度に移行したとき、大蔵省専売局が最初に製造販売したたばこにはどのようなものがあったか。

 まず、口付きのシガレットとして、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば、朝日ににほふ山桜花」から「敷島」「大和」「朝日」「山桜」の四銘柄が製造販売された。このうち「敷島」と「朝日」が愛煙家の支持を得て生き残り、敷島は戦後の昭和二十一年十二月に、朝日はさらに三十年後の昭和五十二年三月に販売を停止し、ここに口付きたばこは市場から姿を消した。

 両切のシガレットとしては、専売局発足当初「スター」「リリー」「チェリー」「アイリス」などが発売された。おなじみの「ゴールデンバット」は明治三十九年九月に売り出され、一時「金鵄」と改名したものの、戦後再びゴールデンバットに戻って、今日に至るまで八十年に近い寿命を保っている。戦前戦後を通じて安定した支持層のあった「光」は、昭和十一年の発売であるが、四十年に販売を停止した。

 戦後の歩みをいくつか挙げてみると、何といっても、まだ配給時代の昭和二十一年に、朝早く店頭に並んで買った「ピース」と「コロナ」が印象深い。このうちピースは現在でも愛煙家の中に深い根を下ろしている。昭和三十二年にはわが国最初のフィルター付きシガレット「ホープ」が発売され、三十五年には「ハイライト」が、四十四年には「セブンスター」が、五十二年には「マイルドセブン」が発売された。最近発売のものには「キャビン85」「キャスター」などがあるが、世界的傾向として低ニコチン、低タールの製品が好まれ、その関係もあって現在わが国で販売されている国産シガレットの九八%がフィルター付きである。

 昭和五十八年八月現在、わが国で製造販売されている国産シガレットは四十四銘柄に達する。そのほかの国産品としては、葉巻きが七銘柄、パイプ・タバコが六銘柄ある。パイプ・タバコの「桃山」は昭和九年四月に登場した古顔である。なお、きせるで吸うきざみたばこは、喫煙者と原料葉たばこの減少から、昭和五十四年に国内の製造を停止し、「やまぶき」をマカオで注文生産している。

      五

 たばこにはどれだけの税金相当分が含まれているか。税金分すなわち専売納付金の計算方法は今日に至るまで何回か改正を重ねているが、昭和五十五年度から実施されている現行制度によれば、
定価×一定率=納付金
である。但し厳密にいえば、この納付金額から別途の計算方法によって地方公共団体の財源となる「地方たばこ消費税」の額が算定され、それを差し引いた残額が「専売納付金」として国の財源になるわけである。地方たばこ消費税の計算方法や税率については説明を省略するが、昭和五十七年度の決算によれば、国の財源となる専売納付金七千六百五十一億円、地方の財源となる地方たばこ消費税七千六百五十六億円(都道府県分二千七百七十七億円、市町村分四千八百七十九億円)、合計一兆五千三百七億円となっている。

 国と地方の分を合計した総額がたばこの税金相当分になるわけであるが、一箱のたばこに含まれる税金相当分は、先の数式に示されるように定価に「一定率」を乗じた額で、この一定率は約五六%である。この率はたばこの種類によって三段階に分れており、三級品(例、ゴールデンバット)は四四・五%、二級品(例、ハイライト)は五五・五%、一級品(例、マイルドセブン)は五六・五%、これらの総平均が五十七年度の実績で約五六%になっている。

 定価の半分以上が税金というのは重税に過ぎないかと思われようが、前に触れたようにこれは世界各国で負わされているたばこの宿命である。各国のたばこ関係税率(付加価値税を含む)をみると、フランス約七五%、イギリス約七三%、西ドイツ約七三%といずれも相当な高率で、主要国の中でわが国より低いのはアメリカくらいであろうか。アメリカは州によって異なるが、概ね四五%から五五%の間に入っている。

 本年(昭和五十八年)五月一日から一本一円の値上げが行われた。これは法律改正による特別の値上げで、赤字財政下における二年間の特例措置と称すべきものである。すなわち、今回の値上げ分については公社の収入増はゼロで、小売店のマージン一〇%を除いた残りはすべて国庫に帰属する。この結果、五十八年度予算の納付金率は従来の五六%を超えて五八・九%となり、国の財源はこの特別措置による約二千億円の増加を含めて九千八百二十八億円、地方財源七千八百十九億円、合計一兆七千六百四十七億円の財源の確保が予定されている。

      六

 わが国のたばこ事業をめぐる環境は今や極めて厳しいものがある。「喫煙と健康」問題の影響もあって最近におけるたばこ消費の伸びは著しく鈍化し、年率一~ニ%の微増状態にある。そのような状況の中で、日米貿易摩擦問題に象徴されるように、外国からの輸入攻勢は日を逐うて激しくなりつつある。

 貿易摩擦の解消のためには、わが国としても現行制度の下においてできる限りの努力を傾けている。本年度に入って関税率をアメリカなみに引き下げ、内外製品の価格差は三十円縮小された。輸入たばこを取り扱う小売店の数も、本年三月までは全国二万店であったものを四月から四万店に倍増し、十月には七万店に拡張する予定である。さらに昭和六十年度中には(できれば五十九年度中にも)全国二十六万店のうち希望する店にはすべて輸入品の取り扱いを認めるべく準備中である。現行制度を超える問題として、専売公社の手を通さない輸入品別会社案も、いろいろと問題はあるものの、検討課題の一つとなっている。

 いずれにしても、今後わが国の市場における輸入品のシェアは高まってゆくであろう。そして国産のたばこは輸入品との間で激しい競争関係に立たされることであろう。公共企業体である「日本専売公社」も、親方日の丸的地位に安住することは許されない。

 輸入品との公正な競争関係の下において、わが国のたばこ産業の維持発展を図ってゆくためには、その中核的存在である日本専売公社が充分に企業性を発揮し得るような経営形態に脱皮する必要がある。臨調答申を受けて三公社の行革論議が展開されつつあるが、以上述べてきたような現状認識の下に、誤りなき将来の方向を求めたい。

(日本専売公社総裁・東大・法・昭22)