進化論餘録
今西 錦司
(京都大学名誉教授)
No.750(昭和56年1月)号

 私は昨夏『主体性の進化論』(中公新書)という本を出版し、その当時進化にかんして私の抱いていた考えを、すっかり吐きだしたつもりだった。しかし、その后になって、舌足らずのところが続々と見つかり、そのままでは誤解を招くおそれもあるので、すこしずつでも補遺をしてゆかねばならないのでないか、とおもっている。本稿の表題の「餘録」という言葉にも、そういう意味がもたせてある。

 前掲の私の著書に『主体性の進化論』というような、ちょっと取っつきにくい、非ジャーナリスチックな名前をつけたことについて、まず簡単な説明を与えておきたい。そもそも西洋人は――というよりもキリスト教徒はといったほうがよいのであるが――そのほとんどが、ダーウィンの進化論の出るまでは、人間も含めたすべての生物が、神によって創造されたと信じていたのである。そのなかヘダーウィンは、いやすべての生物は、神に関係なく、自然によってつくりだされたものであるといって、彼の自然淘汰説を持ちだしてきたのだから、これはキリスト教徒にとってはたいへんな衝撃であったにちがいない。それにもかかわらず、この創造主である神から自然へという思想上の大転換をとおして、変わらぬところが一つだけあった。それはなにか。それは自然における生物の地位である。人間をしばらくおき、その他のありとあらゆる生物、あわれな無能な生物は、かれらを創造したものが、神から自然へ代わったところで、あなたまかせのつくられるだけの存在であり、いわばいつも下積みの素材にすぎず、みずからをつくるもの、積極的に創造に参与するものとして、取り上げられてはいないのである。

 ダーウィンにはじまる進化論は、傲慢な、人間至上主義の、ひいては優勝劣敗を肯定するヨーロッパ中心主義の進化論になりかねない。それではたしてすべての人類を、納得さすことができるであろうか。

 ダーウィンが自然淘汰説で自然といったのは、ある生物を取りまいた自然であり、その生物外の自然である。だから今日なら手取り早くこれを環境と呼んでも、間違ってはいないであろう。すると自然淘汰説とは、生物の多くの個体の中から、そのときの環境に適した個体が選ばれて生存し、環境に適していない他の多くの個体が抹殺されることになる。しかし、そういうことが果して自然の中で行われているという証拠があるであろうか。残念ながらだれもまだ観察していないのである。そこで自然淘汰説を疑うものの出てくるのも、また当然であるといわねばならないであろう。それでも一方では、生物は環境からはなれたところには存在できない、ということがあるから、環境が変化したような場合には、生物もこれに応じて――どういうプロセスでこれに応ずるかは別としても――変化するのでなければならないし、これに応ずることのできなかった生物は、そこで絶滅する以外に道はない。そして、こうした変化や絶滅の操りかえしが、すなわち進化なんだという一種の先入観念が、われわれの頭の中にいかに深く刻みこまれていることか。私のように自然淘汰説では小進化、あるいは種の起原を説明できない、と決めつけたものでも、なお大進化、あるいは系統上の大きな変化は、こうした環境の大変化と密接に結びついているのでなかろうか、という考えを、容易に捨て去ることができなかったのである。

 たとえば爬虫類の時代といわれた中生代の末期になって、続々と大爬虫類が絶滅してゆくのは、なにか環境に異変が生じたからでなかろうか、と考えるたぐいであって、これを気候の寒冷化と結びつけたり、造山作用と結びつけたりしようと試みたひとも、すくなくはないのである。しかし、注意しておきたいことは、絶滅は進化の一つの終焉ではあっても、進化そのものではないということである。たとえそれが、あとに続くものの進化の起爆剤になったとしても、進化そのものではないのである。

 絶滅は進化そのものではないといったが、じつは大爬虫類の絶滅よりもまえの、白亜紀の中ごろに、被子植物が爆発的な進化をとげているのである。このあいだある科学雑誌を見ていたら、大爬虫類たちは絶滅するまえに、百花繚乱のなかで生活していた、と書いてあった。形容がすこし大げさであるかもしれないけれども、進化を論ずるものは、大爬虫類の絶滅に眼を奪われないで、むしろそれに先行した、この被子植物の爆発的な出現をこそ、問題とすべきである。これこそ一つの大進化であるからである。しかるにこれがあまり問題となっていないのは、どうしてであるのか。おそらく中生代というのは、一般に気候は温暖で、大造山作用もなかった時代であるというのが、われわれの常識となっているため、それではこれだけの大進化を導きだすに足るような環境の大変化を、求めることができないからであろう。だから、この大進化のまえに眼をつむって、大爬虫類の絶滅ばかりを取りあげようとしたきらいがあるのでないか。

 ここは大事なところだから、も一度くりかえすと、気候の寒冷化も造山作用も考えられないのに、被子植物の大進化がおこったとすると、これほどの大進化さえ環境とかかわりなく、生物自身の自己運動として、その主体性のもとに行われたと、見なさざるをえなくなる。そして大爬虫類を絶滅させたものが、かりに気候の寒冷化や造山作用であったとしても、その影響が被子植物にまでは及ばないで、彼らはその間も進化をつづけ、繁栄をつづけていたということになるが、それで矛盾がないものだろうか。われわれは大爬虫類の絶滅を、環境の影響による一つのカタストロフィに見なしたがるけれども、それは地質学的時間をわれわれの感覚で受けとめるから、ある時点における出来事のようにおもうだけであって、じっさいはそのために何万年もあるいは何十万年も、かかっているのかもしれない。被子植物の大進化さえ、変わるべくして変わったものなら、大爬虫類の絶滅だってやはり絶滅すべくして絶滅していった、と見なしておいたほうが、くだらぬ理屈をつけるよりも無難であるかもしれない。

 大爬虫類の絶滅を取りあげたついでに、いまでも大方のひとが信じている一つの説、現存している生物の種類数よりもすでに絶滅した種類数のほうが、圧倒的に多いはずだという説を、批判しておきたい。

 さてダーウィンの進化論を文字どおりに解釈すると、そのときの環境に適した個体――かならずしも一個体でなくても少数個体――が生きのこって子孫をのこし、他の大多数の個体はみな死んでしまう。子孫をのこさずに死んでしまうのだから、これを絶滅といってもよいであろう。いまこれを化石となって出てくる可能性から考えると、新しい種の祖先となった個体はなにしろ少数だから、化石となって出てくる可能性がひじょうにすくないのにたいし、絶滅したほうは、大多数なのだから、化石となって出てくる可能性もはるかに大きい。そこをもすこし強調すると、化石はすべて絶滅種ということになり、絶滅はしてもかつては存在していた種であるから、分類学上は種名を與えておく必要があるというので、古生物学者の手にかかると、どんな化石でもみな種として登録されるという弊風が生じた。この流儀でゆけば、現存種よりも絶滅種のほうが多くならなければ、おかしいはずである。

 それで一九世紀末にピテカントロパス(ジャバ原人)の化石が発見されたときも、二〇世紀にはいってシナントロパス(北京原人)やオーストラロピテカス(猿人)の化石が発見されたときも、これらの化石人類はいずれも、現存人類の祖先によって絶滅に追いやられた、人類の傍系にすぎないと主張するひとが、すくなくなかったのである。しかし私のように、自然淘汰説を取りあげないで、種の個体は変わるべきときがきたら、みな同じ方向に変わると考えてきたものにとっては、猿人が時を経て原人に変わり、原人がさらに旧人に変わってついに新人(現代人)まできたのだと解しても、ちっとも抵抗を感じないし、またそういう見解のひとも、すこしずつふえているようである。猿人の段階になると、まだかなり見解がわかれるようだけれども、すくなくとも原人以后のところは、原人→旧人→新人と一系で進化してきたということが、認められるようになった。

 そうなるとこんどは、命名法が問題となってくる。原人が旧人になり旧人が新人になったものなら、これは一つの種の、あるいは一つの種内の変化でないのか。どうして原人と現代人とを別種と見なさねばならないのか。もっとも魚のなかには、その発育段階に応じてちがった呼び名を持ったものがある。しかしそれは便宜上の呼び名であって、学名は幼魚であろうと成魚であろうと、同一の学名で統一されていなければならないであろう。これと同じように、もし原人が種の自己同一性を保ちつつ、現代人にまで変化したものとするならば、原人と現代人とは同一の学名で呼ばれてもよいはずである。それによって原人が絶滅種でないことを明らかにすべきである。まだまださきのことになるだろうけれども、こうして一つの化石にたいし、それが絶滅種かそれとも現存種の直系の祖先かという見分けがつくようになれば、なんらかの方法で現在の命名規約の改正が必要となってくるであろうし、それとともにいままで絶滅種とされていたものの数が、かなり大幅に減少するとみても、間違いではあるまい。

 もちろん私は、進化史に現われた絶滅種の存在を、否定しているわけではない。そしてその例は、さきにもあげた中生代末における大爬虫類の絶滅だけでも十分であろう。私はむしろここで、私の進化論の根底にある進化の定向性ということに、注意を向けたかったのである。すべて自己同一性を保ちつつ変化してゆくものの変化は、定向的にならざるをえないということである。個体の変化もそうであるし、種の変化もまた、そうでなければならない。

 ここまで書いて私は、分子の変化――それを分子進化といってもよい――さえ自然状態のもとでは、定向的なのでなかろうかとおもうのである。拙著『主体性の進化論』のなかでも断っておいたように、分子生物学という分野にかんする私の知識は、ゼロといってもよいのであるから、これから書くことにもとんでもない間違いを、犯していないともかぎらない。そこは読者のご叱正を待つこととして、まず私の関心のあるところから書くと、分子は時間の経過とともに変わる、といわれていることである。そこから分子時計という言葉も生まれてきたのであろう。分子の変化が規則正しく変わらないで、あるときには進んでみたり、あるときには反対に遅れてみたりするようだったら、だれもこれを時計にたとえたりはしないであろう。

 さて、小進化は時間の経過とともに、変わるべくして変わってゆくのだから、べつに問題はないとしても、問題は大進化であり、大進化は気候の大変化とか、造山作用のような地殻の大変化に伴っておこったものでなかろうか、と従来から考えられがちであったことを、そしてまたここでもう一度、中生代末におこった大爬虫類の絶滅と、そのあとにつづいた新生代における哺乳類の飛躍的な発展を、思いだしていただきたい。いったい分子時計というものは、そういった大変化ないしは大進化の時期に遭遇しても、進みもおくれもしなかったのであろうか。ここのところが知りたいのだけれども、おそらく進みもおくれもしなかったものと、考えられているにちがいない。こういったときでも狂わなかったからこそ、時計の役目が果せているのであろう。

 生物は環境によってつくられたというダーウィン的な進化論の盲従者たちにとっては、耐えがたいことかもしらないが、分子にかぎらず生物の個体だって種だって、およそ自己同一性をもったものの変化は、みな定向的で、変わるべくして変わってゆく。私がこういうと多くのひとから、それでは科学的な説明になっていないといって、冷笑されたものである。現象はすべて、原因があって生じた結果であると考えている人たちに、なんとかして解ってもらう工夫はないものか。いろいろと考えたあげく、変わるべくして変わるという言葉に多少色をつけて、時間の経過とともに変わるべくして変わるといったら、どんなものだろうか。変わるべくして変わるで、進化の内容はいいつくされているとおもうのだけれども、変わるということは、とくに進化においては、環境のファンクションとしてではなく、時間のファンクションとして変わるのである、といってみたのである。原因なくして結果はないと考える人たちも、ここにおいて原因の追求を断念するであろう。なぜならば時間というものが、どういう原因によって存在するようになったかは、だれにも解っていないからである。

(京都大学名誉教授・京大・理博・昭3)