映画監督の仕事──その苦心談
山田洋次(映画監督) No.725(昭和49年10月)号

 恥ずかしながら東大法学部の出身である。まことに恥ずかしながらである。
よく出身校は、と尋ねられて東大ですと答えると、
「へえー」
とびっくりしたような顔をされる。次の質問は何学部ですか、である。嘘つくわけにもいかないから小声で
「法学部です」
と答えると一瞬変な顔をした後、「ほう、それはそれは、また随分変った職業をお選びですね」とくる。
  東大法学部卒は全員役人か裁判官になるとでも思っているのだろうか、映画監督をやっているのは余程不思議に思えるらしい。もっとも僕自身法学部を出たような気持ちが余りしないから返事をする声もひどく自信なげであるに違いない。何しろカンニング一点ばりで、最低の成績とはいえ一応卒業させてくれるのだから、東大法学部もたいしたところではないともいえる。
  さて、その僕に映画の演出について何か書けという學士會会報からの依頼である。映画という、アカデミーとはもっとも縁遠い大衆的芸術について、このしかつめらしい雑誌にどう書けばよいのか、大変に戸惑う次第なのである。

 映画の演出とはどういうことをするのか、映画の監督の仕事は具体的にはどういうことかという質問には大変答えにくい。映画監督である僕自身にもまだよく分かってはいないのかもしれぬ。つまり画家なら油絵具をキャンパスに置いていくとか、小説家なら原稿用紙の升目に字をうめていくとかいった具体的な行為があるのだが、映画の監督にはそれがない。

  彼の仕事は色々人と違って打合せをしたり、スタッフや配役をきめたり、撮影現場でカメラの横に坐ってあれこれ指図したりといったようなことで、とても一口には言えない程多様であり複雑である。またその仕事のやり方も人さまざまで、現場で大声をあげて俳優を叱りとばし、スタッフに次から次へと矢のように指示をとばすといった華やかな監督もいれば、その正反対の監督もいる。 故溝口監督についての有名な話がある。
  某撮影所の若い助監督達が何人かで、一度、かの名匠の仕事ぶりを見学に行こうということになって溝口健二が撮影中のスタジオに出かけていった。あれ程の名匠だからさぞや帝王の如くにスタッフや俳優に君臨しているであろうと想像していた処、その期待は全く裏切られた。つまり、溝口健二は何もしていなかった、というのである。ただスタジオの一隅にじっと坐ってスタッフや俳優の忙しげな動きを眺めているだけで、一般の人ならどこに監督がいるのかも分からぬほどであった、ということに助監督連中はびっくりして帰ってきたのである。
  何時だったか、僕がこの話を長年溝口健二の助監督を勤めた人に話したことがあった。すると彼は「その通りです。溝口さんは何もしませんでした」と答えた。
「溝口さんがしたことはですね」と彼は言葉をついだ。
「ただ、『駄目だ』と言うことだけでした」

 つまり、美術監督がセットを作る、溝口さんは「駄目だ」という、カメラマンがポジションをつける、溝口さんは「駄目だ」という、俳優が演技をして見せる、溝口さんは「駄目だ」というのである。 「要するに溝口さんは『駄目だ』を言い続けたんですよ。だから、OKが出る迄各パートの大勢の優秀なスタッフ達が血のにじむような努力をして頑張る、何度も何度もやり直して最後にようやくOKが出る。つまりそのスタッフの努力が溝口さんの作品を作り上げたのですよ、あの人はただ『駄目だ』を言い続けただけでした」

 東映京都に加藤泰という監督がいる。時代劇だけを作り続けて、今の学生に強い人気のある人だが、僕はいつかこの人と食事をしながら
「監督の仕事というのはひとことでいって何でしょうね」と尋ねたことがある。

  加藤監督はギョロリとした眼をむいて暫く考えた後、京都なまりでこう答えてくれた。
「つまり、そのカットがOKかNGかを決める役でしょうな」
  NGというのは撮影所用語で、NO、つまり駄目ということであるが、僕も監督の仕事はそれに尽きると思う。映画監督がひとつのショット(カットと言ってもよい)を撮影する場合、例えば小説家や画家が原稿用紙やカンバスに自分のイメージを自由に描くこととはかなり事情を異にする。それがセット撮影であるとすれば、部屋の壁の色、置いてあるタンスの種類、机の材質、更にはその上に置かれた茶碗や灰皿の模様に至るまで監督が決める訳にはいかないし、
また決めようもないことである。
  それは美術監督、あるいはその指揮下にある大道具、小道具のスタッフが夫々のイメージにおいて考え出すことであり、監督はそれ等に対してOKか、あるいはもっと変わったスタンスはないかという注文を出すことだけをするのである。例えば、カメラについて言えば、監督はレンズの種類、露出、現象処理といった問題について専門的な知識は全く持ち合わせていない。録音について言えばマイクの種類、そのポジション、録音レベル、と言った複雑な技術についても全く無知である。ただ、出て来た結果についてだけ、良いか悪いかを判断するのであり、またその判断が出来なくてはならない。
  映画を作りあげる過程には数多くのそのような技術的専門家達、例えば脚本家、カメラマン、録音技師、美術監督、その他メイクアップ、結髪、編集、音楽、等々、そして夫々の助手達、更にはネガを現像しプリントを製作する現像所、あるいは映画館における映写技師までを含めると何百人という専門家達の参加があり、監督が彼等の仕事に対し、無数のOK・NGを積み重ねることによって一つの作品は完成するのであり、そして出来上がったものはどこから見てもその監督の個性の反映であり、彼の世界の表現となっているのである。

 よきスタッフに恵まれた監督は幸せである。彼は黙ってカメラの横に坐り、煙草をくゆらしていればもうそれで彼の作品は自然に誕生するのである。良い脚本を手にし、満足すべき配役と気に入りのスタッフを集めることが出来た時、もうその作品の80%は出来上がったようなものだと僕等は考える。そして事実そのこと、つまり、配役、スタッフ編成に80%ぐらいのエネルギーを僕等は費やすのである。
  一つの作品の為にスタッフのチームが組まれる。このチームを監督の名前を冠して××組と呼ぶ。溝口作品なら溝口組であり、僕の作品を撮影する時は 田組である。何やら建築現場のようで品がない点もあるが、しかしなかなか味のある呼称だと思う。組の親方である監督はどの専門にも属さず、全体の仕事を監督しながらひとつの作品を作り上げるのである。他のジャンルの芸術でいえばオーケストラの指揮者がきわめて近い仕事かと思える。彼自身は演奏し い、彼の仕事はそれぞれのパートの演奏家からいかにして良い音を引き出すかにある。
  一昨年新著作権法が制定された。僕達映画監督はこの法律に反対し、デモまでやったものだった。この法律に映画という芸術は「監督、俳優、撮影者、美術家、その他の共同著作物」だと規定されている。僕の拙い文章をお読み頂いた方には、この規定がいかにノンセンスか判って頂けるだろう。共同著作物とはなんという乱暴で無神経な規定の仕方であろうか。映画監督は何もしない、ただOKかNGかを言うだけである。にもかかわらず、その映画は否応なくそ
の監督の作品なのである。「駄目だ」を言い続けただけだったとしても溝口健二の作品はその強烈な個性ゆえに世界的な評価を得ている。映画とはそういう芸術なのである。

(映画監督・東大・法・昭29)