東京オリンピックへの準備  
御子柴 博見
(東京都オリンピック準備事務局長)
No.674(昭和35年10月)号

 御紹介をいただきました御子柴でございます。先だって学士会の午餐会で何かオリンピックのことについて二、三十分お話し申し上げるようにという御命令をいただいたのでありますが、実は私人前で話をするのは下手でございまして、ことに大先輩の皆様の前でお話し申し上げることはどうかと思いまして、御辞退申し上げたいところなのでございますが、オリンピックを日本で開催するということにつきましては、いろいろな意見や批判もございますのでこの機会に大体のあらましを申し上げまして、指導的な立場にいらっしゃいます皆様方の御理解と御協力をいただければということで、本日参りました次第でございます。三十分ほどお時間をちょうだいいたしましてお話を申し上げようと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 東京にオリンピックを招致したいということは、ずいぶん長い間の念願でございまして、古くは昭和六年当時の東京市会で決議をいたしまして、いろいろ困難な折衝がございましたが、昭和十一年にそれが実を結んで、昭和十五年―一九四〇年の第十二回大会を東京で開催するということが決定になったわけでございます。ところが、翌十二年に支那事変が起こり、それがだんだん熾烈になりまして、結局十三年にはこれを返上するのやむなきに至ったという事情は、皆様すでに御承知のことと思います。それから二十年たちまして、これもいろいろ紆余曲折があったのでありますが、幸いに世界各国の理解を得られまして、昭和三十九年―一九六四年の第十八回のオリンピック大会が東京にきまったのであります。オリンピックの五輪マークは五つの大陸を表徴しておりますが、東京大会はアジアで初めて開かれるオリンピックであります。

 歴史的に申しますと、古代オリンピックと近代のオリンピックに分れますが、古代オリンピックは紀元前七七六年から紀元後三九三年にわたり四年ごとに二百九十三回開催されたといわれております。それが一時とだえておりましたが、フランスのクーペルタン男爵の、世界の若人を集め、スポーツを通じて世界の平和に寄与しようという非常に熱心な提唱が実りまして、一八九四年にオリンピックの復興がきまり、一八九六年に古代オリンピック発祥の地のアテネで第一回の大会が開かれました。それから四年ごとに大会が行われて、今日に至っているわけでございます。ただ、一九一六年のベルリンと、先ほど申し上げました一九四〇年の東京、それから一九四四年のロンドン、この三回は、第一次並びに第二次大戦によりまして中止になりました。歴史的な沿革は以上のような状況でございます。

 次にオリンピックの競技種目でございますが、これはオリンピック憲章によりますと全体で二十一種目でそのうち最低十五種目以上を実施するということになっております。その種目の名前を申し上げますと、陸上競技、体操、ボクシング、レスリング、フェンシング、重量挙、射撃、漕艇、競泳と飛び込み、水球、馬術競技、自転車、近代五種――この近代五種と申しますのは、射撃にフェンシングに水泳に競走と馬と、この五つの種目をやるわけでありますが、その近代五種、それからヨット、蹴球、ホッケー、ハンド・ボール、バスケット・ボール、バレー・ボール、カヌー、弓、芸術――芸術は別にしまして、二十一種目でございます。そのほかに、開催国の固有の競技と外来競技各一つをデモンストレーションとしてやる。こういうことになっております。それで、先ほど申し上げましたように、従来は各国とも十八種目程度でありまして、一度もやられておらないのがバレー・ボール、ハンド・ボールが一度だけありまして、弓も二回ございます。日本の場合にどういう種目になるということはあとから申し上げたいと思います。

 それから、よく皆様新聞やラジオで組織委員会という言葉をお聞きになると思いますが、厳密に申しますと、オリンピック東京大会組織委員会というものがございまして、これが競技を実施する一切の権限と責任とを国際オリンピック委員会(IOC)から委任されてやっているわけであります。建前といたしまして、オリンピックを招致するということは、オリンピック憲章にも明文がございますが、一つの都市であって、国でもなければ、競技団体でもない。主催都市という言葉を使いますが、その主催都市がきまりますと、一切の競技の運営の権限はIOCにあるわけですが、この国際オリンピック委員会が、その都市所在の国内オリンピック委員会、日本でいいますとJOC――体育協会でございますが、これに大会の組織を委任いたします。通常の場合、それが直接にやらずに、さらに組織委員会というものを組織いたしまして、これに権限を再委任する、こういう建前になっているのであります。

 この組織委員会は、会長は津島寿一氏、副会長に竹田恒徳氏と安井誠一郎氏、委員が三十人近くいらっしゃいますが、これは政界、財界、競技界、それぞれの方面からお入りいただきまして、この組織委員会が基本的な計画を一切きめて参るわけであります。その組織委員会には、さらに下部機関といたしまして総務委員会、この総務委員会は、大体各省の次官クラスと競技団体から選ばれた方々とが入っております。それから特別委員会として、競技、施設、広報宣伝、輸送、衛生というように、いろいろな委員会がございましてそれぞれ関係方面の委員を委嘱いたしまして、具体的な計画を練っているのでございます。これは非常に忙しい仕事でありまして、組織委員会は月に一度ずつやっておりますが、これがいわば本会議でありまして、総務委員会なり各特別委員会なりでいろいろと検討いたしまして、これが組織委員会で最終的に審議してきまるのであります。現在きまっておりますことは、大きな問題といたしましては、競技場をどこにするかということ、それから選手村をどこにするかということ、この競技場につきましては、大きく分けまして、明治公園と申しておりますが、明治神宮の競技場のあの辺一帯と、駒沢公園といっておりますが、東京都立の総合運動場でございます。駒沢の一帯、これが大きなものでございまして、それ以外に、競技種目によりまして別に数個所使うようになると思います。それから選手村をどこにするか、これも新聞で御承知のように、朝霞の米軍のキャンプ・ドレーク、あそこに住宅公団あたりで住宅を造っていただいて、大会の開催中それを使わしていただく、そのあとは一般の国民住宅にする、こういうようなことがきまっているわけであります。

 そこで、仕事の分担でございますが、これを大きく分けますと、国と都と組織委員会で分けているのでございます。さっき申し上げました明治公園に、国立競技場がございますが、この主競技場は国の管轄になっておりますので、これも現在七万は入ると思いますが、各国の例から見て、立見席を入れて十万くらいは必要であります。そこで国立競技場の拡充は国がやる。水泳場は、現在外苑に小さいのがありますが、更に一ヵ所規格にあったものをワシントン・ハイツ内に造りたい、この水泳場も国でやってもらう。それから東京都の方で分担いたしますのは、先ほどの駒沢公園のバレー・ボール、ホッケー、ハンドボールなどの競技をやる駒沢運動場その他であります。それから組織委員会の施設の面では、朝霞のキャンプ・ドレークの中に八千人も入るような住宅ができましても、練習の施設とか、食堂とか、その他の付帯施設が必要でございますので、こういう面は組織委員会が担当する。これらの仕事につきましては、都でやります場合には、国から補助を仰ぐ。それから組織委員会は、入場料収入とか、その他の一般寄付、この資金計画はいろいろ検討いたしておりますが、そういった自己で調達いたしました金と入場料を充当いたしまして、足りない分については、国と都との補助を受けるということになるわけであります。

 今申し上げましたのは直接施設の面でございますが、これに関連いたしました仕事がなかなか大へんでございまして、卒直に申し上げますと、私どもは競技施設を作ることにつきましては決して心配もいたしておりませんし、場所もございますし、競技を実施する必要最小限度のものはもちろんできる自信があるわけであります。一番の問題は、むしろ関連した仕事で困難なものがある。特にそのうちで道路、交通の問題は、現在もごらんの通りの状況でありまして、都心部あたりになりますと、ラッシュ・アワーには車を使いましてもほとんど歩いて参るのと同じ程度の状況であります。これは、オリンピックがなくても、東京都の道路は根本的に対策を立ててこれを整備していかなければならない、こういう段階でございます。このオリンピックの決定いたします前に、すでに首都圏事業としていろいろな道路計画があるわけでございます。あるいは公園の計画もございますが、町の反対があってなかなか進まない、完成年度が若干延びるというのが例でありますが、これは何としてもこの機会にやりませんと、選手の輸送もできない。そこで、この道路をやります場合に必然的に起こる問題は、道幅を広げますために、住民の立ち退きの問題、補償の問題、こういうことが非常に大きくクローズアップされて参るわけであります。こういう道路建設の問題とか、路面電車を部分的になくして地下鉄に振りかえるとか、バスに振りかえるというような問題、それから国営、公営、民営のいろいろな交通機関がございますが、そういう交通機関を調整するような問題もございます。それから関連事業としてほかにも幾つかございますが、たとえば清掃関係の施設を整備しなければならない。今のような状況ではおそらくよその国から参りますとあきれられてしまうと思いますが水洗便所なり、浄化槽なり、あるいは塵芥処理場、こういった清掃関係の施設を整備していく、あるいは河川を浚渫したり、溝渠を清掃するというようなことでございます。それから都市の美観対策、これもやかましくいわれておりますが、今のような見苦しい広告のはんらん、こういったような問題を取り上げまして、できるだけそれまでにはきれいにして参りたい。そのほか騒音防止というような問題もあります。あるいはネズミとか蚊とかいうもの――いわゆる役所的には鼡族昆虫の駆除という言葉を使っておりますが、これも今から根強くこの運動を進めて、官民力をあわせてやって参りませんと、外国から来られた方から非難を受けるととになります。私どもの頭をいためておりますことは、これはむしろオリンピック以前の問題でありますが、国際的な文化都市としての当然の姿を何とか早く実現して参りたいということでございます。それからもう一つ忘れてはならないことは、特に日本が外国に対して立ちおくれております公衆道徳の問題とか、国民的なマナーの問題であります。これらのことが今のままの状態ですと、せっかく大ぜいの方が外国から参りましても、日本を見直すどころか、日本というものをまた一段と低いものに見られてしまいまして、相当大きな経費をかけてやりましたことが、日本の将来の上にかえってマイナスの面が出てくるのではないかということをおそれるのであります。このことにつきましては、ただ新聞や雑誌で注意書を書いたりビラを配ったりしただけではどうにもならないのでありまして、これは夏のローマ大会が済みましたならば、私どもとしましては、各種の機関を通じて、学校教育なり、社会教育なり、こういう面につきましても、根強く浸透する方法で徹底的に公徳心の高揚をはかっていく必要があるということを特に痛感しているわけでありまして、これは大へんむずかしいことでありますが、何とかしてやりとげなければならないと思います。

 仕事としてやらなければならない問題は今申し上げましたようなことでございますが、次にこの夏オリンピック大会の開かれますローマが、どういったような状況にあるかということをここで若干申し上げてみたいと思います。ローマの競技場は、皆様すでにごらんになった方も相当多いと思いますが、競技場としては非常にりっぱな施設ができておりまして、これは日本がどんなに努力をいたしましても、おそらくローマにかなわないのではないかと思います。先ほども控室で、ローマの室内体育館は非常にりっぱだというようなことをおっしゃった方がございますが、全くその通りで東京あたりでとてもまねのできないようなものであります。これは、御承知のトトカルチョという、あちらはサッカーの試合が一週間に十三回ほどあるそうですが、その勝敗の予想をつけまして、それが全部当たれば莫大な賞金がとれるというトトカルチョ、その中から必要なだけはいくらでも出してくれる。トトカルチョというのは、一枚百リラだそうでありますから、日本の金にすると六十円くらいですが、予想を全部書いて郵便局へ持っていって、スタンプを押してもらうということで、向こうへ行った方で、むしろ日本の現在の宝くじ、あるいは競輪、競馬などよりはるかに健全だということをおっしゃっている方がございましたが、このトトカルチョの金がどんどん入って参ります。ローマでたとえば本年度競技施設にどのくらい予算を計上するかときいても、予算はなかなかわからない。これからかかる金は、これこれが必要だということになりますと、いくらでも出してくれる、そんなような状況だそうでありまして、一切の競技施設がその援助によって造られております。主競技場、水泳場は北の端にありますし、南の端にその他の団体競技をやるところがあります。ムッソリーニが一九四二年万国博覧会のために設営を始めて途中でやめたところでありますが、道路も施設も、なかなかりっぱなものでありまして、今から見ましてもさすがと思われるような将来を見通した計画が進んでおります。この北と南と、それからまん中に若干の施設がございます。大会に参加するのは八十四ヵ国で選手と附添の役員も含めまして七千人といわれておりますが、これだけ入ります村を最近完成いたしました。これはイタリーの公務員住宅協会が造りまして、大会が済んだならば公務員の住宅になるということであります。それからホテルの事情でありますが、ローマは平時でも一日に五万人の観光客が来るといわれておりますが、一日に五万人とすると、月に百五十万、年間千八百万ということになります。低料金のホテルが非常に発達いたしておりますが、そのホテル、ペンションだけで三万五千人くらいの収容カがございます。そのほかに、公共機関に泊めるとか、近郊の旅舎にとめるとか、キャンプ村を作るとか、兵舎を利用するとか、あるいはそこの市民に夏の間は海にでも行ってもらってその間泊めるとかいうことで、十万から十二万の人をいれられる見込であります。欧州各地から車でたくさん入って参りますので、交通整理の問題でありますが、これは東京あたりと非常によく似ておりまして、道の狭いことは、ああいう古い都でありますから、東京に負けない。先だっても、組織委員会からローマに行っておりました人が中間の連絡に帰ってきて、東京はなんと道が広いかということに驚いたと冗談半分にいっておりましたが、非常に挟いところを極端な一方交通をやりまして、それで整理をいたしております。それから、御承知のようにあそこには有名な小型自動車の会社がございますが、ローマにある車の九〇%くらいは小型車で、外国公舘あたりの車以外はよほど探さなければ東京で走っているような大型車は動いておりません。その九〇%というのは大体ダットサンのブルーバード程度の車若しくはそれより更に小さい車であります。この外車の制限と一方交通とで整理をしております。ただ、これも東京に似ているのでございますが、南北の競技場をつなぐテヴェル河の西側を通ります専用道路を計画しておったのでありますが、これはやはり住民の移転補償の問題とか、それから古跡が多くございまして、その古跡をよけるというような関係で、道路計画だけがどうも思うようにいかない。そこで、専用道路はあきらめて、優先道路ということで既存の道路を多く利用し、要所々々は立体交叉で、これも本式な築造が間に合いませんので、軍の手によりまして応急のたいこ橋をかけて間に合わせ、あるいはテヴェル河に作戦用の舟を並べて、その上を東西の交通の用に供するとか、いろいろなことを考えておりますが、道路問題だけは東京と全く同様に深刻な状態にあるようであります。ローマの気温は、東京とあまり変わりません。非常に暑いのですが、ただ湿度が低く、夜は涼しい、その点だけが東京と違うところであります。申し落しましたが交通は全面的に特設軍団が担当しまして、軍の車、軍の要員を使って、一切の交通の施設、運行をする計画であります。東京の場合には、このローマの例が非常に参考になるのではないかとわれます。

 さて、次に東京大会についてでありますが、第一に会期をいつにするかという問題、これは従来は、七月の末から八月の初めにかけてと、十月の末から十一月の初めにかけてと、この二つの案を国際オリンピック委員会の方に回答いたしたのでございますが、その後いろいろ検討いたしておりますと、さらに五月案がいいのではないかという説が出て参ったのであります。五月はさきにアジア大会をやり、評判もよかったのであります。夏の場合には、現在のような状況ですと、赤痢や日本脳炎のような伝染病を考えなければなりません。猛暑と、ハエや蚊が外人客を悩まし日本の印象を悪くする。それから、湿度が非常に高いので、選手のコンディションにも影響するということもあります。そこで五月、十月と二つの説が現在有力になっているわけであります。五月の難点は、北ヨーロッパ諸国が練習の期間が少ないということがあります。十月の方の難点と申しますか、一番心配いたしますことは、最近日本に頻々とやって参ります台風の関係であります。もしも、はなはだしい被害の出た昨年の伊勢湾台風のようなことがありますと、かりに競技の方は実行するといたしましても、国民感情としてうまくないというようなことも考えられますし、ほかの問題ではアメリカでは秋は学業の都合で学生の選手が出られないというようなことがありまして、それぞれ一長一短がありますが、最近の情勢では五六月に決定する公算が強くなって参っております。

 それから競技種目は、先程も申し上げましたように、従来の大会では大体最高が十八種目であった。これにつきましても、オリンピックが盛んになるのはけっこうだけれども、あまり度が過ぎても困るから、この辺で競技種目を制限するか、参加人員を制限したらどうかということが、IOC委員会でも真剣に検討されているようでありますが、これは減らすとしても東京大会の次の大会からということでありまして、組織委員会としては、全種目をやるという従来の回答に基づきまして進んでいるわけでございます。さらに柔道を正式種目に取り上げたらどうかという話が外国の方から出て参りました。本来ならば柔道は、先ほど申し上げたように、その国の固有の競技でデモンストレーションとして、取り上げられるわけでありますが、各国で柔道熱が最近非常に盛んでありまして、これが正式種目として東京大会に入る公算が非常に多いのではないかといわれております。これらの種目の問題と、会期をいつにするかということは、ローマ大会が八月の二十五日から九月の十一日まででありますが、その前に八月の二十日から三日間IOCの総会がございますので、そこで正式に決定される見込であります。

 それから、東京にどのくらい外国からお客が来るか、これはよく聞かれるのでございますが、結局ホテルの収容力の如何にかかってくると思います。ローマの場合でも、日本から参ります選手は村に入りますから別ですが、視察員につきましては、昨年のうちから人数をきめられておりまして、どの国には何人、どの国には何人、日本には百ニ十一人というような割当になっております。これは、競技団体、組織委員会、国会議員、都議会議員、関係官公庁などの分であります。東京の場合には、収容力が少ないので、八月にやってくれということをホテル協会ではいっております。そのホテルの事情によりまして、何人来るかということも当然制約を受けて参ることになると思います。現在京浜地区では、外人を泊め得るホテルは、計画中もしくは建設中のものも入れまして、運輸省の調べによりますと、一万二千五百人くらいといわれております。かりに三万人ぐらい来たいという場合に、どうするかという問題がございます。これは、新しいホテルを作る必要もございましょうし、あるいはユース・ホステルとか、キャンプを作るということも考えられますが、業界の方としては、長期低利資金でも融資してもらえば、ドアなりバス・ルームなり便所などを、外人に使えるような最小限度の設備をすれば相当入れるといっております。いろいろ運輸省の観光局の方で計画いたしておりますが、何とか三万人くらいは入れるような状況に持っていきたいと思っております。なお、従来の各国の大会の例を見ましても、かりにオリンピックの年に平年より五万なら五万多くの観光客が来たとしますと、その状況は数年間続くそうでありまして、そういったことを考えますと、やはり観光業者、あるいは一般国民にも、あたたかい気持で接していただきまして、わるい印象を持たずに帰っていただいたということになりますと、かりに競技施設その他に大きな経費を使いましても、あとに残る財産というものは非常に多いのではないか。そういうことから、業者の教育や国民の接遇態度といった面にカを入れて参りたいと思っているわけであります。なお、東京に参ります選手の数は、九十数ヵ国、役員を含めて八千人くらいになるだろうといわれております。

 大体考え方としては、以上のようなことで準備を進めておりますが、皆様にもいろいろ御意見がございましょうし、われわれもよく聞かされる意見として、現在の日本にはたしてオリンピックを実行する能力があるかどうか。オリンピックをやるために相当な犠牲を払う――たとえば社会福祉面が犠牲になるとか、ほかにやることが一ぱいあるのになぜあわててオリンピックをやらなければならないのか、また、オリンピックをやらなければ国際的な面目が立たないというのはおかしいじゃないか。オリンピックをやることがはたして日本のためになるかどうか。この日本のきたない町や道路を見せたならば、かえってマイナスになりはしないかというようなことであります。又来るのはアマチュアだから、大して外貨の獲得にならんのではないか。日本は敗戦国なのに、よその国と同じように選手を派遣したり、同じような規模の大会を日本で催おしたりするのはどうかというような意見もございます。それから、オリンピック予算が非常に大きいということもよくいわれます。また、公衆道徳を高めるとか、マナーをよくしろということは、お客が来るからお行儀をよくしろといって子供を叱るようなものだというような御意見も承るのであります。それから、直接利害関係者からは、道路を広げるという問題に対して、立ち退き先がないとか、補償金が少ないとかいう苦情も承ります。そういう御意見や批判に対しまして、私たちは謙虚に承りまして、できるだけ反省はして参りたいと考えておりますが、どれもこれも、その非難、反対論が正しいかと申しますと、私どもは率直にいって、必ずしもそうではないと存じます。たとえば、敗戦国が人並みなことをやると申しますが、戦後十五年もたって、今なお敗戦国というような意識でいるならば、将来とも日本の発展は望まれないと思います。一九五ニ年にフインランドのヘルシンキで行われました第十五回の大会は相当な規模でりっぱに行われております。そのときの主催都市であるヘルシンキの人口がわずかに四十万、フインランドの国全体の人口が三百六十万にすぎなかったのであります。そのような人口で、しかも対ソ賠償の重荷を負いながら、結局大会が成功したというのは国をあげてやったからだといわれておりますが、日本の場合りっぱに立ち直りました姿をほんとうによく見直してもらう意味でも、やった方がいいのではないか。敗戦国だからやめた方がいいというような思想は、私はとるべきでないと思います。

 それから、先程も道路のことで申し上げましたけれども、決して道路はオリンピックのためではなしに、前からの計画をおくれないように、ところによっては繰り上げてやるわけでございまして、これも、たとえでいうならば、土曜日にお客が来ることになったので、日曜日に畳がえをしようと考えておったのを、繰り上げて金曜日までにかえておこうと、そういうことでありまして、そこまで非難されることはない、むしろ結構なことと思うのであります。今日車の台数は、東京都内で五十万台を越えておりますが、警視庁の調べでは、月に一万台ずつふえております。この調子でいくと車は大へんな数になるので、何としても道路はやらなければなりません。環状線、高速道路等は、これはオリンピックのあるなしにかかわらず必要にせまられております。その他交通道徳とか、都市の美観とかいう問題は、これは文化国家として当然あるべき姿でありますから、そういうことも国民の方々によく理解していただきたいのであります。いろいろと御意見のあることは十分承知しているわけでありますが、結局、町をきれいにし、騒音をなくし、犯罪をなくし、日本人が住みよい国になれば、外国人が来ても気持がいい。決して、お客が来るから無理にできないことをやるというのではなしに、少なくともわれわれが日常町に出て不快に感じているようなことがなくなることによって、外国人を気持よく迎えられるのであります。貧しくとも心のこもったサービスをやる。そういうような考え方で仕事をして参りたいと思っております。個々の反対論についていろいろ申し上げれば長くなりますが、そういうような考え方でやっておりますことを御諒察いただきたいと思います。この間の国会周辺や羽田での騒ぎなどは、戦後今日まで十数年かかって蓄積してきた国際的信用を一挙に失なったような思いをするわけでありますから、将来再びそういうことのないようにりっぱなモラルを作り上げて参りたいと思うのであります。

 御約束の時間が参りましたので、この程度にいたしますが、先輩の皆様方の中には、外地の事情にお詳しい方、競技関係にお詳しい方もおられると思いますので、私どものやることに間違ったことがございましたら、どうか御叱正をいただきたいと思います。重ねて申し上げたいことは、オリンピックということについて十分な御理解を持っていただきまして、きまりましたことについては、これをりっぱにやりとげて、日本の国際的な地位を築き上げて参りたいということであります。オリンピックというものは、スポーツの祭典であると共に平和の祭典であります。ローマでは、日本人に対して、通りがかりの外人から「今度は日本の東京だね」といって、非常に好意的な呼びかけを受けたりするそうでありますが、オリンピックというものはそういうものであります。非常に苦しい困難な仕事でありますが、何とかしてやり通して参りたいと思っておりますので、何分どうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
―六月二十日学士会定例午餐会に於ける講演(速記)―