科学に国境あり
仁科芳雄
(理化学研究所)
No.653号(昭和17年11月号)
 「科学に国境なし」とはよく云い古された言葉である。なるほど一気圧における水が百度で沸騰し零度で氷となるというのは普遍的な自然現象であって、こんな事実ははるかに国境を超越したものである。従って斯る自然現象を対象として取扱う科学に国境なしと云われたのも当然というべきである。  

 そして国境なき科学を取扱う科学者は、自然と国境を越えて互にその研究に関する意見の交換を行い、一見科学者にも国境なきが如くに協力して科学の推進を行って来た。例えば宇宙線の研究にしても、初めてその存在を認めたのはオーストリアのヘス(一九一〇― 一九一二年)であったが、これを伝え聞いた独逸のコールホルスターは、すぐその研究に着手して宇宙線を一層明確にした。それから第一次世界大戦となってその研究は中絶せられたが、戦争が終わるとアメリカのミリカンは、直ぐに共同研究者等と新しい方法によって研究を進めて行った。

 それからはイギリスでもフランスでも又我国でも、色々の研究が多くの学者によって試みられ、それぞれ宇宙線の解明に貢献して来たのである。そして各研究者はその成果を専門雑誌に発表する以前に手紙を以て互に通知し合い、それを基礎として其上に直ちに一歩を進めていくという風であった。従って雑誌の発表で或る研究結果を見た時には既にその研究が随分進められて居るという状態であって、各国の学者は互いに連絡協力し全く国境なきが如くに見えたものである。殊に年々開催せられた科学の国際会議に於ては各国の学者が一堂に会して互に意見の交換を行い、百年の知己の如くに振舞うことも珍しくはない。

 然しこれは国際間に平和の支配する時代の話である。一朝有事に際会すれば事態は全く夢の様に変わって了う。これは当然のことであって、如何なる科学でも国家の一員である以上、国家と運命を共にし、国を守るに奉公の誠を尽すことは他に譲らぬものである。パストウールは「科学に国境なし、されど科学に祖国あり」と云って此間の消息を喝破している。イギリスの愛国物理学者モーズレイが、前世界大戦に於て祖国のためにあたら有為の材を抱いてガリポリ戦場の花と散ったことは、イギリスの学者達が常に痛惜の念を以て語る所である。而かもモーズレイが名を成したのは、ドイツの物理学者ラウエのエッキス線に関する発見の上に築かれた業績に外ならぬことを思えば、一層感慨の深いものがある。

 前世界大戦に際しては敵国の書籍、雑誌などは中々入手困難ではあったが、然し中立国を介して雑誌の如きは多少輸入することができた。従って科学者は敵、味方に分れて祖国のために戦い乍らも、味方同士の科学に国境なきは勿論のこと、敵の科学との間にも多少の交流は可能であった。従ってパストウールの言は前大戦に於ては制限を受け乍らも尚真であったと云い得るであろう。戦後に於て連合国側の学者が学術連盟に於てドイツ側の学者を除外する挙に出たのは「科学者に祖国」ありということを戦後迄も持ち越したに過ぎないのであって、科学そのものには殆ど国境はなくなって了った。

 勿論科学を応用した技術に於ては全く事情は別である。これは平時に於て既に国境があって、一国の技術を勝手に国外に持ち出すことは許されないのであるから、戦時に於ては尚更のことである。前大戦に於ても欧米諸国はお互に秘密裡に新兵器を考案して勝を制することに没頭したのである。而もそれは科学者を動員して各専門の科学を軍器や産業に応用させるという方針を取っていた。例えばイギリスの大物理学者であったゼー・ゼー・タムスンやラザホードが潜水艦狩りに各自の科学を応用し、ドイツのハーバーやネルンストが、窒素固定や毒瓦斯その他の研究によって戦争の遂行に貢献の多大であったことは周知の事実である。フランスやアメリカも同様であった。従って科学を応用する技術に於ては高い国境が常に存在したのであって、戦後それが色々の理由から益々高くなって今日に至ったのである。

 処がその国境のある技術が国境のない科学に立脚しているということは、実は不徹底であって、単に科学の応用の仕方に国境を設けるばかりではなく、進んで科学それ自身をも敵に知らせない様にすることが戦時に於て執るべき措置というべきであろう。果たせる哉今次の世界大戦に於ては既に開戦前からその傾向が見えて居った。例えば一昨年中アメリカに於ては、既にある種の科学研究はこれを秘密にして外来者、殊に機軸国のものに見学を許さなかったのである。

 然るに大東亜戦が勃発してからは我国に関する限り、必然的に完全な国境が科学の領域にも出来て了った。即ち開戦の結果として独、伊の科学雑誌さえこれを我国に斎すべき手段が殆ど無く成って了い、更に中立国を通して英米の雑誌を輸入するということは、今日全く不可能となって了ったのである。即ち「科学に国境ある」状態を否応なしに実現することとなった。今日我国の科学者は欧米の科学界に於て如何なることが行はれつつあるかということは全く知らないで自己の研究に没頭して居るのである。その事が好いか悪いかと云うことは又別問題であるが、ともかく今日我国の科学者は欧米の科学界に於て如何なることが行はれつつあるかということは全く知らないで自己の研究に没頭しているのである。そのことが好いか悪いかということは又別問題であるが、ともかく今日我国の科学が孤立状態に置かれているのは間違いない事実である。恐らく欧米諸国は我国程の孤立状態に置かれては居ないであろうと思はれる。味方同志は勿論のこと敵と味方との間に於ても中立国を通してある程度の交流が行われているであろう。それは距離が比較的近いために運輸の便があるからである。

 然らばかかる国境ある状態に置かれた我国科学は如何なる将来をもつであろうか。それは凡て我国科学者の覚悟如何によって定まることである。我が科学者が各自従来の業績の何倍かの成果を挙げない限り、我が科学は欧米に比して進歩が遅れるという結果になるであろう。然らば我が科学者は現在そんな好成績を得る趨勢を馴致しているであろうか。これは聊か疑わしい。我々はここで大いに頑張らなければ科学に於いて置き去りにせられ、惹いては技術の劣勢を来し、戦争遂行上支障を来すに至る恐れは多分にあるのである。

  然らばこれを克服するには如何にすべきであろうか。今日物と人との逼迫して居る時局に、従来のやり方をして居たのでは科学研究の成績は減退こそすれ増進することはあり得ない。それであるから科学者は今までのやり方を全く改めなくてはならぬ。即ち従前は兎角お互に連絡がなく各人が個々に自己の研究を行っていたのであるが、これを改めて相互に充分の連絡を保ち且つ統一を取り、全国の科学者が一団となって研究を進める様にしなくてはならぬ。斯様に有機的に結ばれるとお互に影響を及ぼし合うから、その総結果は従来の数倍となり得ることも不可能ではないであろう。殊に科学者同士の間の連絡のみならず、科学者と技術者との間の結合、更に技術者同士の間の連携が緊密となればその効果の大きいことは想像に難くない。

 只その際各人の心に銘すべきは滅私奉公の念である。一人でも私心を抱くものがあれば有機的の団結ということは忽ちにして崩壊して、只形骸のみを止むるに過ぎないこととなるであろう。我等科学者たるものは飽く迄も自戒自粛して我が科学の大飛躍を計らねばならぬ。                 

 (理化学研究所・東大・理博・工・昭7)