太平洋問題と米国海軍
伊藤 正徳(時事新報海軍記者) No632号(昭和15年11月号)

 本稿は去る十月二十一日、本会定例午餐会席上に於けるご講演の速記録でありますが、今や日米両国民の間に太平洋問題を巡っての関係が日に日に白熱化しつつあるは避くべからざる一大事実であり、我が日本国民が之に対し正面より真向うべき歴史的必然に置かれあることが痛感せられる。俟つあるを頼むは我が国民の非常時に処する頼もしき伝統的態度でありますが、此秋に当りご多忙中にも不拘これ等の問題に就て講演を賜りたる講演者に対し会員一同と共に深謝致します。 (編集誌)

 只今から太平洋問題とアメリカの海軍と云う題目で御話を申上げたいと思います。只今理事長山田博士からの御希望がありましたように、アメリカ海軍の真相を成るべく詳しく話せと云うことでございました。私は平素日本の言論界等に現れるアメリカ海軍の見方に付て不完全であるように考へて居る点が少なからずあると考えるのであります。今日の情勢では成るべく外国の実力等を低く見積って大国敢て恐るゝに足りないと云うような言表し方をすれば方々で喝采を博するような時代になって居るのでありますが、私はそう云う風な傾向を国の為に危険であると考えまして、必ずしもアメリカを敵と云う訳ではございませぬが、海軍の関係に於きましては所謂想定敵国の立場にあるアメリカの海軍に付いて其の特徴と弱点とを併せ知って置く必要があると思うのであります。日本の海軍が、例えば無敵艦隊であるとか、空軍が無敵空軍、又陸軍が無敵陸軍であると申しますが、果たして其の通りであれば敢えて外国の兵力に付て言う必要はないのでありますけれども、私はアメリカの海軍も決して馬鹿には出来ない海軍であるように考えて居るのであります。勿論素人の見方でありますから当局者の観察とは色々違う点もございましょう。併しながら御話申上げるアメリカ海軍の内容には別に私は誇張も用いないし、又自分の知り得た事実を基礎として御話が出来ると思うのであります。今日のような会合に於きましては恐らく自分の思う所を最も端的に申上げて差支ないと思うのであります。

 私は五月に或講演会でドイツの対英上陸作戦は不可能であると云う演説をしたのであります。処が数日を経て或所からそう云う演説は穏かでないと云う風な批評を受けたのであります。私はドイツを勝たせたいと云う希望とドイツが勝つと云う、軍事上戦略上の事実とは引離して冷静に考えなければならないと思うのであります。そこでドイツが制海権を握る迄はイギリスに対して上陸作戦を行うことは不可能に近いことであると云う意味を其の後も繰返し述べて来たのであります。私がヒットラーであるならば断じて上陸作戦を行はないと云う議論を今日迄して参ったのでありますが、其の根底は制海権を上陸作戦の第一の前提条件とすること、其の第二は制空権と云うものでは上陸作戦を支援する完全なる条件にはなり得ないと云う考え方と、此の二つの方面からそう云う観測をしたのであります。勿論上陸作戦の可能なる時機は或条件が完備すれば到来するのでありましょうが、それ迄には相当の時日が掛かる。従って戦争は簡単には片付かないと云うのが私の見方なのであります。

 今日太平洋の問題が国民の重大関心事となって居りまするのに付きましても、戦争が早く片付いてしまえば恐らく太平洋には本当の危機を招かずに時局が済んでしまうのでありますが、是が長引いて居る間には勢の赴く所どう云う風な結果になるか、恐らく皆様も其の点をご心配になって居られることと思うのであります。そう云う風になかなか勝負が付かない。欧州の戦争が長くなるに従って極東の上には色色な影響が及ぶのが当然であります。丁度前回の世界戦争当時を顧みますると、是も一種の英独争覇戦であったのであります。そうして日本とアメリカは連合国のメンバーであったのでありますが、それにも拘らず日米の関係は海軍競争を中心として段々と悪化して行ったのであります。それでパリ会談直後の世界評論は此の次の戦争は太平洋にあると云う観測に一致して居ったことを思い出すのであります。其の時の状態は一方には欧州戦争が続いて居る。他方では我が国とアメリカとの間に激烈なる海軍競争が行われ、そうして支那と日本との関係は戦争にはならなかったけれども却って前より不和の状態にあったのであります。二十一箇条の問題を中心としまして日支間の関係は非常に悪い。そうして傍らには日米の海軍競争がある。其の情勢を見て此の次の戦争は太平洋にあると云う予想が行われたのであります。

 処がワシントン会議が開かれ、そこで日米間の競争は終りを告げ又支那を中心とする色々な不穏な原因も、是は我が国の満足なる状態に於てではありませぬけれども、兎に角一応ケリが着きまして、太平洋の戦雲は一掃されたのであります。そう云う歴史が今後にまた繰返されるかどうかが重大なる問題でありまして、果たして第二のワシントン会議が開かれるような時勢が来るかどうか、今日迄の形勢を見ますると、欧州戦争の歴史は繰返されましたけれども、其の他の政治現象は二十年前とは反対に動いて居るのであります。詰り日本はドイツの陣営に合体しまして、そうしてアメリカと相反する立場に立ったのであります。従って海軍競争よりも更に一層激烈なる内容を伴ってくる訳であります。そこで結局アメリカ海軍の存在と云うものは我が国の外交政策を決定する上に決して無視することの出来ないものであります。それは丁度アメリカの外交が太平洋に於ける我が国の海軍力を無視することが出来ないのと全く同じ関係であります。そこでアメリカの海軍力が現在どう云う風な内容を持ち、また今後どう云う風に発展して来るか、其の実力および動向はどんなものであるかと云うことが単り軍事的のみならず、政治的にも、外交的にも重要な意味を持ってくることは申す迄もない所であります。

 アメリカ海軍の特徴を先ず御話申上げる前に概論としてアメリカの海軍は今日迄は何となく、アメリカ人の言葉で申上げますと、スパスドミック即ち痙攣的であって、或時は非常な熱を持って大拡張を行うかと思うと、一旦熱が冷めると海軍を忘れてしまうようになる。そこで海軍は当てにならないという風な批評がアメリカの国内にもあるのであります。具体的に申し上げますと、1916年頃から日米間に海軍の競争が行われた当時にはアメリカは有名なるダニエルス海軍計画と云う、二百余艘の軍艦を建造する案を決定しました。そうして我が国の八十八艦隊計画に対抗して之を凌駕しようとしたのであります。是は皆様もご記憶になって居られる所と思うのであります。兎に角十六艘の戦闘艦を同時に起工しまして天下を驚かした。処がワシントン軍縮会議が纏りまして愈々軍縮の時代に入りまするとアメリカは俄然軍艦の建造を忘れてしまいまして、一九二二年から一九三三年迄の間、此の十二年間の間に八吋大巡洋艦を造った以外には殆ど軍艦を造らなかったのであります。詰り海軍の船には蜘蛛の巣が張ってしまった。軍艦建造は全く忘れてしまったようになった。此の期間に外の二大軍事国である所の日本とイギリスはどうであったかと言いますと、我が国は毎年八千八百万円の建艦費をずっと継続して行ったのであります。大正十四年の如きは海軍予算が僅かに二億六千万円に低下して居りますが、其の際にも尚軍艦健造の為に八千八百万円を使って参ったのであります。イギリスはどうかと申しますと、其の期間に毎年巡洋艦二艘、護送間四艘、潜水艦二艘をほとんど定石のように毎年定めて造って居ったのであります。是等は海軍国が当然履むべき道であって、此の建艦に依って造船技術の退歩を防ぎ、併せて建艦技術への刺激、また発明の刺激を得まして海軍としてほかに劣らないことを期したのでありますが、其の日英両国の態度と全く反対にアメリカはもう海軍は要らないのだと言わぬばかりの怠け方をしたのであります。

 其の結果一九三三年ルーズベルト氏が大統領になった当時には日米の海軍力の割合は古い船を加えまするとアメリカの十に対して日本の八・五程度にはなったのでありますが、恐らく実力に於ては日米大差のない状態になったのであります。又其の前年一九三二年アメリカが我国の満州事変に対して盛に不承認主義を以て妨害をしていた当時に於きましてアメリカの海軍当局者は日本の海事力に対して、アメリカは全く勝味がないと云うような考え方になって居ったのであります。又事実に於きましても其の当時の力は大体大して距りがなくて、従ってアメリカから日本に攻めて来る場合には全く勝算がないと云うような状態にあったのであります。そこで大統領は就任と同時に其の形勢を見ましては是は大変だ、何とかして一日も早くアメリカの海軍力を所謂条約比率、御承知のように五対三、日本の三に対してアメリカの五、是だけの勢力を早く築き上げなければならない―大体ルーズベルト氏はアメリカのビッグネーヴァーパーティ、大海軍論者と云う一派がアメリカの政界、実業界を中心として一つの勢力を持って居るのでありますが、其の大海軍主義者の中のルーズベルト氏は有力なるメンバーである。勿論同氏は長く海軍次官をして居る関係もありまして、海軍のことに付ては恐らく今日のアメリカ政治家中心の何人よりも詳しい知識と、而して海軍に対する理解とを持って居るのであります。そこで三十三年に大統領に就任するや直ぐにあのニューディルに依る産業復興計画の為の軍艦建造と称して三十二艘の軍艦を大急ぎで造ると云う案を決定しまして、十二年間遊んで居りました造船台の上へ取敢えず三十二艘の軍艦建造を命じたのであります。是が通過した結果アメリカの海事力は充実されて百八万噸の海事力が揃いまして、日本に対して五対三の比率を維持することが出来る計算になったのであります。処が其の翌々年日本がロンドン会議を脱退し続いてワシントン条約を破棄したのであります。アメリカはロンドン条約中のエスカレーター条項を採用しまして更に十数万噸の建艦を加えまして、それに従って全体の兵力から百二十六万噸迄引上げることになったのであります。日本の海事力がどれだけであるかと云うことは最近は我々が申上げる自由を持たないのでありますが、恐らく此のアメリカの百二十六万噸の海事力に対して五対三の比率を保ったものだろうと思うのであります。それから翌年一九三七年になりますと世界の形成は段々軍拡及武力制覇と云う風な形勢に動いて来ましたのでアメリカでは第二ヴィンソン計画が成立しました。之に依って其の百二十六万噸の兵力を更に二割だけ増加し三十四艘、約二十万噸の軍艦を増加することが承認され、それから本年の一月になりますと第三番目のヴィンソン案が議会を通過しまして、之に依って又それに一割一分を加えることになったのであります。此の拡張案の細かい数字はここで申し上げる必要がないと思うのであります。其の建艦は後に申し上げますが、大概に於て予定通り進行して参ったのであります。

 唯アメリカの今月迄の海軍計画の欠点は先ず計画を決定しますけれども、予算を決定しないのであります。計画は決まりますけれども予算は毎年其の年になって議会に提出する。従って時の形勢に依って予算を削られてしまえば計画はあっても船は出来ない。何年かに造り上げると云う予算の協賛を伴って居らないのがアメリカ海軍計画の欠点でありまして、僅かに一九一六年のダニエルス計画のみは計算と同時に予算が協賛されましたけれども、其の後は矢張りアメリカ式で計画だけは非常に能く決まりますけれども、御金の方が決まらない。其の為に段々延びゝになって来るのであります。昨年戦争が始まって国民の軍事熱が自ら昂まって来た機会を利用しまして、本年の海軍予算は大体日本の金に直しますると四十三億円に上ったのであります。此の四十三の海軍費と云うものは海軍の歴史に於きましては初めての大きな額であります。処が本年の五月ご承知のようねドイツの欧州大陸に於ける勝利がアメリカを刺激しまして、アメリカは将来は自分の力だけで大西洋を護らなければならないような形勢が来ないとは限らない。是は本気で大至急海上国防の充実を図らなければならないと云うので、ルーズベルト大統領は予算決定以後、五月十八日に第一次臨時緊急国防費と云うものを議会に提出しまして、そうして其の中から二十一億円を建造中の軍艦促進の為に投ずることになったのであります。そうすると其の後フランスが戦敗し、愈々イギリスが孤立の状態に陥ったのでアメリカは更に第二次臨時緊急国防費を議決しまして、其の中から約二十五億円を海軍の方に振向けたのであります。そこで本年度にアメリカ海軍が使う金は約九十億円となったのであります。それだけでも既に未曾有の巨額であり、我々を驚かすに十分であったのでありますが、七月に入りますと更に第三次臨時緊急国防費と云うものが議会を通過しまして其の総額は四十八億弗、日本の金に直しますと約二百八億円の臨時国防費が決定され、同時に軍事部長スターク大将の所謂両洋艦隊が、即ち太平洋と大西洋に同時に艦隊を整備すると云う両洋艦隊、是が議会の承認を経て成立することになったのであります。

 此のスターク計画と云うのは数字で申しますと現在の海軍兵力に対して七割だけ増加することになりますので、或は七割拡張と言い、或はツウオーションフリートとも呼ばれて居るのでありますが、内容は戦闘艦七艘、それから航空母艦が八艘、巡洋艦二十七、駆逐艦が百十五、潜水艦四十、合計二百艘の軍艦を建造してそうしてアメリカの兵力を七割だけ増し、そうして日本、ドイツ、イタリーの三国の海軍が連合してかかって来たものに対して対等の勢力を持つと云うのを標準としたのであります。現在アメリカが造りつゝある軍艦、即ち第一次ヴィンソン案から第三次ヴィンソン案迄の計画で造りつつあり子艦は、戦闘艦が十艘、航空母艦が五艘、巡洋艦が二十一艘、駆逐艦が六十一艘、潜水艦が四十三艘、合計百三十七艘の軍艦を造りつゝあるのであります。それに先月の八日にスターク計画に依る軍艦建造を各造船会社及海軍の造船所で引受決定しましたので、其の結果今日アメリカが造りつつある艦及造ることに決まって是からキールを置く艦、それ等を加えますると、戦闘艦が十七艘、航空母艦が十三艘、巡洋艦が四十八艘、駆逐艦が百七十六艘、潜水艦が八十三艘と云う数字になりまして、合計が三百三十七艘になる。この三百三十七艘が同じ時に或一つの国に依って建造されると云うことは恐らく空前であることは勿論でありますが、将来も斯うことは起こり得ないと考えられる程の大建艦なのであります。

 私は昨年イギリスが同時に百十二艘の軍艦を造って居ったのを以て近年に於ける記録的な建艦であると考えたのでありますが、アメリカの今や将に試みんとするものは約其の三倍に當る厖大なる計画でありまして、戦闘機十七隻と云うのは今日我が国が持って居る戦闘艦の約二倍に匹敵する分量であります。斯う云う風な大建艦が滞りなく完成するかどうかと云うことは一つの研究問題なのであります。アメリカでは七年間に之を造ると言って居りますが、最近は之を五年間に仕上げろと云う議論が非常に多いのであります。兎に角是が出来上がれば約三百萬トンの大海軍が太平洋及大西洋に分れて動くのであります。併しながらそれはいつ何時でも太平洋又は大西洋の一洋に之を集結することが出来るのでありますから、我我は矢張り三百萬トンの大海軍が例えば太平洋に浮かんで来ると云うことを考えなければならないのであります。丁度一九三八年に私はアメリカの議会で第二次ヴィンソン案が論議されて居た當時にワシントンに居たのでありますが、其の時或議員が今や日本は既に全体主義の陣営に参加して居る。従ってアメリカは体制洋ばかりでなく太平洋からも同時に攻撃される可能性がある。其の場合にはアメリカは果たして護り得るのか。大将斯う云う質問をした議員があるのであります。そうすると軍令部長リー大将はそれは不可能である。議員は又続いて不可能と言って安心して居るのは困るじゃないか、何か海軍当局者に案はないかと云う質問に対して、若しアメリカが現在海軍の六割五分を増加して其の為に約四十五億円の経費を支出するならば三国の海軍に対抗することが可能である。そう云う答弁をしました処が、議会では方々に笑声が起きまして、又海軍当局者自身も亦半ば冗談に之を答えた。詰り斯う云う計画はアメリカの大を以てしても不可能であると云う考を持って居ったものと明かに観取されたのであります。私も亦そう云う風な大艦隊が造られるとは全く夢であると思って居ったのであります。焉ぞ知らむか僅か二年後に是が本物になって現れて来るようになったのであります。

 其の結果昔日英米と云う三大海軍国が世界を支配したのに代わって、今度は此の儘で行くとアメリカ一国が其の海軍力を以て世界を支配するような時が来ないととも限らない.仮りにアメリカの考に従って、敵は日独伊の三国である、其の場合にアメリカの海軍力との比率はどうなるかと言いますと、是は我が国の海軍計画がはっきりしませぬから従って間違のない数字とは言いませぬけれども、大体に於てアメリカの艦隊が完成した場合の割合を申上げますと、戦闘艦に於てはアメリカは三十二艘持つことになります。先程申上げました建造中のものが十七艘、現在あるものが十五艘、三十二艘になります。それに対して日独伊三国の戦艦は合計で三十一艘と推算されます。それから航空母艦は三国同盟の兵力が十艘、之に対してアメリカは一国で一三艘、それから大型巡洋艦、詰り日本の妙高愛宕と云うような八インチ砲を積んだ大型巡洋艦に於ては三国の聨三十五艘を持つことになります。即ち戦艦と航空母艦と大型巡洋艦に於きましてはアメリカ一国で日独伊三国と対抗しうるという数字になっているのであります。唯軽巡洋艦に於てはアメリカの三十九艘に対して日独伊は五十八艘、それから潜水艦はアメリカの大体百三十に対して三国の二百七十、水雷艇に於ても亦アメリカの二倍位になると思うのであります。即ち奇襲艦艇、軽い方の艦隊に於きましては三国の方が勝って居りますけれども、決戦の主力としての重艦艇に於てはアメリカ一国が優に日独伊に対抗すると云う形になるのであります。先程も申上げましたように斯う云うような大艦隊は二年前迄は夢物語であると思われたのでありますが、それが今日の形勢に於ては愈々出来上がるのではないかと云う風に考えられるようになったのであります。

 そこで第二の問題はそう云う風な大艦隊が果して完全に整備され、又完全に運用され、又各軍艦の威力は我が国の軍艦と較べて優劣がないのか、又アメリカの海軍作戦はどう云う点にあるか、艦ばかりあっても人が不完全であれば大艦隊必ずしも驚くに当らない。そこで只今迄申上げましたアメリカ海軍の数字は我々を驚かすに足りるのでありますが、其の作戦用兵、建艦技術、人間、それ等の点で果して同じように我々を驚かし得るか、此の点を少し御話申上げて見たいと思うのであります。

 アメリカの人的要素に対しては日本では大して恐るゝに足りないと云う風に伝って居るようであります。それは決して間違ではないのでありますが、併しながら恐るゝに足りない所ばかりではなく、我々が警戒すべき点も亦あると思うのであります。先ず欠陥として一般に認められて居る方面から申上げますと、第一にアメリカの海軍将校は年をとり過ぎて居ると云う点にあるのであります。是は海軍の制度として非常に進級が遅い、それが主なる原因であります。兎に角もう少将になれば頭が真っ白になってしまって、従って司令長官とか参謀長とか司令官として海上に勤務する時間が非常に短いのであります。現在のアメリカ海軍のアドミラルは世界海戦史上で有名な東郷元帥、ネルソン、ドレーキ、サフランと云う風な世界の名将が、対馬海峡、トラファルガー、その他で敵の艦隊を撲滅した其の当時の年齢よりも総て上になって居りまして年をとって居る。アメリカには少将以上の位はないのでありまして大体大佐止り、少将になるのは非常に宜い方であります。詰り少将以上の職名はないのであります。偶々艦隊司令官及作戦部長になった場合のみ大将と云う名と給料を貰いますけれども、それを辞めれば又元の少将に戻ってしまう。従って自分が海上に於て沢山の部下を指揮してそうして自分の力量とか人格を以て部下をインスパイアすると云う風な機会が非常に少いのであります。此の席はアメリカの部内に於ても問題になって居る点でありまして、そう云う風な少将以上のものがないと云う制度は自ら危険があるのでありますけれども、そう云う歴史を一擲してそうして世界と同じような制度に直さなければならぬと云う議論がアメリカ海軍の一部には前からあるのであります。現在はそれが改まって居りませぬから、若い元気の宜い将官と云うものが少ないのであります。

 それから士官以下水兵の方面に於きましては、兵員を補充することが非常に困難なのであります。是は前々からあるのでありまして、大体アメリカは海国ではなくて、陸の国、詰り陸上にたくさんの商売があって、何も海の上で職を求める必要と云うものは日本やイギリスに較べて非常に少ない関係上、御承知のようにアメリカにはあれ程大きな国であって何事も世界一を目指すのが、商船隊に於ては昔から劣って語る。詰り海員に成り手が少ないのであります。シーマンシップと云うものがアメリカに於ては劣って居る。そこで海軍の水兵を募集するに付ても所謂鉦や太鼓で全国を勧誘して漸く之を補って来たと云うものがアメリカに於ては劣って居る。従って毎年脱走兵と云うものが必ず起ります。一九一六年には1箇年に六千人の水兵が逃げた記録があります。詰り港へ着く、そうして陸上の就職状態、其の給料、それ等を聞きまして、そうして自分の生活と較べると是は愈々軍艦に乗っている必要はないと云うのでずらかってしまう。それが一番多い時には六千人と云う記録を持って居るのであります。是は毎年水兵が逃げますから毎年海軍省の発表には脱走兵の記録と云うものが発表されて居りまして、其の後段々減って来まして本年当たりは恐らく百とか二百とか云う風な、少くとも千と云う単位にはならない数でありましょう。併しながら兎に角水兵がどんどん逃げていくと云うような国でありますから、大きな艦隊を作るけれどもそれに完全に水兵を乗り組ませてそれを大きい戦闘艦なら完全に戦うために千五百人の水兵が必要であると云う場合には僅か千三百人しか集まらないと云う場合には僅か千三百人しか集まらないと云う風な欠点が考えられるのであります。

 是は我が国でも既に今日までしばしばアメリカでは人間が集まらぬ、船は幾ら造っても人間が集らぬと云う風に殆ど決まり切った事実のように報道される。非常に強がりを云う場合にアメリカなぞ驚くに足りない。軍艦があっても人間がない。そう云う風な観測が行われるのは決して理由のないことではないのであります。処がそう云う風な欠点があると同時に他方ではアメリカの水兵が馬鹿にならないと云う点があるのであります。それは科学の知識が発達して居る為に軍艦へ乗り込んで軍艦を憶えるのが非常に早いのであります。例えばそういう電気と科学の知識の低い国民の水兵が三年間掛って漸く軍艦を憶えるのにアメリカの水兵は1箇年で之を憶えると云う位の割合で早く軍艦を知るのでありまして、アメリカでは戦闘艦は全部今は電気推進でありまして、総ての軍艦の運動は電気に依て居ります。

 是は只今申上げました水兵の補充が困難であるし、成るべく人員を少くしようと云う関係からも来て居るのでありますが、其の電気をいじるのに普通の点でも田舎の水兵なら長いこと掛って漸くやるのを、アメリカの或水兵は一日で戦闘艦を動す方法を呑みこんでしまうと云うようなのがあるのであります。此の前の世界大戦当時1箇年に八十何戦と云うような多数の駆逐艦を造って之を欧州の戦場に送った時に海軍の水兵募集をしまして之を使ったのでありますが、皆短日月に呑みこんで役にたつようになったと云うことが記録されて居ります。そう云う点は其の反対の例としてはバルチック艦隊が日本海の海戦に於て水兵が成って居らなかったと云う点と対照されるのであります。是等はロシヤの山の中から引っ張り出して狩り集めた水兵が二万四千マイルを航海して対馬海峡へ来る迄の間にまだまだ軍艦を本当にハンドルすることに馴れなかったと云うことを説明する宜い証拠でありまして、今日の微妙なる軍艦はなかなか簡単に呑み込めないものであって、それの呑込みの早いのがアメリカの水兵の特徴の方に属するのであります。

 それから将校が多く年寄であり、又制度が鰻上りである為に覇気に乏しいと云う風な欠点があることを申上げましたが、其の反面には一つの警戒すべき点として彼等が勇猛心に富んで居ると云う点であります。換言すれば非常にワイルドであると云う点であります。是はアメリカの国民性の中にまだ植民地的なワイルドな点が残って居ることと、もう一つはアメリカ海軍の伝統政策と云うものは、海軍は即ち決戦の具である。軍艦は決戦をする為に存在する。従って海軍と云うものは攻勢を執る為に存在する。従って海軍と云うものは攻勢を執る為に存在するものであると云う精神が、是は伝統的に海軍の中に植え付けられ成長して居る点であります。その点はアメリカの人的要素の中の一つの特徴であります。

 次に制度の問題であります。アメリカの海軍の制度は我が国に較べて不完全であります。第一にアメリカには軍令部と云うものがないのであります。日本の新聞では便宜上作戦部長を軍指令部長と呼んで居りますが、実際はアメリカには軍令部と云うものはないのでありまして海軍省は九つの局に分れておりまして、そうして各局が各独立して仕事を致しまして、更にその間の連絡と云うものがうまく行かない。繁文縟礼、同時に権力争奪、御役所仕事として我が国にも或程度迄そう云う風な権力争のようなことは矢張りありまするが、アメリカの海軍に於ては久しく唱えられて来た。又久しく非難されて来た点でありまして、其の為には或は建艦計画が遅れたり、或は政治家の喰物になったり、又軍艦の建造費が高くなったり、色々の欠陥を暴露する事になって居ったのであります。政治家が海軍の上に非常な勢力を振って居る。政治家の勢力が丸切りなくなってしまうのも弊害でありましょうが、偏れる勢力を振うことも亦弊害でありまして、根拠地の政策であるとか、そう云う方面に迄政治的意味が加わるという点があるのであります。海軍省が官僚的でビジネスライクでないと云う例は例えば此の七月にアメリカは先程申上げましたヴィンソン計画中の戦闘艦十艘の中二艘が今年の六月に初めて進水したのであります。是はノースカロライナと、ワシントンと云う艦であります。若しアメリカの海軍省が能率的であったならば、此の二艘は少なくとも今年は完成して居らなけらばならない。そうして今年は少くとも後の四艘が進水して居らなければならないと考えられるのであります。ヴィンソン案は既に一九三四年に成立して居りまして、其の時は八艘の戦闘艦をつくることが計画として認められ、三十六年にロンドン条約及ワシントン条約が殆ど廃止に帰してしまった。そうするとイギリスは直ぐにキングジョージ五世とプリンスオブウェールズと云う二艘の三萬五千トン戦艦を起工したのであります。それは一昨年進水を済まして、今年中には多分北海道に於て対独開戦の中軸となって働くことと想像するのでありまするが、アメリカではそれから二年を遅れて漸く此の二艘に着手しまして、従ってつい三四箇月前に進水したばかりなのであります。是は日本にとって幸福な現象でありますけれども、兎に角そう云う風に制度の上には色々の欠点がありまして、其の為に速やかに軍令部を設くべしと云う議論が今日は有力に唱えられて居るのでありまして、斯う云う制度の欠陥は今日のような大軍艦を一気に造ると云うような一種の勢に乗じまして左程現れませぬけれども、併し固有の欠点と申すことが出来るのであります。

 其の次は造艦力でありますが、是はアメリカが世界で一番大きい力を持って居るのであります。今大戦艦の船体を造るには恐らく千万円単位の金を要すると思うのでありますが、船体を仮りに経済的に造ることが出来ましても、そこから大きな戦艦を進水させる港の広さ等色々の関係からこの船体が容易に出来ないのであります。それから金は御承知の通り材料も十分にあるのだから本当に造る気があれば出来るのであります。又今迄それを造りかけたこともあるのであります。

 問題は造艦技術がどんなものであるかと云うことであります。果たして立派な船が出来るのかどうかと云う問題であります。そこで四五年前にはアメリカの軍艦は案外だらしがないと云う風な説が世界に伝えられたのであります。具体的に申上げますと其の頃は戦闘艦の建造は条約に依って禁じられて居りましたから大型巡洋艦が主力艦の代りに造られて居ったのであります。其の第一線としてのペンサコラ及ソルトレーキ・シチーと云う二艘の大型巡洋艦は出来上ると非常にバイブレーションが多く、それから又非常にローリングが酷くして全速力の航海が危険である。仮りに全速力の航海をしましても軍艦が肝心な戦術転換を行う場合に其の回転圏が非常に長くなりまして、詰り行動が非常に鈍くなって他の艦艇と協調することが出来ない。そこで此の大型巡洋艦の最初の二艘は間もなく修理ドックに入りまして、長いこと掛かって造り変えたのであります。又一九三七年には駆逐艦の新しいのが非常に成績が悪くて是もまたディーゼルエンジンを全部やり替えてしまったと云う風な事実があるのでありまして、それ等の記録から見ますると、アメリカは其の材料設備はあるけれども一部には大したものでないと云う風な批評がつい三四年前迄世界一般に行はれて居ったのであります。処が最近のものはどうかと言いますと、それ等の欠陥によって今後改造すべき点を知り、又遠慮なく改造した結果色々な重要な材料を発見しまして、最近に於ける各軍艦の内容は先ず世界の一流として差支えない程度になって居るのであります。是は常識で考えましてもあれだけ立派な飛行機を作り得るアメリカが単り軍艦に於てのみ世界の一流海軍に較べて劣って居ると云うことはないはずでありまして、其の最初非常な誤りをしたのは先程申上げました一九二二年から一九三三年迄の十二年間殆ど軍艦を造らずに遊んで居った其の結果が第一次ヴィンソン案の建艦の上に現れまして、そうして理論と実際とが一致しないような点が暴露したのでありますが、其の経験に依って今日では立派な艦が出来るようになったのであります。

 其の相当の艦と云うのは全体どう云う風な威力を持って居るかと云うことを考えなければならないのであります。今造って居るアメリカの戦闘艦は十艘でありますが、其の中の六艘が三万五千トンの日本の陸奥長門に匹敵するものであります。後の四艘が四万五千トン乃至五万三千トンと言われる巨艦であって、是はアメリカから言わせますと日本も大きいのを造って居るから俺もそれに敗けないものを造ると称して之を起工したのであります。アメリカの発表に依りますと四艘の中二艘は四万五千トンと決定して居りますが後の二艘は五万トン乃至五万三千トンと云う風に言われて居ります。其の六艘は本年の六月進水したワシントン、ノース・カロライナ級でありまして、是は大体に日本の陸奥長門に匹敵し、そうして陸奥長門よりも厚いアーマーを持って居るものと思えば大して間違いないと思うのであります。日本の山城扶桑に匹敵するのがオクラホーマー級のものでありまして、それ等を見ますると、アメリカ戦艦の特徴は非常な厚いアーマーを張って、其の代り速力が遅いという点であります。其のオクラホ―マー級の戦艦でも尚重要な点には十六インチの厚さの鋼鉄を張って居るのでありまして、是は恐らく日本のものよりも厚いのであります。其の代り速力は日本の戦闘艦よりも一割方遅いのであります。此の点は両国の主力決戦を観察する場合の大きな又興味ある点であります。

 アメリカの建艦方式はちょっと先程申上げました人的要素の中の特徴と云うものと完全に一致して居るのでありまして、詰り海軍は攻勢の為に存する。守る為にあるのではなくして攻める為にある。攻める場合の一番の重大な要件は何かと言えば砲力と防御力である。速度は第二の問題であります。何となれば自分は逃げない。敵が逃げれば自分より早ければ之を逸するかも知れないが、併し自分は飽迄或戦略に副ふて決戦場迄行く、そうして敵と戦う、敵と戦う場合に一番大事なことは無論砲力であるが、もう一つは敵に打たれても沈まないと云う点、詰り長く攻撃に耐えるという点が戦闘艦をして攻撃の武器たらしめる為に必要であるのである。斯う云う思想がアメリカには前からあるのであります。従ってアメリカの戦艦は遅いけれども強い。そう云う意味に於ては世界で一番な戦闘艦でありましょう。今造りつつありますワシントン、ノースカロライナ級の戦闘艦は重要なる部分には皆十八インチの鋼鉄板を張っております。それから中看板にも又四インチ前後の銅鉄板を張って居ります。それから上看板は十インチの鉄板を以て張られて居ります。之は申す迄もなく弾く為のものであります。一方に先程ちょっと申上げましたイギリスのキングジョージ五世、是は矢張り三万五千トンの新戦艦でありますが、キングジョージ五世は総排水量の四割が防御に使われているのであります。三万五千トン中の四割が防御の為にのみ使われて居る。是は従来の軍艦の重さを攻防速の三面に分解する場合に於ける割合の中最も余計に費やして居るのであります。恐らくワシントン級に至ってはそれよりも尚防御鉄板の為に余計のトン数を割いて居るのであろうと思うのであります。其の代り速力は二十七ノット位しか走らない。今世界の戦艦はドイツで最近に出来ると思いますがビスマーク級の三万五千トン戦艦は恐らく三十一ノット走ると思うのであります。イギリスの戦艦は三十ノット日本が若し造るとすれば或はそれよりも速いものを造るかも知れませぬ。少なくとも三十ノットは常識となって居る時に、それよりも一割も遅い二十七ノットの速力で満足して居ると云う所にアメリカの戦闘艦の特徴があるのであります。是は唯決戦をする為に真っしぐらに戦場に臨んでそうしてそれで自分は逃げずに最後迄戦うと云う戦闘精神が軍艦の上に表現されて居るのであります。此の戦艦の特徴と相俟って我々はアメリカの海軍政策が常に攻勢的であると云うことを考え得るのであります。余程前に日本でアメリカの戦術に付て、リングフォーメーションと云うことが日本では輪形陣の戦法と訳してありますけれども詰り主力艦隊を数千マイルの遠方に運んで行くためにどう云う風な陣形を執って行くか、其の陣形をリングフォーメーションと云うのでありますが、詰り敵の奇襲艦艇から攻撃されないで、主力艦を安全に決戦場迄持って行くと云うのがアメリカの一つの基礎戦略になって居るのであります。

 それに関連してアメリカで非常に大事にされて居るのが航空母艦であります。此の航空母艦を中心としたアメリカの新戦略に付ては本月も私は東京の或る雑誌へ其の一部を書いて置いたのでありますが、アメリカが空軍を完全に使用することは恐らく外の国よりも最も先に発達して来たのであります。現在浮いて居るのが六艘、造って居るのが五艘、是から造るのが八艘でありまして、其の航空母艦の勢力はどこの国よりも多くなるわけであります。日本でもサラトガとかレキシントンと云う名前は子供でも知ってる位に有名になって居る艦であります。此のサラトガ、レキシントンの外に最近になってアメリカはエンタープライズ、ヨークタウン、レンジャー、ワスプの四隻(二万トン級)を造ったのであります。其の航空母艦は元は戦闘機と偵察機と爆撃機と水雷機と四種類の飛行機を積みまして、それが十八艘で、七十二、それに補助機を三つ付けまして、七十五の飛行機を積むのが定石であったのでありますが、最近は其の中から偵察機と戦闘機とを取ってしまって、爆撃機と水雷機、此の二つに集中して来たのであります。サラトガ、レキシントンは大体百十二程積んで居るのであります。アメリカは此の航空母艦を単独に外国の襲撃の為に使う戦法を考えて居った。所謂キャリヤー・ストライキング・フォース、空軍攻撃戦隊、私は之を海上電撃隊と云う風に訳して置いたのでありますが、それは一艘の快速巡洋艦とが組んで一体となって、そうして敵の都市要塞の爆撃、敵の商船の爆撃、或は商船隊の襲撃、又是が海上の決戦を行う場合は両軍の主力艦の前方に立ふさがってそこから水雷及爆弾を以て敵の主力艦の運動を妨害すると云う、そう云う風な幾つもの作戦に利用されるのでありますが、其の中一つ我々の関心事として考えるのは、現在其のキャリアー・ストライキング・フォースと云うものをアメリカは七単位位出来る訳であります。是が将来は十九単位出来る訳であります。その航続力は今日の計算では一万二千マイル程ありますからハワイを根拠地として出勤した場合に於ては日本の近海に参りまして、相当長い間作戦が出来るのであります。若し主力艦の決戦と云うものがない場合には此の航空母艦に依る襲撃部隊が太平洋に於ては相当の活動をするのではないかと考えられるのであります。何故快速巡洋艦を使うかと言いますと、それは敵の潜水艦、或は駆逐艦による襲撃に対し其の巡洋艦に依って航空母艦を護衛するのであります。今アメリカの一万トン軽巡洋艦と云うものがあるのでありますが、それはブル―クリンと云う型の艦でありますが、十五門の六インチ砲を備えて居りまして、其の六インチ砲は一分間に九発の砲弾を発射しますから、一分に百三十五発を発射し得る訳であります。従って相手方の駆逐艦、潜水艦等は容易に之に近寄ることが出来ない。だからそれを航空母艦に付けて、そうして二つが一体となって三十二ノット以上三十五ノット位迄の速力を以て方々荒し廻る。それから海上の警戒は軍艦の飛行機を母艦から飛ばせれば恐らく三百海里から五百海里の遠方を警戒することが出来るのであります。斯う云うような所想はアメリカの海軍にのみ生れたのでありまして、元をたずねますと一九三〇年に軍令部長であったブラット提督がロンドン会議で初めて空軍巡洋艦と云うようなことを言い出したのであります。それは半分が巡洋艦で半分が航空母艦、詰り巡洋艦であって後の方を平面にして航空機発着用のデッキを付けて二十四の飛行機を積む、それから前面は六インチ砲を八門備えてそうして三十五ノット位の速力で走る軍艦斯う云うものをアメリカは着想したのであります。ロンドン会議で日本及イギリスの全権は大変なものが現れたので実はびっくりした。其の時色々な制限が論じられて居る中に巡洋艦に十数機乃至二十機の飛行機を積むことを認めろと云う案をアメリカが提議した。其の提議に対しては実は日英の専門家はびっくりしたのでありますが、後で調べて見るとそれが詰り航空巡洋艦と云うようなものである。処が其の巡洋艦は帯に短し襷に長し、色々な欠点があると云うので放棄されまして、其の代り寧ろ二艘を以て一体としてここにキャリアーストライキングフォースと云うものを造り上げた。それが今日のアメリカの作戦思想となって現れて居るのであります。

 時間がありませぬから余り巡洋艦に付ては細かいことを申上げることを省きます。次に駆逐艦は度々失敗した結果最近出来上がって居るソマース級と云うのは千八百トンの駆逐艦でありますが、是は航続力が約七千マイルで日本の吹雪と丁度同じ位の大きさでありますが、六千マイル単独に航海し得ると云うことはミッドウェーから油を詰めれば東京の近海に参りまして約二週間以上の作戦が出来ると云うことを意味するのであります。それから其の次に造って居るアンダーソンと云う新しい駆逐艦は恐らくそれよりも尚早く走れるのではないかと思われます。大体アメリカの駆逐艦は従来は三千マイル位が航続の限度であった。従って母艦が之を連れて来てそうして海上で燃料を補給しなければ遠海で作戦が出来なかったのであります。アメリカの主力艦隊が西太平洋に来て作戦する場合に最も肝心の駆逐艦の防御がない為に其の作戦が困難であり、又仮りに日本と戦う場合に於ける最大のハンディキャップとされたのでありますが、今や其の駆逐艦が六千マイル以上の航続力を持ったのが六十一艘造りつつある。そうして新に造らんとして居るのが百十五艘であります。斯うなると給油船を伴わないで単独に西太平洋に作戦力を持って居りまして、ヴィンソン案に於ける最初の潜水艦はパーヂと云う艦でありまして、僅かに千三百三十トンでありますが、是が単独で一万五千マイル走ることが出来る。一万五千マイルの航続と云うことは是もウエークかミッドウェーから出れば朝鮮海峡に来てそれから津軽海峡を廻って優に単独で自分の根拠地に帰り得るのであります。我国の如きは既に十余年前に一万数千マイル単独に歩く潜水艦を造っていますからアメリカの現在を驚くには当たりません。ただ吾々の誇りであったものを今やアメリカが学んで潜水艦は全部一万五千マイル以上の航続力を持って居ることを知れば足りるのであります。大体武器と云うものは我国が長く其の特権を維持することが出来ないものであって、Aの国が特に勝れたものを造って天下に誇ればBは之を追越す為に非常な苦心をして遂にそれを追越すものを造り上げ、或はそれに匹敵するものを造り上げ、そこでAの優越は長く続かない。空軍に於きましても、例えば嘗てはフランスが世界を制し、すると其の翌年にはロシヤが世界を制した。其の次はロシヤが衰えてイタリーの番である。今度はイタリーよりもドイツが立派になったと云うのが今日の状態であります。これ亦外のどの国がドイツを追い越すか分りませぬけれども、ようするに是が武器競争の通則でありまして、何時迄も世界を率るような立派な武器を独占すると云うことは出来ない。其の例に洩れないでアメリカも苦心の結果最近は相当立派な軍艦を造るようになったのであります。

 斯う云う風な状態を見ますと、我々はアメリカの艦隊を決して軽視してはいけない。アメリカは今日の勢力に於ては日本に攻めて来ることは恐らく不可能であろうと私は思うのであります。リチャードソン提督が最近も新聞記者に語って、アメリカは即時開戦する為には兵力が不足であると云うことを述べて居ります。それは今の主力艦の実力とそれから補助艦艇の実力とそれだけでは西太平洋に来て主力艦の決戦を挑むと云うことは恐らく不能でありましょう。併しながら其の不可能は何時迄も続く訳ではなくして、只今迄申上げましたようなアメリカの建艦が其の儘進捗して行くならば或時にはそれは可能である。又アメリカは主力艦の決戦が行い得ないから戦争はしないかと云うとそうばかりとも限らない。主力艦決戦以外に海軍が作戦し得る幾多の戦術があるのでありますから、従って我々は矢張り太平洋の彼方にはアメリカ海軍ありと云うことを意識しつつ我々は自ら備えを固くし、且つ心の準へを練ることが必要であると思うのであります。相手を軽んずることがあってはなりません。其の為にアメリカ海軍の特徴に就いても大体御話を申上げた次第であります。

(時事新報海軍記者)