隣邦の狀勢と我陸軍の軍備に就て  
小磯 國昭(陸軍中將) No.522(昭和6年9月)号

本稿は去る七月一日本會第九十六囘茶話會に於ける御講演の速記錄であります。(編輯)

ソヴィエツト聯邦の狀勢
 私は今夕本會員折下君の御紹介に依りまして、お話に參じた者でありまするが、申上げまする内容は先般お問合せに預りまして、取敢ず此處に揚げましたる演題で申上げやうと云ふのでお答へ申上げて置きましたが、最近少しく仕事の方がごたゝして居ります結果新しき資料を頭に入れる暇もありませず、叉内容を洗鍊致しまする餘暇もありませなんだ關係から、申上げる事柄は頗る簡素なるものに終るかも知れぬと云ふ事を氣付かつて居る譯であります。特に各方面の大家のお集りの此席上に於きまして、動ともしますると軍備問題に關聯しまする經濟其他の方面に亙つて、愚説を弄することもあるだらうと思ひます段は、甚だ僭越と申しませうか、自から顧みて忸怩たることも少くなからうと考へますが、暫く御淸聽を煩し得ますれば光榮の至りであります。軍備の問題は最近我國ばかりでなく、世界視聽の的となつて居りまするので、其種の問題を取扱ひまする爲には最も愼重なる熟慮と研究とを要するものと考へます。然るに申上げまする如く資料が十分でありませぬのと、準備が周到でありませなんだ關係から、軍備に關聯致しまする其他の問題に付きましても、多少脱線的の觀察があるかも知れませぬけれども、先づ以て軍備に關聯致しまする隣邦諸國の狀況に就き申上げまして、然る後に現實問題として我國の軍備の内容を檢討すると云ふ順序に申上げて見たいと思ひます。

 先づ第一番目に申上げたいと考へますのは露西亞の現狀であります。是亦門外漢たる私が申上げる迄もなく、殊にあの方面に知識を有せらるゝ方からは、却つて私が御敎授を仰がなければならない立場にあらうと思ひますけれども、軍備問題と直接關係して居りますので、先づ以て此點を説明申上げたいと思ひます。申します迄もなくソヴィエツト露西亞は千九百十七年十月革命の結果に依りまして、豫ねてからレニン一派の抱懷して居りました共産主義的思想を政治の上に實行致しまして、全く政治組織を根本的に改革致しましたのでありましたが、暫く此種の政策を實行するに伴ひまして、依然この種の政策を繼續すると云ふ事は、國情其ものに吻合する所以でないと云ふ事を自覺致しました結果でありませうか、千九百二十一年御承知の如く新經濟政策を採用し、更に下つて千九百二十六年新に經濟政策を採用することになりました。斯く致しまして豫ねて夢想だもして居りませなんだ私有財産制度の是認、賃銀制度の復活、叉田園に於きましては土地所有と云ふこと迄も認めることになり、殊に甚しきは各自が儲け得た所の金錢は貯金することをも許すと云ふやうな狀態になりましたので、結局社會組織の現實は、豫ねてから看板に掲げて居りましたソヴィエツト露西亞の標榜と以ても似付かぬ狀態になつて來たのあります、併し乍ら斯くして暫く繼續して居りました後、稍ソヴィエツト露西亞聯邦内の社會秩序が恢復をするに連れまして、千九百二十八年御承知の通り産業五年計畫と云ふものを立案致しました。此産業五年計畫は見やうに依りましては表面的に再び徹底した社會主義的政策を實行するやうになつたと見られるのであります。然らば産業五年計畫と云ふものゝ目的はどうであるかと申しますと、是亦各位御承知の如く農工業を振興させて、自給自足の國家たらしめ、以て國防力を充實し、之に依て資本主義的國家の侵略に對しソヴィエツト露西亞を防護するのであると唱へられて居ります。然らば其内容は如何なるものであるかと申しますると、約八九百億ルーブルの資金を投入致しまして、工業を從來の三四倍に農業を從來の一倍半に向上し、而も是等農工業其他各種の機關を國家の手に統制的に運營して行かうと云ふのであります。此八九百億ルーブルの資金と申せば、正に五年間に於ける國民所得の三四割に當るのであります。然らば此目的此内容に從つて進みつゝある産業五年計畫の實績はどうであるかと申しますると、最初本計畫が世間に流布せられまするや、社會各般の經濟學者は殆ど一律に此種厖大なる計畫は恐らく夢に了るであらう、實行不可能であらうと云ふ風に觀察して居つたのでありまするが、一兩年の間莫斯科、其外各地方を巡廽視察を遂げて歸朝致しました人々や、或は叉陸軍方面から派遣されて居ります大使館付武官及駐在武官等の報告を綜合して見ますると各方面に新しき各種の工場が建設せらるゝばかりでなく、其内容亦可なりに充實して居ると云ふやうな結論に一致して居ります。さうして中央執行委員から發表せられました表を見ますると、遠くてお分りにならぬかも知れませぬが(表を示す)此處に掲げてありまするが如く、工業、農業、財政、貿易と云ふような、各方面に亙りまして、五年計畫に於ける豫定計畫と實施以後に於ける成績と更に第三年度の最後に到達すべき改訂豫定目標とが掲げられて居ります。卽ち此處に黑く引いてあります所の面積は(圖を示す)是は向つて右の方から始めまして漸次年所を經るに從ひ逐次向上して居る豫定計畫を現はして居ります。さうして赤き線は五年計畫開始以來今日迄に至る二年間の成績と、さうして第三年度の終りに到達せめしむとする改訂豫定線を現はして居ります。此種の發表はソヴィエツト露西亞一流の宣傳に過ぎないので、我々は到底之を其のまま信用する譯にいかないと云ふ風にも考へられますが、併し乍ながら現に向ふから歸て來た人の報告を聞きますると彼等の宣傳が縱しんば全部が本當でないに致しましても、二年度の終りに於ける實績の效果は確に見るべきものがあり、さうして五年の最後に到達すべき豫定點は三年の最後に既に完成し得る可能性があるものが少くない、斯くして將來ソヴィエツト聯邦は五年計畫を三年に於て完成し、更に爾後に於ては之以上の發展を期するやうな更に積極的な計畫を立案するであらうと言はれて居ります。

 それならば國内に於ける狀況は、果して愉快なる環境に於て、さうして國民擧つて眞に努力しつゝあるのであるかどうかを檢討して見まするのに、是亦各位能くお聞及びの如く、最近に於きましてはスターリン一流の非常に徹底致しました獨裁專制的政治に依りまして、殆ど國内到る處住民は塗炭の苦しみに遭つて居るのでありますが、五年計畫完成の爲には如何なる犠牲をも之を忍ぶと云ふやうな意氣込を持ち國民の困窮缺乏などは殆んと歯牙に掛けずに計畫の遂行に努力して、居る樣に見られるのであります。元來ソヴィエツト聯邦に於て斯の如き專制的壓制政治を行ふに拘らず何故に五年計畫が成功の道程を辿りつつあるかと申しまするのに、彼のスターリンは豫ねてから共に事業に從事して居りましたるトロッキーであるとか、ブハーリンであるとか、其外多くの朋友を排除致しまして、全然スターリンの思ふやうに仕事を實行せしめて行き得るやうに專制政治が組織されて居るからであります。殊に彼等の專制政治遂行の爲め最も力強き道具は露西亞に於ける武力であります。露西亞の軍隊は我々日本の軍隊と全く其選を異に致しまして、其任務として彼等の遵奉して居りまする所は彼等の野外敎全の中に明示してある通り、ソヴィエツト聯邦自由獨立の擁護、社會主義の擁護、それから全世界被壓民族勤労者の自由解放に對する闘爭を支援すると云ふやうな三ヶ條であります。斯の如き任務に從事して居る軍隊でありますが故に、我々の軍隊と全く其行動のやり口を異に致し、全然スターリン一派の實行せんとする政治の推進機關であると云ふ形を呈して居るのであります。叉是等の壓制、是等の武力に依て、何故に反抗的氣分がソヴィエツト聯邦の中に漂ひ來らないのであらうかと云ふ事は寧ろ不思議な現象として觀察せねばならぬのでありますが、元來露西亞の民族は非常な忍耐力に富んで居ると同時に、強者に對ては飽までも從順なる國民性を有つて居るのであります。最近黑龍州方面から河を渡つて北滿方面に逃げて參ります露西亞人を捉へて聞いて見ましても、異口同音に其壓制に忍從することが出來ないと云ふことを慷慨して居るにも拘らず、是等の國民が總て結束して露西亞の現爲政者に對し反抗的大同團結を作らう云ふ樣な意思は何處にも發見し得ないのであります。斯の如くして將來露西亞が推移するものと致しまするならば、果して如何なる事態になるであらうかと云ふことを軍事的に觀察して見まするのに、或る一部の論者の言ふが如く、露西亞に於ける産業五年計畫は是は所謂眞の産業五年計畫にあらずして、産業的國防五年計畫である、現に彼等のやりつゝある五年計畫の實施が、悉く重要工業に主力を傾注されて居り、此計畫の遂行は、畢竟するに看板に掲げて居るが如く自給自足の完成を目的とし軍備の充實に絶大の努力を拂ふこととなるに相違ないと言はれて居ります。何れにしましても斯の如くして發逹して行く露西亞の内部は、遂に大生産國となり大輸出國となり、而も此生産と貿易とが國家の一手に掌握され統制されて行くと云ふやうな事にでもなりましたならば、此種の魔手が外國に延びた際に於ては、其外國に於ける工場をして遂に閉鎖せしめ勞銀を低下せしめ、勞働者の不平を激成し、失業者を續出せしめて、其國に於ける革命的氣分に點火し、斯くして露西亞の企圖する思想的世界侵略の遂行を便利且容易ならしむるやうな事態に推移するやう觀察せらるゝのであります。以上はソヴィエツト聯邦一般の趨向でありまするが、其對外的施策は最近漸次極東方面に其鋒を現はし來つて居るものと考へられるのであります。現に北洋漁業問題に於きましても、豫ねて條約に依つて獲得して居りました漁區は、ソヴィエツト聯邦の人に依つて經營せらるゝ所の漁區に無理矢理に編入せられ、叉ソヴィエツト聯邦側に於ける優先權を認めなければならぬやうな契約締結を強ひられ、叉國際相場に於て二十錢内外のルーブルの價値が先逹つての協定に於て三十二錢五厘と云ふ高値に落付かしめられると云ふやうな事態や浦鹽に於ける朝鮮銀行の強制閉鎖の如き、是等は畢竟するに産業五年計畫を進めて行く上に於て必要なる資金を成るべく多く吸收せんが爲の一つの經濟政策ではないかと考へられるのであります。現に彼等の産業五年計畫を進めて行く爲の大なる障碍は資金、技術者及職工でありますが、彼等は亞米利加及歐羅巴方面に對して農産品の依るダンピングを行ひ、又御承知の如く最近支那のマーケットに日本の商品と同じやうなものにして、而も日本の賣値より安い物が段々現はれて來て居ると云ふやうなこともお伺ひして居りますが、是等は皆資金難を救濟する一つの手段ではありませうが、又一面國内に於ける産業五年計畫の進歩發達に連れて、更に多くの資金を獲得すべく國外に向つてする進出とも見ることが出來るものと考へるのであります。又沿海州に於ける我日本人の森林事業の如きも、彼等の壓迫に依て遂に引揚げねばならぬやうになりました。唯僅に北樺太の石油事業は槪して順調なる經營を繼續して居るやうでありますが、是とても非常に不愉快なる環境の裡に仕事に從事して居ると云ふ事も亦看遁がし難き事柄であらうと考へます。單り露西亞は日本に對して斯の如き積極的政策に出たばかりでなく、支那に對する彼等のやり口は御承知の通り邊境地方に對しては侵略主義に出て、現に外蒙の如きは名實共に露西亞の統制治下に引摺込まれて居ります。新疆の如きもトルキシブ鐡道の完成に伴ひまして、露西亞の勢力が侵入しつゝあるやうであります。又支那内地に於ける思想宣傳に於きましても、最初蔣介石を擁護し、蔣介石離反しましてから馮玉祥を擁護し、馮玉祥亦離るゝに至つて稍失敗を繰返したやうな跡はないでもありませぬが、併し支那全般に亙つて居る赤化政策は最近新聞紙上にも書かれて居ります通りで、所謂共産匪の抱懷して居る思想と、さうして其反抗的氣分の峻烈さは、蔣介石の力を以てしても容易に撲滅することが出來ないと云ふやうな事態になつて居りまして、是等の事實は皆露西亞の支那内地に對する思想侵略の成功を物語るものであると斷言して間違いなからうと思ひます。

 以上のやうな世界政策的鋒鋩を現はし來つた赤色露西亞の軍備は果して如何なる内容を持つて居るかと申しますと、之を極く槪括的に見ますれば師團が七十一、騎兵が十二師團其外に獨立騎兵八旅團を有つて居ります。さうして帝政露崩壞當時のみを追憶して居る我が同胞の一部は動もすれば其編制裝備も、叉其實力も決して恐るゝに足らぬもののやうに考へて居りますが、焉ぞ知らん、先程申しました如く露西亞の軍備はスターリン政策遂行の爲めの唯一無二の武器であると同時に一旦之に離反されましたのものならば、スターリンの事業は忽ち土崩瓦壞致しまするが故に軍隊に對しては最善の待遇と給與を與ふることに日も亦足らずと云ふやうな狀況でありまして、住宅の供給、職業の保障食料品の買入れ等、各方面の事項に對して、優先權を與へて居ります。彼等の着用して居る被服の如きも一般民衆が非常な困窮に苦しむで居るに反し、贅擇なほど十分であることは申迄もありませぬ。さうして其軍用装備を觀察致しまするに、其火力裝備に於きましても化學戰裝備に於きましても、叉機械科裝備に於きましても共に列國中稀に見る嶄新なものでありまして現に飛行機の如きは千九百二十七年に九十七中隊七百機でありましたものが、今や二百三中隊千七百機を算して居ります。叉民間航空も著しき發逹を遂げてモスコーよりイルクーツクに延びて參りました民間航空線路は、今年中にカムチヤッカに迄延長しカムチャッカの東西兩岸に於ける航空路も年内に完成する豫定であると言はれて居ります。戰車卽ちタンクの勢力は三聯隊の外に獨立大隊が三乃至四大隊、其外に若干の獨立中隊を持つて居りまして、合計四百塞を算へ、機械化兵團卽ち自動車、タンク、裝甲自動車並に是等に積載する步兵、砲兵、工兵と云ふやうなものを以て編成せられて居る所の機械化兵團は今や四箇旅團を完成して居ります。叉化學戰部隊卽ち毒瓦斯部隊は化學戰聯隊一つと、それから化學戰獨立大隊が三つ及び各管區に一中隊づゝの化學戰部隊を持つて居ります。是等の軍備は畢竟するに何の爲に用ゐらるゝものであるかと申しますのに、先程から申上げました如くスターリンの共産主義的政策を遂行する唯一の推進力であると見るべきでありますが、スターリンの奉じて居る共産主義的政策は單にソヴィエット聯邦内に限られるべきものでなくして、國境を域えて思想侵略を世界に遂行する、所謂世界政策的企畫を持つて居るものと致しましたならば以上申述べました雄大なる陸軍軍備も亦世界政策の爲に整備せされて居るものと斷ぜざるを得ませぬ。殊に對内政策の爲には左まで必要を認められぬ飛行隊、タンク隊、機械化兵團、毒瓦斯部隊等を整備して居りますに於て、尚更對外的企畫を有する事が明瞭に判斷されるのであります。尚其豫算を見ましても千九百二十七年に七憶三千八百萬ルーブルに過ぎなかつたものが、三十一年になりましてから十九ルーブルに増加して居るのを見ましては其意氣の旺なる想察するに難くありませぬ。

 以上のやうな事情は露西亞の秘密主義に阻まれましてなかゝ明瞭に承知することは出來なかつたのでありまするが、最近迄に入手致しました各種の情報を綜合致しました結果漸く知り得たのであります。

 で斯の如き露西亞の現狀でありますのに對して、我日本の同胞は帝政露西亞の崩壞した當時の軍備が無節の儘、依然今日に繼續して居るものと考へ之に對し、日本の陸軍々備を現狀に維持して置くと云ふことは、甚だ不經濟的施設であると言ふやうなことを呼ぶ人があるのでありますが、私は日本陸軍軍備の是非と云ふ問題に付きましては後刻申上げますから玆に之を略しますが、少くとももう少し隣邦ソヴィエット聯邦ツ内容に關し國民が目覺めて貰はんことを希望して止まぬ一人であります。

中華民國の狀勢
 次は支那の事情に付きまして申上げます。支那の事情に付きましては、殆ど連日新聞にも掲載せられ、叉我國の人口にも膾灸して居る所でありまするから、精しく申上げる必要もないと考へますが、顧れば日淸戰爭の結果、我日本は列國と同じ立場に於て支那に活動することが出來るやうになり、列國並に各地に租界も獲得することが出來、さうして治外法権をも把握することが出來たのであります、下つて千九百年例の團匪事件に因を發しました北淸事變の結果、北支那方面に日本の軍隊を駐屯せしむる權利を得ました。叉日露戰役の結果南滿洲鐡道と關東州を我手に治め得るに至つたと云ふ事實は我國の最近の歷史に於て最も鮮かな一頁を飾るものでありまして、最近年少にして學校を出て來る靑年諸子も等しく我日本の國民である限り、是等の実績をもう少し深刻に承知して置いて貰いたいと思ひます。而して日露戰役後約七八年の間は、我官上下擧つて滿蒙方面に於て獲得致しました權益の擴張に努力を傾注し、殊に大正四年二十一箇條條約の締結と、大正六年石井ランシンク協約の締結を見まして、名實共に支那就中滿蒙方面に於て殆ど獨?的地位を獲得し斯くして日本は漸く東の天地に於て經濟的に發展し得る素地が築き上げられたのであります。然るに惜しいかな歐羅巴戰爭の終熄に伴ひまして、民族自決的思想の勃興に連れ、支那民族も亦國權囘復、利權囘收の叫びを高唱し、列國の勢力を成るべく速に驅遂しやうと云ふことに努力し始めたのであります。 殊に隣邦たる日本の支那方面に對する勢力驅遂に對しては非常なる努力を傾注致し華盛頓會議當時に於ける支那全權の日本に對する毒突き振り等は、今猶我々の記憶に新たなる所であります。而も亞米利加が表となり陰となつて、是等支那の策謀を支援して居りました結果、日本の對支滿蒙施策は此時代を一劃期と致しまして、漸次退嬰下降し始めたのであります。殊に苟も支那の主權の行はれて居る滿蒙の地帶に大威張りで經濟的發展を策するなぞと云ふ事は、之を國際的に見て甚だ不條理な行爲であると云ふやうな觀念が何處からともなく勃興して來たものと見えまして、政府も亦互譲と申しますやうな政策を採り、外務省亦斯う云ふやうな政策を採らざるを得ざるに至り、滿鐡は日露戰爭以後大陸方面に對する我國利政策遂行の代表機關として最も勇敢なる活躍を試みねばならぬものであるにも拘らず前申しました如き國民擧つての退嬰主義的思想の漏漫に伴ひまして、純然たる一つの營利會社に過ぎないやうな形に遷り孌つて來たのであります。斯の如く推移して居りまする間、打虎山から通遼に通ずる打通線は、通遼から鄭家屯線及四平街、鄭家屯、?南昂々溪線と連絡し、葫蘆島の築港と相俟ちまして滿鐡に對する立派な西部併行線を形成するに至り、叉奉天から海籠に通ずる鐡道は海籠、吉林間に建設せられた鐡道と結付き且奉天に於て京奉線と連絡し、此くして吉林並に其の北地域に於ける經濟的物資の搬出は、滿鐡の路線に入る事なく、直路營口、葫蘆島叉は北京方面に行き、明瞭なる滿鐡の東部併行線となり、運賃政策の實施と相俟ちまして非常なる活躍を試み、豫ねてから滿洲に於ける悉くの鐡道は總て滿鐡の營養線、培養線でなければならぬと云ふ考で居つた筈の鐡道が反對に滿鐡を枯渴せしむる所の競爭線に化けて仕舞つたと云ふ有樣であり、此種併行線の建設は明治三十八年の日淸秘密協約に於きまして、禁止せられて居つたのでありまするが、實際は前述の如く現實化し滿鐡本年度の缺損は六七千萬圓の多きに達して居るやに聞き及んで居ります。他面支那は國權囘複、利權囘收を高調し、漢口、九江に於ける英國の租界、天津に於けるベルギーの租界、威海衞の英國租借地等を囘收して居りますから、今後は我滿鐡の萎靡に二十一箇條條約の破棄に依り、滿鐡を囘收し得べく約束付けられて居る露淸條約を楯に取り、遂に滿鐡の囘收を迫り、更に進んで安奉線及旅大の囘收までも迫って來ると云ふやうな事は、決してないとは言はれないやうに觀察するのであります。固より滿蒙の地帶は日本の勞働移民を送るべき土地ではないと考へます。極く短い年數に過ぎませぬが、滿洲及び蒙古方面に駐在もし旅行もして觀察致しました所に依れば、日本人は低廉な生活費と勞働に慣れた支那苦力と、勞働競爭を敢てするには餘りに贅擇になり過ぎて居り、叉商賣上手な支那商人と小資本を以てする日本人の商業競爭は悉く失敗の歷史を繰り返して居ります。併し乍ら大資本を持つて土地の經營なり、叉鑛山開發の事業等に携つたならば、必ずや有利なる經濟的事業があるだらうと確信して居るのであります。就中滿洲方面に多數入込んで居ります所の朝鮮人問題の解決と相伴ひまして大資本を投下することに依る我食料給源事業たる水田經營の如きは、土地商租權の解決と相俟つて實現成功の可能性最大なるものと考へるのであります。然るに商租權問題は支那の國内法に依りまして、全然日本の人の手に渡らないやうに處置せられ、苟も日本人の手に土地を渡すやうなことがありますれば渡した支那人は、必ず支那官憲に依て牢獄に投ぜられ、非常な迫害を被る狀態で、今のまゝでは商租權と云ふものはどうしても解決することが出來ない事態にあります。以上のやうな狀態でありまして、滿蒙に發展を企畫しても殆ど不可能であり、否年と共に益困難の度を增しつゝあるやうに感ずるのであります。私は唯徒らに日淸日露戰役に依て多くの生靈と國帑を費したる過去の歷史を繰返すことを見合わせます。併し乍ら苟も人類と云ふものが一つの經濟的生存を經營して行かねばならぬ存在であると致しましたならば、私はどうしても滿蒙を現在の實情に抛擲して置くの誤りであると云ふ事を申すに憚らない一人であります。

アメリカ合衆國の狀勢
 次は亞米利加の狀況に付て簡單に申述べます。國土の大に於きましても、資力の豐なる點に於きましても、其他各般の物質的文化に於て常に世界第一を把握しやうとする所の亞米利加、叉現に世界第一を實現しつゝある所の亞米利加でありますから、多く申上げます必要もありませぬが、極く簡單に其軍事狀況を觀察致しまするのに、亞米利加本國に居ります正規軍及民兵等と云ふ軍隊に付ては暫く省きまして、太平洋方面に於ける軍事施設の狀況を觀察しますれば、日本に對して十對六割を強いて之を實現せしめ得た程の海上勢力を持つた居るにも拘らず大西洋方面に配置して居りました所の艦隊を、最近に至り其殆ど大部を太平洋に移し僅に一隻の練習艦を大西洋に残しただけであります。それから機雷の敷設部隊を悉く布哇に移して居ります。叉比律賓にある東洋艦隊の旗艦の爲最新精鋭なる軍艦を以て之に充てて居ります。而して地上軍隊としては 攻撃飛行中隊を布哇に增加致しまして、布哇に於ける飛行中隊だけでも八中隊を算し、叉比律賓の太平洋岸に立派な飛行場を建設して居ります。亞米利加海軍の配置は最近亞米利加本土よりも、寧ろ屬領列島方面の確實なる兵備の爲に主力を傾注し來つたやうであります。さて甚だ斷片的でありましたが以上を持ちまして大體隣邦諸國の現狀を説明したと云ふことに致しまして、之に關聯致しまして日本の陸軍ゝ備の檢討に移つて見たいと思ひます。

我が陸軍ゝ備の檢討
 元來一國の軍備と申しまするものは、固より國防方針に順應して居るものでなければなりませぬ。國防の方針は國是に根據を置くものでなければならぬと思ひます。然らば日本の國是とは如何と申しまするのに、我が國是に關して私共は今日迄明確に敎はつては居りませぬが、併し乍ら日本開國の際に於ける大詔を拜見致しますると、天業恢弘と人ふことがあります。それから明治維新以後上司に於て宮中との間に取交わせられました文書の中にある一節などから拜察致しまするのに、開國進取以て國力を充實し國運を伸展するは是れ我が帝國の國是にして、四海の狀勢如何に變移するも永へに渝ることなしと云ふやうな文句が書いてあります。私は是は畢竟即位健國當時に於て下された天業恢弘の詔から發足致しましたが我が國是一つの具體發表形式であらうと妄斷を致す一人なのであります。?ち開國進取以て國力を充實し國運を伸展させ東洋の平和を維持して以て國際平和に貢献しやうと云ふ事が、我が國是であらうかと思ふのであります。其意味が果して、間違ひなく一つ言ひ現はしであるものと致しましたならば、國防と云ふものも國の施政方針と同樣に之に順應して居るものでなければならぬと思ひます。そんならば此國是を遂行する爲の國防の方針とは果して如何なるものであるかと申しますると、是亦別に定義的に私共は敎はつては居りませぬが、が併し私の信ずる所に從へば國防とは國土の防衛と國民の生存の保障とこの二つの目的を完成する事柄の謂ひであらうかと思ふのであります。國防といふものを逹成する上に於て國土を防衛せなければならぬと云ふ事は、是は三尺の童子と雖も承知して居ります、が併し國民生存の保障と云ふ事が完成されるのでなければ、國防と云ふものは全く蟬の脱殻に了るのではないかと思ひます。斯く大家の御集りの前に於て貧弱にして而も獨斷的な私の思想の一端を披瀝致しますことは、誠におこがましい譯ではありまするが、元來世界の文化と云ふものは當初中央亞細亞方面から發逹したと敎はつて居ります、さうして其文化は一つは東し一つは西し、而して其東した東洋文化は精神的王道的發逹を遂げて居るのに反し、其西した文化は物質的覇道的發達を遂げたものでないかと考へて居ります、此兩文化は今日如何なる大勢にあるかと申しまするのに、東した王道文化の尖端は太平洋の西岸日本列島に來て止つて居り、西した覇道文明は今や亞米利加に來て停止して居り期せずして太平洋を距てて相對時する形となつて居ります。併し地球と云ふものが元來固形の單一物體である限り、此上に二個の異つたる文化の存在致します事は、神の攝理に於て許されざる問題であり何時の世にかは必然輝然歸一すべき運命にあるものと解せられ、さうして我々の觀念を以てして覇道より、王道が立派なものであるとしたならば王道文化に依つて歸一せらるべきものであらうと考へられるのであります。而して王道文化の眞髓を把持して居るものが日本の民族でありますから、日本民族は實に世界の文化を王道的に輝然歸一せしむべき使命を帶びて居るものと致さなければなりませぬ。從つて日本民族と云ふものは永へに生存し、永へに繁榮して行かなければならぬ境遇にあるものと考へられます。然らずんば日本民族は此王道文化を以て世界政策を遂行をすべき使命が逹せられないからであります。そこで左樣な使命を有つて居る所の日本の民族が永へに生存し、永へに繁榮して行くと云ふこと其ことが、私の所謂國民生存の保障と云ふ事を完成することになるのであると思ふのであります。それならば國民生存の保障は如何にして逹成せらるゝかと申しますると、國家の事情如何に拘らず、常に生存が確實に保障されて行く爲には、日本の領土に最も近き土地から民族生存の爲必要なる資源を所要の時機に取得するの自由を獲得すると云ふことに歸着するものでないかと存じます。さうして極東露領及び滿蒙が我が日本の領域に最も近き大陸の一地域であり、日本民族が其使命を逹成して行かんが爲に生存に要する資源を獲得すべき唯一無二の地域であると云ふ風に考へるのであります。玆に於てか我々は如何なる悲境に立ちましても、日本の國土を防衞するだけを以てしては滿足することは出來ずして、經濟的に決して領土的野心を逞しうすると云ふ考ではなく日本の領域に最も近き大陸からいつ何時でも必要なる資源を獲得すると云ふ自由だけは留保せなければならぬと思ふのであります。故に若し日本民族の將來の生存を脅威するものがあるとしましたならばさうして其脅威が直接日本の國土に指向せられたものでないとしましたならば其脅威は極東露領若しくは滿蒙地域に於て經濟的に活躍する日本の行動を彈壓するものであると云ふ事を斷定し得ると考へるのであります。而して左樣な日本民族の生存を脅威すべき力が極東露領若しくは滿蒙地域から資源を得る爲活躍する日本の行動を妨害しに來たならば、遺憾ながら敢然として破邪降魔の劍を揮ふの決斷がなければならぬものと思ひます。お前は軍人であるが故に直ちに事の決裁を劍尖に訴へんとするの風があるが、それが面白くないと御感じになるかも知れませぬ。私は宗敎家でありませぬので能くは存じませぬけれども、或る基督敎信者から聞く所に依りますれば、バイブルにも悪魔と云ふものは滅亡させなければならぬ、悪魔を滅ぼす爲には戰爭と云ふものは神聖視すべきであると、斯う敎へられて居ると聞きましたが、其眞僞當否は別問題と致しましても、我々は日本民族の永へなる生存と繁榮とを確保し、さうして王道文化に依る世界政策を遂行せねばならぬ、日本民族は其王道的行爲に敵對する悪魔に向つては遂に劍を以て打拂ふの覺悟が必要であり、必しも野蠻なる行爲とのみ貶すべきものでないと確信するのであります。大分前置きが長くなりましたが、然らば極東露領及び滿蒙に於て日本民族が生きんとする爲の資源の獲得を妨害すべきものは誰であるかと言へば、言はずして是は露西亞にあらずんば支那である。叉北滿洲と云ふ所は露西亞の勢力と支那勢力の相錯綜して居る地帶であります。從つて北滿洲に於て一旦事が起つたとしましたならば、我々は遺憾ながら之を原因としまして露西亞と支那と二つながらを相手にせなければならぬ場合もあるものと判斷するするのが至當と考へます。また北滿と南滿と云ふものは何處に境堺もないのであります。其經濟的價値に於ては北滿も南滿も殆ど一つであります。卽ち北滿は南滿の延長であり、南滿は北滿の延長であると假定致しましたならば、單に南滿の地域に依て事が構へられた場合に於ても、遺憾ながら我々は露支兩軍の聯盟軍に對して當らなければならぬ場合あることを豫想させられるのであります。殊に華盛頓會議に於きまして日露戰爭當時露淸兩國が日本を共同の敵として攻守同盟の密約を締結して居つたと云ふ事が暴露されました。既住の事實に徵しましても、彼等は手を繫ぐ恐れのないものであると樂觀する事を許さぬのであります。然らば兵力關係はどうなるのかと申しますと、露西亞の軍隊は先程申上げました如く七十一師團と、騎兵十二師團、獨立騎兵八旅團でありまして、之を總て師團に換算致しまして、假りに七十二と致しませう。戰時に於ける軍隊は、國に依ても違ひますが、一般に團體數に於て平時の約二倍に膨張致します事は、少しく軍事眼を有する人の等しく是認する所であります。然らば露西亞の軍隊は戰時百四十四師團になる譯であります。而して露西亞の毎一師團の平時平均兵員は約一萬五千でありますから、戰時少なくも二萬強に膨張致しませう。故に露西亞軍隊の戰時人員は少く見積つても三百萬はあるものと推斷せられます。況んや此外に各種の新しき部隊が建設されて居るのでありますから、三百萬と云ふ計算は非常に内輪に見た計算であることが判ります。日本と事を構へた場合に、此三百萬の軍隊の中極東に幾ら持つて來るだらうかと云ふことは、地理的關係と輸送行程と、更に露西亞の西隣り方面にあります各國との關係に依て違ひますが、若し露西亞殊に彼の思想侵略に對しましてユナイテッドフロントと言ひますか、露西亞の周圍にある各國が共同戰線を張りましたならば、彼の積極的進出と云ふものも餘程防遏し得ると思ひますが、御承知の如く獨逸は左を向いては佛蘭西と拮抗し、右を向いては波蘭に對さねばならぬ情況にありますので、今日露西亞と手を握つてでも佛蘭西や波蘭に對抗しやうとする態度にあり、土耳古、羅馬尼、墺國等必しも列國と提携して共同戰線を張る爲にならうとは思はれませぬ。さすれば西歐諸國方面に對する露西亞の戰時狀態は、寧ろ三十七八年戰役當時に比し、より好都合にあるものと考へられます。併し乍ら今之を三十七八年戰役當時と略ぼ同じ狀態であると假定致しますれば、三百萬の軍隊の中極東には少くも百萬位を使用する事が出來ませう、何となれば明治三十七八年奉天戰役の末期リネウヰッチ將軍が握つて居た極東露軍の兵力は百萬を越えて居つたと云ふ事と、さうして今日のソヴィエット聯邦に於ける軍隊の組織と兵數とは三十七八年戰役當時に於ける露西亞の軍隊より優つて居るからであります。玆に於てか私共は露西亞が戰時極東に百萬の軍隊を使用するであらうと云ふ事は、決して宣傳的言辞ではなく、寧ろ内輪に見積つた數字であると謂はねばなりませぬ。飜つて我が陸軍を觀まするのに今日國内に於ても四面楚歌の中にあります。國民の少からざる部分の人は一齊に我陸軍の軍備縮小を迫り軍自體よりの捻出經費は之を軍の裝備改善等に使用することなく、國庫に返上せよと叫びつゝあります。然るに我が陸軍は直接歐羅巴大戰爭に參加しなかつた一つの影響と致しまして裝備は著しく劣つて居り、其火力裝備に於ても、機械化に於ても、叉化學戰裝備に於ても大なる改善を要するものがあります。そこで我々はよく其劣つて居る所の日本の軍隊が露西亞の百萬の軍隊に對して一體何んで戰ふ積りかと、斯う聽かれるのであります。其際私は次の通りに答へて居ります。卽ち露軍と同等の兵力があれば勝算疑ないと信じます。此同等の兵力維持を主張することは決して無理のない要求と考へます。然し貧亡世帶の我國でありますから、我々軍人としては劣勢な兵力でも勝利を獲得する丈の氣慨と覺悟とを持ち合わせて居ります。現に日露戰爭當時に於ける日本軍隊の裝備は、當時の露西亞の軍隊の裝備に比して稍劣つて居り、さうして我々は露西亞の三に對して二の兵力を以て向つたのであります。然し當時に於ける我が國民の意氣と云ふものは殆ど衝天の勢でありました。そうして今日の我が國民の意氣は果して如何でせう。露西亞の思想宣傳の結果でもありませうが、大分思想的に赤くまでなつても居りますまいが、桃色がゝつた多數の靑年を有して居ります。日本社會の一つの縮寫圖と見るべき我が軍隊は是等の靑年を受入れて居り、而も之が取つて置きの戰力の元なのであります。さうして裝備は今日露西亞の軍隊より遙かに劣つて居るのであります。そこで露軍の極東使用豫想兵力と同等の軍備を整頓して置くことは、國家當然の處置でなければならぬと考へます。斯してこそ軍隊に勝利を要求することも出來るのであります。然し萬一露國の外に他の國軍を共に敵手とせねばならぬ場合があつたならば、我々は劣勢な兵力を以てしても、尚且勝利を獲得するの覺悟が必要であると考へるのであります。然し是は我々軍人の意氣でありまして、寧ろ一般同胞から贅めて戴かねばならぬ種類の問題であらうかと考へます。飜つて支那の軍備を觀察致しまするのに、支那は現在二百十萬餘であります。尤も此外に雜軍と稱しまするものが、約十八萬以上あります。けれども正規軍と稱しますもののみに就て考へて見まするに、二百十餘萬の中戰時我が日本軍に對抗すべき兵力は恐らく其半數位であらうかと思はれます。何となれば支那軍隊は御承知の通り徴兵でありませぬ、傭兵でありますから、戰時になつても膨張致さぬものと假定致しまして戰時も矢張り二百十餘萬と考定致されます。尤も支那の事でありますから、金さへあれば苦力を傭つて右から左に軍隊を作り得るでせうが、是等は取るに足らぬ兵力でありますから、二百十餘萬と考定したのであります。此の正規軍二百十餘萬の中幾千の兵力が日本に對抗するのであらうかと云ふことを判斷しまするのに、前申しました如く我軍が支那と戰はなければならぬ場合は、滿蒙に關する問題から發足し、且つ戰場は滿蒙地帶でありませう。そしてどんな下手な政策を實施致しましたと假定しましても滿蒙地帶に於ける支那軍隊の全部を其まゝ敵側に廽すと云ふやうな事があつてはならぬと考へます。何とか方法を講じて滿蒙地帶に居る支那軍隊の大部分と云ふものは之を懷柔して少くも我軍に敵對させぬ丈の事は出來ようかと思ひます。併し其三分の一位は敵側に立つであらうと見るのは、決して無理な判斷ではなからうと思ひます、さうして北洋軍閥と南京政府の軍隊と、福建に於ける軍隊の大部分が我に抗するものとして算討致して見ますると、約百萬を超えるのであります。卽二百十萬の半分であります。假りに丁度半分であると致しますと百五萬であります。支那兵と云ふ者を弱い者の別名のやうに考へて居る同胞が澤山あります、が大なる誤解であります。是は先程も食堂側に居られました諸先生方から御質問に預かつたのでありますが、私の判斷する所に依りますれば、日淸戰爭當時に於ける支那兵を以て今日の支那軍隊を卜すると云ふ事は飛んでもない間違ひでありまして先年山關海附近に於ける支那軍相互の戰を見て來た觀戰武官が歸つて來て舌を卷いて驚いての話を聞きますと、殆ど死屍壘々たる悲慘の狀景を意とせず危險を冒しつゝ戰友の屍を飛越え々々々勇戰邁往せる其戰鬪振りは全く死を見る歸するが如く、一意任務の逹成に邁進するもので、從來夢想だもしなかつた所であると、斯う言つて居ります。叉近くは濟南事變の際、我軍があの城壁を占領致しました際、支那軍が反復突撃を敢行して來たと云ふ事が分るのであります。叉先程申上げました過般、黄河の沿岸に於て演ぜられた蔣介石對馮玉祥、閻錫山の戰爭は戰線數十里に亙る大作戰であります。當時此大軍をどうやら斯うやら運用致しましたことは、卽ち大軍の運用に相當の力量を有つて居ることを證するものであります。況んや實戰は支那の年中行事であります。卽ち年中行事として實戰を以て命の遣り取りやつて居るのが現在支那軍隊の訓練であります。空砲を使つて演習をやつて居る日本兵より強いとは言ひませぬが、決して侮るべからざる戰鬪能力を有つて居るとみるのは、決して過言ではないのであります。果して然らば支那の百五萬に對し我軍も亦百萬内外を備へて置くのが常道でありませう。然し萬一の場合には露軍に對してすら、三對二で勝利を企圖する我軍でありますから、對二國作戰の場合に於ては元より劣勢の兵力で宜しい、まあ前置きは姑く措いて、優勢なる支那軍に對し勝利の獲得を覺悟して居ります。然らば何人對何人で戰をするのだと斯う聽かれますならば、私は三對一で行きたいと、斯う考へて居ります。卽ち露軍の百萬、支那軍の百五萬に對し理想的に言へば我軍は二百萬の戰時兵力を爲して始めて露支聯合軍に拮抗する事が出来る譯であります。然し斯く理想的な贅澤な軍備は我國法上建設を許しませぬから、大體一國軍に對し略同等の戰時兵力を有するを以て滿足せねばなりますまい。そうして萬一露支聯合軍に對抗せねばならぬ時は我約百萬の兵力中支那に對しては百五萬の三對一卽ち三十五萬位で、之にあたり露軍に對して三對二卽ち六十五萬位で之に當るといふ風にせねばなりますまい。然らば一體日本の現在軍備は如何であるかと考へて見ますに、申上げる迄もなく平時十七師團、之に數箇の騎兵旅團、砲兵旅團を有つて居ることは、周知の事實であります。そうして其兵數は毎年初年兵として軍隊に這入る人員は十萬であつて、兵役は十七年四カ月であります。そこで小學校式の計算に依れば戰時百七十萬人位を得られる理窟であるますが、併し乍ら十七年四ヶ月經過致します間には死ぬ者も澤山あります。片輪になつて居る者もあります。病氣で立てない者もあります。村役場の公吏或は船舶の船員或は警察官といふ樣な召集猶豫人員といふものも澤山あります。日淸日露兩戰役其他過去に於ける統計の示すところに依りますれば十七倍は愚か十倍も見込み得ないであります、今假に有利に見積つて十倍の得員があつたとしても百萬であります。そこで戰時百萬を得られるものと致しましたならば、前申し述べました通り對二國作戰があつても露西亞の三對二、支那の三對一でどうにか斯うにか戰が出來ると云ふ譯になります。所がまだ一つ亞米利加と云ふ問題を落して居ります。併し露支兩軍と抗爭するときに亞米利加をも敵側に廻すといふが如き事は我外交政策を遂行する上に於て、最惡の場合にして求めて斯くの如きことをやるべきものでないと思ひます。併し乍ら私の信ずる所に依れば、滿蒙と云ふ地帶は、是は押しも押されもせぬ日本民族の經濟的活躍地帶であつて、之なくしては日本民族は永遠の生存も繁榮も出來なくなり、從つて滿蒙問題に關する限り日本は國運を賭しても爭はねばならぬ立場にありますので、此間の消息を知つたならば亞米利加は武力を行使して迄日本の行動を妨害するものではないと考へるものであります。固より經濟力に於て、或は無形的の力に於て露西亞若しくは支那を支援すると云ふ事柄はないとは限りませぬ。併し萬一刄を倒にして日本に侵冠して來たと致しましたならば我は敢然として破邪降魔の劍を揮ふべきであらうと考へます。我が有する約百萬の使用法に關しましては、如何なる戰局の變轉にも随時應じ得るだけの準備がなければならぬと思ひます。尤も對米作戰は寧ろ海軍の領分で陸軍の働くべき領分の多くないといふことは常識から見ても判斷出來ると考へます。

 偖て翻つて以上の樣な狀態であるものとしたならば日本の軍備は果して是なりや否やと云ふ事であります。是は私が申上げるよりは皆樣に批判して戴きました方が宣いと思ふのでありますが、先程申上げました如く近年國内には軍備縮小熱が瀰漫して居ります。軍備縮小を叫んで居らるゝ方々の前で、兩三囘以上申し述べました通り兵力檢討に關し説明を試みました所、宜しい、お前の話は大體分つた、假令數字は作つた樣な形跡があるにもせよ、大體に於て筋道は明瞭である、必しも嘘とも思へない、玆に於てか我々は兵力を節減せよとは言はぬ、要は金を出せば可なりと斯う云はれるのであります。そこで私は兵力を節減せずして金を出すべき名案あらば御敎授に預かりたき旨申し述べましたが、御明答がないのであります。我々と雖我國比隣の現狀に稽へ國防方を節減して差支ないものであると云ふことが是認されるものであるならば軍備を現狀に維持すべきを強調する者ではありませぬが、併し私共の觀察する所に依りますると、我國の環境上、今日以上に兵力を節減すると云ふ事は到底忍び得ざる所でありますばかりでなく、實は編成装備に就きましても今日よりより以上に大なる改善充實を要するものと存じますが、遺憾ながら國家財政窮乏の今日多くの資力を此編成裝備改善の爲に貰ふ譯に行かぬのであります。玆に於てか我々は遺憾ながら取敢ず最も急に施設をする必要のあるものに對してだけ、自分の身内よりの捻出經費に依てでも實現せしめて行かうと云ふ考で計畫されて居りまするものが、最近新聞を賑はして居りまする軍政改革事項であります。

 翻つて明年二月開催せられます。豫定のジュネーブの國際軍縮本會議に對します豫想の一端を披瀝致しますれば、此會議は過去五ヶ年に亙り準備委員會に於て檢討審議せられて、さうして條約案と云ふものが成立して居ります。其條約案の内容は如何なるものであるかと申しますると、陸軍に於ては陸軍の總人員と機材費卽ち大砲であるかと小銃であるとか、爆彈であるとか戰車であるとか云ふ器材の經費、それと總豫算を制限することであり、航空に關しては總飛行機數と總馬力數とを制限することであります。其外に毒瓦斯戰を禁止をすると云ふ事と、各國が軍備を公表すると云ふことの條項を含むで居ります。但し是はさう云ふ條約案が成立されたばかりでありまして、來る軍縮本會議に於ては、是等の條項に對し各國が如何なる數字を當嵌むべきやと云ふ事が殘されて居るだけであります。所が玆に見逃してならぬ一つの問題は、國際軍縮と云ふものは、一國の國防を保障し得る限度と國際義務を履行する爲必要なる程度に軍備を制限するのであると云ふ事が平和條約第八條にあると記憶して居ります。故に各國は色々な事を言ふのでありまして、中には我々の軍備は目下建設の途中にある、そうして今日迄建設し終つた程度は制限程度に逹して居らぬと、斯う云ふ事を言ふて居る國があります。さう云ふやうな譯で今後會議に集合致します所の五十數ヶ國の中には初めて顔を出します國もあり、叉國際聯盟に加入して居りませぬ亞米利加であるとか露西亞であるとか云ふやうな國も入つて來ることになります。從つて前代未聞の大掛りの會議であると同時に、非常な紛糾を起すのでないかとも考へられます。就中露西亞の如きは國際的に軍備を縮小制限しやうといふ傾向に逆抗してどん<擴張しつゝあります。支那の如きは先年來裁兵と申しまして軍隊の縮小に掛らうと致しましたが、どうしても縮小する事が出來ずに今日に及んで居ります。是等を比隣諸邦として持つて居る我が日本が、果して如何なる態度に落着き得るであらうかと云ふ事は、深く檢討を試みなければならぬ問題であると思ひます。殊に列國の叫んで居る所を見ますると、英國は自國の軍隊は今日以上に縮小の餘地がない、併し乍ら國際的に列國の軍備は縮小せねばならぬと言つて居ります。それから佛蘭西は安全保障が確立せられざる限り自國の軍備は縮小の餘地なしと叫んでおります。伊太利は佛蘭西と同兵力でなければならぬと言ふております。亞米利加は矢張り英國と同じやうに、之以上自國の軍備は縮小の餘地はないと言つて居り、叉獨逸は世界各國が我々と同じ程度に軍備を低下せざる限りは、ベルサイユ條約は變更せられねばならぬと言つて居ります。之を槪觀致しまするのに、國際的に軍備は下げやうぢやないか、併し俺の所は下げないぞと、斯う云ふやうな言ひ分に一致して居るやうに考へられます。斯う云ふやうな事態に直面し、且つ前來説述致しました如く、露支兩國の現狀を知り、而して王道文化的世界政策を遂行して行かねばならぬ使命を認識しつゝ滿蒙や極東露領方面を眺めます時に、今日我國一般に漲つて居りまする軍備縮小の叫びと云ふものが果して可能であり、正當であるとは如何にしても考へられないのであります。長々御淸聽を煩しましたが、以上卑見を申述べまして、此講演を終ります。(拍手)