物語の意義について  
河合 隼雄
(臨床心理学者・文化庁長官・京都大学名誉教授)
No.835(平成14年4月)号

 
 私の専門は、一般に心理療法とかカウンセリングと言われておりますが、平たく言えば、いろいろな方の相談にのるのが仕事です。ノイローゼの方や、子どもであれば、この頃よく言われる、不登校やいじめの問題で悩んでおられる方、それから高齢者の方も来談されます。そのような方とお話をしているうちに、私は「物語」について考え始めるようになりました。それがきょう私がお話ししたいとこでございます。

*----------------1、人間の科学--------------------*

《 関係性 》

 私は数学科の出身ですので、ものごとを、どうしても科学的に分析しようとします。ですからカウンセリングをしていても、思いつきで答えを言ってはいけない、もっと科学的な方法で正しい答えを出すべきではないかということをずいぶん考えました。しかし長い間やっていると、これはどう考えても近代科学的な方法では研究できないと思うようになりました。しかし、「科学ではない」となると、科学研究費がもらえませんので、これは新しい科学だとか、人間の科学だとか言って、なんとか研究費を捻出しているわけです。
  たとえば、非行少年が来談したとします。私がその少年と会って、「オイ」というような呼び方をすれば、その子はそれで黙ってしまって何も言わなくなる。あるいは、「すみませんでした。反省しています」と言うばかりで、全然話をしてくれない。ところが、私が「おっ、こんにちは」とパッとあいさつしてから面談を始めると、「誰にも言ってないけど」というような話までしてくれる。つまり、私と来談者の関係によって出てくる現象がまるで変わってしまうということです。
  一方、近代科学の基礎となった物理学の場合は、研究者と現象とを完全に切断して客観的に研究しますから、そこから導き出される法則は普遍的であるわけです。しかし、私がその近代科学の真似をして客観的な目で子どもに接しようとすれば、それだけで子どもの態度はおかしくなってしまいます。そこで、どうしても私と相談者の「関係」を考慮せざるを得なくなる。心理療法をするものは、相談者とどのような関係をもって、どのような態度で接するかが、非常に大事になってまいります。

《 全体性 》

 その次に大切なのは、「全体性」ということです。科学は物事を明確に定義していかなければなりませんから、なんと言っても「区別する」、これが意識の一番強いところでしょう。たとえば、私と他人、あるいは男と女というように細分化する。どんどん分けていって心と体も分ける。そうやって人体を客観的に研究するようになると、ヨーロッパで近代医学が急激に発展するわけです。それまでは、ペストに罹っても、自分の心掛けが悪いんじゃないかと反省して、教会からお札をもらったり、神に祈ったりして、病気を治そうとしました。それでもなかなか治らなかったのですが、近代医学のお陰で、いまはペストも含めて、多くの病気が治るようになりました。
  このように、近代科学とそれに結びつく技術によって、人間はいま、快適で便利な生活を送ることができるのですが、その裏側と言ってもいいと思いますが、人体を細分化していっても結局のところ、心と体はどこかでつながっているわけです。そうなると、心身症とかいうような病気は、心の問題なのか、体の問題なのかは判らない。判らないから、心身症と言っているのですが、近代的な医学だけでは治療不可能な病気も出てきます。患者さんの心と体だけでなく、人間全体として見ると、その方と家族の関係といった、個人をとりまくいろいろな状況が結びついてくる。それを抜きにしては人間のことが考えられない、というふうに思うようになりました。


*----------------2、「関係」が物語を生む--------------------*

《 私と世界 》

 そう思ううちに、「関係」ということが、私のなかで非常に大事になってきて、この「関係」こそが、物語を生み出すのではないか、と考えるようになりました。
  たとえば、私のところには、気分が沈んで何もしたくない、なかには死にたいと思うほどの抑うつ症の方が来談されます。
  ある方は恋人が自分の目の前で交通事故に遭って死んでしまわれた。恋人がどうしてあのように死んだのだろうと思うと、どうしても気分が晴れない。自分も死にたいぐらいだ、と言って相談に来られました。「どうして私の恋人はあのように死んだのだろう」という疑問は、近代科学や近代医学では、すぐ答えが出るんですね。「死因は頭蓋骨損傷です」とか「出血多量です」と言えばいいわけです。しかしながら、そういった説明で、その方が納得して、元気になって帰られることは絶対にないですね。なぜなら、近代医学では人間の死を客観的事実として捉えているからです。人間の死は医学的に説明できても、なぜ恋人が目の前で死んだのかとか、悪いやつがぴんぴんしているのに、なぜあのすばらしい人が死んだのか、といったことは説明できない。ノンフィクション作家の柳田邦男さんは、「三人称の死は説明できるが、二人称の死は簡単に説明できない」と言っておられます。二人称とは、私の恋人、私の父、私の孫という場合です。つまり、「私」との関係において答えを出さねばならないときです。近代科学では、「私」と関係のないところで観察しますから、誰にでも通用する答えは出せますが、その方の欲しいのは「私」にとっての答えなんですね。
  私のところにビジネスマンの方が相談に来られました。彼には2人の男の子がいましたが、珍しい病気に罹って、相次いで2人とも死んでしまわれた。息子を次々と失ったショックから完全な抑うつ症になられて、仕事も手につかない。何もできない日々が続いていたのですが、あるお坊さんに会われて、お話を聴くようになりました。お坊さんに「私と一緒に祈りましょう」と勧められ、一緒に仏さんに祈っておられた。お祈りをしているうちにそのお坊さんが、「あなたの前世は非常に悪くて、その償いをするために、あなたの2人の息子さんは、あなたの罪を背負って早く死んでいったことが判った。この世に残ったあなたはちゃんと生きて、これからの人生を息子さんの菩提を弔うことに注ぎなさい」と話された。それがその方に通じて、元気を取り戻され、後に子どもさんもできました。
  しかしながら、「これはいいことを聴いた」からといって、私が来談者に「判りましたよ。あなたの前世が悪いんです」と言っても、ほとんどの方が笑われるだけで納得しないでしょう。しかし、この前世の報いの物語は、この方にはピタッと合って、しかも結果はものすごくプラスのことが起こりました。「なぜ2人の息子は死んだのか」という問いに対して、「1人は珍しい病気で、2人目のお子さんの病気はよく死ぬことがあります」と説明しても納得できない。「私」にとっての何々という場合には、真実ではなく、その方の「物語」が重要なのではないか。
  皆さんも大なり小なり、自分の物語をもっておられると思います。たとえば私の若い時でしたら、自分の新しい考え方を教授にぶつけて、教授が「参ったあ」と言えば、家に帰って「教授をやっつけてやった」と自慢話をする。家族は僕が偉いと思うでしょう。あとでよくよく調べると、教授も前から言っていたようなことで、「お前もええことを言うなあ」と言った程度の話なんですね。しかし、ここにお話ができてきます。物語が私の存在を支えてくれるわけです。
  ただしそのときには、あまり物語が現実から離れ過ぎると、他の人と付き合えなくなってきます。たとえば私が、「きょう、ここに来るのは大変でした。どうしてかと言ったら、どうもCIAが私を狙っているらしい。いま、窓からみてもおる」と言い出したら、だいぶ変なのが来たと思われるだけで、皆さんはなんと偉い人だろうとは、決して思わないと思うんですね。「私」の物語といえども、他人とのつながりを残しながらあり得る物語と、その物語が完全に「私」を切ってしまう、あるいは逆に、「私」の存在を危うくしてしまう物語もある、ということがだんだん判ってきました。

《 民族と世界 》

 物語がその人をとりまく関係から生まれてくるとすれば、ある民族と世界の関係ということにもなるでしょう。そこから生まれる物語は神話であったり、昔話であったりするわけです。たとえば、日本民族はアマテラスの子孫であるとする神話によって、なんとなく自分のアイデンティティが支えられるように思えますが、しかしこれは諸刃の剣みたいなもので、戦争中は、日本の神話を歴史と一緒にして強制的に与えられたために、国民はすごい被害を被りました。物語はそういった危ない側面をもっています。
  だからといって、物語を全部なくすことはできません。人間の周囲と関係なしに生きることはできませんので、必ず物語は生まれてきます。
  皆さんのご家庭でも物語はあると思います。たとえば、「床の間に飾ってあるこの置物は……」といった、その家庭で受け継がれる物語をおもちだと思います。村でしたら、「この村にあるこの木は……」という類の伝説が残っています。そういう物語は一見、荒唐無稽に見えながらも、長らく語り伝えられているのは、村なら村の、民衆なら民衆の、家なら家のアイデンティティと関係している。そのアイデンティティのために物語があると考えると、私はますます面白くなってきました。私がいろいろな方の相談を受けながら、昔話の研究をしているのはそういう意味もあります。昔話に語られている事柄は、現実としてあるというふうに私は思います。
  日本の昔話やグリム童話に、「手なし娘」という物語が残っています。父親が怒って、娘の腕を切り落としてしまうというお話ですが、この話を読むと、ものすごく残酷な父親に聴こえますが、娘の手を切ったお父さんなんて、世の中にはたくさんいるでしょう。たとえば、娘に恋人ができたときに、父親が「そんなばかなやつとは付き合うな」と手を切るわけですから、これは娘の手を切ったのと同じことです。そう考えると、世の父親はみんな似たようなことをやっているんですが、本人は気がついてない。父親は、「いや、あのときは、あんまり変な男だったから、やめなさいと言っただけだ」と思っているけれども、娘は「父親に手を切られた。この恨みは一生忘れまい」と思っているかもしれない。私は両方から話を聴きますからよく判ります。そのように昔話を読んでいくと、荒唐無稽な話ではなく、現代につながることが書かれているのではないかと思うのです。

《 意識と無意識 》

 それをもう少し心理学的に言うと、いわゆる深層心理学を考える人間にとっては、意識と無意識をつなぐ関係のなかから、物語が生まれてくるとも考えられます。つまり、「私」の無意識と言ってもいいですし、心の奥のほうと言ってもいいですが、そのあたりでなんとも言えない力がバッと湧き上がってくる。その力を「私」が受け止めて言うときには、どうしても物語になる。それを普通に言ったのでは「私」の全存在が関わってこないからです。
  たとえば、釣りに行って帰ってきた人に、「どうやった?」と聴いて、「体長25センチの鯛を釣った」と答える方は、よほど科学的な人でして、だいたいの方は両手で大きさを示します。自分が体験した感動や喜びを相手に伝えるためには、どうしても物語らなくてはならなくなる。相手によっては受け止め方が違いますから、ちょっと長めにやらんと、どうせ割引がありますので、手でガーッと長くしたりして大げさに示すなんてことをするわけです。これは真実を伝えたいのではなくて、自分の体験を相手に伝えようとしているのです。さきほどの例で言いますと、父親からすれば、なんのこともないと思っている一言でも、受け止める娘にすれば、「もう手を切られてしまった」、極端に言えば「私は父親に殺されたんです」というふうな表現をする人もいますが、それは自分の心の深いところで受け止めたものが語られる、と考えれば判りやすいと思います。
  意識と無意識の間で、さまざまな物語が生まれてくる。その典型的なものは夢だと思っています。きょうは夢については触れませんが、私は夢を非常に大事に考えています。

《 男と女 》

 男と女という関係も大事です。両者の関係の物語は、神代以来ものすごくたくさんありますね。日本神話のなかでも語られています。
  イザナキとイザナミは最初の夫婦と言っていいと思いますが、イザナミが死んでしまうと、イザナキは黄泉の国へ行って、イザナミにこの世に帰ってくるよう懇願します。するとイザナミは、「帰りたいが、黄泉の国で、ものを食べてしまったから、この世へ帰ることはできない」と答えます。これを黄泉戸喫(よもつへぐい)と言いますが、これは実に面白い話ですね。「余所へ行ったら、めったなことで飯は食うな」という教訓でもあると思いますが、うっかりものを食べると、関係が切れなくなるんですね。当時からそうだったと思います。しかしイザナミが、「いまから黄泉の国の神と交渉するから、その間、あなたは絶対に私を見ないでください」とお願いします。ところが、そう言われると、必ず待ち切れなくなって見てしまうのがお話の典型でして、イザナキがパッと火を点けてイザナミを見てしまう。するとイザナミは、すでに死体となって腐り果てて酷い状態になっていた。イザナキはびっくりしますし、一方のイザナミは怒り狂って、イザナキを追いかける。イザナキは必死でこの世に逃げ帰って禊ぎをする。このときのイザナミの怒りは、「夫を殺してしまえ」というものすごいもので、雷が一緒に追ってきたといった話が、たくさん残っています。私は夫婦喧嘩の相談も受けますが、妻の方が「うちの主人ほど悪いやつはいない」と言われると、妻の怒りというのはつい最近のことではなくて、「イザナミ以来やなあ」と思ってしまいます。皆さんもそう思えば、奥さんのことがよく判ることがあると思います。物語には個人的なものを超えてくるところがあって、それ以上にものすごい怒りが入ってくるというのは、やはりわれわれの生きてきた長い歴史のなかで、そういう怒りが溜まりに溜まってボンと爆発するときがあるのでしょう。そのような思いで神話を読んでいると、現実にあらわれていることが、なんとなく判ってくることがあります。
  男と女の話について、もう1つだけ付け加えておきます。皆さんが聖書を読まれたとき、まず男が先に創られて、その男の骨から女が創られていることを、どう思われましたか?男と女の関係について言えば、この部分はとても大事な話になってきます。男がいくら頑張っても、すべての男はみんな、女性から生まれている。「俺は男のなかの男で、父親から生まれた」なんていう方がいたら、死んだら博物館へ行っていただきたい。人間の歴史のなかで、なんと言おうと、男も女もすべて、女から生まれてくることは衆知のことです。
  女は男の骨から創られたという話をなぜ創ったかということを、考える必要があると思います。その民族や種族、あるいはそれを信じる人たちの間で、男が先で女が後だということを、基礎づける必要があったからではないでしょうか。男と女の関係をどう書いてあるかは、いろいろ工夫がしてあって面白いですから、皆さんもそう思って、いろいろな神話を読んでみてください。
  日本の場合は、すべては女の神、イザナミが生み出しています。日本の国をはじめとして山や川、すべてを女が生み出しています。ところが、国まで生んだ女を絶対的に有利と考えているかと言えば、そうではないんですね。イザナキがイザナミを追いかけて黄泉の国へ行って体が汚れたので、この世へ帰ってきて禊ぎをします。そのときに、左の眼から生まれたのがアマテラス(太陽の神)、右の眼から生まれたのがツクヨミ(月の神)、鼻から生まれたのがスサノヲです。イザナキは、「私はたくさんの子どもをもうけたが、この三柱の神がいちばん貴い神である」と言っています。ここは、女は国や川や山のすべてを生んだが、いちばん大事なものは男が生んだということを意味しています。なんとかして男が体面を保つために、ここで頑張ったというのが日本の神話なのですね。
  そう考えながら神話を読んでいくと、他の国の神話が気になってきます。エジプトはどうなっているのか、バビロニアはどうか、と考え出すと面白くて、私はいまそればかり研究しています。この頃は男と女の中間ぐらいの存在があることが判ってきていますが、いまのところ男と女の性は、はっきりと分かれています。人生観・世界観を創り上げるとき、どちらを優位にした神話をもとにするかは、とても文化的な問題です。とりわけ日本は、不思議なバランスをとっている国だと言えます。ユダヤ教やキリスト教の聖書のように、男の絶対優位を書いているのでもない。女が優位のように思えるが、大事な三柱の神は男が生んでいる。しかし、太陽の神は女神ですから、よくこれだけのバランスをとっていると思うほどです。


*----------------3、創造の病と物語--------------------*

 ここで、がらりと話題を変えて、「創造の病」というお話をしたいと思います。心理療法やカウンセリングには、いろいろな学派、つまり考え方があります。私は主にユングの考え方に従ってやっております。

《 フロイトとユング 》

 まず初めに、フロイトが精神分析を考えました。フロイトとユングは最初は一緒に仕事をしていたのですが、後に学説の違いから、喧嘩別れをします。
 その後は、フロイトやユングばかりでなく、アドラーをはじめ、いろいろな人が輩出しました。また、そういった黎明期の人たちを研究したエレンベルガーという学者もいます。フランス語読みして、アランベルジエとも言いますが、彼が書いた『無意識の発見』という本が非常に面白いんです。これは単なる学説ではなくて、人間のヒストリー、生活史をずっと調べていったのですが、研究していくうちに、エレンベルガーはあることに気がつきました。
 それは、フロイト本人がノイローゼで、乗物恐怖症だったばかりか、ユングと喧嘩したときには、怒りのあまり失神して倒れていますので、いわばヒステリーの傾向をもっていたという事実です。自らのノイローゼをどう治せるのか、自分で自分を分析していくうちに、徐々にノイローゼを克服し、その体験をうまく理論化して精神分析という学問を創り上げていく。
  一方、ユングはもっと酷くて、幻聴や幻覚といった相当な体験をしています。普通の医者が診れば、精神分裂病と言われるような状態です。ユングの場合も、それを自分で分析し研究して、独自の心理学体系を創り上げました。そうして創られた体系をわれわれは習ってきたわけです。
  エレンベルガーは2人を研究するうちに、「2人の病気はむしろ創造の病(クリエイティブ・イルネス)と言うべきものではないか。なぜなら、完全に病気ではあるが、病気による混乱状態を本人が克服して、それを統合したところから、ものすごいクリエイションが起こり、結果として学問体系が出来上がった。それをクリエイティブ・イルネスと言っていいのではないか」という説を唱え始めました。その後、いろいろな人が同様の研究をいたしますと、大発見、大発明、優れた芸術作品や文学作品は、病が治っていく過程で生まれてくることが多いということがだんだん判ってきて、それでクリエイティブ・イルネスが注目されるようになりました。
  1つの例として、私はよく夏目漱石を挙げます。漱石の場合は、胃潰瘍で瀕死の状態になって、それが治ったところから作風が全く変わっていきます。まさにクリエイティブ・イルネスと言っていいのではないでしょうか。
恐らく皆さんのなかにも、いまから思うとそうだったと思われる方がたくさんいらっしゃるでしょう。私の数学の大先輩で文化勲章を受章された岡潔先生は、同僚で北海道に住んでおられた吉田洋一先生のところに、しばらくの間、寄宿していました。そのとき吉田先生の奥さんが岡先生につけた仇名が「嗜眠性脳炎」だったんです。ただ、ぼうっとしていて、飯だけは食うが、あまり応答がないし、この人どうなっているんだろうと思っていたら、のちに多変数関数論を創り上げるわけです。すばらしいクリエイションの前にイルネスがあるという例です。

《 紫式部 》

 さらにもうひとつの例として、紫式部を挙げます。アメリカの西海岸のクレアモントにあるポモーナというカレッジで、今年(2001年)の10月に『源氏物語』のシンポジウムが開かれ、そこに私が呼ばれました。なぜ私が呼ばれたかというと、実は、身の程もわきまえずに『源氏物語』について本を書いたからです。どんな本を書いたかというと、きょうは『源氏物語』の大家である秋山虔先生がおられますので恥ずかしいんですが、私は『源氏物語』を読んでいるうちに、源氏にかこつけてはいるが、この物語は紫式部が自分のことを物語っているのだと思ったんです。
  私も若い時に、日本文学の最高峰などと言われているから読まなくてはいけないと思って現代語訳を読みましたが、読み進むうちに、むちゃくちゃ腹がたってきて、途中で読むのを止めてしまいました。なぜなら、あっちの女、こっちの女と通って、反省もしない。源氏ほど悪いやつはいない。こんなもの一生読むかと思っていたのですが、物語について研究していくうちに、どうしても『源氏物語』を読まなくてはならなくなりました。実は、71歳近くになって読んだのですが、若い頃とは全く違って、とても面白く読めました。紫式部は自分のなかにある分身ともいえる、さまざまな女性像を描き出していたのではないか。そのような見方をすると面白いよ、ということをこの本に書きました。私は文学者ではありませんので、文学については勝手なことを言える身分ですから、勝手なことを書いたわけです。そうしたら、フランク・ギブニーというアメリカ人で知日家のポモーナ大学教授が興味をもってくれて、私にシンポジウムの依頼がきたのです。そのとき、共に参加したライザ・ダルビーさんは日本文化が大好きな文化人類学者です。三味線も上手で、祇園で芸者になったほどの方です。彼女は16歳の時から『源氏物語』を何遍も読んだと言っていましたが、読み返しているうちに、これは紫式部の物語だと、私とよく似たことを考えられて、『テイル・オブ・ムラサキ』(邦訳は『紫式部物語』)という小説を書きました。これは日本語ばかりか7カ国ぐらいに訳されています。
  ダルビーさんは、『源氏物語』を書いているときの紫式部は、抑うつ症だったとしか思えない。これほど気分が沈んでうつ状態の女性が、あれほど華やかなすばらしい物語をどうして書けたのだろうかという関心から、調べていくうちに、『紫式部物語』を書く気になったのだと言われました。私はそれを聴いて、すぐにクリエイティブ・イルネスに思い当たりました。要するに、抑うつ症になった紫式部の心から、すばらしい物語が生まれてきた。言い換えると、『源氏物語』を書くことによって、彼女が癒されたのではないか。自分自身を癒していく1つの仕事として、あの物語を書いたのではないかというふうに思うと、非常にダルビーさんの説と符合します。もっとも、私は『紫式部日記』を丹念に調べたわけではなく、ダルビーさんの説を受け止めて、とっさに言っただけですから、実際にこれを読んで、彼女は抑うつ症だと言えるかどうかは判りませんが、1つのクリエイティブ・イルネスの例として思い当たりましたので、シンポジウムのなかで触れました。アメリカの聴衆は、大変興味をもって聴いてくれました。


*----------------4、物語を生きる--------------------*

 私は、このクリエイティブ・イルネスという考え方がすごく好きになって、これを拡大解釈することにしました。エレンベルガーはイルネスを心の病に限っていましたが、漱石のように体の病もあるじゃないかということです。実際に調べてみると、体の病になった後にクリエイティブになっている方は多いのです。病というものを、もう少し拡大解釈していくうちに、病のなかには事故や不幸や災害も含めていいのではないか。人間が非常に不幸で災害だと思っていることが、次のクリエイションにつながっていることは案外多いのではないか、ということに気が付いたわけです。
  私のところに、幸せだからと来談される方は1人もおりません。お金が儲かり過ぎて困っています、というような方が来てくれないかと思いますが、讒言されて急に左遷されたとか、身内に不幸があった、交通事故に遭った、そういったことが原因で来談される。そのときに私が、「大変なことになりましたね。なんとか普通の人間に帰りましょう」と言うのではなくて、このマイナスをクリエイションの始まりであるというふうに受け止めることはできないだろうか、と思ったのです。
  私のところには、普通の小学生や普通の高齢者の方が来られます。そのような方々は、クリエイションなどとは関係がないと思われるでしょうが、各人が自分の物語を生きようとしていると考えれば、世界中に1つとして同じ物語はない。つまり、一人ひとりが違うのだから、私が会う方で同じ方は1人もいないわけです。それぞれの方がその人の物語を生きようとする限り、その人の人生そのものは物語の創造につながるのではないか。ですから、どのような方が来られても、この方の病はクリエイティブ・イルネスの始まりだと思うのです。病院に病気の人が来られて病を治して健康になるという考え方ではなく、そのマイナスを、その方がどうクリエイティブに自分の物語を生きることに活かされるかということに注目して、私は来談者と会うようになりました。
  それが判らない方にとっては、私はよほど辛抱強い人間だと見られているようです。「もう死にます」とか、「苛められています」とか、「学校へ3年行っていません」というような嫌な話ばかりを、よく辛抱強く聴いているなと言われますが、別に辛抱強いわけではなく、そのマイナスに見えているものが、次に輝くことが判っているからこそ聴いていられるのです。
  抑うつ症で来談された女性が私に言いました。抑うつ症は本当にしんどいですから、1週間の間にあったいろいろな嫌なことを私に話される。1時間ほど話をすると、ちょっと元気になって帰っていかれますが、またしんどくなって相談に来られます。とうとうその方が、「先生、本当に申し訳ありません。先生をごみ箱代わりに使っているような気がします」と言われたんです。1週間のごみを集めておいて、私のところに来てバアッと放って帰っていく。「先生をごみ集めのおじさんみたいに思って来ているようで申し訳ない」と言われたものですから、私は「全然心配いりません。あなたがごみだと思って放っておられるもののなかには、よく見たら時々ダイヤが混じっていることがあるので、この商売はやめられません」と答えました。マイナスと思っていることが光って見えてくるのですね。
  もう1つの例を申し上げます。80歳近い女性の方でしたが、嫁と姑の問題で悩んでおられました。この頃は、嫁と姑といっても、嫁の強いほうが多いのだそうです。この方も嫁に圧倒的にやられまくって、嫁をなんとかしたいということで来られました。来るなり、嫁がいかに悪いやつかという話を一気にされるんですね。私はそれをじっと聴いていて、最後に「お嫁さんの悪口をたくさん聴かせていただきましたが、牛に引かれて善光寺参りという言葉をご存じですか?」と訊ねました。強欲なおばあさんが牛に布を取られて、布を返せと怒って牛を追いかけているうちに、善光寺へ行って菩提心を発して、すばらしい女性になったという話ですが、もちろんその方もご存じで、「よく知っていますよ」と言われたので、「お宅のお嫁さんがその牛みたいに聴こえてきましたなあ」と言ったのです。怪訝な顔をされるから、「その牛を追いかけているうちに善光寺参りになるのと違いますか」と続けました。
  次に来られたときも、また嫁さんの悪口を言った後に、「先生、あの嫁をよくする方法はありませんか」と相談されます。嫁をよくする方法など知っていたら、うちでもやりたいぐらいですから、「それはありませんなあ」と答える。「ありませんかあ」「ありません。また、来週来てくださいますか」「また来ます」と言って帰られる。はじめのうちは、そのおばあさんが一気に話をされるのを私が聴いているのでよかったのですが、来談を重ねるうちに、話し終わって帰り頃になったら、大学の教授とか言うけれど、なんにも知らんのと違うかと、そのおばあさんはだんだん腹がたってくる。なんにもよい方法を知らないで、「よい方法はありません」「また来週来てください」だけだったら誰でも言える。来るのを止めようかと思うけれど、パッと「牛に引かれて善光寺参り」を思い出すのだそうです。
  私の思った通り、しばらく通って来られるうちに嫁さんの悪口は全然言わなくなって、もっぱら人間が死ぬとはどういうことか、いかに死ぬのか、来世はあるのか、といった話題に変わってきました。結局、その方は親鸞の『歎異抄』がすごく好きになられる。自分で自分の道を切り拓いていったわけです。この場合はイルネスではありませんが、当初は変な嫁をもらったのが不幸の始まりと思っておられたのが、考え方がまったく違う方向へいくわけです。私もだんだん慣れてくると、わりと見えるときがあります。お嫁さんのことで来ておられるが、本当は死ぬことの準備に来ているのだなと判る。ただ、そういうことを直接に言ってもなかなか通じませんので、その方の年齢に応じて、判る言葉で答えねばならない。そのような場合は、「牛に引かれて善光寺参り」というのは実にいい言葉で、その一言がおばあさんにピタッと合って、人生を支えたのです。
  その方の見つけられた宗教的な考え、一種の悟りといってもいいでしょうが、それは本や作品にはならないけれど、その方の物語を創っているのですから、私はこれもクリエイションだと思います。その方にとって、その人生を支えるためのクリエイションをされたのではないか、そのようなことをいま、私は考えています。いろいろな方の相談にのるときにも、私がたくさんの物語を知っていることはとても意味のあることだと思いますので、いろいろな方に会いながら、いろいろな物語を研究している次第です。


*----------------5、さいごに--------------------*

 『ナラティブ・ベイスト・メディスン』という最近発行された、ちょっと変わったタイトルの本を参考文献として挙げておきます。医学界では最近、エビデンス・ベイスト・メディスン、つまり確実な証拠にもとづいた医療ということが言われるようになりました。これに対して、そうは言うけれども、ほとんどの患者さんはみんな、自分の物語(ナラティブ)を生きているのではないだろうかということです。ある患者さんに、「あなたは癌です。もう一ヶ月の命で、まずそれ以上生きることはありません」というのがエビデンスです。ところが、その患者さんは自分の物語を生きているのですから、その方の周囲の事情、会社の社長さんであれば、社運がかかっているかもしれない。家の何かがかかっているかもしれない。そういうすごい物語をもって、「ちょっと体の調子が悪いので来ました」といって病院を訪れたとします。その途端に、パッとエビデンスが出され、患者は疾患名をいただいて帰る。それでいいのだろうか。医療はそれで終わっていいのだろうか。「あなたは癌ですよ。一ヶ月でだいたいだめですよ」「ああ、その通りでした。さようなら」と、それでいいのだろうか。やはり人間を預かるのであれば、医療はその方の物語を真剣に考えに入れるべきではないのか。それをこの本の著者が書いています。医学界でもようやく、こういった考え方が出てきたことを、私は非常にうれしく思いましたので、参考文献に挙げました。
 時間がまいりましたので、これで終わらせていただきます。ありがとうございました。

(臨床心理学者・文化庁長官・京都大学名誉教授・京大・教育博・理・昭27)
 
〔参考文献〕
河合隼雄『物語と人間の科学』岩波書店1993
トリシャ・グリーハル/ブライアン・ハーウィッツ編
『ナラティブ・ベイスト・メディスン』金剛出版2001
 
本稿は平成13年11月20日午餐会における講演の要旨であります。